*** 140 グランドマスター昇格 ***
また或る日。
大地はスラくんを通じて国王陛下に連絡を入れた。
シスくんが調達したビャクダンの用意が整ったからである。
大地はまたアスラ第1形態になって、国王陛下と共に宮殿敷地内の寺院建立予定地に歩いて向かっていた。
「それでですね、実はアルスのビャクダンの木はどうも原種のままでして、半寄生木ではなく自立して生える木のようなのですよ。
おかげで随分と大きく育つようなのですが」
「ほう!」
「それで取り敢えず、ビャクダンの木は伐採せずに根に土を付けたまま持って来たんです。
ですから、試しにこの地に植えられてみて、その後伐採されてどのような材にされるかご検討なされたらいかがでしょうか」
「それはそれは……
実に楽しみなことでございますな」
一行は建立予定地の広場に到着した。
辺りは綺麗に整地されている。
「それではどこに出しましょうか」
「そうですな、この辺りにお願いいたしましょう」
「畏まりました」
大地は土魔法で大きな穴を掘った。
「ストレー、ここにビャクダンの木を出してくれ」
(はい)
そうして……
その場に出て来たのは、下部の直径が12メートル、高さが25メートルもあるビャクダンの超巨木だったのである。
その場の全員が腰を抜かした。
辺りにはビャクダン特有の馥郁とした香りが広がり始めている。
これぞどう見ても圧倒的に世界最大のビャクダンの木であった。
どれだけ金を積んでも絶対に手に入れることの出来ない世界的至宝である。
もちろんその場所はダンジョン化されてマナも出始めたために、これからもビャクダンはさらに大きく育って行くことだろう。
宮大工たちは畏れ慄き、到底この神木を伐採など出来ない様子である。
大地がそのビャクダンに手を当てた。
その場にみるみる洞が出来て行く。
(なるべく導管を潰さないように、導管をかき分けて横にどかせるようにしてと……)
しばらくして、ビャクダンに幅1.5メートル、高さも1.5メートル、奥行き1メートルほどの四角い洞が出来た。
驚いたことに、洞の上には庇まで出来ている。
周囲のひとたちは声も出せずに硬直していた。
「この洞に前陛下に似せた仏像を納めれば、前陛下もビャクダンに囲まれてお喜びになられるかもしれません」
通常であれば、特定の人物に似せた仏像を作るなど、天に対する不敬と見做されかねない発言である。
だがしかし、なにしろその発言者は天よりの使者だった。
その事実は今目前ではっきりと見せられたばかりである。
故にその御言葉に反論出来る者は誰もいなかったのだった……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大地はまたツバサさまにお伺いを立ててみた。
お願いがあると言ってみたところ、今回もツバサさまがすぐに来てくれている。
「あの、タイの国王陛下が、以前ダンジョンマスターをされていたことはご存知ですよね」
「ええ、ずいぶんと一生懸命取り組んでいてくださったけど、あの北大陸の困難さにいつも涙を流していました。
それで、それ以上ダンジョンマスターをさせていると、本人が心まで病んでしまいそうだったので交代させたんです」
「それでですね、陛下から頼まれたんですけど、彼が私財で取り敢えず1億ドル相当の食料を用意して、北大陸のダンジョンに寄付したいって仰るんですよ。
最終的には10億ドルにも達する額で。
それをお許し願えないかと思いまして」
「わたしはもちろん構いませんけど、念のために神さまにも聞いてみますね」
ツバサさまは10秒ほど目を閉じていたが、すぐにダイチを見て微笑んだ。
「やっぱり神さま方はすぐに許可してくださったわ♪
ついでにダイチさんは、アルスの3つのダンジョンを統轄するグランドマスターに昇格ですって♪
どうも今回のタイ王国の危機を救った鮮やかな手際が、神界にも相当な衝撃だったらしいわ」
「えっ……」
「なにしろほとんど資源も使わずに、たった1人でそれも数日で奇跡を成し遂げたんですものね。
ふふ、そのせいでもうダイチさんは天使見習い並みの扱いになったっていうわけ」
「そ、そそそ、そうなんですか……」
「ですから、もうダイチさんの好きなように行動してもいいわよ。
どうも神界は、ダイチさんの行動がことごとく予想を上回る成果を出しているために、好きなように行動させる方針になったようね♪」
「あ、ありがとうございます……」
「それでわたしが何かお手伝い出来ることってあるかしら?」
「ええ、お願いさせて頂きたいことがいくつかあります。
まずは北大陸ダンジョンとの連絡網ですね。
この中央大陸ダンジョンからいつでも転移出来る環境と、現地との連絡体制になります」
「それはすぐに作れるでしょう。
北大陸ダンジョンもダイチさんの管理下に入ったのですから」
「ありがとうございます。
次は北大陸のダンジョンマスターの説得ですね。
地球や中央大陸ダンジョンからの援助を受け取って貰えるかどうか」
「それも大丈夫でしょう。
ダンジョンマスターは、フィンランド出身のミンナさんという方なのですけど、助役の友人女性と共に、北大陸のあまりの惨状に心を病み始めているんです。
地球で私財も売って、必死に食料をアルスに持ち込んでいるようですが、普通の民間人では限界もありますし。
特に今年の夏は、冷害によって農業がかなりの打撃を蒙ったために、冬の餓死者が大幅に増えることが予想されています。
私の方からもよく言っておきます」
「ありがとうございます。
後は、中央大陸の人員を100名ほど北大陸に派遣するに当たって、わたしに『耐寒』スキルの付与が出来る能力を与えて頂けませんでしょうか」
「それも了承しました。
バフ系の能力に『耐寒』を付け加えておきます」
「何から何まですみません」
ツバサさまはにっこりと微笑んだ。
「礼には及びません。
ダイチさんもわたしも、これは神界の任務のうちですから」
「あ、ありがとうございます……」
タイ王国に於ける農産物の買い付けは順調だった。
政府が管掌する「食料価格安定化機構」の広大な倉庫群には、膨大な量の食料が備蓄されている。
その倉庫のうちサイアム食品が10棟ほどを買い上げ、その倉庫がダンジョン化されたために、購入した食料は全てストレーくんの時間停止倉庫に転移された。
この取引により、タイ王国政府は備蓄食料の現金化が可能になり、豊作によって値崩れしていた穀物のさらなる買い付けが行えるようになったのである。
おかげで、大地は10万石相当もの穀物を約9億円という安価で手に入れることが出来た。
まあ控えめに言っても最高の取引と言えるだろう。
タイ王国政府も食料価格安定化基金の活動をさらに拡大していくことになったらしい。
さらに、備蓄が難しく、従って価格変動の激しい野菜類の購入も進んだ。
これはもちろんタイ王国内での野菜価格の安定を意味したし、アルスにとっても貴重な栄養源の確保に繋がったのである。
(これからは、ダンジョン村でもタイ米やトウモロコシを使った料理も増やしていかなきゃならないな。
まあ良子さんに任せておけば大丈夫だろうけど……)
また、タイ王国国王の私財による食料の買い付けも順調に進んだようだ。
取り急ぎ1000万ドル相当の資金で12万石の穀物や野菜が準備され、それ以外にも調理器具や薪などが大量に用意されている。
これはもちろんアルス北大陸の救援に使われる予定になっており、大地はLv8の収納袋にそれを収納した。
大地がツバサさまから聞いた北大陸の現状を説明し、それに対処する処方箋も語ると、真剣な表情の国王陛下から2つの包みも預かることになった。
そうして大地は深く頭を下げる国王陛下の下を辞去したのである。
翌日、大地はダンジョン村内のブリュンハルト集落を訪れた。
「やあガリル、ちょっと相談事があってさ、幹部の皆さんに集まってもらいたいんだ」
「ああダイチ、ちょっと待っててくれ。
すぐに呼んで来るから」
30分後、勢ぞろいした主要メンバーを前に大地は話し始めた。
「実は最近地球でちょっと活動したおかげで、大量の食料を買うことが出来たんだ」
「大量って、どれぐらいなんだ?」
「だいたい10万人が1年間食べて行けるだけの量だな」
「「「 !! 」」」
「もちろんこの取引はこれからも継続して行えるだろう。
これでダンジョン村の農地拡大が多少遅れても余裕が出来たっていうことだ」
「す、凄まじい余裕だな……」
「それでな、今日集まって貰ったのは、出来れば新しい仕事を引き受けて貰いたかったからなんだよ。
今度俺はこの中央大陸だけじゃあなくって、北大陸と南大陸のダンジョンも合わせたアルスの統轄マスターに任命されたんだ」
「それはそれは……
それって『昇格』っていうことだよな」
「まあ地位からすればそういうことになるんだが、単に責任だけ重くなったとも言えるぞ」
「それもそうか」
「まあ、南大陸は順調そうだから、当面は北大陸の救援を行うことになるだろう。
それでガリルたちにも手伝って貰いたいと思ったんだ」
「どんな手伝いをすればいいんだ?」
「俺はこれから北大陸ダンジョンに行って、そこのダンジョンマスターと話し合いをしてくるつもりなんだが、それが上手くいったら140人ほどの人手を貸して欲しい。
実働部隊100人と交代要員40人だ。
その140人とうちの戦士たち140人とで、北大陸の村を回って、主にヒト族相手にダンジョンへの避難を勧めてもらいたいんだ」
「なるほど、北大陸のダンジョンも、この中央大陸のダンジョン村と同じような場所にするつもりなのか」
「そうだ。
それに、地球である国の国王と知り合いになってな。
その国王は45年前に北大陸のダンジョンマスターだったんだけど、当時はあんまり住民を救えなかったんだよ。
それで、取り敢えず12万人を1年喰わせられるだけの食料を寄付してくれたんで、それを使おうと思ってるんだ」
「ふう、地球にはそんな王族もいるんだな」
「まああの人はちょっと特別だけど」
「わかった。
それにしても北大陸というからには、ここよりもかなり寒いんだろ。
俺たちで大丈夫かな」
「たぶん大丈夫だ。
天使さまが授けて下さった『耐寒能力』という魔法を、皆にかけてあげられるようになったんでな。
それにずっと北大陸にいるわけじゃなく、いつでもこの中央大陸ダンジョン村に帰って来られるようにするつもりだし」
「ダイチはますます人間離れして来たのか……」
「はは、天使さまの能力だから俺の手柄じゃないぞ」
「わかった。
俺たちはその北大陸に行って、ヒト族たちに北大陸ダンジョン村への避難を呼びかければいいんだな」
「そうだ。
お願い出来るだろうか」
ガリルはバルガス隊長や分隊長たちを見渡した。
全員が笑顔で頷いている。
「喜んでお引き受けさせて頂こう」
また、翌朝の族長会では。
「諸君らにまた頼みたい仕事がある」
「「「「 おおっ! 」」」」
「実は俺は神界からこのアルスの3つのダンジョンを統轄するように命じられたんだ」
「「「「 おめでとうございます! 」」」」
「ありがとう。
まあ南大陸ダンジョンは順調だから置いておくとして、食料不足で大危機下にある北大陸を救いたい。
そこでここ中央大陸と同じように、主にヒト族の村を回って避難や移住を勧めることを始める。
これはブリュンハルト商会との共同作業になるだろう。
そこで各種族から7名ずつ勧誘部隊に人員を出して欲しいんだ。
このうち2名は交代要員になる。
それから、ご婦人方に依頼して、炊き出し部隊要員も7名ずつお願いしたい。
ブリュンハルト商会140名と、モンスター部隊140名、それから炊き出し婦人部隊140名の計420名で北大陸を救ってくれ」
「「「「 御意! 」」」」
「もちろんメンバーには『防御』と『耐寒』の魔法もかけるからな。
また、ここ中央大陸ダンジョンと同じで、1日の労働時間は8時間まで、5日働いたら2日は休みだ。
メンバーの交代は各族長の裁量に任せる。
もちろん夜はここ中央大陸のダンジョン村に帰って来て休んでくれ。
以上よろしく頼む」
「「「「 畏まりました! 」」」」
こうして、ブリュンハルト商会とモンスターたちの混成部隊420名が交代で北大陸に派遣されることになったのである。
「なあシスくん、北大陸の様子は録画しておいてくれるかな。
スポンサーのタイ国王陛下に見せてあげたいんだ」
(はい)
「ところで、大森林内の種族たちの避難は順調に進んでいるか?」
(はい、ダイチさまが膨大な量の食料を手に入れられたと聞いて、皆安心して移住・避難勧誘をしてくれています)
「そうか、やはりみんな食料の備蓄量が不安だったんだな……」
(しばらく前まで飢えていたわけですし、まだ農業生産も本格化していませんから、どうしてもダイチさまに遠慮があったんだと思います)
「ストレー、お前の収納庫内に備蓄食料の見学コースを作ってくれ」
(はい)
「シス、勧誘団の連中に備蓄食料を見せて、安心してもっと人を集めるように言っておいてくれな」
(畏まりました)
「テミス、モンスターたちの街道沿いでの悪党捕獲は上手く行ってるか?」
(はい、もうみなさんかなり手際が良くなって来ています。
あの、もう少々捕獲部隊を増やしてもよろしいでしょうか?」
「はは、あの隊はお前たちに任せてあるからな。
無理しない範囲でどんどん増やしてもいいぞ」
(ありがとうございます……)
<現在のダンジョン村の人口>
4万5631人
<犯罪者収容数>
4856人(内元貴族家当主205人)