*** 130 ウエスタリア王国侵攻軍 ***
ブルビル軍の快進撃は、草たちの手によって定期的にバリウス侯爵の下へ届けられており、そのたびに侯爵閣下は狂喜していた。
こうして、ブルビル率いるバリウス軍は、たったの2か月でカルマフィリア王国の15の村と8つの准男爵領都、2つの男爵領を占領したのである。
ブルビル軍の死傷者は皆無だった。
そうして、侵攻軍総司令官ブルビル侯爵家2男は、占領地を統治するための兵員の増援と文官の派遣をバリウス侯爵に要請したのである。
増援が行われるまでは、侵攻は一時停止されるだろう。
この占領地はカルマフィリア王国の領土の約15%、中規模国ウエスタリア王国の領土に対しても、10%もの比率に上った。
この功績をもって、総司令官ブルビルは男爵に叙爵され、貴族家を興すことに成功したのである。
ある男爵邸を居城に定めたブルビル男爵は、部下たちを集めて会議を開催していた。
むろん部下たちもそれぞれが准男爵や騎士爵に昇進し、それに見合った領地も拝領している。
会議のために集合した部下たちは、なぜか沈痛な顔つきをしていた。
上機嫌なブルビル新男爵とは対照的である。
「この領は、占領直後ということもあって、父上であるバリウス侯爵閣下より半期の税を免除された。
これより各人は、次の期の納税見込み額を報告せよ」
「わたくしは2つの村と1つの街を賜りましたが、残念ながら来季の納税見込み額は10石ほどでございます……」
「なんだと! なぜそのようなことが起こりうるのだ!」
「街民共は少ないながらもそこそこの数がおりましたが……
2つの村の農民共が、併せて3人しかいなかったためでございます」
「な、なんだと!」
もちろん、大地の勧誘でウエスタリア王国の侵攻が始まる前からダンジョン村に移住していたからである。
「つ、つまり農地はあっても、そこで麦を作る農民がいないのです」
「なんということだ……
そ、それでは街民共を農村に送って作物を作らせろ!」
「食物が無いためにすぐに飢え死にしてしまいます」
「そ、それでは兵糧の一部を与えて街民を農村に派遣せよ!」
「街民どももたったの50名しかおりません。
それも農業などまったくしたことが無いために、ほとんど収穫は期待出来ないようでございますし、兵糧にも限りがございます。
元々占領した村々の食料をもって兵糧の足しにする予定でございましたが、それらの村にもまったく食料はございませんでしたので」
「な、なんということだ……
そ、それでは他の村や貴族領の街の報告をせよ!」
「わたくしの拝領した2つの村と1つの准男爵領都もまったく同様でございます……」
「わたくしの領地も……」
「わたくしも……」
「な、なんだと!
お、おい文官長!
この領の来季見込み納税額は、合計でいくらになる!」
「すべて合わせても100石ほどでございます」
「か、カルマフィリア王国の石高は1万5000石と言われていただろう!
その領土の15%を占領したのだから、どんなに少なく見積もっても2000石は収穫高があるはずだ!
ならば7公3民で1400石の税収が上がるはずではないか!」
「残念ながら、それは農民共が揃っていた場合の話でして、今現在この男爵領の農民は合わせて30人しかおりませんので致し方無いかと……
また、街民は500ほどおりますが、早急に食料を用意してやらなければほぼ全員が冬を越せないかとも思えます」
「!!!」
「ですので、侯爵閣下に食料の増援をお願い出来なければ、来年の春にはブルビルさまの統治されるこの地の住民は100名を割り込み、税収はゼロに落ち込んだままになりましょう」
「そ、それでは周辺のカルマフィリア王国領に兵を派遣して、農民共を攫って来させろ!」
「そのために既に偵察隊を出したのですが、どの農村も蛻の殻だったと……」
「なに!
そ、それでは侯爵閣下にご依頼して、侯爵領の農民共を移住させよ!」
「あの……
侯爵領でも不作が続いておりますのでそれは難しいかと……」
「な、ならば、全ての街の奴隷商に兵を送って奴隷を徴発して来いっ!」
「それが……
この辺り一帯の奴隷商は、奴隷ともども全て行方不明となっておりまする……」
「な、なんだと……
そ、そそそ、それではどうすればよいというのだ!」
「今のところ良案はございませぬ。
それより一刻も早く侯爵閣下への食料増援のお手紙をお願い申し上げます。
あと20日ほどで、我が軍の兵糧も尽きて兵たちが飢えてしまいますので……」
「!!!!!」
かくして、半年後にはこの侵略地の男爵であるブルビルは爵位を剥奪されて幽閉されることになる。
その後任もそのまた後任も……
いつしかこの領は、『ウエスタリア王国貴族の流刑地』と呼ばれるようになっていく。
そうして……
ウエスタリア貴族のごく一部は、真の富とは単なる領地だけでなく、その土地に住む農民も合わせて初めて富になると気づくのであった……
同様な動きがカルマフィリア王国東部でも北部でも始まったために、大地は王都と周辺大貴族領に於いて、『ダンジョン商会季節従業員募集』を開始し、併せて農村での『出稼ぎ』勧誘も本格化したのである。
最初は半信半疑だった民たちも、西と東と北から他国の侵攻が伝えられるにつれ、不安になっていった。
そうして、次第にダンジョン商会の王都支店や上級貴族領の支店に駆け込んで行くようになったのである。
これら季節従業員希望者や出稼ぎの者は、まずダンジョン村で食事を与えられた上で、『クリーンの魔道具』で清潔にされ、傷病の治療が行われる
その後はダンジョン国のルールを説明され、その上で順番にダンジョン村の移民担当職員たちから順番に面接を受けることになっていた。
「マリウスさん、あなたはどんな職業につきたいですか?」
「そうだの、オラは生まれてこの方ずっと農民だったから、作物の世話も得意だけんど、いっぺん街でも働いてみたかったのう」
「それではまず職業紹介所で街の仕事を探してみられたらいかがでしょうか。
魚処理工場や料理工場やレストランの給仕など、実にたくさんの仕事がありますよ」
「だけんどオラ、そんな仕事をしたことが無いもんで……」
「大丈夫ですよ、どの職場にも新人担当の職員がいて、仕事の仕方を教えてくれますし」
「でものう、合わない仕事を選んじまって、そのあと後悔するとなると……」
「それも大丈夫です。
ダンジョン村では職業選択は自由ですので、自分に合わないと思われたらすぐ職場を変えられますし」
「そ、それは安心だども、ほんとにそんなことしていいんかね?」
「ええ、どんな職場でも一生懸命働いてくだされば」
「ありがとうよ。
それじゃあその『しょうかいじょ』っていうところに行ってみるだ……」
「ミガスさん、残念ながらあなたには殺人歴があるために、このダンジョン村では普通に受け入れることが出来ません」
「そ、そんなことはしていないっ!
いったいなんの証拠があって……」
「こちらの『鑑定の魔道具』に戦場や正当防衛以外の強盗殺人数が8件と表示されていますので確実です」
「こ、こここ、この野郎っ!
お前もぶっ殺してやるっ!」
ミガスが消えた。
「あーあ、あの様子だとたぶん終身刑でしょうねえ。
それでは次の方を呼んで下さい」
「マイススさん、あなたは戦場や正当防衛以外の強盗殺人数が2件ございますので、他の皆さんと同じようにダンジョン村に受け入れることが出来ません」
「はあ、そんなことまでわかるんですか……
若いころ盗賊なんかやっていたツケが、今頃巡って来たんですね……」
「それであなたの選択肢なんですが、2つあります。
ひとつ目はこのまま元の場所にお帰りいただくことですね。
もうひとつは、このダンジョン村で牢に入ってもらうことです」
「なあ、その牢ではどんな仕事をさせられるんだい?」
「禁固刑ですので、基本的には仕事はございません」
「仕事は無いのか……
出来れば料理の仕事のある牢がありがたいんだが。
最近では自分の食堂で料理を作っていたんでな」
「それでは囚人用の料理を作る料理工場付きの牢でいかがですか?」
「ああ、その牢に入れてくれればうれしいよ」
「そこでの働きぶりと生活態度によっては、将来恩赦があるかもしれません」
「ミラルさん、あなたはどんな仕事に就きたいですか?」
「あの、わたしお貴族さまのお邸でメイドをしていたんですけど、ご主人さまがいなくなってしまったんです。
ですから、出来ればこの国でも貴族邸でメイドが出来ればと思って……」
「この国には貴族はいないんです」
「えっ……」
「ですからメイドもいないんですよ」
「そ、そんな……
わたし、王都の伯爵邸でメイドにしてもらえて、村では出世頭って言われていたのに……」
「それはお気の毒ですが、なにしろ貴族がいないんですからどうしようもありません」
「あ、あの、お貴族さまがいなければ、誰に税を払うんですか?」
「税もありません」
「ええっ!」
「ですから、働き口は、農場や料理工場やレストランの従業員などになりますね。
いちど『職業紹介所』に行って詳しい説明を受けられることをお勧めします」
「はい…… ありがとうございます……」
もちろん避難民や移住者の中にはダンジョン村で犯罪を犯す者も多かった。
だが、暴力犯罪はすぐに『幻覚の魔道具』で鎮静化し、重犯者は『変身の魔道具』で身長30センチにされてしまうために、犯罪行為もすぐに激減していく。
仮に窃盗行為が行われたとしても……
「おい、この農具鉄製だぞ」
「ほ、本当かよ……」
「ああ、間違いないな。
青銅製だったらすぐに刃先が鈍っちまうが、これはぜんぜん鈍らねぇ」
「これ、売ったらいくらぐらいするんだ?」
「そうだな、鍬1本で金貨50枚は固ぇぞ」
「すげぇ……
それじゃあこれ盗んで王都で売れば大金持ちか」
「それでよ、これから食堂でパンやらなんやら集めようぜ。
それから竹の水筒も持って、鍬持って逃げよう」
「でもよ、王都まで歩いてどれぐらいかかるんだ?」
「さあな、だがこの鍬で途中狩りをしながら行けば、いつかは着くだろうよ」
「へへ、そうだな。
それで王都に行けば俺たちゃ大金持ちか……」
「それじゃあ食い物を集めようぜ」
「おう!」
数日後。
「へへ、ちょろいもんだな。
食い物もたっぷり持ち出せたし、鍬も4本も盗めたしよ」
「しかも道もこんなに綺麗で歩きやすいしな」
3日後。
「な、なあ。まだ王国にゃあ着かねぇのかな」
「狩りをしようにも獲物がぜんぜん居ねぇし……
明日は1日休んで狩りをするとしようか」
「あ、ああ……」
8日後。
「お、おい、とうとう喰いもんが無くなったぞ」
「俺もう腹減って一歩も歩けねぇよ……」
「お、俺もだ…… き、今日はここらで休もうか……」
「あ、あそこになんか看板があるぞ!」
「よ、ようやく王国に着いたのかな」
「お前ぇ、確か字ぃ読めたよな」
「ああ、少しならな」
「な、なんて書いてあるんだ?」
「ち、ちょっと待て、今読んでやる……
なになに、『←ここよりダンジョン村領地。もう猛獣は出ないようにしてあります。ダンジョン村までは約300キロ(約8日)』
『ここより大森林地帯。猛獣注意。カルマフィリア王国王都まで約300キロ(約8日)→』だと……」
「な、なんだって!
まだ半分しか来てねぇのか!
そ、それも猛獣注意だと……」
「はんっ!
猛獣だろうとなんだろうと、この鉄鍬さえあれば!」
ぐおおおおおお―――っ!
「な、なんだありゃ!」
「く、熊だっ! そ、それもバカでかいっ!」
「に、逃げろぉっ!」
「はぁはぁ……
どうやら村には入って来られないみてぇだな……」
「あの看板の手前でうろうろしてるわ……」
「な、なあどうする……」
「どうするってお前ぇ……
む、村に帰ぇるしかねぇだろうに……」
「やっぱそうなるか……」
10日後、ダンジョン村手前で衰弱死した男たちは、村の刑務所内でリポップされたそうである……