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*** 137 タイの奇跡 ***

 


 大地たち一行は、まもなく最初の目的地に到着し、円盤は高度を下げて堤防の上の広場のような場所に着陸した。

 チャオプラヤー川の水位は、堤防の上端まであと1メートル半ほどに迫っている。


「最初ですから皆さんにも見て頂きましょう。

 全員降りて頂けますか」


「「「 はっ! 」」」


 さすがはエリート部隊員たちである。

 すぐに駆け足で整然と円盤から降り始めた。


「それでは作業を開始しましょう。

 ストレー、レベル8の『収納の魔道具』を出してくれ」


(はい)


 その場に一辺が1メートルほどの箱が出現した。

 そしてその上に乗っていたのは……


(なんで箱の上に仏像が乗ってるんだ……)


(あ、あの……

 タイは仏教国だと聞いたもので、シスさんに作ってもらったんですけど……

 マズかったでしょうか……)


(い、いや、まあいいんじゃないか?

 それじゃあ、今箱の底部を地面と『融合』させるから、その後作動させてくれ)


(はい!)


『融合』が終わって箱が地面に固定されると、仏像の前に光り輝く巨大な魔方陣が出現した。

 見ようによっては曼荼羅にも見える。


 そして……


 ズドドドドドドドドド……


 その魔方陣に向かって、チャオプラヤー川の水が怒涛のように吸い込まれて行ったのである。


「「「「「 !!!!!!!!!!! 」」」」」



(なあストレー、効果充分なのはいいんだけど、この勢いだと下流が干上がって魚が全滅しちゃうぞ。

 1割ぐらいは水を残してやっておいてくれな)


(はい!)


(順調なようだな。

 それじゃあシスが作った小屋を出してくれ)


(はい!)


 魔道具の横10メートルほどに小屋が出現すると、大地はまた地面と『融合』させて固定する。


「最初ですからこの小屋の使い方を説明します。

 皆さんは4人ずつここでこの仏像の警護に当たってください。

 2交代制でも4交代制でも構いません。

 増援や交代や食料の補給が必要ならばお任せします。

 例の3つの台風が通過して3日ほどしたら私が仏像を回収しに来ますので、それまでの任務になります。

 それから、中にある備品は自由に使ってください。

 また、このトイレには『クリーンの魔道具』というものが設置してありますので、用を足し終えたらこの白い石に触って頂くと体も便器も綺麗になりますので。

 それではルトローン司令官殿、ここに配置される方を4名選んでください」


「はっ!

 オーラン・クーラック小隊長、部下3名とともにここに残ってこの最高に有難い仏像さまを死守せよっ!」


「ははっ!」


(……オーラン・クーラック…… 略してオークかよ……

 そういやあちょっとオークっぽい顔だわ……)



 蛇足だが……

 特殊部隊員たちは、トイレに腰かけて用を足した後『クリーンの魔道具』に触れて、全員が『はうっ!』と声を出すことになる……




「それでは次の場所に移動しましょう」


 全員が円盤に乗り込むと、コボルト司令官が声を出した。


「アスラさま、お願いがございます!」


「なんでしょうか?」


「席につかずに手摺の位置で外を見させて頂けませんでしょうか!」


「うーん、まさか命綱とかお持ちじゃあありませんよね」


「全員所持しておりますっ!」


「さ、さすがは特殊部隊の方ですね。

 それではどうぞご自由に」


「「「 ありがとうございますっ! 」」」



 特殊部隊員が全員手摺の傍に並んだ。

 特殊部隊員ともなれば、高所恐怖症の者などいないのだろう。

 皆の顔は実に明るかった。

 信じられぬ乗り物に乗って移動しているという得難い経験もこともさることながら、未曽有の国難ともいえる大災害を防げるかもしれないという希望が見えて来たからだろう。


 次のアユタヤ大工業団地前の水門には、比較的距離が近かったためにすぐに到着し、また魔道具と小屋の設置が始められた。


(今度の魔道具の上の像は梵天さんかよ……)



 魔道具と小屋の設置が終わると円盤は飛び立った。

 次の目的地はナン川とピン川の合流地点である。

 両河川が合流する場所では濁流が音を立てて渦巻いていた。


 大地たち一行は合流地点の50メートルほど下流に着陸し、すぐに仏像と小屋を設置する。


(今度の像は帝釈天さんか……)



 次の目的地はヨォン川下流域にあるワトラー・ロンコーン第3ダムである。


 大地たちはダムの堰堤脇にある展望台に着陸した。

 ダムの水位は危険なほど堰堤上部に近づいている。


(さてストレーくん、このダムは今かなりの水圧に耐えているんだ。

 だから一気に水を収納するとダムを破壊しかねないんだよ。

 そんなことになったら大惨事だからな。

 だから今度の水の収納はゆっくりと慎重に頼む)


(ダイチさま)


(おおシス、どうした?)


(ダンジョン機能を使ってダムを強化したら如何でしょうか)


(そうか! 岩や土をダムと周囲の岩石部分に貼り付けて、堰堤そのものを強化するのか。

 だが材料にする土砂はどうする?)


(湖底に溜まった土砂を使ってみたら如何でしょう)


(なるほど、浚渫も同時にやって、ダムの貯水量も増やせるか……

 よし、やってみよう!)




 ダンジョン:( キタ――(゜∀゜)――!! )




 魔道具の設置が終わった。


(今度の像は持国天さんか……)



 大地は最悪の事態に備えて、ここではしばらく観察を続けることにした。

 魔道具も順調に稼働しており、隊員さんたちには休息を取って貰っている。


 そのとき隊長の無線機が鳴った。


「アスラさま、国王陛下より無線通信が入っております!」


「ありがとうございます。

 こちらはアスラです、聞こえますか」


『はい、よく聞こえます。

 アスラさま、たった今報告が入ったのですが、バンコク市内のチャオプラヤー川の水位がみるみる下がって来たそうなのです。

 さ、作戦は順調なのですか……』


「ええ、今のところ順調です。

 今はチャオプラヤー川3個所での魔道具の設置を終えて、ヨォン川のワトラーロンコーン第3ダムに来ているところです。

 念のためにダムの安全を確認しつつ、水位を減らしています」


『ありがとうございます……

 あなたさまにはなんとお礼を申し上げたらいいか……』


「はは、まだ作戦は終わっていませんから」


『どうか御身に危険が無いようにお願いいたします』


「畏まりました」


『なにかあったらすぐに連絡をしてくださいませ、オーバー』


「ありがとうございます、オーバー」


 その交信内容は、特殊部隊全員の耳に届いていたらしい。

 国王陛下に『なんとお礼を申し上げたらいいか』と言わしめた男に対して、隊員たちの目がさらに畏怖に満ちたものになった。



(シス、ダムに異常は無いか?)


(はい、なにせダンジョンがダムの堰堤の厚さを倍にしてくれましたので)


(はは、すごいな。

 あ! 今気づいたんだけど、浚渫した土砂で堰堤を厚くしたら、ダムの貯水量は変わんないじゃないか!)


(それではストレーさんに頼んで、堆積物も収納してもらいましょう)


(そうだな、ストレー、ダムの上流部分からよろしく)


(はい)



 収納の魔道具が音を立てて水を吸い上げており、ストレーくんが浚渫も始めたため、巨大なダム湖の水も徐々に減り始めた。

 先ほどは貯水率100%だったが、今は98%ほどになっているだろう。


(この分なら大丈夫そうだな。

 ダムの監視はシスに任せて、次はナン川のシキリットダムに行こうか)


(( はい ))



 シキリットダムに於いても、無事仏像と小屋を設置出来た。


(今度は増長天さんか……)


 ここでも、ゆっくりと慎重に水を吸い上げながら同時に堰堤も強化し、さらには浚渫も行われ始めている。


 その次はワン川のシーナカリンダム、その次はピン川のワトラーロンコン第1ダムと4つの河川流域の4つのダムでの作業が始まった。

 因みに魔道具の上の像は広目天と多聞天である。



「コボイル・ルトローン司令官殿」


「はっ」


「今日の作業はここまでとし、しばらくの間わたしの部下がダムの状態を観察します。

 これからあと5か所のダムに移動して天部像と小屋の設置を行いますが、水の汲み上げ作業は明日になってから始めたいと思います」


「畏まりました!」



 こうして5か所のダムに、弁財天、大黒天、吉祥天、韋駄天、摩利支天の乗った魔道具が設置されていったのである。


 空の雲はますます厚く黒くなり、まだ午後3時だというのに辺りは相当に暗くなっていた。


「お、おい…… ダイチ殿の体が薄っすらと光ってるぞ……」


「あああ…… まるで後光が差しているみたいだ……」


 残りの隊員が全員その場に跪いて両手を合わせて祈っている。


 大地はさりげなく自分の体を見た。

 確かに背中側が淡く光っている。


(ツバサさま…… また余計なギミックを……)



 その日最後のプミポンダムで天部の像と小屋の設置を終えると、大地はストレーくんに円盤の収納を頼み、コボルト司令官と一緒に転移で王宮に帰還した。

 司令官は一瞬で王宮の中庭に転移したことに気づいて目を真ん丸にしている。



 司令官と共に大地は国王の執務室に入った。

 部屋の隅ではミュートされたテレビが報道番組を映している。


「ただいま戻りました陛下」


「おおアスラさま、誠にありがとうございました……」


「作戦は今のところ順調です。

 現在チャオプラヤー川3個所と、4つの河川の4か所のダムで排水作業を行っています。

 川の排水は問題ないでしょうが、特にダムでは急激に水量を減らすと水圧の変化で堰堤が破壊される危険があるために、慎重に作業を進めています。

 まあ、万が一ダムが決壊したとしても、あの場所はすでに天部の領域になっていますのですぐにダムも直せますし、溢れた水も転移させられますからご安心ください。

 残り5つのダムでの作業は念のため明日から行います」


「アスラさまのおかげをもちまして、どうやらほんとうに国難は免れそうでございます……」



 国王が部屋の隅にいた執事に目で合図した。

 執事は小さく頷いてテレビのリモコンを取り、ミュートを解除する。


 途端にテレビから興奮したアナウンサーの声が聞こえて来た。


「ご覧くださいっ!

 今、我々は奇跡を見させていただいていますっ!

 堤防におわす仏陀さまの像が、膨大な量の水を吸い上げてくださっているのですっ!」


 カメラが仏像にズームした。


 その仏像の前には光り輝く巨大な魔方陣が広がり、その魔方陣に向けてチャオプラヤー川から膨大な量の水が音を立てて吸い込まれて行っている。


 それはまさしく奇跡の光景だった。

 今の地球の技術力では到底再現出来ない現象である。


 あの水は重力を無視してなぜ吸い込まれて行っているのか。

 吸い込まれた水はどこに行っているのか。

 見る者すべてを畏怖させるその映像は、瞬く間に全世界を駆け巡っていった。


 その光景は全地球人に言い知れぬ感慨をも与えていたのである。

 なにか新しい時代が始まったのではないかと皆が予感していた……





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