*** 128 超高額商品 ***
どうやら誰も手を挙げないようだ。
「ご希望の方はいらっしゃいませんか……
それでは最後にもう少し安い商品をお見せしましょう」
またもワゴンに乗ったガラスケースが出て来た。
そのケースには地球で30万円で購入された高級ティーセットが入っている。
金銀の縁取りに加えて5色もの色彩で花の絵が描かれた逸品だった。
またも会場全体がフリーズしている。
「こ、こここ、この色はどうやって付けたのだ!」
「こ、この金銀の装飾は!」
「はは、もちろん製法上の秘密はお伝え出来ませんよ。
それともみなさまの大商会では、いちいち商品の作り方を教えてくださるのですか?」
「「「「 …………(ぐぅ)………… 」」」」
「それでは、こちらの最高級ティーセットのご提示価格は、金貨200枚(≒2億円)になります」
「「「「 !!!!! 」」」」
「購入後希望の方は、恐縮ですがお手を挙げていただけますでしょうか」
沈黙が広がる中、ガルビル商会の会頭がのろのろと手を挙げた。
「う、うちは1セット買ってやろう……」
他の4大商会の会頭がガルビル商会会頭を睨みつけている。
誰かが皇太子殿下にこのティーセットを献上した場合、他の大商会も献上を要求されるのは確実だからである。
「う、うちも1セット買おう」
「うちもだ……」
挙がった手が皆震えていた。
「お買い上げありがとうございます」
「ふ、ふはは。
これでこの商会の商品は、あらかたなくなったであろう!」
「もはやこのような常識外に安い商品を卸すことは出来まい!」
「あとは我らが共謀して値段を吊り上げればよいだけの話よ!」
「我らが名を聞いたことも無いような国だ。
そのような遠方からでは、商品を持ち込んでくるのもさぞかしたいへんだろうからな、ふはははは」
「いえいえ、我らには十分な在庫がありますので、ご懸念には及びませんよ」
「ははは、嘘をつけ」
「これだけの品を我らに知られぬように持ち込んだのは褒めてやる。
だがこれ以上の量の品があるわけがなかろう!」
「いえいえ、確かに本日皆さまには多くの品をご購入頂きましたが、それでも私共の在庫の100分の1にも満たない量でございますね」
「嘘をつくなっ!」
「やれやれ、それではみなさん、お疑いの方は私共の在庫倉庫をご見学になられたら如何でしょうか」
「な、なんだと……」
「倉庫見学をご希望の方は、恐縮ですがあちらの出口付近にお集まりください」
結局招待客51組102名全員が見学を希望した。
全員でぞろぞろと長い階段を降りて行く。
1階のロビーを過ぎてさらに長い階段を降り切ったところにその倉庫はあった。
「「「「「 !!!!!!! 」」」」」
「な、ななななな、なんだこのバカでかい倉庫はっ!」
「ええ、実は外の庭園の地下はすべて倉庫になっていたのですよ」
「な、なんだと……」
その倉庫は、幅80メートル、奥行きが70メートルもあった。
天井高も8メートルあり、無数の柱で支えられている。
そうして、その巨大な空間にはあらゆる場所に巨大な棚があり、そのすべてが商品で埋め尽くされていたのである。
「あちらの棚はティーセットの棚ですね。
あちらは紅茶、それからあそこは塩の棚になります。
その左手は砂糖でその隣が胡椒です。
そうそう、あちらには鉄貨の棚もございますね」
皆が目をやると、そこにはやはり巨大な棚があって、20キロ鉄貨がぎっしりと納められていた。
5大商会の会頭たちがへなへなと崩れ落ちた。
その他多くの者もその場で腰を抜かしている。
無理もない。
その場にある商品をすべて買おうとすれば、この国の金貨を全てかき集めたとしても、到底足りないだろう。
全員がこれほどまでの富を目にするのは初めてだった。
上には上がいることを思い知らされたのである。
「無理だ……
ここまでの品を、我々商会に気取られずに持ち込むのは無理だ……」
「はは、わたしは『アイテムボックス』を持っていますからね。
簡単ですよ」
「な、なんだと!
あ、アイテムボックスだと!」
「あ、あのデスレル帝国の最高国宝のアイテムボックス……」
「そんなちゃちなものと一緒にしないでください」
「な、なに……」
「デスレル帝国のアイテムボックスはせいぜい家1軒分の収納量ですよね。
ということはレベル3程度のおもちゃみたいなものですね」
「「「「「 …………… 」」」」」
「わたしの持っているアイテムボックスはレベル10ですので、この地下倉庫も含めて建物ごと収納出来ますから」
「う、ううう、嘘をつくな……」
「あれ?
みなさん不思議には思っていらっしゃらなかったんですか?
何故急にこんな大きな建物が現れたのかって……」
「「「「「 …………… 」」」」」
「そ、それはなにかで誤魔化している間に何年もかけて建てたに違いない……」
「そ、そうだ。そうに違いないのだ……」
「はは、それじゃあ実演してご覧に入れましょう」
「な、なんだと……」
「恐縮ですが皆さま1階に戻って庭園に出ていただけますか?」
建物の扉を出ると、そこには直径30メートルほどの円盤が置いてあった。
周囲には手摺もついている。
「皆さまこちらの魔道具にお乗りくださいませ」
全員がのろのろと乗り込むと円盤が浮いた。
そのまま高度10メートルほどを保って門の近くまで移動する。
ほとんどの客が顔面蒼白になっていた。
(ストレー、俺が『収納』って言ったら、この支店施設を地下室ごとすべて収納してくれ)
(畏まりました)
「それではこちらの支店をアイテムボックスに入れてみましょう」
大地の手には、いつのまにか小ぶりの鞄がある。
「『収納』……」
途端に眼下の建物も庭園も消えた。
後に残されたのは、縦150メートル、幅80メートル、深さ12メートルの巨大な穴だけだった。
「いかがですかみなさん、レベル10のアイテムボックスであれば、この程度のことは簡単なのですよ。
つまり、わたしはわたしの国からこのアイテムボックスに建物も在庫も入れて、ひとりで運んで来たのです。
おわかりいただけましたでしょうか」
「「「「「 ……(げげげげげげ)…… 」」」」」
中堅商会の商会長が我に返った。
「う、うちの護衛たちはどこに行ったのですか!」
「ご安心ください、今はこのアイテムボックスの中の控室でお食事を為されていると思います」
「あ、アイテムボックスには生き物は入らないんじゃ……」
「それはレベル5までの安価なアイテムボックスの話ですね。
レベル10ともなれば、そうした制限もありません」
「そ、そそそ、そのアイテムボックスはいくらだ!」
「はは、中身が空になった状態で金貨1000万枚(≒10兆円)ですが、お買いになられますか?」
「「「「「 !!!!!! 」」」」」
「残念です。
今日は廉価品はたくさん売れましたが、高額品はまったく売れませんでした。
やはり、このような小さな国では、大商会とか言っておられる方々も大したことはなかったのですね。
次はもっと大きな国でオークションを開催することに致します」
「がぎぐぐぐぐぐぐ……」
「それでは商会の建物も、中身も元に戻すことにしましょうか」
(ストレー、俺が『排出』と言ったら建物を出してくれ)
(か、畏まりました……)
「『排出』……」
その場に音も無く元の商会の建物が出現した。
「「「「「 !!!!!! 」」」」」
メッシュ商会のメッシュくんが手を挙げた。
「メッシュさんどうぞ」
「会頭さん、今見せてもらったように、そのアイテムボックスはこんな大きな建物も収納出来るんだよな」
「はい」
「もしこの庭園に完全武装の兵士が1万人いても収納出来るのか?」
「もちろん出来ます」
「ということはさ、このアイテムボックスを国が買ったとしたら、どんな大国相手の戦争でも勝てそうだな。
なにしろ王都に突然兵が1万人も現れるんだから」
「「「「「 !!!!!! 」」」」」
「はは、もちろんその通りでしょうね」
「それをあんたは他の国でのオークションでも出品するつもりなのかい」
「はい」
「ふう、この国を狙ってるノザリア帝国なんかにもし買われちまったら大変だな」
「へ、陛下にご注進申し上げて、急いで北の国境警備を厳重にして貰わねば!」
「王都の城門の警備もだ!」
「あはははは、やはり大商会の会頭さんでも頭が固いのですね。
そんなことをしなくても、皆さんは今宙に浮く円盤に乗っておられるではないですか」
「「「「「 !!!!!! 」」」」」
「この円盤の小さなものを買って黒く塗り、夜中に飛んで行けばいいだけの話です。
そうすれば、王城内の庭にも兵1万を出すことが出来ますね」
「なあ商会長さん。
あんたの国は、なんでそうやってこの国を滅ぼさないんだ」
「この国はあまり豊かではありませんからね。
よって興味もありません」
「そうかい。
はは、国が貧しくて良かったと思うのはこれが初めてだな。
でももしそのアイテムボックスが他の国に売れたらかなりまずいわ」
「そうですね、そうしたらわたくしどもは、ダンジョン国への移住か避難をお勧めするでしょう」
「移住? 避難?」
「ええ、この国の王侯貴族が滅んで戦乱が収まるまで、我が国に避難されて来たらいかがでしょうか。
もちろんそのまま移住されても構いませんが」
「ああ、そのときはそうさせて貰おうかな。
王侯貴族が死に絶えても、俺たち平民は生き延びるとしよう」
「ま、待てっ!
し、商会はどうなる!」
「そのときは商品だけ持って避難すればいいんじゃね?
命あっての物種だぞ?」
「わ、わしは王都最大の商会の会頭だぞ!
そ、そんな避難民みたいなことが出来るか!」
「じゃあ死ねば?」
「な、なにっ……」
「敵国の兵士たちが真っ先に狙うのは王族と貴族だけど、次は大手商会だぜ」
「「「「「 !!!!!! 」」」」」
「つまらんプライドのせいで王侯貴族と一緒に死ぬんか。
まあ、殉死ってぇやつだなぁ。
おっさんも誇り高かったんだな。
俺は誇りより命が大事だから、家族や従業員と一緒に避難させてもらうわ」
「な、ななな、なんだと……」
「それでは皆さま、本日のオークションはこれで終了でございます。
今日はたくさんのお買い上げ、誠にありがとうございました……」
(あの…… ダイチさま)
(なんだストレー)
(わたくしの価格は金貨1000万枚なのでしょうか……
もし本当に金貨1000万枚を持って来た者がいたら……)
(あははは、お前の価値はそんな端金では計れないよ。
あれは大商会をビビらせるための方便だ)
(は、はい……)
(だが、もしも本当に買いたいという奴が現れたら、レベル8ぐらいのものを売りつけてやるかな)
(安心いたしました……)
(お前の価値は計り知れないんだ。
手放すことなんか絶対に無いから安心してくれ)
(あ、ありがとうございます…… ううううっ)
(はは、泣くな泣くな。
お前を不安にさせるようなことを言って悪かったな。
許してくれ)
(す、すみません。
でもダイチさまにそう仰って頂けて嬉しくて……)
オークションが終わると、5大商会の商会長たちはガルビル商会の会頭室に集まった。
「あの若造はもはや生かしてはおけんな……」
「この国のためにも早急に始末するべきだ」
「だがどうやって?
やつらは100人以上の護衛を抱えているぞ。
我らの護衛を全て合わせたとしても、互角にしかならんだろう」
「わしに考えがある。
今日奴から買った品を使って、早急に王太子殿下との面談をセットしよう」
「なるほど」
「あの茶器や焼き菓子などを大量に特別献上すれば、侯爵閣下も動いて下さるに違いない。
そうして王太子殿下にあの若造の危険性と富のことをお伝え出来れば……」
「そうだ、あの強欲な殿下のことだ。
必ずや近衛兵や衛兵隊を動かされるだろうな……」
「そうすれば、我らも押収した商品の販売を任されることとなろう」
「それでは特別献上品を惜しまず、殿下との面談を取り付けるか」
「「「「「 うむ! 」」」」」