*** 120 出入り禁止商会 ***
「さて、それではいよいよ『魔道具』のオークションに参りましょう。
こちらは『熱の魔道具』です。
ここの石に触れると上面が熱を発して煮炊きが出来ます。
この魔石1つを入れて1日6時間の使用で約1年もちますが、その間、薪を使用する必要が無いので便利ですね。
本日は特別に魔石を3個おつけいたしましょう。
もちろん今後は魔石も販売させて頂く予定でありますが、価格は1つ銀貨10枚にするつもりであります」
(まあ、イタイ子の用意した石に俺が魔力を込めるだけだからな。
原価はタダみたいなもんだ♪)
今度は薪を扱う商会の番頭の顔が蒼白になった。
「な、なあ、魔道具って言えばどれも国宝級の品だよな……」
「どんな魔道具でも最低金貨100枚はするっていうし……」
「ああ…… それをいったいいくらで買えるって言うんだろう……」
「いくらを希望したらいいか見当もつかんな……」
皆、首を傾げながら希望価格を記入している。
「それでは落札価格を発表させて頂きます!
こちらの『熱の魔道具』は、ひとつ金貨10枚での販売とさせていただきます!」
「「「「 うおぉぉぉぉ―――っ! 」」」」
(うはははは、30台も売れたぜ♪
これ原価はほとんど妖精族の労働コストだけだから、とんでもない利潤率だな♪)
「次の商品は『水の魔道具』になります!
こちらはやはりこの石に触れると水が出始めますが、このつまみを回すと水の出が多くなりますね。
それでは実演させて頂きましょう」
テーブルに置いた『水の魔道具』から、床に置いたガラスの桶に勢いよく水が落ち始めた。
「「「 おおおおーっ! 」」」
「ご覧のように、つまみを最小の位置に置いてもかなりの量の水が出ておりますね」
(はは、これ実際には周りの空気中から水分を集める本来の『水の魔道具』じゃないんだよな。
そんなことしたら、半径10キロの範囲が湿度0になって、みんなカサカサになっちゃうから。
だからこれって、ストレーの倉庫に蓄えてある膨大な量の綺麗な水を転移させてくる、単なる『転移の魔道具』なんだわ。
まあ、こんなもんあんまりたくさん売っても、ストレーの負担が増えるだけだから売る気は無いけど)
またも3列目の男たちが立ち上がった。
「わはははは、誰がそんなものをわざわざ金を出して買うというのだ!」
「水ならば川か井戸に行って汲んで来ればよかろう!」
「やはり弱小商会の浅知恵だの!」
「まったく、戦にも使えん魔道具なぞが売れるはずなかろう!」
「あはははは、やはり2番手以下の番頭さんたちでは、あまりお知恵が回らないようですね♪」
「な、ななな、なんだとぉっ!」
「考えても御覧なさい。
この魔道具さえあれば、どんなに水の無い場所でも軍が行動出来るのですよ」
「「「「 !!! 」」」」
「しかも、この魔道具から出て来るのは完全に綺麗な水ですから、病気を心配する必要も無いのです」
「「「「 ……………… 」」」」
「それから、旱魃に悩む領地を持つ貴族家なら、必ずや欲しがるでしょう。
なにしろ置いておくだけで水が出て来るのですから」
「「「「 !!!!! 」」」」
「さらにこの魔道具は、直径20メートル、深さ5メートルほどの溜池であれば3刻ほどで満水に出来ます。
この魔道具を持って旱魃地帯を回り、各地の溜池に水を満たしてやる商売も出来るでしょうね」
「「「「 おおおおおお…… 」」」」
「「「「 ………(あうぅぅぅっ)……… 」」」」
「しかもこの魔道具さえあれば、今まで水が無くて荒れ地のまま放置されていた土地でも農地に出来ます。
ほとんどの貴族領の農地が3割は増やせることでしょう」
「「「「 !!!!!!!! 」」」」
「そうした場合には民にも貴族家にも相当に感謝されるでしょうから、あらゆる貴族家の方から商売を持ちかけて来るでしょうね。
その貴重な魔道具に、使い道が無いとか水なら井戸から汲めばいいとか仰られるとは……」
「「「「 ……………… 」」」」
「番頭さんでもそのような貧困な発想しか出来ないからこそ、あなた方の商会は所詮三流止まりなのですよ。
商会の規模を嵩に着て如何に尊大に威張るかを考える前に、もう少し頭を使ってものを考えることを覚えられたら如何ですか?」
「「「「 ぐうぅぅぅぅぅ…… 」」」」
「あ、あの……
も、もしもこのような素晴らしい魔道具を手に入れられたとしてもですね。
すぐに貴族家に召し上げられるか、奪われてしまうのではないでしょうか……」
「はは、その際には私共にお申し出ください。
実はこの魔道具は、どこに置いてあってもわたくしが設定を変えることが出来ます」
「えっ……」
「例えば、魔石を触っても一切水が出ないようにさせるとか、大量に噴出している水を止められないようにするとか。
そうですね、いっそのこと、貴族家が無理やり奪ったとしたら、水の代わりに汚穢が噴出して来るようにしましょうか。
もちろん絶対に止められないようにして」
「そ、そそそ、それは魔法の力なんですか……」
「はい、わたしは魔法が使えますので」
「と、いうことは、あなたさまはやはりどこかの国の王……」
「まあそのようなことは今日のオークションには関係ございませんので。
それではみなさま、この水の魔道具に値を付けていただけますでしょうか」
皆、緊張しながら値を書き始めた。
「それでは結果を発表させて頂きます。
残念ながら、全ての応札価格が私共の定めた最低価格に届かなかったために、この『水の魔道具』のオークションは無効とさせていただきます」
会場に盛大なため息が漏れた。
「い、いいい、いったいいくらが最低価格だったというのだ!」
「本当にあなたは残念な方ですね、ゴモルさん」
「な、なんだとっ!」
「あなたの商会では商品の原価や利益率を尋ねたら教えてくれるのですか?」
「あぅ……」
「それにまだわからないのですか?
私共がご提供させて頂ける商品の総価値は、あなたの商会の総資産の優に10万倍の価値はあるでしょう。
あなたのご流儀では大商会ほど偉くて威張って構わないようですので、その流儀に従えば、あなたと私の差は王族と奴隷並みの差なのです。
先ほどあなたは子爵閣下に無礼な口をきいて許されたばかりではないですか。
そのうち本当に無礼打ちにされて、広場に首を晒されますよ」
「ひ、ひひひ、ひいぃぃぃぃ――――っ」
「それでは本日最後の商品をご紹介させて頂きましょう。
その商品とは、こちらの『鉄貨』でございます」
また10台のワゴンが出て来た。
それらのワゴンには、台座に乗せられた20キロの鉄貨とネオジム磁石が置かれている。
「こちらの鉄貨はその重さが20キロございます。
また、この鉄貨は鉄にクロムという貴重な金属を12%混ぜたものでございまして、よほどのことが無ければ錆びません」
「な、なんと……」
「錆びない鉄だと……」
「それでは今よりワゴンが皆さまの間を回らせて頂きますので、ご確認くださいませ。
また、そちらの小さな金属は磁鉄鉱でございますので、本当に鉄貨であるかもご確認頂けます」
「こ、こんなに大きな磁鉄鉱が……」
「こ、これだけで一体いくらになるというのだ……」
「な、なあ……
鉄貨は5倍の重さの金貨と取引されるんだろ……
ということは、普通に考えれば20キロの鉄貨は金貨2500枚(≒25億円)の価値があるということか……」
「無理だ…… 例えそれが5分の1の価格で買えたとしても、金貨500枚(≒5億円)など到底準備出来ん……」
会場内にはガチンガチンという音が響いていた。
ほとんどの者は磁鉄鉱など見たことが無いので、本当に鉄に付くかどうか確かめているのだろう。
(はは、俺も子供の頃磁石は大好きだったなぁ)
「それではそろそろ価格入札に移らせていただきますが……
ゴルボール商会のベベスさん、今ポケットに入れられた磁鉄鉱をお返しいただけますか?
それは売り物ではありませんし、ましてやあなたに差し上げたものでもありませんので」
「い、言いがかりだっ!
わ、わしを盗人だと言うつもりかっ!」
「ふう、それでは会場のみなさま、この場の証人になって頂くためにベベスさんをご覧ください」
大地は腕を上げてベベスを指さした。
「う、うわあぁぁぁぁ―――っ!」
ベベスの体が宙に浮いて行く。
床から3メートルほど上がったところで、今度はさかさまになった。
さらに大地が指を上下に動かすと、ベベスの体も上下に揺れる。
チィィィィーン……
乾いた音と共に磁鉄鉱がベベスのポケットから落ちて、大理石のテーブルの上で跳ねている。
「さて、確かこの国では平民が盗みを働いた場合には、金貨1枚相当以上の盗みで打ち首でしたよね。
その磁鉄鉱は、この国では金貨250枚以上の価値があるそうですので、あなたの首が250個あっても足りませんよ……」
「うひぃぃぃぃぃ―――――っ!」
逆さにされたベベスの股間から小便が噴出し始めた。
胸や顔を伝って床に垂れている。
「これだけの証人がいらっしゃいますので、あなたの罪は確定です。
まあ、初めてのオークションだということで、今回は見逃して差し上げますが、私共はいつでもあなたを衛兵に突き出すことが出来るのをお忘れ無きように。
また、次回以降のオークションにはゴルボール商会は出入り禁止とさせて頂きます」
数人がほっと息を吐いていた。
「それでは皆さま、こちらの鉄貨の販売ご希望価格をご記入下さいませ」
数人を除いて誰も動かなかった。
そしてもちろん……
「残念ながらこれも最低価格を超えられなかったために、入札は流させていただきます。
これで本日のオークションは終了させて頂きますが、最後に皆さまにご連絡がございます。
おかげさまで本日は皆さまに我が商会の商品を大量にお買い上げいただきましたが、ここ王都でも夜間は相当に物騒でございます。
もしも皆さまが貴重な品々を商会の倉庫に仕舞われた場合、夜中に夜盗や強盗に襲われる可能性がございます」
「あ、あの……
それは俺たちが黙っていれば誰にもわからないんじゃ……」
「バカだなサミュエル。
俺たちが黙っていても、今日カネを持って来なくてなんにも買えなかった商会の連中が言いふらすに決まっているだろうに。
場合によったら大商会が警備員という名のゴロツキに命じてお前の店を襲わせるぞ。
「そ、そんな……」
「お前だってさっき見たろ。
大商会の番頭だって、カネのためなら盗みだってやるんだぜ」
「そ、そうだな……」
「あ、ああダンジョン商会の会頭さん、話の腰を折っちまってすまねぇ。
どうか話を続けてくんない」
大地は微笑んだ。
「構いませんよ、あなた様はわたくしが申し上げたかったことを代わりに言ってくださいましたから。
そこで本日はみなさまに2つのサービスをご提供させて頂きたいと思います。
ひとつ目は護衛サービスですね。
皆さまがご自分の商会に荷を運ばれる際に、私共の精強な護衛を4名つけさせて頂きます。
もう一つは貸金庫のサービスでございまして、これは皆さまがお買い上げ下さった商品を、先ほどご覧いただいた金庫にて保管させて頂くものでございます」
「あの…… お聞きしてもいいですか?」
「もちろんです」
「その金庫の使用料金はおいくらでしょうか」
大勢の商人たちが頷いている。
「もちろん無料でございますよ」
「えっ」
「なにしろ金庫に入れて頂く品物は、皆さまが私共からお買い上げいただいたものばかりですので」
「と、いうことは、今日買った商品はすべて金庫に預けさせて頂いて、売りに行きたいときだけ取りに来ればいいと……」
「はい、取りに来て頂けるのは、毎日朝8時から夕方5時まででして、この建物の裏口からの搬出になりますが、その時間内ならばいつでもどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「それでは、本日のオークションの結果は、あとで一覧にして皆さまの商会の会頭さまにお送りさせていただきますので、お楽しみに」
「「「 や、やめろぉっ! 」」」
「なぜやめなければいけないのですか?
それは、ひょっとして、今日何も落札されなかった方々が、大きな儲けのチャンスを失ったことを商会会頭さまに知られたくないからですか?」
「「「「 ……(ぐうっ)…… 」」」」
「それはあなた方の責任であり、ひいては自分で来ずに代理の番頭に金貨も持たせなかった会頭さまの責任ですね」
「「「「 ……(あぅあぅ)…… 」」」」
「つ、次のオークションはいつだ……」
「それは決まり次第またご連絡させていただきます。
それではみなさま、護衛が案内いたしますので金庫室をご利用下さる方はお申し出くださいませ」
商品を購入したほとんどの商会が金庫室を利用した。
中には護衛を依頼してティーセット1つや砂糖1箱などを大事そうに抱えて帰る者もいたが、きっと家族と茶を楽しむためだろう。