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*** 118 現金取引 ***

 


「それではみなさま、お手元の商会名が記載してある紙に落札希望価格を書いて頂けますか」


 1列目の端に座っていたガリル男爵の義弟のサミュエルくんが手を挙げた。


「どうぞ」


「あ、あの…… 希望価格だけですか?

 希望個数は書かなくてもよろしいのでしょうか……」


「ええ、オークションで決定した価格であれば、お1人様何セットでもお買い上げいただけます」


「そ、そんなにたくさん在庫があるんですか?」


「もちろんございます。

 なんでしたら100セットでもお買い上げいただけますよ」


「あ、ありがとうございました……」



「みなさんご記入くださいましたでしょうか。

 それでは今から紙を回収させて頂きます」


 執事たちが歩き回って紙を回収し、数字をチェックしている。

 まもなく1枚の紙を大地のもとへ持って来た。


「おめでとうございます。

 私共の販売希望価格よりも上の価格を提示された方のうち、最も安い価格を提示されたのは、サミュエル商会のサミュエルさまでした。

 ご提示価格の銀貨50枚(≒50万円)がこのティーセットの販売価格になります」


 また1列目の別の男が手を挙げた。


「どうぞ」


「あ、あの……

 わたしはこの茶器セットならば銀貨80枚の価値があると思って、そう書いたんですが、本当に銀貨50枚で買わせていただけるんでしょうか?」


「もちろんです」



 また3列目の男が立ち上がった。


「はっはっはぁー!

 これだけの茶器セットがたったの銀貨50枚だと!

 弱小商会はやはり物の価値がわからんか!

 しかも個数は自由だと言うのか!

 それでは我がゲブルビル商会は500セットを希望する!

 全ての貴族家が茶会のためにこぞって大量に買いに来るだろう。

 それも1セット銀貨100枚でな!

 うちの商会は大儲けだ!」


 大地はにっこりと微笑んだ。


「多数のお買い上げ誠にありがとうございます。

 それでは皆様、机の上の紙にご希望数量と、その数量分だけの金貨をご用意くださいませ。

 部屋の脇に置いてあります商会名の書かれたテーブルに茶器をご用意させて頂きますので。



 大きな台車に乗せられた箱入りのティーセットが大量に運び込まれて来た。

 どう見てもその総数は1000セットを軽く超えているだろう。


 ゲブルビル商会のテーブルの脇には、100セットずつの箱を乗せた5台の台車が待機した。


 第一列の商会会頭たちは、皆希望数量を書き終えて金貨を机に乗せている。

 給仕たちがその数量を見て脇のテーブルに茶器セットを乗せ、会頭が頷くと金貨を回収していた。



 だが3列目では……


「金貨は年末に払ってやるので取りに来い!」


「さあ、早くテーブルに500セットの茶器を置け!」



「あの、現金と引き換えでなければ品物はお渡し出来ませんが」


「な、なんだと!」


「大商会同士の商取引は年末払いが常識だろうに!」


「これだから弱小商会は困る!」


「現金と引き換えなぞ、そこらの貧乏人相手の取引だろうが!」



「あれ?

 オークションで落札された商品の支払いは、その場で現金決済が常識ですよ。

 もちろんその旨、ご招待状にも書かれていましたが……」


「「「 !!! 」」」


「もしも今金貨がご用意頂けないのならば、その商会さまはこの茶器のオークション落札資格を失うことになります」


「な、ななな、なんだと!」


「わしら大商会をそこらの貧乏人共と同列に扱うというのか!」


「はい」


「「「 な…… 」」」


「あなた方自称大商会さまは、年末払いで他の大商会から仕入れた商品を、庶民相手に現金取引で売って運転資金にしているようです。

 これは、手持ち現金に余裕の無い倒産間際の商会がよく使う手でございまして、非常に危険な取引相手だと見做されます。

 そうした場合に1つの商会が倒産すると、その商会に売掛金を持つ別の商会も倒産してしまうでしょう。

 これを連鎖倒産というのですが、この規模が大きくなると国も混乱します」


「「「「 ………… 」」」」


「よってわが国では、年末払いなどという危険で原始的な商法は禁止されているのです。

 みなさまも、そろそろそうした危険で古臭い商法から脱却されたらいかがでしょうか。

 年末払いなどと言った途端に、資金繰りの悪化した倒産間近の商会だと思われてしまいますよ?」


「「「「 がぎぐぐぐぐぐぐ…… 」」」」



「それでは特別に希望数量の書き直しを認めましょう」


 2列目の商会会頭嫡男や頭取番頭たちは、慌てて希望数量を書き直し始めた。

 中にはお供の財布まで出させている者までいる。


 3列目の連中は、全員青筋を立てながら紙を破り捨てた。

 どうやら本当に金貨1枚も持って来ていなかったらしい。


(まあ自分を偉いやつだと思い込んでる奴ほど、自分では金を持ち歩かずにお供に持たせるからな。

 銀貨の1枚も持たずに歩くことこそステータスだと思っているんだろう……)



 因みに、読者諸兄は『ステータス』と聞いて何を思い浮かべられるだろうか。

 30歳以下の諸君はたぶん、レベル、スキル、HP、MP、INT、DEXなどを思い浮かべられると思われる。

 ところが、40歳以上のオヤジやジジイたちは違うらしいのだ。

 知り合いの40代の人に聞いた話なのだが、彼が25年ぶりに高校の同窓会に行ったとき、まあ実に懐かしい顔が並んでいたのであるが、その同級生たちは相手の名前を確認した後に、『どこに住んでるの』『クルマはなに乗ってるの』『子供はどこの私立に行ってるの』とまず聞いて来るそうなのである。

 つまり、こうしたものこそがオヤジたちにとっての『ステータス』なのだそうだ。

 要は全てカネで買えるものこそが彼らにとっての『ステータス』というものなのである。


 オヤジやジジイたちは、こうして相手のステータスを確認してからでないと、そこから先の会話が出来ないらしい。

 もちろん相手の『ステータス』が自分より遥かに上だと、すぐに会話を打ち切って離れていくのである。

 まあ、類人猿にありがちな序列確認行動なのだろう。


 閑話休題。



 第1列目の商会の脇テーブルには1セットから10セットほどのティーセットが並んだ。

 2列目の商会の脇テーブルには、半分ほどのテーブルに1セットから3セットほどの茶器が並び、半分は何も乗っていない。

 もちろん3列目の商会の脇テーブルは全て空だった。


 サミュエルくんは頑張って10セットも買っている。



 そうして、サミュエルくんは隣の席の友人らしき男に話しかけたのだ。

 それが静まり返ったオークションホールに落とされる爆弾とも知らずに。


「なあ、ひょっとしてこの茶器を貴族家に献上したら、俺も貴族家出入り商人になれるかな?」


「「「「「 !!!!! 」」」」」



 それはまさしく爆弾だった。

 中堅以上の商会にとって、貴族家との取引はステータスである。

 出入りする貴族の格がそのまま商会の格になると言っても過言ではない。

 その独占取引を維持するために、また、既にメイン取引先商会を持つ貴族家に喰い込むために、毎年莫大な資金をつぎ込んでいるのだ。

 それがこんな若造の経営する弱小商会に脅かされることになるとは……



「でもさサミュエル。

 絶対に貴族家当主には見せない方がいいぞ。

 貴族の一族もだめだ。

 必ず家令か執事長に見せること」


「それはなんでなんだ?」


「そんなことも知らないのか。

 あのな、貴族家当主に直接渡した品は、『特別献上品』って言って、献上品なんだからと言って代金を払って貰えないんだよ。

 でも相手が家令か侍従長だったら、必ず値段を聞かれるんだ。

 それで相手はあくまでも『献上品』って言い張るんだけど、それでも代金を下賜してくれるんだ。

 まあ年末払いだけど」


「へぇ、おなじ献上品でも違いがあるんだな」


 2列目のテーブルでは多くの者がうんうんと頷いている。


「でもさ、あんまりいいものを持って行くと、『ただいまご主人さまをお呼び致します。このような素晴らしい品であればご主人さまもきっとお喜びくださることでしょう』とかって言い出すんだよ。

 そうしたら『特別献上品』になって代金は払って貰えないぞ」


「そ、そうか、気をつけるよ……」


「だから貴族家に行く前には、門番に小銭を渡して当主や奥方や嫡男がいないかどうか確認するんだ。

 そういう連中がいるときにいいものを持って行くと、家令がそいつらを呼んで、代金を払って貰えなくなるからな」


「へぇー、なるほどぉ」



 頷く者が増えた。

 3列目に座っている者の中には唸り始めた者もいる。

 大商会に於いても、こうした危険があるために、貴族家に参上して品物を渡すのは、商会会頭かせいぜい頭取番頭に制限されている。

 故に2番手以降の番頭は貴族や家令たちの顔すら知らないのである。



「でもさ、もしそれで『特別献上品』にされちまって代金を貰えなくっても、ひょっとしたら貴族家出入り商会になれるかもしれないんだろ」


「そういうときはな、もっと安い贈り物を何回か家令に渡して、出入りを約束して貰ってから『特別献上品』を渡した方がいいぞ。

 それでも約束を破るような悪賢い家令もいるけどな」


「わ、わかった。気をつけるよ。ありがとう」


 もはや1列目と2列目には涙目になっている者もいる……

 きっと昔痛い目に遭わされたのだろう。



 もちろん当の2人は、最前列にいるだけに、第3列の者たちが2人を睨みつけていることにも気づかなかった。


(はは、サミュエルくんもいい友達を持ってるじゃないか。

 この友達の商会の名前は憶えておこう……)



「それではみなさん、次の商品のオークションに参りましょう。

 次の商品は先ほどお飲み頂いた『紅茶』でございます。

 こちらは一箱に100グラムほどの茶が入っておりまして、一箱単位での価格入札になります」


(このアルスでは、茶ってやたらに高いんだけど、みんないくらで値をつけてくれるか楽しみだな♪)



「な、なあ、普通の茶でも100グラムなら銀貨20枚はするよな」


「遠国からの輸入品だからな。

 それがあれほどまでに旨い茶となると……」


 皆が考え込みながら一斉に数字を記入し始めた。



「それでは、みなさまのご記入くださいました価格を集計致しました結果を発表させていただきます。

 落札価格は、ハイルエール商会さまのご提示になられた、1箱銀貨5枚でございます!」


(はは、静田さんから一箱500円で買った紅茶が5万円で売れるか……)


「「「「 うおぉぉぉぉ―――っ! 」」」」


「あ、あの、ヒルデナンド商会のハスラーと申します。

 わたしは一箱銀貨20枚と書いたんですが、本当に銀貨5枚で買わせて頂けるんでしょうか……」


「もちろんです。オークションのルールは絶対ですから」


「よかった…… これで4倍買える……」


(わはは、この前地球のTVで見たんだけど、バーゲンに並んでる女性に聞いたんだそうだ。

『あなたは何故1時間以上も並んでバーゲン会場に入ろうとしているんですか?』って……

 そしたら『半額で買えるから』って答えた奴はいなくって、ほとんどが『倍買えるから』って答えたそうだわ。

 アルスも地球もヒト族は同じだな♪)



 脇テーブルに紅茶の箱が運ばれていった。

 1列目の商会のテーブルには山積みにされているところがあるが、2列目の商会のテーブルにある箱は数えられるほどである。

 3列目に至っては何も乗っていない。

 いや、ひとつだけ紅茶の箱が1個乗ったテーブルがあった。

 何も乗っていないよりも却って哀れを誘う姿である。



「あ、あの!」


「どうかされましたか?」


「い、今から護衛を走らせて、金貨を取りに行かせてもよろしいでしょうか!」


「それはもちろん構いませんが……

 招待状を渡すのをお忘れ無きように。

 招待状が無ければ門内に入れませんからね」


「ありがとうございます!

 おい! この招待状の裏にありったけの金貨をお前に渡すよう書いておいた。

 これを持って商会まで走ってくれ!」


「はい!」


 その商会の嫡男についていた手代兼護衛が慌てて走って行った。

 だが、やはり3列目の大商会番頭たちは動かない、いや動けない。


 彼らとて番頭である身である。

 頭取番頭であれば月に金貨10枚ほど、例え5番番頭であろうとも金貨3枚ほどの仕入れ権限は与えられている。

 だが、それはあくまで年末払いでの話であり、実際に金を受け渡し出来るのは商会会頭のみだった。

 所詮使用人は、金貨を触ることすら許されていないのである。

 したがって、護衛を商会に走らせても、せいぜい自分の貯金を持って来させられるだけだったのだ。


 金貨を渡してくれなどと言えば、横領を疑われてその場で馘になりかねないのである……





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