*** 121 オークションの後 ***
すべての客が帰ったあと、オークションルームにはブリュンハルト商会の幹部たちの姿があった。
「なあガリル、あのサミュエルの友人の若い奴は実に優秀な商人だったな」
「メッシュ商会のメッシュだな。
確かに彼はとびきり優秀な若手商人だが、ダイチ殿にそう言われたと知ったら彼も恥じ入るだろうね」
「なんでだ?」
「君には自分がこの大陸でも随一の商人だという自覚は無いのかい?」
「そんなもんか……
ところで、あのメッシュくんもダンジョン村への移住を誘ってみないか?」
「実は俺もそれをダイチ殿にお願いしようと思ってたんだ。
なにしろ将来うちの娘を嫁にやる相手としての第2候補だからな」
「ほう、ところで第1候補もいるのか?」
「それはもちろんダイチ殿だよ」
「なんだと…… ガリルの娘はまだ8歳だろうに……」
「あと5年もすれば十分嫁に行けるさ。
ダイチ殿なら最高だな♪」
「げげげげげげげげ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
オークション後、或る小さな商会では。
「ただいまー」
「お帰りなさいあなた」
「今日はずいぶんいいものを仕入れられたぞ。
みんなに披露しようと思うんで、家族全員を呼んで来てくれ。
丁稚の子も3人ともな」
「はい、そろそろ夕食ですからちょうどいいですわ」
「それからこれ、今日仕入れた塩なんだけど、少しスープに入れてみたらどうかな」
「まあ! そんな高価なもの……」
「それがこの塩壺ひとつを銀貨5枚で買えたんだ。
確かに贅沢だけど、たまにはいいだろう。
それにさ、お前最近体がだるいって言ってたろ。
それって『塩不足病』かもしれないんだ。
だからお腹の子のためにも、お前のスープにはもっと塩を振ってくれ」
「まあ…… まあ……」
「はは、そんな泣かなくてもいいのに……」
「やっぱり塩を入れたスープは旨いな!」
「うん、お父ちゃん、とっても美味ちい♪」
「それにしても、こんな綺麗な壺に入った塩を銀貨5枚で仕入れられるとは……
相場の4分の1以下じゃないか……」
「そうなんだよ父さん、なんか仕入れ先の商会ってとんでもなく大きい商会みたいなんだ。
なんかダンジョン国っていう国の王族が経営してるところらしくて、それでその国では塩が安いんで、この値段にしてもらえたんだよ。
今日は『おーくしょん』っていうものに行ってみて本当によかったよ」
「お前が金貨8枚なんていう大金を持って行くなどと言うから心配していたんだが……
本当によかったな……」
「さあみんなたくさん食べたかな」
「「「 はい! ごちそうさまでした 」」」
「それじゃあこの焼き菓子をひとり1枚ずつ食べてみようか」
「お菓子なんて…… そんな高価なもの……」
「いやこれも安かったんだよ。
卸値は1枚銅貨25枚だったんだ」
「お父ちゃん! これものすっごく美味ちいっ!」
「はは、そうだろうそうだろう。
さあお前たちも食べなさい」
「そ、そんな、旦那さま……
わたしたち丁稚にも頂けるんですか?」
「明日からは王都中の食堂を回るから、お前たちにも頑張ってもらわないとな」
「あ、ありがとうございます……」
「どうした? お前、ひとくち齧っただけじゃないか」
「す、すいません……
新年の藪入りのときに、家に持って帰って弟や妹にも食べさせてやりたいって思って……」
「いや、いくらなんでもそれまでには痛んでしまうぞ。
この不思議な袋に入ってるうちは痛みにくいそうなんだ。
だから、藪入りのときにはみんなに2枚ずつあげるから、それは食べてしまいなさい」
「あ、あああ、ありがとうございます…… うっ、うううう……」
「はは、泣くな泣くな。
その代り明日からも頼むぞ」
「「「 はいっ! 」」」
「それで父さん、貴族街への通行証ってどうやったら貰えるかな」
「お前まさか貴族と取引するつもりじゃ……」
「いや、それはやらないけど、でも貴族街のレストランにこの塩や砂糖なんかを売りに行ってみようかと思うんだ」
「そうだな、貴族街の入り口を守る衛兵隊の隊長は知っている。
明日、わしと一緒に行ってこの焼き菓子を渡して通行証を貰えないか頼んでみよう」
「腰はもう大丈夫なの?」
「なに、ゆっくり歩けば大丈夫だし、いざとなったらお前に背負ってもらおうか」
「わかった。それじゃあ頼むよ」
商会会頭自らが、金貨を持参の上オークションに参加していたある中堅商会では……
「これが今日私が落札した商品だ。
どの商品も1つだけ持ち帰り、残りはダンジョン商会の貸金庫に預けてある」
「どれもこれも素晴らしい品ですな会頭。
特にこの胡椒はどこに持ち込んでも確実に売れるでしょう。
それで仕入れ値はおいくらだったんですか」
「うむ、今から商品別に仕入れ値と数量を書き出そう。
お前たちはそれをどこに売りに行くか考えてくれ」
「おお、塩も砂糖も胡椒もこんなに安く買えたんですか。
これは大儲け出来そうですね」
「わたし自ら金貨を持ってオークションに行って本当によかったわい。
ところでどうするかな。
念願の貴族家出入り業者になるためにはどうしたらいいかの」
「そうですね、まずは候補先貴族の執事長にこの砂糖を2袋ずつ渡して感触を確かめてみますか。
それでもし出入り先になれそうなら、当主にこのティーセットと紅茶を献上するということで」
「お前もそう思うか。
そうだな、とりあえず子爵家と男爵家2個所で試してみよう」
「はい」
商会主嫡男が手代に金貨を取りに走らせたある中堅商会では。
「やあ父さん、い、いや会頭、いらしてたんですか」
「ああ、手代が血相変えて走って来たからな。
それでお前の手紙を見て金貨50枚を用意したんだが、心配だったんで護衛も連れてわしも来たんだ」
「そうだったんですね」
「おかげで、待合室で素晴らしい食べ物を大量に食べられたよ。
果実を絞ったものまで飲ませてもらえたし。
あれは、レストランで食べたら、どう見ても銀貨5枚は取られるシロモノだったろう。
まあ、これだけの凄まじい建物を用意した商会だから、遠慮なく食べさせてもらったが。
それで、商品は買えたのか」
「ええ、おかげさまでたっぷりと買えましたよ」
「それにしてはほとんど何も持っていないようだが……」
「それが、ダンジョン商会さんが金庫室を貸してくれたんで、そこに入れて来たんです。
もしよろしければ今から見に行ってみませんか」
「あ、ああ……」
「す、すごい金庫室だな…… あれはもしや鉄の扉か?」
「そうらしいですよ、さっき磁鉄鉱で確かめさせてもらいましたし」
「ふう、あれ1枚で国が買えるの……」
「さあ、ここがうちの商会が借りた金庫室です。
中身をご確認ください」
「こ、これは…… これは胡椒か!
そ、それもこんなにたくさん!」
「ええ、その袋1つで胡椒が80グラム入ってるそうなんですけど、普通なら金貨2枚はしますよね」
「あ、ああ……」
「それが銀貨30枚だったものですから、たくさん買いました」
「なんと…… 相場の6分の1以下か……
それで、中身は確認したのか?」
「その袋の中の胡椒の味見はしていませんが、別の同じような胡椒は味見しました。
思わずくしゃみが出てしまいましたよ、はは。
それで、商会に帰ってから会頭にも確認して頂こうと思って、少し持って帰ろうとしていたんです」
「そうか、ところでこの箱に入っている小さな袋は?」
「これは砂糖ですね。
やっぱり相場の5分の1だったんでもっと買いたかったんですけど、なにしろ金貨5枚しか持っていなかったもので。
さあ、商会に帰って、砂糖と胡椒を味見してみましょう♪」
「あ、ああ……
次のオークションにはわたしもありったけの金貨を持って参加するかな……」
そして、ゲブルビル大商会では……
4番番頭のボゴスが、会頭と頭取番頭を前に会頭室で報告をさせられていた。
因みに会頭室にはデカい虎のような猛獣の剥製と、これもやたらにデカい青銅の剣、それから大きいだけでセンスの欠片も無い絵画が飾ってある。
もしも大地がこの部屋を見たら、ヤクザの親分の部屋と全く一緒だと言って大爆笑しただろう。
その部屋からは会頭の怒鳴り声が聞こえていた……
「なんだと! 年末の掛け払いを認められなかっただと!」
「は、はい! そ、そのダンジョン商会の代表とかいう若造は、実に傲岸不遜な奴でして、そのような取引をする信用の置けない商会とは商売は出来ないと言っていました!」
「そやつは、うちが王都でも5指に入る大商会だということを知らんのかっ!」
「い、いえ、知っているようでした。
ですが、招待状にもその場での現金決済しか認めないと書いてあったと……」
「な、なんだと!
おい頭取っ、招待状を読んでみろっ!」
「確かにそのような記載もあるようでございますな……」
「お前はまさか読んでいなかった俺が悪いとでもいう気か!」
「いえいえ、とんでもございません。
あのオークションには王都中の商会が招待されておりました。
その中には当然吹けば飛ぶような弱小商会もいたはずでございますので、そのような商会のためのルールでございましょう。
我が商会のような伝統ある大商会には、掛け払いが当たり前であるという会頭さまのご判断は当然のことでございます」
「も、もちろん当然だ!
あ、当たり前のことだからな!
そうか、それほどまでに常識に欠ける商会だったか!」
「し、しかも最前列には従業員が3人しかいないような弱小商会の代表を座らせたくせに、わたしは番頭だからと言って、後ろの席に座らせられたのです」
「なんだと!
なぜ我が商会がそれほどの侮辱を受けたのに、お前は席を立って帰って来なかったのだ!」
「そ、それは、オークション後にその内容を会頭さまと頭取番頭さまに報告せよとのご命令を頂戴していたからでありまして……」
「お前は俺のせいだというのか!」
「い、いえ、滅相もございませんっ!
す、全てはあの若造が常識を知らない上に傲慢だったからでございますっ!」
「そうだな、すべてはそ奴のせいだ。
それで、どのような品がいくらで売られたのだ!」
「は、はい。こちらに書き出してございます……」
「な、なんだと!
塩800グラムを銀貨5枚で売っただと!
な、なぜお前はそれほど安い塩を大量に買って来なかったのだっ!
うちの倉にある大量の塩が売れなくなったらどうするつもりだ!」
「い、いえ、わたくしたち番頭は店の金を触ることすら許されておりませんので……」
「お前はまたも俺のせいだと言いたいのか!」
「め、滅相もございませんっ!」
「大丈夫でございますよ会頭さま。
どうせ売り物にもならない粗悪な塩でございましょう。
それに、他の大店も同様に掛け払いを拒否されたのでしょうから、買えたのは普段現金払いでしか取引をしていない弱小商会のみ。
連中が買った塩などすぐに売り尽くしてしまうでしょうから、会頭さまのご才覚で大量に仕入れた塩は間違いなく売れることでございましょう」
「ふん、それもそうだな。
だが、そのダジョン商会とか言う輩には罰を与えねばならんな。
おい、そ奴らの蔵にはまだ商品があるのか!」
「や、奴らめの在庫はわかりませんが、弱小商会共が買った商品を奴らの蔵に預けておりました」
「はっ、荷運び人も用意出来ない弱小共らしいことよの。
おい、『黒狼』の幹部を呼んで、旨い儲け話があると伝えろ」
「畏まりました。
すぐに裏事担当の手代に呼びに行かせますので少々お待ちくださいませ。
ボゴス」
「は、はいっ」
「お前はこのあと私の部屋に来なさい」
「はい……」
頭取番頭の部屋にて。
「ボゴス、お前は番頭になってまだ半年だったな」
「はい」
「お前は番頭の心得が全くわかっておらんようだ。
よいか、商売の才覚が必要なのは、せいぜい手代までなのだぞ」
「は……」
「我々番頭の仕事とは、常に会頭さまのご気分を良くさせて差し上げることのみなのだ。
それをお前は会頭さまの失態を指摘するようなマネをしおって……」
「も、申し訳ございません……」
「よいか、会頭さまとは無謬のご存在であり、なにがあろうとも会頭さまの失敗などありえないのだ。
そのように普段から考えていれば、会頭さまのお怒りは買わずに済むのだ。
そのことをよーく頭に入れて行動しなさい。
お前が会頭さまのお怒りに触れて馘になるのは一向に構いませんが、わたしまで巻き添えになるのは御免です」
「は、はいっ! ご教授ありがとうございましたっ!」
嗚呼、この話を聞いたら、現代日本の大企業の役員さんたちは、地球も異世界もまったく同じだと血涙を流すことでしょう……