*** 126 村行商 ***
また或る日。
「なあダイチ、各街でのオークションも順調だし、中断していた村への行商を再開しようと思うんだが」
「そりゃいいことだなガリル。
俺も是非同行させてくれ」
「ダイチも行くのか?」
「実は俺、まだ村には行ったことがないからな。
ついでに村長との応対もやらせて欲しいんだが」
「わかった」
(シス、『鑑定』で見られる相手の項目の中に、『過去6か月間の正味労働時間』っていう項目を追加出来るか?)
(念のためテミスさんの承認が必要になりますが)
(テミス、構わんか?)
(ただいま神界の承認を取り付けました)
(早いな!)
(どうも最近、ダイチさまの要請はすべて認められるようになった模様です)
(なんでだ?)
(わたくしには分りかねますが……
神界がダイチさまのご活躍に満足されている証拠ではないでしょうか)
(そんなもんかね……
それじゃあシス、その項目を付け足しておいてくれ)
(畏まりました。
レベル8以上の『鑑定』で閲覧可能でございます)
(その能力は、テミスとシスも取得しておいてくれな)
(( はい ))
それでまあ村にやってきたんだけどさ。
街の家も酷かったけど、村の家はもっと酷かったわ。
こりゃ完全に原始人の集落だな。
「ようこそおいで下さいましたブリュンハルト商会さま。
厚く御礼申し上げます」
村の広場には、村長をはじめ、村人のほぼ全員が集まっていた。
「ですが誠に申し訳ないのですが、もはや我々にはお売りするものが何もないのです……」
「あそこの小麦畑の麦は?」
「あれは納税用の麦でございまして、どう数えても納税額ぎりぎりです。
野菜用の畑でもすべて小麦を育てていたのですが……
さらに森の獲物も激減し、肉も獲れないありさまでして、もはや食料を買わせていただく対価が何もないのですよ。
そ、それで、もしよろしければ、我らに食料の掛け売りをして頂けませんでしょうか……
来年の秋には実りのうちから必ずお返しさせて頂きますので」
(そうなんだよな、ここアルスの税ってほとんど定額制なんだよ。
収穫量に応じて一定割合を徴収する定率制じゃなくて。
まあ貴族家から王家に納める上納金が定額制だからなんだろうけど。
おかげで、不作のときにはこうして途端に農民が困窮するわけだ……)
「村長も知っての通り、このブリュンハルト商会は掛け売りはしていない。
それでもし俺たちが食料を売らなければどうなるんだ?」
「そ、そのときは、冬を越すために働き手の男を8人ほど奴隷として売らなければなりませぬ」
「この村には90人ほどしか人がいないだろう。
働き手を8人も売ったら、間違いなく来年の実りも減って、ますます苦しくなるぞ」
「し、仕方ありませぬ。
このままでは村人全員が冬を越せずに餓死してしまいますので……」
「わかった。
それでは俺からひとつ提案がある」
「な、なんでございましょうか……」
「村人全員で俺の村に出稼ぎに来ないか」
「『でかせぎ』…… でございますか?」
「俺の村は暖かくて豊かなところで、冬になっても作物が育つんだ。
だから半年だけ俺の村に来て畑で働いてくれ。
成人一人当たり、半年で銀貨50枚の給金を出そう。
もちろん家もあるし日に2回の食事も出すし、しかも食べ放題だ」
「えっ……」
「15歳未満の子供たちは、保育園か幼稚園か学校に行ってもらい、そこで字や計算を覚えてもらう。
もちろん子供たちの食事も日に2回だし、食べ放題になる」
「ほ、本当によろしいのですか!」
「ただし、条件が2つある」
「な、なんでございましょうか……」
「この村の孤児奴隷は何人いる?」
「ふ、2人おりますが……」
「まずはその孤児奴隷を俺に売ること。
そうだな、2人で銀貨40枚払ってやろう。
それで来年の春には作物の種が買えるんじゃないか」
「は、はい……」
「もう一つの条件は、俺の村では重罪犯を受け入れないということなんだ。
もしも村人の中に自分から殺人を犯した者や、他人に命じて殺人をさせた者がいたとしたらまず隔離する。
そしてそいつらには2つの選択肢がある。
1つ目は、罪の重さに応じて俺の村の牢獄に入ること。
最高刑は終身刑になるが、同じく日に2回の食事は保証される。
もう1つの選択肢はそいつだけこの村に帰ってくることだ。
もし家族が希望すれば家族も一緒にな。
まあ、殺人と言っても生きて行くためにやむを得なかった場合には減刑されることもあるぞ」
「あ、あの……
咎人でなければ、来年の春にはこの村に返していただけるのでしょうか……」
「もちろん、俺たちが今いるこの場所に連れて帰って来てやる」
「わ、わかりました。
そ、それでは今から村人全員と相談させて頂いてよろしいでしょうか」
「ああ、じっくり話し合ってくれ。
明日また来よう」
「あ、ありがとうございます……」
翌日、結局その村は納税が終わってから全員でダンジョン村に出稼ぎに来ることになった。
幸いにも、重罪犯はいなかったようだ。
また別の村では。
「この村では既に納税を終えたのだがの。
男爵の徴税係は、今年から税が上がったと言って、実りのほとんどを持って行ってしまったのじゃ。
残された麦から来年植える種を除いた分を、村人全員に公平に配ったのじゃが、1人当たり小袋1杯にしかならんかった。
このままでは冬を越せずに皆飢えて死んでしまう。
我らが死に絶えれば、そなたら商会も商売相手を失って困るじゃろう。
じゃから、小麦の大袋を20袋、次の収穫までに掛け売りしてくれ」
「それでは俺から提案がある。
この村の全員で、俺の村に半年間だけ出稼ぎに来ればいい。
住む家と食事は保証するし、日に2回の食事は食べ放題だ。
また、半年後には1人当たり銀貨50枚の給金も渡そう」
「そ、それでは前金としてわしに半分の銀貨を……」
「だめだ。6か月後に本人たちに渡す」
「……(ちっ)……」
(舌打ちしやがったよこのジジイ……)
「それではお前たち、全員でこのお方の村に行って働いて来い。
帰って来たら、貰った給金の半分は村の予算として積み立てておくからな。
来年の不作にも備えなければならん」
「「「「 …………… 」」」
「まあ、仕方ねぇか……」
「この村にいても飢え死にするだけだからな」
「ほ、本当にメシは喰い放題なんか?」
「ああ本当だ」
「それじゃあ世話になるとするか……」
「ところで村長とその一家はどうするんだ?」
「わ、わしらはこの村を守らねばならん!
ここに残ろうぞ!」
「そうかい、わかった。
ところで村長、あんたさっき税で払った分と来年の種以外は全て平等に村人に分けたって言ったよな」
「も、もちろんじゃ!」
「それじゃあ、みんなが持ってる小袋と来年の種以外にも小麦があったらどうする?」
「そ、そのようなものがあるはずはないっ!」
「そうかい、それじゃあみんなよく見ていてくれ」
大地が村長の家を指さした。
メリメリメリ…… バキバキバキ……
村長宅の屋根が剥がされ、床に敷いた藁と土が舞い上がると、その後に小麦の大袋が8つ宙に上がった。
「ほら、こんなに小麦が隠してあったぞ」
「な、なんだと……」
「今年から税が上がったと言っていたのは嘘だったのか!」
「それを自分たちのものにして隠していたとは……」
「さあみんな、残った小麦は全員に平等に分けるそうだからな。
村人全員でこの小麦大袋8つ分を分けてくれ」
「「「 わあああああーっ♪ 」」」
「や、やめろぉっ!
き、キサマ、わしの麦をっ!」
「あ゛? みんな平等に分けるんじゃぁなかったんか?」
「お、おいお前たち!
こ、こやつを捕らえろっ! 殺しても構わんっ!」
村人は誰も動かなかった。
「そ、村長の命令が聞けんのかっ!」
「ああ聞けねぇな」
「俺たちを飢え死にさせて、自分だけ生き延びようとした村長の命令は特にな」
「ええいっ! お前たちこやつを捕らえろっ!」
村長の一族らしき男たちが大地に襲い掛かって来た。
だが……
(『念動』……)
大地が指さすと、村長も含めた全員が宙に浮く。
「な、何をするっ!」
「お、降ろせぇっ!」
「うるさいな、『遮音』」
途端に吊るされた男たちは口パクになった。
「お前たちは1日そこに吊るされていろ」
「「「 ……………… 」」」
「さてみんな、それだけの麦が手に入ったことだ。
それでどうする?
俺たちの村に来るのは止めるか?」
「いや…… この麦を皆で分けたとしても来年の春まではもたないだろう」
「それに、こんな腐れ村長がいる村にいてもな」
「それじゃあ、その麦を分けるのは俺たちの村に行ってからにしたらどうだ。
それよりも、家財道具や農具を持ってここに集まってくれ」
「な、なあ、あんたの村はここから遠いのか?」
「シス、エフェクト無しの転移の輪を」
(はい)
「この魔法の輪を潜れば、そこはもう俺たちの村だ」
「な、なんと……」
「こ、これが魔法か……」
「さあさあ、急いでくれよ。
向こうではもうメシの準備を始めているぞ」
「「「 あ、ああ…… 」」」
「さてガリル、だいたい要領はわかって貰えたか?」
「お、おう」
「これでもう後は行商隊に任せても大丈夫だろう。
村長が小麦を隠していたら、シスくんが念話で教えてくれるぞ。
その後の押収もやってくれるし」
「あ、ああ。わかった……」
こうして、その後3か月でカルマフィリア王国内の15の村、村人約1500人がダンジョン村に出稼ぎに来ることとなったのである。
もちろんこれからも増え続けていくだろう。
彼らには村の掟も説明された。
暴力で他人を従わせようとしないことと、種族差別をしないことである。
これに反した場合の刑罰も説明されている。
さらに……
出稼ぎ開始から3か月経った時点で『鑑定』によるチェックが行われ、休日以外の労働時間が1日平均5時間未満だった者には警告が与えられた。
そして、6か月後には、やはり1日平均の労働時間が5時間以下だった者は、給金を与えられた上で強制的に村に戻されたのである。
その強制帰還者の家族にはヒアリングが行われたが、一緒に村に帰りたいと言った者はほとんどいなかったそうだ。
また、6か月の契約終了時には、元の村に帰りたいか、このままダンジョン村で暮らしたいかとのアンケートが採られたが、温暖な気候と立派な家と、なによりも食べ放題の食事にすっかり満足していた村人たちは、ほぼ全員が移住を希望したのである。
税を取るだけで満足し、碌に村の見回りもしていなかった領主たちは、次の納税期に愕然とすることになるだろう。
また、出稼ぎの村人たちがダンジョン村に慣れて来ると、他の種族もいる畑で働いてもらう試みも始められた。
だがしかし……
力仕事要員の若くて体も大きな村人10人の前には、1人のダンジョンゴブリン族がいた。
ゴブリンの外見は身長が1メートル50センチほど、体重は50キロほどである。
「初めましてヒト族のみなさん、この班の班長で、ダンジョンゴブリン族のゴブ次郎と申します。
これからしばらくの間一緒に働くことになりますのでよろしくお願いします」
「「「「 ………… 」」」」
「きょうのお仕事は、収穫した野菜の入った籠をあちらの小屋に運ぶことですね。
ちょっと重くて大変かもしれませんが、まあみなさん若くて体も大きいから大丈夫でしょう。
それではこの畑から始めてください」
「ちょっと待てやコラ!」
「なんで俺たちがゴブリン野郎なんかの命令で働かなきゃなんないんだよ!」
「困りましたねぇ。
仲良く一緒に働いて頂きたいんですけど……」
「フザケんなコラ!」
「ゴブリンのくせに班長だとぉ!」
「でけぇツラしてんじゃねぇぞ!」
「そういえばダイチさまが、ヒト族の方が言うことを聞いてくださらないときは、戦闘形態になるようにと仰っていましたね。
それでは戦闘形態になってみましょうか……」
ゴブ次郎の体が光った。
その光が収まった後に立っていたのは……
身長はほぼ2メートル、体重は150キロ近いゴブリンコマンダーだった。
全身の筋肉も隆々としていて、特に二の腕の太さは30センチを超えている。
さらに大胸筋が盛り上がった胸の胸囲は150センチを超えている上に、どう見ても体脂肪率は5%以下だろう。
腹筋はシックスパックどころか山脈のようだし、大腿部はヒト族たちの胴体より遥かに太く、口からは尖ったキバも飛び出していた。
「どうかみなさん一緒に仲良く仕事をしていただけませんか?」
「あっハイ!」
「「「 サーセンでしたぁっ! 」」」
「「「 仲良くしてくださぁい! 」」」
「ありがとうございます」
(本当にダイチさまが仰った通りになった……
それにしても不思議だなぁ。
なんでヒト族の人って、ボクが戦闘形態になると仲良くしてくれるんだろう……)
普通のヒト族が2人掛かりで運ぶ大きな野菜籠を、片手でひとつずつ抱えて軽々と運んでいるゴブ次郎は、首を傾げて不思議に思っていたのである……