*** 14 タマちゃんと遊んだ ***
タマちゃんに促されるまま大地は神社に向かった。
なんでも鎌倉時代からこの地にあるという相当に由緒ある神社らしい。
その正面に来ると、タマちゃんがダイチの頭から飛び降りた。
なんだか鳥居の上の方を見てうにゃうにゃ言い出している。
そっちの方からも小さくうにゃうにゃという声が聞こえて来た。
大地が目を凝らして鳥居の上を見ると、最初はそんなものは見えなかったのに、今はそこに体長2メートル近い巨大な猫がいる。
(あ…… この猫、シッポが2本ある……
こ、これが猫又さんか……
お、猫又さん、なんかタマちゃんとお話出来て嬉しそう。
あ、猫又さんが俺を見た。
いちおうお辞儀しておこう……)
タマちゃんがダイチの頭の上に戻って来た。
(知り合いだったの?)
(あれが猫又さんにゃ。
この辺り一帯を縄張りにする方にゃから、一応仁義切って来たにゃ。
ダイチのことも紹介しておいたにゃよ)
(へ、へー)
(これでもうこの地の魔の物は悪さを仕掛けて来ないにゃぁ)
(魔の物…… いるんだ)
(数は少ないけど細々と生き延びてるにゃ)
(ところで猫又さんもネコ缶食べるかな?)
(たぶん好物にゃ)
(それじゃあさっき買ったネコ缶、いくつかお供えして来たら。
喜んで貰えるかも)
(ダイチは優しいにゃあ。
それじゃあそうするにゃよ)
タマちゃんは鳥居をくぐったすぐ横にある社まで走って行った。
そこにネコ缶を3つばかりお供えして、猫又さんにまた話しかける。
猫又さんはひとしきりうにゃうにゃ言った後に、ダイチに向かってぺこりと頭を下げた。
大地も頭を下げる。
タマちゃんがまた大地の頭の上に戻って来た。
(猫又さん、喜んでたにゃあ♪)
(それはよかった)
(それじゃあ家に転移するけど、まずはあちしたちに『隠蔽』をかけるにょ)
(『隠蔽』?)
(大声を出したりしなければ、誰もあちしたちに気づかにゃいから、転移で突然消えても大丈夫にゃ)
(そ、そうなんだ……)
(それじゃあ『隠蔽』にゃ)
途端に大地は自分の存在が希薄になったような気がした。
頭の上のタマちゃんも姿を現す。
「ほら大丈夫にゃ」
「ほ、ほんとだ……」
中学生らしき少年が頭の上に可愛らしい子猫を乗せて歩いていれば、たちまち猫好きたちに取り囲まれて大騒ぎになっていたことだろう。
だが、誰もタマちゃんを見ないし、大地の存在に気付いているような感じも無い。
「それじゃあおうちに転移するにゃぁ」
風景が少し歪んだかと思うと、大地は家の物置の中にいた。
そのまま家のリビングに移動すると、タマちゃんが白い渦を発生させる。
「食べもにょを収納庫に移すにゃあ」
「うん」
(なんかこんな生活してたら運動不足になりそう……)
「ねぇ、この部屋って本当に食べ物は腐らないんだよね」
「もちろんにゃ」
「それじゃあ家の冷蔵庫の中身を全部この収納庫に移しておこうか。
そうして冷蔵庫のコンセントを抜いておけば、電気代の節約になるよね」
「さすがはダイチ、頭いいにゃ」
食料を仕舞い終わって収納部屋のソファで寛いでいると、タマちゃんが大地の前にトコトコ歩いて来て、2足で立ち上がった。
胸のところにはあのネズミのおもちゃを抱えている。
「あにょ…… ダイチ…… おにぇがいが……」
「あー、はいはい、これで遊びたいのね」
「うにゃ♪」
大地が竿を持つと、その前にタマちゃんがうずくまった。
しっぽがピンと立っている。
竿を動かして、ヒモに繋がったネズミをタマちゃんの目の前50センチほどに持っていく。
タマちゃんの目が爛々と輝いた。
竿をゆっくり右に動かして、ネズミを右に寄せる。
タマちゃんの目だけが右に動いた。
いやしっぽも右に倒れている。
次は竿を左に動かす。
ネズミもゆっくりと左に動いた。
タマちゃんの目としっぽも左に動く。
(な、なんかすっげぇ緊張感が伝わってくる……
タマちゃん、狩猟本能全開だわ……)
竿をぴくぴくと動かす。
タマちゃんの耳としっぽがぴくぴくと動く。
(これ、遊んでやってる俺もけっこう楽しい……)
大地は急に竿を動かした。
タマちゃんにはネズミが急に逃げているように見えるはずだ。
「う゛う゛うにゃぁぁぁ――――っ!」
タマちゃんがネズミに飛びついて見事に捕まえた。
背中を床に着けて後ろ脚と前脚でネズミを掴み、カジカジと噛んでいる。
(すっげぇスピード…… あれっ?)
タマちゃんはネズミをカジカジしながら大粒の涙を零していた……
「う゛にゃんう゛にゃんうにゃにゃにゃにゃぁ――――――っ!
ひっくひっくひっく…… うにゃにゃぁぁぁっ!」
そのまま5分近く大泣きに泣いていたタマちゃんは、ようやくネズミを放した。
「どうしたのタマちゃん…… どこかぶつけたりしたの?」
「うにゃっ、ひっく、ち、ちがうにゃっ!」
タマちゃんの目からはまだ涙が落ちている。
少しだけ落ち着いて来たタマちゃんが、大地の膝の上に乗って来た。
大地は何も言わずに静かにタマちゃんの背中を撫でてやる。
「あのにゃ……
コーノスケもよくあのおもちゃで遊んでくれたのにゃ……」
「うん……」
「それでにゃ……
ダイチのネズミの動かし方が、コーノスケとそっくりだったにゃ……」
「そうだったのか……」
「う、うぇぇぇ~ん!
コーノスケなんで死んじゃったのにゃぁぁ!
もう会えないなんて寂しいにゃぁぁぁぁっ!」
「うん…… うん……」
タマちゃんは頭をぐりぐりと大地のお腹にこすりつけて来た。
その頭に大地の目からも涙が落ちる。
2人はそのまましばらくの間静かに泣いていた……
ようやくタマちゃんが顔を上げた。
「ダイチのご両親が亡くなった後は、コーノスケは地球でダイチと一緒にいることが多くなったのにゃ。
もう南大陸ダンジョンも順調だったし、大陸のみんなもかなり幸せになり始めてたし」
「うん……」
「それであちしはコーノスケに言われて、コーノスケの代わりにダンジョンを管理してたのにゃ。
なにか緊急事態があったらすぐに連絡が出来るようにって……」
「うん……」
「でもいつまで経ってもコーノスケが帰って来ないんで、心配になって地球に来てみたら……
もうお葬式も終わってて、コーノスケはいなくなってたのにゃ……」
「そうだったのか……」
「もしあちしがいれば、心臓が止まりかけたときにエリクサーかけてあげて助かったかもしれにゃかったのに……」
「それは仕方ないよ。
タマちゃんがアルスにいたのはじいちゃんの指示だったんだから。
それにじいちゃんも手紙に書いてたよ。
エリクサーは持ち歩いてるけど、寝ているときの心筋梗塞はどうしようもないって」
「うん……」
「それにさ、じいちゃんの死に顔はずいぶんと穏やかだったんだ……
きっと自分が死んでも、天使さまやタマちゃんに俺のところに来てくれるように頼んでたからだろうね。
それに手記も書き終えていたし、安心して天国に行ったんじゃないかな……」
「うん…… うん……」
タマちゃんが大地を見上げた。
涙をいっぱいに溜めたやけに綺麗な瞳が大地を見つめている。
「ねえダイチ……」
「なんだいタマちゃん……」
「ダイチは死にゃにゃいでね……」
「うん……」
「それからお願いにゃからダンジョンマスターになって欲しいにゃ……
そうしにゃいと一緒にいられにゃいから……」
「ああ、俺、ダンジョンマスターになるよ。
だからずっと一緒にいよう……」
「ありがとにゃ……」
「こちらこそありがとう」
「お礼にあちしが大人になったら大地のお嫁さんになってあげるにゃ……」
「えええええっ!」
「あと150年もすれば、あちしもボンキュボンのナイスバディな大人ににゃるにゃよ」
(そのときは俺もう死んでるってば……
あ、ずっとアルスにいれば30歳か……
でも高校にも大学にも行きたいよなぁ)
「神界にいるあちしのママがワーキャットになると、ものすごいダイナマイトバディににゃるから、あちしもきっとそうなるにゃ。
ダイチも楽しみにしているにゃ♡」
(誰だよこんな子猫にそんな言葉教えたやつ……)