*** 13 タマちゃんとショッピング ***
「お待たせ」
「すっごい重装備だにゃあ」
「まあ今の外気温はマイナス22度だからね。
これぐらい装備してないと」
「魔法がにゃい世界は不便にゃ」
「でもだからこそこれだけ科学が発達したんじゃない?」
「なるほどにゃ。
にゃったらアルスもあんまり魔法を普及させない方がいいかもだにゃ」
「でも鉄が無いと斧も作れなくって木も切れないから、薪も足りないんじゃないか。熱の魔道具は喜ばれるよ」
「そっかー、なんとか鉄を普及させても武器に出来ない方法は無いもんかにゃぁ」
「うん、今それを考えてるところ。
ところでタマちゃんはどこに乗る?
歩いて行くのたいへんだよ」
「もちろんダイチの頭の上にゃ」
「はいはい……」
(あ…… そ、それって……
俺は『猫を被ってる』っていうことになるのか…… ぷぷっ)
「またなんかヘンなことこと考えてるにゃ」
「い、いえいえなんでもありません……」
「うにゃー、綺麗な景色にゃあ……」
「うん、厳冬期のこの山風景って格別だよね。
人工物は遥か遠くに街が少し見えるだけだし。
ところでタマちゃん、頭の上で揺れてて大丈夫?
酔ったりしない?」
「にゃから『状態異常耐性』があるって言ってるにゃぁ」
「そ、そうか。やっぱり便利だわ」
「さて、もうけっこう降りて来たから少し休憩するよ」
「にゃっ」
「それじゃあ少しレーションも食べるかな」
「それ何にゃ?」
「ん? チーズと魚肉ソーセージだけど……
食べてみる?」
「にゃっ」
「こ、これ美味しいにゃぁ!
ダイチ! 高級ネコ缶にチーズと魚肉ソーセージ追加にゃぁっ!」
「はいはい」
(はは、タマちゃんと暮らしていくのも楽しそうだ。
たった半年とはいえ、やっぱり俺もひとりだと寂しかったのかな……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さあ着いたぞ、麓の家だ。
登りは7時間かかったけど、下りは3時間ちょっとか。
いいペースだ。
やっぱりラッセル跡があると違うなぁ」
「登って来た時の踏み跡を辿ってたのかにゃ?」
「うん」
「歩幅が違って歩きにくくないのかにゃ?」
「登りも下りも1歩の歩幅が狭いほど楽なんだよ。
例えば一歩で高度10センチ上がるときの疲労度に比べて、20センチ上がるときは3倍疲れるんだ。
だから歩幅が狭いほど疲れないのさ。
それにスノーシューでラッセルして来たから、踏み跡はそれほど厳密に辿らなくてもいいし」
「そういうもんなのかにゃ」
「だから整備されてて段差の少ないルートの方が遥かに楽なんだ。
雪山なんかは、ラッセルさえされてれば小さな歩幅で歩けるから夏道よりも楽なんだよ」
「へーにゃ」
「さあ、仏壇のじいちゃんに挨拶して街の家に帰ろう」
(じいちゃん、俺、祠様にダンジョンマスターにならないかって勧誘されたよ。
まだ正式に返事はしてないけど、俺としては挑戦してみるつもりになってるんだ。
特にじいちゃんの手記を読んでからは、自分でも不思議なぐらいやる気になってるみたい。
まあがんばってやってみるから、天国から見ててよね……)
あ、タマちゃん、まだ遺影に向かってお祈りしてる……
それにしても、後ろ脚を前に投げ出して、おしりで座って前足を合わせて仏壇に祈る子猫……
うーん、シュールだわ~。
〇―チューブに流したらバカウケ間違いないわ~。
タマちゃんがお祈りを終えた。
「それじゃあそろそろ街の家に転移するにゃ」
「あ、ここに来るとき乗って来た自転車どうしよう」
「一緒に転移すればいいにゃ」
「便利だねぇ」
「それじゃあ自転車持ってにゃ」
「うん。
ところで街の家のどこに転移するの?
庭とかだと万が一ご近所の人に見られたら……」
「庭の物置の中にゃよ」
「あ、そうだったのか。
じいちゃんが建てた物置なのに、中になんにも置いてなかったんで不思議に思ってたんだけど、転移用の場所だったんだ」
「それじゃあ転移するにゃよー」
大地とタマちゃんは一瞬にして物置の中にいた。
「すげぇ、もう物置の中だ……」
「ダイチもそのうち慣れるにゃあ。
それじゃあ自転車をその隅に置くにゃ。
家の玄関の内側に短距離転移するにゃよ」
「そっか、この重装備のまま庭を歩いててもヘンなひとになっちゃうもんね」
「にゃっ」
「あー、家に帰って来たよ。なんかほっとした。
それじゃあタマちゃん、ちょっと待っててね。
今から着替えて洗濯機回すから、それ終わって1時間ばかり時間を潰してから佐伯さんに電話して、それから街に買い物に行こう」
「にゃ」
「そうそう、そういえばさ。
タマちゃんに教えて欲しかったことがあるんだ」
「なんにゃ?」
「例えばダンジョンマスターを引き受けたとするじゃない」
「にゃ」
「それでぜんぜん効果が上がらなかったとするでしょ。
例えばやっぱり誰も来ないままだったとかで。
そういうときって、ダンジョンマスターは神界に罰せられるの?」
「そんなことは無いにゃ。
もしそんなことしてたら誰もダンジョンマスターになってくれにゃいにゃぁ」
「それもそうか」
「にゃから、いろいろ考えたり努力したりしていれば、現地時間で3年を目途に交代させられて元いた世界に戻されるにゃ」
「でもツバサさまの怒りの雷でチリにされちゃったひともいたんだよね」
「あれは私利私欲のために現地住民を虐殺して、自分の国なんか作ろうとしたからにゃ」
「なるほど」
「最近では他にも罰せられてるダンジョンマスターもいるけどにゃ」
「どんな罪で?」
「最初口では上手い事を言っておきながら、異世界観光旅行のつもりで引き受けるような奴らにゃあ。
最初に貰ったダンジョンポイントを自分のためだけにしか使わずに、何の努力もしないで3年間楽しもうとするような奴らにゃよ。
もっとも、ダンジョンから出れば魔法もレベル1までしか使えにゃいせいですぐ死んじゃうから、ダンジョンから出る事すら出来ないけどにゃ」
「ずいぶんと退屈だろうねぇ」
「それで最初のダンジョンポイントを使い切ると、すぐに元の世界に戻ってしまうんにゃ」
「そりゃまあ罰せられてもしょうがないね。
それでどんな罰を与えられたの?」
「神界がそいつを強制的にアルスに転移させて、ヒューマノイドのクニグニにほっぽり出してたにゃあ」
「それ3日と生きていられないかも……
そうやって、何の努力もしなかったせいで元のまま放置していた世界を見ながら死ね、っていうことか……」
「んにゃ」
「あ、そろそろいい時間だ。
佐伯さんに無事帰還の連絡を入れよう。
『ああ、佐伯さんですか。大地です。
ええ、今自宅に着きました。
はい、麓の家からここまではほとんど緩やかな下り坂ですから、時間はかからないんですよ。
須藤さんと静田さんへの連絡は……
すみません、よろしくお願いします』
「それじゃあタマちゃん出かけようか。
あ、姿は消しておいてもらえるかな。
外にいるときは念話で話そう」
「にゃっ」
(ダイチダイチ、この店なんの店にゃ?
なんかあちしに似た姿のやつがいっぱいいるけど)
(ん? ここはペットショップだよ。特にネコ専門店かな。
高級ネコ缶買いに来たんだ)
(なんかコーノスケがいつもネコ缶買ってた場所と違うにゃあ)
(そうか、じいちゃんはいつもスーパーでネコ缶買ってたのか)
(そうにゃ、税抜きで88円か98円のやつだったにゃ。
うにゃっ! こ、このネコ缶1個190円もするのかにゃっ!)
(すごいなタマちゃん、地球の金銭感覚まで持ってるのかぁ)
(当然だにゃ)
笑顔の女性店員さんは猫耳のカチューシャをつけていた。
「すみません、ネコ缶はこの棚にある分で全部ですよね」
「はい、そうですにゃ♪」
(にゃて……)
「お客様のネコちゃんは何歳ですかにゃ?」
(タマちゃんは何歳なの?)
(183歳にゃ)
「えーっと、3歳です」
(183歳って言ってるにゃっ!)
(そんな猫、地球に居ないから……)
(え~、猫又さんがいるにゃぁ)
(居るのか……)
「それでしたらお客様、こちらの棚のネコ缶がお勧めですにゃ。
成長期のネコちゃんにぴったりのお食事なんですにゃ」
「それじゃあその棚にあるやつ、全部3つずつ下さい」
「ありがとうございますにゃ」
(ダイチ、なんで3個ずつしか買わないんにゃ?
もっといっぱい買って欲しいにゃぁ)
(いろんな種類を食べ比べてみてよ。
その中で気に入ったやつがあったら、それをたくさん買おう)
(なるほどにゃー。それいいにゃぁ。
あっ! ダイチ、あれ買って、あれ買ってにゃ!)
タマちゃんの見えない尻尾がダイチの首筋をぺしぺしと叩いている。
(あれってどれ?)
(その棒の先にヒモがついてて、その先にネズミのおもちゃが付いてるやつにゃっ!)
(はいはい、これね……)
「これも下さい」
「ありがとうございます。
またのお越しを心よりお待ちしてますにゃ♪」
店を出ると、大地はネコ缶が入った袋を街用の小型ザックに入れた。
(それあちしの収納庫に入れるにゃよ)
途端にザックが軽くなる。
(ありがと。
それじゃあこれからスーパーに行って、お刺身とお寿司を買おう)
(お菓子も買ってにゃ! あとチーズと魚肉ソーセージもにゃ!)
(はいはい)
(お、まだ時間が早いせいか、けっこう数があるな。
それじゃあ刺身盛り合わせ5つとお寿司セットを5個ずつ買うか。
弁当も各種10個ぐらい買っておこう。
後はおにぎりだな。
お菓子はどれがいいの?)
(ポテチとチョコがいいにゃぁ)
(ネコに悪そうなもんばっかし……)
(あちしを地球のネコと一緒にしないで欲しいにゃ!
あ、チーズとソーセージも忘れずににゃ!)
(はいはい)
大地の銀行口座には、未成年者後見人の佐伯が管理する遺産基金から毎月50万円ずつが振り込まれている。
いくらなんでも多すぎると言ったのだが、佐伯は笑って取り合わなかった。
それでも当初は大地が浪費しないか気にしていたようだが、たった半年で残高が200万以上になっている預金口座を見て安心しているようだ。
(これからは食費が倍になりそうだけど、なんせタマちゃんの分だからなぁ。
天国のじいちゃんも気にはしないだろう)
「それじゃあそろそろ家に帰るのかにゃ?」
「あ、待って、ケーキも少し買って行こう」
大地は静田の会社が経営している市内最大手のホテルに入り、レストランに併設されたショップでケーキを買う。
店員さんは静田とよく一緒に来る大地を覚えているのか、その対応は実に丁寧なものだった。
「これで買い物は全部終わりかにゃ?」
「うん」
「あ、ここあの神社に近いのにゃ。
ちょっと寄ってくにゃあ」
「神社?」