*** 119 続くオークション ***
「次の商品は先ほど皆さまに召し上がっていただいた焼き菓子になります。
こちらは5枚ずつ袋に入ったものが4つ、計20枚が箱に入ったものでございます。
それではみなさまご希望価格をご記入くださいませ」
「なあ、あんなに旨い焼き菓子っていくらだと思う」
「あれほどまでに甘い菓子なら2枚で銀貨1枚はするんじゃないかな」
「貴族街の菓子店では、あれよりも遥かに甘くない菓子がその値段で売られてるぞ」
「そうだな、それじゃあ菓子1枚で銀貨1枚はするかもしれないな」
「それに貴族家の茶会で出せば、大評判になるかもしれないし……」
「それでは集計させて頂きますので少々お待ちくださいませ」
「お待たせいたしました!
この焼き菓子20枚セットは、銀貨5枚でお買い上げいただけます!」
(うほほほほ♪
20枚で100円のサブレが500倍の値段で売れたぜ!)
「「「「 おおおおおお―――っ! 」」」」
「お、俺の予想の4分の1だった……」
「そ、そんなに安く買えるのか……」
「ち、ちょっと奮発していっぱい買おうかな……」
各テーブルの上にはたくさんの金貨が並べられ、脇のテーブルにはこれもたくさんの箱が積み重なった。
もちろん、3列目の商会のテーブルには何も乗っていない。
「さて、次の商品はみなさんお待ちかねの砂糖でございます。
こちらの箱には先ほどの8グラム入り砂糖の袋が10袋入っておりまして、その箱単位での販売とさせて頂きます。
それではみなさま、ご購入の希望価格をお書きください」
(普通の上白糖だったら80グラムで20円ぐらいだけど、小袋に分けるのがめんどくさかったから、80グラムで80円の袋入りグラニュー糖にしたんだよな。
まあ儲かりそうだから構わんわ)
第2列辺りから声が聞こえて来た。
「一箱で砂糖80グラムか……」
「普通に買えば金貨2枚だよな」
「でも、紅茶も安かったし、ここはひとつ思い切って安く書いてみるか」
「いや、金貨2枚と書いていても、もっと安い価格で落札するやつがいればその価格で買えるぞ」
「そうだな、購入権を失うわけにはいかないから、やっぱり金貨2枚と書くか……」
また集計が為されて執事が大地に紙を渡した。
「おめでとうございます。
最低落札価格は、エモリアル商会さまからご提示いただいた銀貨40枚になります!」
(うははは! 原価80円の砂糖が40万円で売れたぜ!)
「「「「「 うおぉぉぉぉ―――っ! 」」」」」
「相場の5分の1だ!」
「すっげぇ!」
どよめきと共に、2列目中央付近に座っていたエモリアル商会の嫡男が、周囲の皆に笑顔で肩を叩かれていた。
1列目と2列目の机の上には大量の金貨が置かれ、それに合わせて脇テーブルの上にも砂糖の箱が積まれていっている。
相変わらず、3列目に座っている中年男たちは、額に青筋を浮かべているのみであった。
皆が金貨と商品の交換を終えて冷静になったころ、またサミュエルとその友人の声が聞こえて来た。
「それにしてもサミュエル、4箱も買ったのかよ」
「義兄さんから、このオークションは間違いなくチャンスになるから金を惜しむなって言われてたんだよ。
それで今までに貯めた金を全部持って来たんだ」
「それにしても4箱とはな」
「でもこれさ、2袋ずつ10軒の貴族家の家令さんに渡したら、そのうち何軒かは出入りの商会にしてくれるんじゃないかな」
「それもそうだな」
やはり最前列の2人は、3列目の番頭たちの額の青筋がさらに太くなったのは気づかなかったようだ。
「それでは次の商品に参ります。
今度の商品も皆さまお待ちかねの塩でございますね。
こちらの白い壺に800グラムの塩が入れてございますので、みなさまとくとご覧下さいませ」
また何台かのワゴンが塩の壺を乗せて会場内を動いていった。
「質問よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「この粉は真っ白なんですが、本当に塩なんですか?」
「はい塩です。
こうした真っ白な塩を作る特別な方法があるのですよ」
「それからこのやはり真っ白な壺なんですが、これも価格に含まれるのでしょうか」
「はい。
と申しましても、入札はあくまで塩800グラムに対してです。
壺は塩をお買い上げ下さった方に、800グラムにつき1個ずつタダで差し上げますよ」
「そ、そんな……
この壺だけで銀貨10枚はするでしょうに……」
「さあ皆さん、ご希望の価格をご記入くださいませ」
(くく、壺は地球で買った1個80円のものだけど、中身の塩は『塩抽出の魔道具』で海水から取ったものだからコストはゼロだもんな。
それがいったいいくらで売れるか楽しみだわ♪)
「なあ、塩って40グラムで銀貨1枚だよな」
「ああ、年に1回遠方の国から商隊が来るんだけど、そいつらが50グラムの塩を銀貨1枚で売るんだよ。
それをこの国の商会が買って、40グラム銀貨1枚で売ってるんだ」
「そうか、まあ塩なら絶対に腐らないから、そのときにみんなが大量に買って、倉庫に入れておくのか」
「普通に考えたら800グラムの塩で卸値は銀貨32枚か。
あー、いくらで書こうかなぁ……」
「それでは塩の販売価格が決定いたしました!
塩800グラムと壺ひとつで銀貨5枚でございます!」
(うははは! 5万円だってよ!)
「「「「「 うおぉぉぉぉぉ―――――っ! 」」」」」
今度も銀貨5枚と書いた商会が皆のヒーローになっていた。
第3列目の中年男たちが何人か立ち上がった。
「だ、だめだだめだっ!」
「そ、そんな安値で仕入れられた塩を銀貨10枚などで売られたら、銀貨32枚で仕入れた塩が全く売れなくなってしまうではないか!」
「あのぉ、みなさんがいくらで塩を仕入れられたとか、それを大量に抱えていらっしゃるとかは、我々の商会の商いには一切関係が無い話ですが……」
「な、なんだとぉっ!」
「だいたいみなさん高値で仕入れすぎですよ。
塩は産地に行けばもっとずっと安いものですから」
「お、お前はこの安値で売っても利益が出るというのか!」
「はい、もちろん」
「い、いったいどこでいくらで仕入れたんだっ!」
「はは、この国の大商会さんは、仕入れ先や仕入れ値を教えて下さるんですか?
随分と甘い商売をされているんですねぇ」
「な、ななな、なんだとぉ!」
もはや3列目の木っ端番頭たちの顔は、怒りのあまり赤を通り越してドス黒くなって来ている。
それでも誰も帰らないのは、帰った後に頭取番頭や会頭に報告の義務があるからだろう。
今度は1列目と2列目の机の上にはさらに大量の金貨が積み上げられた。
それに応じて脇テーブルにも大量の塩壺が積み上げられている。
「なあサミュエル、また随分塩を買ったもんだな」
「ああ、これを持って王都中の食堂を回ってみようかと思ってな」
「「「「 !!!! 」」」」
「俺たち食料品を扱う商会にとっては、大きな食堂なんかは最高の取引先だろ。
だから出来れば取引に喰い込みたかったんだよ。
それで、この800グラムの塩が入った壺を銀貨10枚で売りに行ったら、取引してもらえるようになるんじゃないかなと思ってさ」
「まあそれもそうだな」
3列目のテーブルからは、サミュエルに鬼のような視線が突き刺さっている。
もちろん、大手の食堂などは大商会にとってもお得意さまである。
特に貴族街の高級レストランなどは、大量の塩を使うために最高の顧客だった。
「それでは次は胡椒のオークションでございます。
まずはこちらをご覧ください。
その場にビニールの密閉袋に入った2種類の胡椒の粒が出て来た。
「ご覧の通り黒胡椒と白胡椒の粒でございます。
黒胡椒は肉料理に、白胡椒は魚料理によく合うことはご存知の通りでございますね」
「お、俺胡椒って初めて見た……」
「あれが同じ重さの金と取引されるっていう胡椒……」
「しかも滅多に手に入らない貴重品……」
「胡椒さえ持ち込めば、どんな高級レストランでも貴族家でも必ず買ってくれるという品……」
「こちらの密閉された袋には80グラムの胡椒が入っておりまして、この状態のままであれば、胡椒の命である香りは2年はそのままであります。
また、この袋1つに付き、こちらの胡椒用ミルもサービスさせて頂きますね。
それでは今から皆さまに胡椒の香りと味を確認して頂きましょう」
給仕が皆の机に小皿を2枚ずつ置いた。
マスクをつけた別の給仕が客の前でミルを回し、白胡椒と黒胡椒を挽いている。
あちこちでくしゃみが聞こえ始めた。
「ま、間違いない。胡椒を挽くとくしゃみが出るそうだからな」
「か、辛い。こ、これが胡椒か!」
「さて、それではまたお手元の紙にご希望の購入価格をお書きくださいませ」
「ふう、80グラムっていうことは、普通に考えたら金貨2枚だよな」
「で、でも今までの商品みたいにもっと安く買えるかも……」
「それでは落札価格を発表させて頂きますが、その前に。
3列目に座っておられる商会の方が5人ほど『銀貨1枚』と書かれたようですが、いくらなんでもそこまで安くはありませんね。
やはり2番手以降の番頭さんでは物の価値も分からないのでしょうか」
全員が3列目を振り返った。
何人かの番頭たちの顔がさらにドス黒くなって、額の青筋も太くなっている。
(それでも静田さんから80グラム300円で仕入れた胡椒だからボロ儲けだけどな♪)
「それでは落札価格の発表です。
胡椒80グラムの価格は銀貨30枚に決定いたしました!」
「「「「「 うおぉぉぉぉぉ―――――っ! 」」」」」
またもや大歓声が沸き起こった。
前列と2列目の客は商売の興奮にノリノリである。
(わははは、300円の胡椒が1000倍に化けたぜ!)
そのとき、先ほど金貨を取りに行った護衛が息を切らしながら駆け込んで来た。
手には大きくて重そうな袋を持っている。
「でかした!
これで胡椒が山ほど買えるぞ!」
またもや3列目の番頭たちが射るような目を向けたが、何人かはもう涙目になっていた。
これほどまでの商売のチャンスが右から左へ逃げて行くことに耐えられなくなったのだろう。
すぐに大量の金貨が机の上に積まれ、脇テーブルにも胡椒の山が出来ていた。
「みなさま大量のお買い上げ誠にありがとうございます。
それでは次は『紙』のオークションになります。
こちらは、今までみなさまにお使いいただいた紙を100枚束ねたものでございまして、本日は特別にこの100枚の紙束1つにつき、サインペンも2つお付けいたしましょう」
(なんか俺、テレビショッピングの司会者になった気分……)
「あの、質問よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「その『さいんぺん』は、どのぐらいの文字数が書けるのでしょうか」
「そうですね、普通の大きさの字を書いたとして、この100枚の紙を使い終わるまで書けると思います」
「そ、そんなに……」
この紙とサインペンのセットは、1セット銀貨8枚の値が付いた。
(うほほ、100枚200円の上質紙と1本50円のサインペン2本が、8万円で大量に売れたぜ♪)
3列目の男が立ち上がった。
「ま、待てっ!」
「どうされましたか?」
「よ、羊皮紙は100枚で銀貨50枚するのだぞ。
そ、それなのに、遥かに薄くて保管しやすいこの紙を100枚銀貨10枚で売られたら……
よ、羊皮紙が全く売れなくなってしまうではないか!」
「私共は羊皮紙を扱っておりませんので何の問題もございませんが?」
「ぐうっ!」
「そもそも今まで羊皮紙が高すぎたのですよ。
あなたの勤める商会では、国に金を払って羊皮の仕入れを独占して来ましたよね。
そうして、羊農場に払っている羊皮代からすれば、100枚の羊皮紙の原価は銀貨8枚になるはずです」
「な、なぜそれを知っている!」
「そんなことは、ちょっと調べればわかることですよ。
つまり今までのあなた方は、暴利を貪っていたわけです。
これからは適正な価格まで下げれば売れますよ♪」
「あうぅぅ……」