*** 134 泣き虫ワトラーくん ***
看護師に呼ばれた医師が病室に入って来ると、大地とスラくんは国王に促されて隣室に移動した。
そこで改めて国王が土下座の姿勢になる。
「天部の御使いさま、改めて御礼申し上げます。
我が孫に貴重なる妙薬、エリクサーを頂戴出来たとは」
「「 えっ! 」」
国王が面を上げて微笑んだ。
「あのエリクサーであれば、孫の命は間違いなく助かりましょう」
「「 ………………… 」」
「本日は、同じく天部の御使いさまであらせられるインフェルノ・キャット族の方はいらっしゃらないのですか」
「「 えええ―――っ! 」」
タマちゃんが姿を現した。
「思い出したにゃ!
ワトラーくんといえば、45年前のアルス北大陸のダンジョンマスターにゃ!」
「御使いさま、失礼ですがお名前をお伺いしても……」
「タマにゃ」
「あの…… ミユシャさんはお元気でいらっしゃいますでしょうか」
「ミユシャ姉ちゃんにゃら、今神界の使徒学校に留学してて、ブイブイ言わせてるにゃ」
(ブイブイて……)
「そうですか、ミユシャさんの妹さんでしたか……
そういえばお姿がそっくりです」
「そっかぁ、あの泣き虫ワトラーくんかにゃぁ」
(泣き虫ワトラーくんて……
やっぱ猫はフリーダムだわ……)
「はは、そのあだ名まで伝わっていましたか」
「ワトラーくん、ダイチは今中央大陸のダンジョンマスターをしてるんにゃよ。
そしてスラくんはその助役なんにゃ」
「あの、タマさん。
これ以上は誓約の魔法のために話せないのですよ」
「にゃ、今解除するにゃ」
国王の体が淡く光った。
「おお、これはこれは……」
「それにしても奇遇にゃねぇ。
まさかこんなところに元ダンジョンマスターがいたとは」
「ええ、わたしは国内での勉学を終えて、16歳の時にイギリスに留学したのですが、その折にミユシャさんにスカウトされまして。
それで当時は王位継承順位も第3位だったものですから、お引き受けしたのですよ。
それが、兄が身罷り、姉が王族以外のものと結婚しましたので……」
「ワトラーくんは、当時の南大陸のダンジョンマスターを覚えてるかにゃ」
「もちろんです。
あの困難な南大陸ダンジョンで大成功して、大陸全土に平和を齎した伝説のダンジョンマスターですな。
大陸の事情が違うとはいえ、実に羨ましく思っておりました」
「ダイチはその南大陸ダンジョンマスターにゃったコーノスケの孫なんにゃよ」
「おお! それはそれは……」
「それで今ダイチも成功しつつあるんにゃ。
あちしらが思いもしなかった意外な方法で。
神界も天使さまもすっごく喜んでいるんにゃよ」
「そうでございましたか……」
「ワトラーくんは随分と苦労していたそうだにゃ」
国王陛下が遠い目をした。
「わたしはなにも出来なかったのですよ……
あの極寒と飢えの地獄のような大陸で……
ダンジョンポイントをほとんどすべて民のための食料に換え、地球からも必死で食料を運びましたが、それでもまったく足りなかったのです。
当時から我が王室は質実剛健を旨としておりまして、私の小遣いなどは何の足しにもなりませんでした。
インドから留学して来ていた友人を助役にして、2人でロンドン市内で焼き栗売りのアルバイトまでして食料を買い、アルス北大陸に運んだのですが……」
「随分と苦労したんにゃね……」
「今でも夢に見ますよ。
飢えと寒さで死んでいく民たちの姿を……
国王になった今であれば、もう少しなんとかしてやれたものを……」
「多分にゃけど……
このままダイチが成功していけば、あと何十年かしたら神界はダイチに北大陸ダンジョンも任せると思うにゃ。
そうすればまたあちしたちが思いもよらない方法で、北大陸も救ってくれるかもしれないにゃよ」
「ダイチ殿、今は中央大陸でお忙しいのでしょうが、どうかいつかは北大陸も救うてやって頂けませんでしょうか……」
「はい、及ばずながら努力させて頂きたいと思います……」
そのときドアにノックの音がした。
タマちゃんが姿を消す。
「国王陛下、医師のソンクラーナカリンでございます」
「お入りなさい」
「失礼いたします」
白衣を纏った初老の男性が入って来て、ダイチをチラ見する。
「構いません、シリンスーン姫の容体を報告してください」
「はっ、あ、あの…… 詳しく検査をしてみなければわかりませぬが、すべてのバイタル値が改善に向かっておられます。
お具合を見ながら採血して血液検査の結果を待たなければなりませんが、危篤状態は脱せられたかと……」
「やはりそうであったか。
ソンクラーナカリンよ」
「はっ!」
「国王の名に於いて要請する。
この奇跡については決して口外せぬように。
他の医師や看護師にもその旨要請しておいて欲しい」
「はっ! 謹んで承りました!」
「ダイチ殿、わたしはこれからシリン姫の家族に事情を説明して来なければなりません。
誠に恐縮ではございますが、明日宮殿の方にお越し願えませんでしょうか」
「はい、お招きありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます。
スラークンや」
「はっ!」
「そなたにはダイチ殿とタマ殿のお世話をお願いします。
この方々を王室最高賓客として遇するように」
「ははっ!」
大地たちは一旦客室に戻った。
その場からスラくんは断りを入れて2か所ほどに電話を入れている。
どうやら夕食と大地たちの宿泊の手配をしてくれているようだった。
「ダイチさま、ご夕食はフレンチと日本料理とタイ料理のどれがよろしいですか?」
「せっかくですからタイ料理でお願いします。
あ、でも、レストランだとタマちゃんが食べられないか」
「大丈夫ですよ、ご夕食はルームサービスを取りますから」
「あちしは辛いのがダメにゃから、フレンチをお願いしたいにゃ」
「畏まりました」
因みにフランス料理には辛いメニューが存在しない。
このため、フランス人は世界で最も辛い物が苦手な国民と言われており、インドや中国など辛い料理が多い国への観光客は極端に少ないらしい。
第2次世界大戦まではインドシナ半島などで多くの植民地を抱えていたフランスだが、植民地統治のために派遣されて来た官僚が現地の辛い料理を食べることが出来なかったため、他の列強諸国に比べて撤退が早かったという説があるそうだ。
しばらくするとドアがノックされて、先ほどの執事が顔を覗かせた。
「お車のご用意が整いましてございます」
大地たちが病院の外に出ると、そこにはタイ王国の国旗をつけた黒塗りの大型車が停まっていて、運転手がドアを開けてくれている。
前後には警察らしき車両もついてくれたようだ。
「それにしても『王室最高賓客』ですか。
まあ姫のお命を救われたのですから当然といえば当然なのですが」
「そ、それってそんなにすごいことなんですか?」
「ええ、ローマ法王猊下やアメリカの大統領閣下や日本の天皇陛下と同じ扱いになります」
「げげげげげげげ……」
病院の外には、既に暗くなって来ているというのに大勢の市民がいた。
皆ピンク色の服を着ている。
空にはまだ黒い雲が垂れ込めていたが、上空には強風が吹いているのか、雲の流れも早かった。
大地たち一行を乗せた車は5分ほど走って大きなホテルに着いた。
その玄関前には10人近いドアマンと支配人らしき人までいて、大地たちに両手を合わせてお辞儀をしている。
大地たちは全ての荷物を取り上げられて、支配人直々の案内でロビー奥のエレベーターに向かった。
そのエレベーターの両脇にも軍服を着た軍人がいて、敬礼をしてくれている。
すぐにドアが開くと、支配人がするりと入り込み、ドアを抑えてくれていた。
大地がふと見ると、そのエレベーターには行先表示のボタンが1つしか無い。
どうやら最上階のプレジデンシャルスイート専用のエレベーターらしい。
最上階に到着してドアが開くと、そこにもボーイが6人もいてぞろぞろとついてくる。
「こちらがお客様のお部屋でございます。
ボーイたちが控室におりますので、ご用の際はなんなりとお申し付けくださいませ」
大地は控室付きの部屋を見るのは初めてだった。
それもどうやら護衛用の部屋と侍女用の部屋と執事用の部屋が3つもあるらしい。
そして、廊下の奥には広大なリビングルームがあった。
その部屋の両サイドにもいくつかドアがあったが、たぶんそれはバスルームや寝室だろう。
リビングのテーブルの上には小さな鐘が置いてある。
「ご用命の際は、恐縮ですがこちらの鐘をお使いください。
すぐに客室係が参りますので」
「ありがとうございます……」
支配人や客室係が帰って行くと、大地はソファに腰を降ろした。
「それにしても凄い部屋ですね」
スラくんが微笑んだ。
「そうですね、3年前にローマ法王猊下がお泊りになられた部屋ですので」
「うげげげげげげ……」
しばらくするとドアが控えめにノックされた。
どうやらルームサービスが来たようだ。
タマちゃんが姿を消したのを確認して入室を許可すると、支配人を先頭に6人ものボーイさんがルームサービスのワゴンを押して入って来た。
すぐにてきぱきとテーブルがセットされて料理が並び始める。
「支配人さん、ご無理を申し上げて済みませんでした」
「スラークン・イムチャンロンさま、とんでもございません。
お客様のご要望にお応えして快適に過ごして頂くことこそが私共の仕事でございます。
まして、王室の最高賓客さまであれば、タイ国民にとっても最高のご賓客さまでございますので」
食卓にはタイ料理が1人前とフレンチが2人前並び始めた。
通常こうした本格的コース料理では5回ほどに分けて料理が運び込まれるが、どうやらタマちゃんもゆっくり食事を楽しめるように、2回にしてもらったようだ。
まもなく1回目の料理が並び終わり、テーブルは豪華な皿でいっぱいになっている。
支配人は、なぜ2人しかいないのに料理が3人前なのかなどという質問は一切しなかった。
支配人とボーイさんたちが帰ると食事が始まる。
タマちゃんもワーキャット形態になって食べ始めた。
(あ、日本人の俺に配慮して、このタイ料理はあんまり辛くしてないんだな。
それにしてもさすがの超高級ホテルで、実に旨いわ)
皆空腹だったこともあって、つぎつぎに皿が空いていった。
タマちゃんが食べきれない分は、ストレーくんが器を出して収納庫にしまっていてくれている。
すぐに2回目のメインディッシュとデザートも運び込まれ、大地は大満足のうちに完食した。
食後はコーヒーをポットで貰って寛ぐ。
タマちゃんはホットミルクに砂糖を入れて飲んでいた……
ぜんぜん関係無いんですけどね。
あとがきのくせに長文お許しください。
(しかも内容はただの時事エッセイ……)
最近全世界的大問題になってるCOVID-19についてなんですけど……
諸外国での話題の内、『何故日本は人口当たり感染者数も死亡者数も少ないのか』っていうのがありますよね。
それで、信頼出来そうなデータを見つけたんで、調べてみたんです。
(データ出所:https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/death.html)
そしたら、『人口100万人当たり感染者数』では、日本は134人で少ない方から66位だったんです。
『(同)死亡者数』は7.1人で(少ない順に)108位でした(世界平均は48人)。
(まあ死亡者ゼロの国は27カ国もありますし、1人未満の国も26カ国ありますから)
<お亡くなりになられた方、心よりお悔やみ申し上げます……>
ですが、G20で見ると、100万人当たり感染者数は少ない順に3位で死亡者数は6位なんです。
統計がアヤシイ中国を除くと2位と5位になります。
まあ、中国の場合、
『国家指導部として命令する! 全人代までに何としてでも新規発症者と新規死者をゼロにせよ!』
『ははっ! 畏まりました!』
『おい、明日から新規発症者と新規死者をゼロにせよとのご命令だ』
『はっ! それでは発表数字は全てゼロとします!』
ぐらいのことはやりかねませんからねぇ……
なにしろ新型列車同士が正面衝突した大事故の際に、現場に駆け付けた共産党土木部が真っ先にやったことは、大きな穴を掘って証拠隠滅のためにその列車を全て埋めてしまうことだったという国ですから。
まあいくら何でもどっちの数字も完全にゼロのままっていうのはアヤシ過ぎるでしょう。
たぶんCOVID-19の犠牲者の方も穴掘って埋めてると思います。
それで「埋めてしまったので死因は不明です!」もしくは「そんなひとはいませんでした!」とか言ってるんでしょう。
他にも似たような国はいっぱいあるでしょうけど。
でですね、わたし、3月に中国とイランとイタリアでCOVID-19が大流行し始めたときに、友人に聞いてみたんですよ。
『なんでこの3カ国でまず大流行したんだろうか? なにか共通点があるんだろうか?』って……
そしたらそいつの答えが、『全世界、手を洗わない連中3大地域だから』だったんです。
彼らはンコした後でも手は洗わないそうですね。
シャワーのときでも石鹸使わないひとも多いそうですし。
要は『生まれてこの方石鹸なんかで手を洗ったことは一度も無いっ!』っていうひとが多いそうなんです。
私の周りは目から落ちたウロコで足の踏み場も無いほどでした……
もうひとつ。
日本と韓国の感染者数と死者が少ない理由について、欧米人たちは、韓国については『韓国の奇跡!』『韓国に学べ!』とか言ってますけど、日本については『検査キットが行き渡ったらすぐに大流行がバレるぞニッポン!』『ロックダウンもやってないくせにウチの国より発症者が少ないのはなにかインチキをしているからだ!』って言ってますでしょ。
だから『そのうち感染者数も死者も激増するのは間違い無し!』って……
でもそういう『インチキ説』って最近やや下火になって来てるんですよ。
なぜなら、いくら発症者数を胡麻化しても、死者の数を隠すのは(日本では)難しいからです。
そんなもん、COVID-19で死んだのに『心不全』だの『単なる普通の肺炎』だのなんだのだってウソついてたら、日本のマスコミやネット世論が黙っていないでしょうに。
総死者数なんか、緊急事態宣言のおかげでインフルエンザが流行しなかったためにむしろ減ってるらしいですし。
ただ……
ここでひとつ日本と韓国が欧米各国とは大きく異なる習慣があるんですわ。
そう、それは……
『家の中に入るときには靴を脱ぐ』っていうものなんです。
空中を浮遊しているウイルスって、表面張力で空気中の水蒸気の水分に付着しますでしょ。
それが夜露朝露で地面に落ちてるわけですわ。
(まああんまり長くは生存出来ないけど)
だから外を歩き回った靴で家の中に入ってきたら、そりゃあ床もウイルスだらけになりますわな。
特に夜家に帰って来た時なんかは。
欧州では、『家の中だろうがなんだろうが、人前で靴を脱ぐのははしたないこと』っていう文化意識もあるそうですね。
まあ文化のことをとやかく言ってもしょうがないんですけど。
でも特にフランス人の皆さん、職場の同僚全員と毎朝お早うの握手をして、退社時にさよならの握手もするのは如何なもんでしょうか。(それもトイレで手を洗わない方々と‥‥‥)
それで『日本の感染者数は少なすぎるからインチキしてる!』って言われてもねぇ……
ということで、なぜみんな、この『手を洗わない』『家の中でも土足で歩いてる』ということを感染拡大の原因だと思わないんでしょうか。
石鹸で手を洗うようにして、家に入るときには靴を脱ぐようにする。
これだけで最高の感染対策になると、なんで誰も言わないんでしょうか?
言ってはイケナイんですか?
だとしたら、なんで言ってはイケナイんですか?
さらにですね。
日本の人口密度って1平方キロ当たり336人で世界第34位なんです。
でも、日本の居住可能面積って国土の約32%しかないんですよ。
ついでに面積が広くって人口が比較的少ない北海道を除くと、『居住可能地当たり人口密度は、1213人に跳ね上がるんです。
これ、世界国別人口密度ランキングで8位になります。
さらに言えば、日本より人口密度の高い国って、マカオ、モナコ、シンガポール、香港、ジブラルタル、バチカン、マルタなんですよ。
つまりみんな小さい国(一番広い香港でも面積1200平方キロ以下で静岡市より狭い。日本は37万平方キロ)ばっかりなんですわ。
つまり、北海道と居住不能地を除いた『居住可能地当たり人口密度』では、非常に狭い国を除くと日本は世界一なんです。
要は『世界で一番密な国(地域)』なんですね。
その、『世界で一番密な地域』に於いて、感染者数も死亡者数も低いままなんです。
ということで結論を申し上げましょう。
ねえ世界のみんなぁ、石鹸で手を洗おうよぉ……
それから家に上がるときには靴を脱ごうよぉ……
ロックダウンストレス解消のために抗議デモとかしてクラスター作ってるヒマがあったら、もう少し文明人らしい清潔な暮らしをしてみたらどーだい?
以上!