*** 142 自称皇帝陛下 ***
ダンジョンマスターのミンナ嬢と助役のヘンナ嬢は、大地とシスくんの会話を大きく口を開けたまま聞いていた。
「さて、それじゃあ1階層の休息スペースに移動しませんか?」
女性2人は頭をこくこくさせている。
「シス、全員を転移させてくれ」
「はい」
途端に周囲の景観が見渡す限りの大草原に変った。
気温は20度ほどになり、微風も吹いている。
頭上には太陽が明るく輝いていた。
すぐ脇の大きな四阿の下には8人掛けの豪華なソファセットも置いてある。
ここがダンジョン内だと認識出来るものは、少し離れたところにある転移の輪だけだった。
「さて、みなさんソファに座りましょうか」
2人の女性はまた頭をこくこく振っている。
どうやら相当に驚いているようだ。
ツバサさまは微笑みながらソファに腰を降ろした。
「ストレー、この四阿の周囲に200人が休息出来るだけのテーブルと椅子を。
あと、この場の8人に紅茶と焼き菓子も頼む」
「はい」
四阿の周囲に4人掛けのテーブルセットが50組現れた。
ソファセットの上には全員の分の紅茶と〇コナッツサブレも乗っている。
タマちゃんはワーキャットに変身して早速サブレを食べ始めた。
「ジージも食べるといいわ」
「にゃ……」
ジージくんは4歳ぐらいに見えるワーキャットの男の子に変身した。
「た、タマ姉ちゃん! こ、このお菓子美味しいっ!」
「おいしいでしょ♪」
女性2人の口がますます大きく開いている。
(そうか、ストレーみたいなレベル10の収納を持ってないと、こうしたお菓子を出すことも出来ないんだな)
「よろしければみなさんもお召上がりください」
ツバサさまが嬉しそうにサブレに手を伸ばした。
服の下でおっぱいがフリフリ動いていたが、幸いなことに北大陸のダンジョンマスターとその助役は気づいていないようだ。
「それでは中央大陸ダンジョンの精鋭たちをご紹介させていただきましょう。
シス、今日の当番全員をここに転移させてくれ」
「畏まりました」
その場にモンスター100名、モン村婦人部隊100名とブリュンハルト商会の護衛が100名現れた。
モンスターの代表が大きな声を出す。
「ダイチさま、お召しにより避難勧誘軍団300名参上仕りました!」
護衛たちもモンスターたちに合わせてその場に片膝をついている。
「みんなありがとう。
それでは、勧誘部隊はそこのテーブルセットに、モンスター2人、護衛の方2人ずつで座ってくれ。
その4人で50のチームを組み、これから各地に飛んで現地の住民に避難や移住を勧めてもらうことになるからな。
みんなで自己紹介しておいて欲しい」
「「「「「 ははっ! 」」」」」
「ご婦人部隊は半数がここで避難民受け入れの準備を。
残り半分はこのダンジョンのモン村に行って、飯の作り方をレクチャーしてやってくれ」
「「「「「 はいっ! 」」」」」
大地は四阿のメンバーに向き直った。
「この300名には既に『身体強化』『防御』の魔法に加えて『耐寒』の魔法もかけてあります。
それにモンスターたちのレベルは最低でも25ありますし、ヒト族のみんなも16はありますからね。
なにがあっても対処出来るでしょう。
それに全員がシスくんと念話出来ますし、疲れたり夜になったりしたときは、転移でここに帰って来られます」
「 は、はい…… 」
「そ、それにしても、モンスターもそんな勧誘活動やお料理が出来るんですね……」
「はは、もちろんですよ。
みんな、もう既にいろいろな仕事に就いて働いてくれていますからね」
「「 ………… 」」
「ああそうだシス、ここに中央大陸ダンジョン村のフードコートと直通の輪を」
「はい」
「ミンナさんとヘンナさんとジージくん、これでうちのダンジョン村のフードコートと繋がりましたんで、どうぞお食事はそちらをご利用ください。
まあ、やや日本食に偏ったメニューですけど、そこはお許しくださいね」
「「 あ、ありがとうございます…… 」」
「ところでシス、近くにヒューマノイドの村はあったかな?」
「はい、ここから南東方向に5キロほど離れた川沿いに人口300人ほどのヒト族の村がございました」
「それじゃあ試しにそこに行ってみよう。
シスは、ヒト族の村の様子を録画しておいて、後で勧誘団のみんなにも見せてあげてくれ」
「畏まりました」
「ミンナさんとヘンナさんはどうされますか?」
「あの…… 出来れば勧誘の様子をその場で見てみたいんですけど……」
「それではお2人にも『防御』と『耐寒』の魔法をかけますから安心してください。
タマちゃん、念のため2人を『隠蔽』で隠して『念動』で空中から見させてあげてくれないか」
「うん♪」
「ジージくんも魔法をかけてあげようか?」
「ありがとうございます。
でも自分でかけられますから大丈夫です」
(やっぱり弟くんは礼儀正しい……
タマちゃんの行動や喋り方って、種族特性じゃなくって性格だったんだ……)
「なんか言った?」
「い、いえいえなんにも」
「うふふ、あとはダイチさんに任せておいて大丈夫そうね。
わたしは神界に帰りますけど、なにかありましたら連絡してください」
「ツバサさま、どうもありがとうございました……」
「それじゃあ出発するかにゃ」
猫形態に戻ったタマちゃんが、いつもの通り大地の頭に飛び乗って来た。
同じく黒猫に戻ったジージくんがびっくりして口を開けている。
「た、タマ姉ちゃん……
そ、そんなところに乗って……」
「いつものことだにゃ♪」
「そんなまるで里の幼稚園のキャットタワーみたいに……」
(!!! お、俺はタマちゃんのキャットタワーだったのかっ!! )
ジージくんが、タマちゃんと大地とミンナさんを交互に見ていた。
(はは、羨ましいのかな)
「ジージくん、肩の上でよかったら乗ってみるかい?」
「い、いいんですかにゃ?」
「もちろん」
「あ、ありがとうございますにゃ……」
ジージくんが『念動』で自分を浮かせてゆっくりと大地の肩に乗って来た。
「どうかにゃジージ、見晴らしがいいにゃろ?」
「う、うん……」
ジージくんのしっぽがふりふりと揺れている。
けっこう気に入っているようだ。
(あ、今度はミンナさんたちが羨ましそうな顔をしてる……)
「それじゃあ出発するにゃ!」
大地たちはヒト族の村の近くに転移した。
(ふーん、村の周りに岩と粘土で壁が作ってあるのか。
やっぱり肉食獣とか出るのかも。
あー、門の奥には石と流木で作った掘っ立て小屋みたいなもんがあるけど、それ以外は80戸ほど石を積んだ小さな家があるだけか。
煙突らしきものもあるけど、ほとんど煙は上がってないな。
畑は壁の外側にあるけど、なんか貧相な畑だなぁ……)
門らしきものの前には2人の男が立っていた。
ボロボロの毛皮らしきものを纏い、手には流木の棒を持っている。
「何者だ!」
「ああ、通りすがりの者だけどな、ちょっと村長さんに話を聞きたいと思って」
「なんだと!
まさか皇帝陛下のことではあるまいな!」
(こんなみすぼらしい村の長が皇帝とか言ってんのかよ。
もう莫迦確定だなぁ)
「皇帝でも村長でもなんでもいいからさ、ちょっと呼んで来てくれないか」
「こ、この痴れ者がぁっ!
畏れ多くも皇帝陛下を呼びつけるとは何事だぁっ!」
「陛下に拝謁したければ、まずは貢物を持って来いっ!
その貢物の内容によっては10日後に御前に拝跪出来るかもしらんぞ!」
「あー、もう帝国ごっこはいいからさ、早く呼んで来いや。
お前らが呼んで来ねぇんだったら俺から行くぞ?」
「こ、この無礼者めぇっ!」
もう棒で殴りかかって来たわー。
沸点低いねぇ……
それじゃ『念動』……
「うわっ!」
「な、なんだこれはっ!」
「お前ら邪魔だからそこでしばらく浮いててくれ」
「な、なんだとぉっ!」
「こ、近衛兵、出合え出合えーっ! 狼藉者だぁっ!」
(近衛兵だとよ。笑かしてくれるぜ……)
イグルーから村人たちが顔を出したが、皆見ているだけだった。
代わりに小屋の前から4人の男たちが走って来ている。
やはり皆毛皮を纏っていて、流木を持っていた。
「こ、こやつは皇帝陛下の御前に行こうとしている!
は、早く痛い目に遭わせて分をわきまえさせろっ!」
「「「 おう! 」」」
男たちが走りながら棒を振り上げた。
『念動』……
走る格好のまま宙に浮いて、そのままどこまでも走って行っている男たち。
「「「 うわあぁぁぁぁ―――っ! 」」」
さてと、それじゃあ皇帝陛下とやらの御尊顔でも見に行きますかね。
大地が歩いて行くと、村人たちがイグルーに引っ込んで行く。
(みんな痩せこけてて顔色も悪いなぁ……)
大地は小屋の前に立った。
はは、これが皇帝陛下の宮殿かよ。
どう見てもせいぜい平屋建ての2DKだわ。
「おーい、皇帝くーん、いるかぁー。
ちょっと話を聞きたいんだけど、出て来てくれるかなー」
返事が無い。
ドアの内側に閂をかけるような音も聞こえて来た。
(ストレー、この小屋の屋根と壁を収納)
(はい)
壁と屋根が取り払われると、室内には3人の男と2人の女がいた。
全員がびっくりした顔をしている。
ドアがあった場所のすぐ後ろには2人の男が棒を構えて立っていた。
「こ、殺せっ! そ、その狼藉者を殺せっ!」
「「 はっ! 」」
『念動』……
「「 うわあぁぁぁ―――っ! 」」
大地は自称皇帝陛下らしき男に向き直った。
そのデブ男は赤々と火が燃える囲炉裏の前に座り、エールらしきものが入った石の酒杯を持っている。
たくさんの貝殻に藁紐を通したネックレスを身に着けて、両側には女を侍らしていた。
(冷害で作物の実りが壊滅的だっていうのに、貴重な穀物で酒を造らせたんか……
ああ、やっぱり殺人数も殺人教唆数も2ケタか……
こんな人口の少ない地で……)
「おいおっさん」
「おっさ……」
「お前ぇ、村人を飢えさせておいて、自分は酒盛りかよ。
ったく碌な村長じゃねぇな」
「こ、こここ、ここな無礼者めが……
皇帝たる朕に向かってなんという口を……」
(衣服、アクセサリー収納。念動)
自称皇帝陛下がマッパになって宙に浮かんだ。
「うひいぃぃぃ―――っ!」
「なぁにが朕だよ、ちんちん丸出し野郎が」
女たちが村に向かって逃げ出した。
大地が後ろを振り返ると、ほとんどの村人が遠巻きにこちらを伺っている。
大地は宙に浮かべた男たちを近くに引き寄せ、『遮音』の魔法を掛けた。
因みに、この『遮音』は男たちの声は遮るが、周囲の音は聞こえる仕様になっている。
ついでに大地は『音声拡大』の魔法も使って村人たちに呼びかけた。
「おーいみんな、腹ぁ減ってるかぁ?」
大人たちは硬直しているだけだったが、子供たちが何人かこくこくと頷いている。
(ストレー、ここにテーブルと暖かい穀物粥と食器を)
(はい)
「それじゃあみんなー、ここに粥を用意したから喰っていいぞー」
それでも大人たちはまだ固まっていたが、子供たちが何人か走り寄って来た。
「そこの台にのって、その道具で粥を救って椀に入れるんだ。
それでそのスプーンを使って喰っていいぞ」
「『すぷーん』ってこれ?」
「そうだ」
「旨ぇっ! 旨ぇよこれ!」
「こんな旨ぇもん喰ったの初めてだ!」
さらに子供たちがわらわらと集まって来た。
若い連中も何人かいる。
すぐにその場の全員が、湯気の上がる粥を旨い旨いと喰い始めた。