*** 125 必要悪 ***
こうして、各貴族領地ではオークションを開催するたびにどんどん収監者が増えていった。
中には250名いた領兵と衛兵のうち、実に230人が行方不明になった貴族領もあったらしい。
この内容は毎日ブリュンハルト商会にも伝えられ、全員のモチベーションを上げていた。
そして、4つの伯爵領都でのオークション開催が終わると、次は8つの子爵領都でのオークションの同時開催も行われたのである。
この時も、十分なマルチタスク機能を持つシスくんが見事にサポートしたものの、本部の大地はやや混乱していた。
なにしろ脳内に8つの映像が同時に現れて、それぞれに於いてオークションが同時進行していたのである。
だがまあ、大地のことだからそのうち慣れるだろう。
こうして各貴族領にてオークションが開催されている間、ガリル男爵は10名ほどの護衛を連れて、各地にある奴隷商を精力的に廻っていた。
「今この商会には奴隷は何人いる」
「はい男爵さま、全部で28名ほどおります」
「それぞれの値段は?」
「こ、こちらに一覧表がございます」
「ふむ、だいたい相場通りであるか」
「はい、最近の大不作で税の代わりに奴隷となるものが増え、値が下がって苦労しておりまする」
「その分人数が増えておる故、利益は変わらんだろうが」
「それが売れ行きも落ちておりますので……」
「ところで、これで全員か?
傷病奴隷や子供奴隷はいないのか?」
「い、一応おりますが……」
「いくらだ」
「し、傷病奴隷は銀貨10枚から30枚、子供奴隷は銀貨5枚から20枚でございます」
「詳細を見せよ」
「こ、こちらでございます……」
「ふむ、全員で金貨28枚と銀貨75枚だな。
確認せよ」
因みにガリルはスキル『暗算』も取得しているために、計算も早い。
「し、少々お待ちを!」
「あ、あの…… 確かに金貨28枚と銀貨75枚でございました……」
「そうか、これが代金だ。全員買おう」
「!!!
そ、それでは皆の体を洗いますのでお待ちくださいませ」
「必要無い。すぐに全員を引き渡せ」
「は、はいっ!」
「また3月ほどしたらここを訪れよう。
そのときには、もう少し食事を与えてやせ細った奴隷がいないようにしておけ」
「はいっ!」
こうして奴隷たちは最寄りの商会支店に連れて行かれ、『クリーンの魔道具』と『治癒系光魔法の魔道具』による治療を受けたあと、『転移の輪』でまずストレーくんの収納庫に送られるのである。
このうち、8歳以下の子供奴隷については、無条件で解放されていったんダンジョン村の孤児院に収容される。
9歳以上15歳未満の子供奴隷についてはテミスちゃんが鑑定し、犯罪歴が無かった場合にはおなじく孤児院に収容される。
もし犯罪歴があった場合でも、生きて行くために必要であったと判断されれば情状が酌量され、最高でも禁固1年ほどの判決を受けた後に釈放されることになるだろう。
だがもちろん、少年刑務所の食事は今までのものよりも遥かに豪勢かつ量も多かったので、収監者に不満は無かったようだ。
また、全ての奴隷に対し、『診断の魔道具』で疾病チェックが行われ、重篤な病気に罹患していたり身体欠損があった場合には、夕方に一括して大地の治癒系光魔法の上級版を浴びることになる。
その後、やはりテミスちゃんによる詳細鑑定の後、ダンジョン村の村人となるか、刑務所に収監されていく。
こうして、各地の奴隷商の在庫は激減していったのだ。
だが、中には強欲な奴隷商もいた。
「いやー、すいません男爵閣下。
先ほどは間違えて去年の価格表をお渡ししてしまいまして。
現在の価格表はこちらでございます」
「なんだ、5割も上がっているではないか」
「へっへっへ、間違えましてすみませんな」
「そうか、それではひとりも要らん」
「!!!」
「邪魔したな」
「お、おおお、お待ちを!」
「なあテミス、もう一度確認させて貰いたいんだがな」
(はいダイチさま)
「こうした奴隷商会の奴隷を勝手に転移させるのって、神界の法では許されるんだよな」
(もちろんです。
神界法では奴隷も奴隷商も完全に非合法ですので、天界の使徒であるダイチさまには奴隷解放は認められます)
「そうか、それじゃあストレー、今この奴隷商にいる奴隷を全員『収納』しておいてくれ」
(畏まりました)
「シス、後の処置は購入した奴隷とおなじで頼む」
(はい)
また別の奴隷商では。
「いやまさか在庫が全部売れるとはな。
3か月後にまたあの男爵は来ると言っていたし……
お前たち、近隣の村を回って奴隷に身売りする者がいないか探してきなさい」
「「「 はい 」」」
だが別の奴隷商では。
「ふむ、男爵は3か月後にまた来ると言っていたか……
お前たち、各村を回って身売り希望者がいないかどうか探して来なさい。
もし希望者が少ないようなら、盗賊共を雇って子供を攫って来させるように」
「そ、それが会頭さま、最近この辺りの盗賊共が全員行方不明になっているんですよ」
もちろんゴブ郎やノワール族長の仕事の成果である。
最近ではモンスターたちによる盗賊駆除隊は街の中にも入り込み、商業ギルドや傭兵ギルドで塩や砂糖や鉄製のナイフなどを見せていたために、襲撃を仕掛けて来たギルド員や領兵たちの捕獲も始めている。
「ならば街のゴロツキどもに金を渡して攫わせろ」
「「「 はっ 」」」
ガリル男爵が訪れた奴隷商は、もちろん全てが自動的にシスくんの監視対象になっていた。
そのため、誘拐を依頼した商会員やそれを引き受けたヒャッハーたちも、全員がストレーくんに『収納』されて行方不明となったのである。
(ダイチさま)
「ん? テミスか。どうした?」
(神界より問い合わせが来ております)
「どんな問い合わせだ?」
(『なぜ奴隷商全員を即座に逮捕・投獄しないのか』とのことでございます)
「ああそれな。
あいつらは今のところ『必要悪』なんだよ」
(『必要悪』…… ですか……)
「例えば不作で喰うに困って、自分や家族を奴隷商に身売りしようとしたやつがいたとするだろ。
それでもし奴隷として売られれば、残された家族は幾ばくかのカネを受け取って食料を買い、生き延びることが出来るんだ。
売られた奴も、貴重な在庫だから食料を与えられて生き延びられるし、買われたあとも買った奴にとって奴隷は貴重な財産だからメシを喰わせて死なないようにするし。
でも、もしもこの街に奴隷商がいなくなると、全員餓死しちゃうからな」
(なるほど……)
「もちろん実りが豊かになったり、この辺りの住民が全員ダンジョン村に移住して来たら、あの奴隷商たちは捕縛するぞ」
(よくわかりました。ありがとうございます)
「神さまたちにもよろしく言っといてくれ」
(はい)
神界の神さまたち:
「やはり我らは正義を重んじるあまり短絡的だったのだのう……」
「それにしてもこの使徒は優秀だの。
すべてを見越して人的被害を最小限に抑えようとするとは……」
「500年前にアルスの実情も知らずに為した失敗を、我らはまた繰り返すところじゃったか……」
「うむ、この使徒は、我ら神が直接アルスに関与するよりもよっぽど適任じゃ」
「さすがはあのコーノスケの孫だけのことはあるの……」
「この上はこの者に神界としても最大限の支援を与えることとしよう」
「「「 うむ 」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ガリル男爵はまた、各地の教会も回っていた。
「わたくしはガリオルン・フォン・ブリュンハルト男爵と申します。
この教会の司祭さまはいらっしゃいますか」
「は、はい。少々お待ちくださいませ!」
「お忙しいところご面会誠にありがとうございます。
こちらは些少ではございますがお布施でございます」
「こ、これはこれは。
あなたさまに神のお恵みがありますように……」
(はは、もう十分に神の使徒殿からお恵みは頂いてるけどな)
「それで本日は如何なるご用件で」
「こちらの教会では今何人の乳幼児を預かられていらっしゃいますか?」
「は、はい。乳児6人と幼児8人になります」
「ふむ、乳児のための乳母は何人ですか?」
「それが、2人しかおらずに困っているのですよ。
彼女たち自身の赤子もおりますし、乳が足りないのです」
「確か、乳幼児をこの教会に引き渡すと銀貨が2枚貰えるのでしたな。
その子たちを5歳になるまでここで育て、その後は奴隷商に銀貨30枚で売ると」
「ええ、ですが最近売値が銀貨25枚まで下がりまして、ほとほと困り果てております」
「そうですか、それでは乳児を4人、幼児を8人全員、ひとり銀貨30枚で買わせて頂きましょう」
「ええっ! よ、よろしいのですか!」
「はい」
「あ、あの、念のために子供たちをどのように扱われるのかお聞きしてもよろしいでしょうか……」
「わたしたちの商会は、今急速に業容を拡大しています」
「はい、お噂はかねがね……」
「ですから、将来の商会員候補として育てたいと思います。
どうも成人奴隷を買って来て仕事を仕込むよりも、幼児の内から育てた方が優秀な商会員になるようですので」
「それはそれは……
これでまた乳幼児を受け入れられます……」
「それではこちらが代金でございます」
「ま、誠にありがとうございました……」
もちろん乳幼児たちはすぐにダンジョン村に送られ、待ち構えていたモン村婦人会の面々により、孤児院で大事に育てられていくことになる。
そこでは、大地が地球から持ち込んだ哺乳瓶と粉ミルクが大活躍していた。
「なあテミス、念のため解説しておこうか?」
(もはや神界からの問い合わせは無いと思われますが、念のためお願い出来ますでしょうか)
「まずはやっぱりなぜ教会の関係者を捕縛しないのかということかな」
(はい、人身売買は重罪ですし、ましてや対象が乳幼児であれば最高刑である終身刑に相当しますので)
「それでさ、もしここの教会の関係者が捕縛されていなくなったとしようか。
そうすると、乳児は間違いなく死ぬんだよ。
母親の乳が出なくて餓死するか、家族に口減らしとして殺されるかで。
日本だって、つい100年前までは、嬰児殺しって当たり前だったからな。
産婆の主な仕事は嬰児を殺すことだったし」
(はい……)
「日本で嬰児殺しが無くなったのは、第2次世界大戦が始まって兵隊確保のために『産めよ増やせよ』っていうキャンペーンが始まってからだったんだ。
まあせっかく産んで育てても兵隊に取られてすぐ死んじゃうんだけど。
だからさ、それまでの日本人の90%は、嬰児殺人犯か殺人教唆犯だったんだ。
つまり今の日本人は、ほとんどがその殺人者たちの孫かひ孫なんだよ。
な、とんでもない国だろ」
(…………)
「明治時代に民族学者が書いた書物が残ってて、その本に日本のある地方の様子が書いてあったんだけどさ、人口200人ほどの寒村で、全ての家の子供が1男1女だったそうなんだ。
これどういう意味かわかるか?」
(まさか……)
「そうだ、そのまさかだ。
つまり2男以降や2女以降は口減らしとして全員生まれてすぐ殺してたんだよ。
だから子供が全員長男と長女だったんだ。
そうすれば子供同士を結婚させても人口は増えず、相続させる田畑も確保出来るからな。
俺はいっぺんその地方の図書館に行って『郷土史』にそのことが正直に書いてあるかどうか確認してみたいと思ってたぐらいだよ。
そんな連中ばっかしの国だから、周辺国に侵略して民を殺しまくっても何の罪悪感も持たなかったんだろうな」
(…………………)
「戦後はさすがに嬰児殺しは法で禁じられたんだけど、代わりに増えたのが『胎児殺し』だったんだ。
昭和40年代の産婦人科の看板には必ず大きく『人工妊娠中絶』って書かれてたし、産婦人科医の収入の半分以上が中絶施術によるものだったそうだからな。
つまり、俺たちの祖父や祖母の世代は、『エッチを我慢するぐらいだったら、失敗してデキちゃった子を殺せばいい』って思ってた鬼畜世代だったんだよ。
当時だって避妊具は売ってたけど、そんなもん買うのはもったいないって思ってた奴らだし。
まあ嬰児殺しを当然と思っていた奴らの子だから、それも当たり前だったんだろうけど。
だから俺が日本で街を歩いてるときにジジババを『鑑定』するとさ、胎児殺しを含めれば、70歳以上のほぼ9割が殺人教唆犯なんだ。
まったく酷ぇ国だろ。
なにが『平和国家日本』だって言ってやりたいよ。
もし日本が本当に『平和国家』『近代国家』になれるとしたら、あと20年経って鬼畜世代が完全に死に絶えてからだろうな。
『1人っ子政策』とか『2人まではOK』とか言って、胎児殺しや嬰児殺しを国民に強制している中華帝国が近代国家になるのは永遠に無理だろう」
(……………………………)
「ここアルスの状況もたった100年前までの日本と同じだからな。
教会が銀貨2枚で乳児を買い取ってやらなければ、そうした乳児が全員餓死するか殺されちゃうんだ。
だから今教会関係者を捕縛するわけにはいかないんだよ。
もし民が全員ダンジョン村に移住していなくなったり、作物の実りが良くなって嬰児を売る奴がいなくなれば、教会の乳幼児たちも自然と減っていくだろうし。
まあそのときに儲けようとして教会が乳幼児を攫おうとしたら、それこそ全員終身刑にしてやるけど、まさかそこまではしないだろう」
(はい……)
「それからな、ガリルは6人いる乳児の内4人しか買わなかったろ。
あれは何のためかわかるか?」
(いえ…… 申し訳ありません……)
「もしガリルが乳児6人全員を買ったとしようか。
そうすると、乳母を雇っておく必要が無くなって、乳母とその子が放り出されるからなんだ」
(!!)
「元々そんな仕事をしていたっていうことは、喰うのにも困っていたはずだろ。
だから教会で喰わせて貰えなくなると、すぐに母親の乳が出なくなって子供が餓死しちゃうんだよ。
だから幼児は全員買ってもいいけど、乳児は全員買ってはいけないんだ」
(よ、よくわかりました……
ご教授誠にありがとうございます……)
神界の神さまたち:
「「「「 な、なるほど…… 」」」」