*** 123 ハイラル伯爵 ***
そして数日後……
「申し上げます!
ただいま王都ブリュンハルト商会本部にハイラル伯爵閣下の使いの方が参られまして、ギラオルン会頭殿とダンジョン商会の代表に、大至急王都伯爵邸まで参上するようにとのことでございます!」
「ようやく来たか。
それじゃあ会頭さんに、念のため結界の魔法を掛けておこうか」
会頭の体が淡く光った。
「これで会頭さんは殴られようが剣で切りつけられようが、一切怪我はしないから安心してくれ」
「相変わらずお見事な御業でございますな」
「それじゃあ行こうか。
ああそうだ、今日の伯爵との応対は俺に任せてくれないか」
「畏まりました」
「シス、俺と会頭さんを伯爵邸の門前まで転移させてくれ」
(はい)
「だ、誰だお前はっ!」
「なんだよ、すぐ来いっていうから来てやったのに、誰だとはご挨拶だな」
「な、なにっ…… な、何者だっ!」
「だから伯爵に呼ばれた客だよ。
早く門を開けないと帰っちゃうぞぉ」
「す、少し待てっ!」
「やだね、待たされるんなら帰るわ。
それじゃあ伯爵さんによろしく言っといてくれよ。
門番が門を開けなかったんで客は帰りましたって」
「ま、ままま、待てっ!
い、今門を開けるから門内で待て!」
「なんでぇなんでぇ、この伯爵邸じゃあ客に命令するんかぁ?
バカらしいからやっぱ帰るわ」
「お、お待ちくださいっ!
す、すみませんがこちらでお待ちをっ!」
「やだね、早く邸内に案内しろや」
「お、おいっ! 家令殿に連絡をっ!」
「はっ!」
「ふーん、伯爵邸だって言うから期待してたのによ。
なんだよこの丸太と石と粘土で作った家は。
ずいぶんとシャビ―なお邸だねぇ」
家令らしき男が走って来た。
「も、申し訳ございませんが、お名前を頂戴出来ませんでしょうか……」
「あ゛?
客を呼んでおいてその客の名前も知らねぇって言うんかぁ?」
「も、申し訳もございません…… ど、どうか……」
「俺はダンジョン商会の代表のダイチ・ホクトだ。
こっちの会頭さんは知ってるんだろ?」
「は、はい…… ど、どうぞこちらへ」
「ほう、ここが応接室かい。
お? なんだよ、ここじゃあ客に椅子も用意しねぇのかよ」
「は…… 伯爵閣下よりのご指示でございまして……」
伯爵の椅子は一段高くなった場所に置かれていた。
「そうかい、そういうことかい。
それじゃあ俺が用意してやるわ」
(ストレー、あの台座より高い台と豪華な椅子2つとテーブルを頼む。
紅茶2つと〇コナッツサブレもな。
久しぶりに喰いたくなったわ)
(畏まりました)
その場に超豪華な大理石製の台座とローテーブルと黒檀製の椅子2脚が出現した。
地球産で、台座も含め1セット800万円もする超高級品である。
それは、当然のことながら伯爵閣下の椅子よりも遥かに高そうな椅子だった。
家令の目が真ん丸になっている。
「さあ会頭さん、紅茶でも飲んでゆっくりしようぜ」
「は、はい」
しばらくすると応接室の周囲からごそごそという音が聞こえてきた。
(お、隠し部屋に兵が入って来たか。
ふーん、12人もいるのか。はったり好きな野郎だねぇ。
それじゃあ部屋に『遮音』の魔法をかけておこう)
またしばらくの後、ドアが開いて2人の大男と1匹の巨大な黒い犬が入って来た。
2人が伯爵の椅子の両脇に立つ。
1人は部屋の中であるにも関わらず、その巨体に全身鎧を纏っていた。
もう一人は、犬の首輪に繋がった鎖を裸の上半身に巻き付けている。
「ううううう――――っ」
犬が唸った。
鎖の大男が下卑た薄笑いを浮かべる。
大地が犬の目を見た。
「う…………」
犬は唸るのを止めて半歩後ずさる。
『ロックオン』…… 『威圧Lv1』……
「きゃいん!」
犬はしっぽを後ろ脚の間に入れて、大男の後ろに隠れた。
男が慌てて鎖を引っ張るが、犬は動こうとしない。
そのときようやく伯爵閣下が部屋に入って来た。
大地は椅子に背を預け、ポケットに手を入れて足を組んでプラプラさせている。
伯爵は、豪勢な椅子で寛ぐ大地たちを見てフリーズした。
「ば、ばかものぉっ!
なぜ椅子なぞ用意したっ!」
「そ、それが、どこからともなく出て来たのです……」
「な、なんだとっ!」
「まあ気にすんなやおっさん」
「おっさ……」
「どうやら家令さんが椅子の用意を忘れたようなんで、俺が出してやったんだ。
まあ、そんなこたぁどうでもいいからあんたも座れや」
「ぶ、ぶぶぶ、無礼者めぇっ!」
「それにな、この椅子はあんたのためでもあるんだぜ」
「な、なんだと!」
「だってな、もしも俺が伯爵邸に招かれて、椅子も出して貰えなかったとかウチの国の上層部に知られてみろや。
そんなことになったら、怒り狂った兵たちがあんたの伯爵領になだれ込んで来るぞ。
あいつら、1000や2000の兵じゃあ止めらんないぜ。
だから、椅子を出した俺に感謝しろや」
「お、お前の国はどこにあると言うんだっ!」
「なんだよ、そんなことも知らねぇで俺を呼びつけたのかよ。
っていうことは、うちの戦力も知らねぇのか。
しかたねぇな、だったら許してやるから早く座れ」
「い、言われなくても座るわ!」
額が青筋模様になった伯爵はようやく椅子に腰を降ろした。
隣の全身鎧男は面貌を跳ね上げて大地を睨みつけている。
大地は旨そうに〇コナッツサブレをボリボリと食べていた。
「おっさんも喰うか?」
「要らんわっ!」
「そうかい、旨いのにな」
「おいギラオルン!
貴様わしから叙爵を受けて男爵位を得た身であろう!
このような暴言を吐く無礼な男を、何故連れて来たのだ!」
「ダンジョン国のダンジョン商会代表であり、国の通商代表でもあるダイチ・ホクトさまをお連れせよとは、閣下のお言葉でございました故にございます。
本来であれば、伯爵閣下がホクト閣下の下へ出向かねばならぬところを、こうしてわざわざご出座下されたのですぞ」
「な、なんだと……」
「国の名と商会の名が同じということを、もう少しご斟酌なされたらいかがでしょうか」
「そ、それはもういいっ!
貴様はこのだんしょん商会とやらと提携して、商品を卸売りしたそうだな!
なぜ大恩あるわしにその品を献上せんのだ!」
「なあおっさん、あんたそんなにカネに困ってんのか?」
「なっ……」
「商品が欲しかったら、自分でカネ持って買いに来いや。
いちいち物乞いみてぇにくれくれ言わねぇでよ」
「も、もう許さんっ!
お前たちは捕縛して牢に入れる!
命が惜しければ商会にある品を全て献上しろっ!」
(ストレー、隠し部屋の兵をすべて収納せよ)
(はい)
「わはははは、なんだよ、この国の伯爵っていうのは盗賊と変り無ぇんだな。
呆れたもんだわ♪」
「き、キサマ…… 命が要らんようだの……
おい領兵長! 兵を呼んでこやつを殺せっ!
人質はギラオだけで充分だっ!」
「ははっ!」
ピイィィィィ―――ッ!
領兵長が指笛を吹いた。
だが、なにも起こらない。
ピ、ピイィィィィィィ――――ッ!
もちろんなにも起こらない。
「隠し部屋の兵なら、伯爵閣下のあまりの情けなさに、呆れて帰っちまったんじゃねぇのかぁ?」
「ぼ、ボゴル! い、犬を嗾けろっ!」
だが犬も動かない。
相変わらずしっぽを足の間に入れて震えている。
「ええい役立たずどもめ!
お前たちこ奴を殺せぃっ!」
全身鎧男が青銅の剣を抜いた。
(『錬成』…… 刃を柔化……)
青銅の剣の刃がふにゃりと垂れ下がった。
「か、家宝の剣が……」
「なんだよおっさん、剣が無ぇと戦えねぇんかよ。
いいから素手でかかって来いやぁ♪」
「こ、こここ、このガキぃぃぃ―――っ!」
鎧男が殴り掛かって来た。
ズム!
「が……」
大地の一撃で鎧の腹の部分が盛大に凹み、その場に崩れ落ちる男。
そのままぴくぴくと痙攣したまま動かない。
「次はおっさんの番だな。
ははは、さすがの俺も伯爵と殴り合いすんのは初めてだわ♪」
「ぼ、ボゴルっ!
え、衛兵を呼べっ!」
「は、ははぁっ!」
鎖男が慌ててドアに向かって走り出したが、犬が動かない。
男は焦って犬を引きずって行こうとしたが、とうとう怒った犬が鎖男の尻に噛みついた。
「ぎ、ぎゃぁぁぁ―――っ!」
それを見た伯爵は顔面蒼白になってプルプルしていたが、その場に家令がいることにようやく気付いたようだ。
「え、衛兵を呼べぇぇぇ―――っ!」
「は、はいっ!」
家令がドアを開けて叫んだ。
「く、曲者ですっ! 衛兵方はお出合いくださいっ!」
途端にあちこちから足音が響いて来た。
(ストレー、衛兵がこの部屋に入ったら収納な)
(はい)
邸にいた20人ほどの衛兵がなだれ込んで来たが、伯爵と家令が見ている目の前で、部屋に入るたびに消えて行く。
伯爵も家令も口をぱくぱくさせている。
まもなく衛兵が全員消えて、邸が静寂を取り戻した。
(ストレー、家令と鎧男と鎖男と犬も収納)
(はい)
(シス、犬はフォレストウルフ族の族長に預けて躾をさせろ)
(はい)
(テミス、ストレーの収納庫の捕虜を全員詳細鑑定し、罪に応じて刑務所に収監せよ)
(既に鑑定は終了いたしました。
全員に戦場や正当防衛以外の殺人歴がありましたので、終身刑になります。
驚くべきことに、家令にも殺人教唆歴がございました)
(はは、さすがは貴族家の家令だな)
「さて、伯爵閣下さんよ。
これでわかったろ。
暴力を手にしてそれに溺れた者は、同じように暴力に溺れて死ぬんだよ」
「ひ、ひひひひぃぃぃぃぃぃ―――っ!」
「ところで俺ぁ、いっぺん貴族とかいう野郎とサシで話がしてみたかったんだわ。
命は取らねぇから俺の質問に答えろ」
「……あぅ……」
「なあお前、なんで商人を呼びつけて献上品をよこせとか言ったんだ?」
「そ、それはわしが伯爵だからだ。
あ、当たり前のことだろう!」
「だから、なんで伯爵は商人に献上品を要求出来るのが当たり前なのか聞いてんだよ」
「な、なに……」
「お前ぇ、ただ伯爵だっていうだけでなんにもしてねぇだろ。
なのに、人を呼びつけておいて椅子も用意しねぇとか、商品よこせとか、なんでそんなに偉そうにしてんだ?」
「そ、それはわしが栄光あるハイラル伯爵家の第9代当主だからだ!」
「お前ぇもアフォ~な野郎だな。
だから、なんで伯爵家の当主は献上品を要求するのか聞いてんのがわかんねぇのか?」
「そ、それは、それこそが貴族家の当主だからだ!」
「誰がそんなことを決めたんだ」
「……えっ……」
「お前ぇもアタマついてんならさ、ここらでよぉっく考えてみ。
なんで貴族は他人にモノを要求出来るんだ?
商人だけじゃねぇよな。
お前ぇらは誰のものでもなかった土地を勝手に線引きして、ここは俺の土地だから農民は税を払えとか言って踏ん反り返ってるだろ。
払わねぇと殺すぞとか言って。
なんで貴族はそんな勝手なマネが出来るんだ?」
「そ、それはもちろん、王家から拝領した土地だからだ!」
「じゃあなんで王家はお前たちに土地を与えたんだよ」
「そ、それはだな、この国が200年前に建国されたときに、初代ハイラルさまに多大なる軍功があったからであり、その功をもって王家より伯爵の地位と領地を拝領したからであって……」
「つまり200年前の祖先がケンカが強かったから伯爵になれたと」
「け……」
「ケンカが強くて、戦場で大勢の敵を殺せたからその初代とかいうおっさんは伯爵になれたというんだな」
「け、ケンカではないっ! 軍功だ!」
「同じもんだろ」
「!!」
「じゃあ、205年前にはそのおっさんはなにしてたんだ?」
「第2王子殿下の直臣として子爵位を賜っておった将軍だ!」
「この辺りの国は当時の大国ミドランド王国が、王子たちの内乱で4つに分かれて今の国になったんだよな」
「そうだ!」
「その内乱で戦功を認められて伯爵に叙せられたって言いたいんか」
「その通りだ!」