*** 12 暴虐中央大陸 ***
それじゃあ中央大陸はと……
ふーん、大陸のほとんどが温帯性気候で山岳地帯も険しいのは無いんだ。
それでもほどよく山地があるおかげで、河川もいっぱいあって水には困ってないのか。
それに火山灰土もほとんど無くて農耕適地も多いんだ。
なのになんで2億5000万平方キロもの土地に人口が2500万人しかいないんだ?
『この中央大陸には、大小さまざまな規模の国が全部で2000近くあるそうだ。
まあ規模からして、国というよりは日本の大和時代の『クニ』に近いが』
1か国当たり平均1万2500人しか国民がいないのか。
まさに国じゃあなくって『クニ』だな。
『そうしてこのクニグニは年間で合計3000回近い戦争行為を行っている。
クニの中でのクーデターを含めれば大陸全土で年4000回以上の紛争があるらしい』
おいおいおいおい、そこまで好戦的なのかよ!
『この地の住民がこれだけ好戦的になってしまった根本の原因は神界にあると言える。
500年前に初めてこの地にダンジョンを作り、民に鉄製農具、身体能力、魔法能力を授けた結果、市井の民たちの中でダンジョンに入って生き延び、強者となった者たちが現れた。
そうして、これら強者たちが既存の豪族を殺戮し、民を暴力で支配してクニを作ったのである。
このとき大陸全土で数百万の人々が殺害されている。
現在2000近く残っているクニのほとんどが、こうした新興のクニになるそうだ。
そうして、大量殺戮によって国を打ち立てた『初代王』の子孫や家来たちが、現在の王族や貴族になっているのである。
この500年前のダンジョン元年以降も、中央大陸に於いては、ダンジョンで力を得た超人たちの欲望により、年間2万回近い侵略、略奪のための戦闘行為が行われていたそうだ』
ヘタにダンジョンで恩恵を与えてやった結果、戦争が激増しちゃったわけか……
まさにヒャッハー族に刃物だったんだな……
『慌てた神界は、ダンジョンに於いて鉄製農具を供給するのを停止した。
併せてダンジョン外では身体能力と魔法能力の使用制限も課した。
だが時はすでに遅かったのだ。
元々が暴力と侵略行為で成立したクニグニだけあって、その子孫である現在の支配層の間にも、
『必要なものは他者を殺して奪えばよい』
『武力こそ全て。それ以外に何がある?』
『殺して奪うための力を持ったからこそ、我々は土地も民も財産も全てを手に入れた』
という思想が蔓延している。
いかに当時の神界の失策が尾を引いていることか』
神界も万能じゃなかったんだな……
地元のヒューマノイドのことを知りもしないで、努力と引き換えに恩恵だけ与えればいいっていう安易な思い込みが、ヒャッハー族を量産して悲劇を大拡大させたワケだ。
『因みに彼ら支配層は、その暴力的強盗的な行動にもかかわらず、自ら王侯貴族と称して支配下の民に尊敬と服従を強要している。
中世ヨーロッパや日本の大和時代から昭和初期にかけての支配層に酷似しているのが興味深い』
そうなんだよなぁ。
なぜかヒトって、戦争という名の武装強盗なんかでのし上ると役職を欲しがって、その役職にふさわしい尊敬を求めるんだよなぁ。
単に大量殺人者の子孫だっていうだけで、身分制度だの不敬罪だの無礼打ちだのってやり始めるし。
ほんと、どんな精神構造してたんだよ。
『こうした悲惨な状況を改善するために、神界は新たな施策を投じた。
まずは鉄器、魔法・身体能力の制限であり、それを手に入れるためのダンジョンの難易度アップ、ダンジョン外での魔法やスキルの使用制限、さらにはダンジョンマスターの選抜に於けるE階梯重視の方針だった。
だが、残念ながらこの施策も機能しなかったのである』
あ、その理由はアレだよな……
『ダンジョンによって武器と能力を手に入れ、それらを駆使してクニを作った初代王たちは、その子孫たちにもダンジョンに入ることを強要した。
もちろん長きにわたるクニの存続を願ってのことである。
だが……
あるクニでは12人いた王子たちが難易度の増したダンジョンで全員死亡した。
その結果、次の王を巡って親族の間で内戦が勃発し、その隙を突いた隣国の侵攻でこのクニは滅んだそうだ。
このような事態が相次ぐと、多くのクニで王族のダンジョン攻略が禁止され、反乱や一揆防止のために貴族や一般民衆によるダンジョン攻略もまた禁止されていった。
まあ、全ての挑戦者を排除することは難しかった上に、ダンジョンで得られる成果も小さくなっていたため、この法も次第に形骸化して行ったようだが』
まあ、そりゃそうだわ。
ダンジョンに入っても恩恵が減ってリスクだけ増えたんなら、入らなけりゃいいんだもんな。
もう、弱者からの収奪組織としてのクニは出来上がっているんだから。
『こうして過剰闘争の地としての中央大陸は放置されている。
一応南大陸に平和と繁栄を齎したとされるわたしですら、この中央大陸に平和をもたらす処方箋を思いつくことは出来ない。
民衆の民度が低く、とりわけ王族などの為政者が武装強盗だった初代を信奉し、その行為を踏襲しているような社会をいったいどのように変えていけばいいというのか。
神やその力を借りたダンジョンマスターといえども、民衆や為政者の精神構造を変えるのは至難の業であろう』
そうりゃそうだ。
侵略戦争で成立したクニに、侵略も戦争も起こさせないようにするのは無理だよ。
なんせそのクニにとっての唯一最大の成功体験なんだから。
なんかますますわかんなくなって来たぞ。
まあ当面は受験勉強もしながら、じいちゃんの南大陸について考えてみよう。
まだ時間はありそうだし。
『最後に注意点をひとつ。
それはここ日本に於ける金の売却についてだ。
アルスでは鉄が貴重品だということは既に述べたが、同じ重量ならば鉄は金よりも価値があると見做されている』
えっ……
『アルス南大陸での銅貨1枚は、通貨価値としてはおおよそ日本円で100円に相当しようか。
そして銀貨は1万円、金貨は100万円ほどになる。
だが、鉄貨1枚を金貨に両替すると、金貨5枚が得られるのだ。
つまり鉄貨1枚は日本円で500万円に相当する。
このことはアルスではいかに鉄が貴重かということを示しているだろう。
鉄貨を集めて炉に入れて武器を作ったとしても、小さなナイフでさえ日本円で数千万円から1億円近い価格になってしまうのである。
多くの鉄製武器、実際は鍬や鋤などの農具だが、国宝として各国の王宮宝物庫に飾られているのも分かろうというものだ』
うっわー。
『ダンジョンマスターになって最初の頃、わたしは鉄のインゴットをアルスに持ち込み、これを金に両替して日本に持ち帰った。
そうしてその金を静田の会社が売却して日本円に換えてくれたために、ここ日本でアルスに於いて有用な物資を買えたのである。
だが時代は変わった。
アルスでの鉄の価値は当時と変わらないが、日本に於いては金の売却が極めて難しくなったのだ。
『金買い取り』の看板は多く見受けられるが、あれはあくまでネックレスや指輪などの宝飾品の話になる。
一定量以上の金(最近では200万円以上が基準となっているようだ)を持ち込んだ客に関しては、買い取り業者は納税者番号のヒアリングと当局への報告を義務付けられている。
そこで金を大量に売却などすれば、脱税の疑いで国税庁から、場合によっては反社会的勢力のマネーロンダリングを疑われて公安調査庁からの調査も入るそうだ。
つまり、この日本での金大量売却は極めて難しくなってしまったのである。
おかげで最近は規制の緩い国に静田物産の支店を作って貰い、わたしが金を持って転移して当地でドルなどに変え、アメリカで物資を購入してそれをアルスに持ち込むというかなり煩雑な作業になった。
静田にも随分と迷惑をかけたものだ。
もし大地がダンジョンマスターを引き受けるのならば、この金売却の方法についても考えた方がいいだろう』
なるほどね、50年前だったら金を売るのも簡単だったけど、今は大変なんだ……
あ、もう朝5時だ。
それじゃあ収納倉庫に戻って寝て、起きたら下山しようか……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ダイチー、ダイチー」
「んう、あと5年……」
「5年も寝てたら目玉が腐るにゃっ!
それよりごはんにするにゃ!
お腹減ったにゃ!」
「あー、タマちゃんか……
仕方ない、起きるよ……」
「朝ごはんはネコ缶とミルクがいいにゃ。
あとシリアルも少し欲しいのにゃぁ」
「はいはい、ちょっと待っててね……」
「ごはんだからあちしはワーキャットになるにゃ」
「はいどうぞ」
「ありがとう。いただきます」
「いただきます」
「ダイチはのり弁とシリアル山盛りなのね。
朝からよく食べるわね」
「冬山を歩くと普段の5割増しでカロリーを消費するからね。
たくさん食べておかないと」
「それでコーノスケの手記は読み終わったの?」
「うん、第7巻の『南大陸ダンジョン繁栄記』以外は全部読んだよ。
面白かったから一気に読んじゃったわ」
「コーノスケが南大陸に幸福をもたらした方法はわかったのかしら?」
「まだぜんぜん。
でもじいちゃんだって1年以上考えてたんだろ。
俺も考えてみるよ」
「先人の後を辿るだけじゃなくって、自分でも考えようとするのは立派ね。
でも、出来れば早くして欲しいかな。
アルスではダンジョンマスター不在の状態が続いてるし」
「それもそうだね。
だったらこれからはこの収納庫に転移して来て、受験勉強もしながらアルスのことを考えてみようか」
「それがいいわ」
「あ、でも困ったな。
須藤さんと佐伯さんと静田さんっていうじいちゃんの友達がいるんだけどさ」
「知ってる」
「そうか、タマちゃんはずっとじいちゃんと一緒にいたんだもんな。
それで須藤さんたちはしょっちゅう俺のスマホに電話して来るんだよ。
無事かとかちゃんと食べてるかとか。
特に須藤さんの奥さんの良子さんなんか毎日電話して来るし。
でもこの部屋だとスマホも繋がらないから……」
「うふふ、ここにいる間は外の時間は停止してるのとおなじなんだから、電話を気にする必要はないわよ」
「あ、そうか……
やっぱりまだ慣れてないや。
それじゃあ下山の準備をするから、ちょっと待っててね。
火の始末もしなきゃだし」
「わたしも猫形態に戻るわね」