*** 117 オークションスタート ***
エレベーター内で目を瞑ってしゃがみ込んでいたゴモルも、エレベーターが3階に到着してドアが開くと途端に元気になった。
だがしかし……
控えの間からオークションルームに入ったところで、今度は本当に脚が竦んでしまったのである。
すでに満員になっていた部屋では、大勢の人々がそんなゴモルをニヤニヤしながら見ていた。
部屋の装飾を見ないよう気力を振り絞ったゴモルが部屋の人々を見渡す。
正面には精緻な彫刻が施された長大な木製のテーブルがあり、そこには4人の人物が腰かけていた。
右側に座っているのはギラオルン・ブリュンハルト商会会頭とその息子のガリオルン・フォン・ブリュンハルト男爵だろう。
中央には何故か16歳ほどの見知らぬ若い男が座っていた。
その左にはこれも見知らぬ年寄りが座っている。
彼らに相対するように、前列、中列、後列と3列に分かれた机と椅子2脚のセットが20組ずつ計60セット並んでいた。
前後の壁際には10名ほどの護衛兵が立っている。
横には商会名を書いた紙が貼られた大きな低めのテーブルが並んでいた。
「それではグリモワール商会4番番頭ゴモルさま、こちらの席にお座りくださいませ」
「な、なんだと!
わしはあのグリモワール大商会の番頭ぞ!
このような後ろの席に座れるかっ!
最前列中央に案内せいっ!」
「いえ、あなたさまのお席はこちらでございますので」
「こ、この無礼者めがぁっ!」
ゴモル番頭はずかずかと最前列中央に歩いて行き、そこに座る大男に指を突き付けた。
最前列の端には随分と若い男たちもいる。
「お前はあのモンクルー商会の会頭だろう!
ここはお前ごとき弱小商会が座ってよい場所ではないっ!
早く席を立ってわしに譲れっ!」
モンクルーはにやにやしながらゴモルを見ていた。
「こっ、ここな無礼者めがっ!
早く席を譲り渡せっ!」
そのとき正面に座っていた老人が声を発した。
「やれやれ、これで10人目かの……
どうも自称大商会の番頭と名乗る者ほど行儀が悪いようだのぅ……」
3列目に座っていた恰幅のいい中年男たちが身を縮めている。
「な、なんだとこのジジイっ!
無礼者はお前だろうにっ!」
「それでは教えて進ぜよう。
あのな、本来貴族というのは唯一貴族家の当主を言うのじゃ。
つまり、たとえ貴族家の一族や嫡男であったとしても、彼らは貴族ではないのだ。
まあ、王に忠誠を誓って叙爵を受けた者だけが貴族となるわけじゃな」
「あ、当たり前のことを言うなっ!」
「ということはだの、例え伯爵家の嫡男と言えども、男爵家の当主よりも格は下になるのじゃよ。
まあ、それ相応の敬意をもって扱われるじゃろうが。
だが、御前会議の際などには、男爵家当主よりも伯爵家嫡男の方が後方に座るのじゃぞ」
「そ、それがどうした!」
「まだわからんのか?
ここ最前列の席に付いておられる皆さんは全て商会主殿たちじゃ。
そうして2列目中央は商会主のご嫡男であり、左右には各商会の頭取番頭殿たちに座って頂いている。
ならば、2番手以降の番頭などは3列目に座るのが当然だと思わんか?」
「な、なんだと!
わしはあのグリモワール大商会の番頭ぞ!
貴様のような弱小商会のジジイにそのような指図を受けるいわれはないっ!」
「それにの、招待状には、このオークションは各商会の当主かその嫡男、もしくは頭取番頭のみご出席くださいと書かれておったはずじゃ。
お主は番頭のくせに字も読めなんだのか?」
「な、なんだとこのジジイ!
言うに事欠いてグリモワール大商会番頭のこのわしにそのような暴言を吐くとは!
後で後悔するなよっ!」
「はは、どう後悔するのか楽しみじゃの」
「なにぃ!」
最前列中央に座るモンクルー商会の会頭が口を開いた。
「なあ、ゴモル4番番頭さんよ。
あんた本当にこちらのお方様がどなたか知らんのか?」
「な、なに……」
「ということはだ、あんたは商業ギルドが主催する年に1度の晩餐会に連れていってもらったことが無いんだな。
まあ、あの晩餐会に出席出来るのは商会主とその嫡男か頭取番頭だけだから、行ったことがないのは当然だろうが」
「な、なんだと……」
「俺たちの商会が王城と取引させて頂く際に、窓口になって頂くのは侍従さまたちだろ。
そして、こちらのお方様は、その王城で開催される商業ギルド晩餐会の主賓席に座っておられた侍従次長のモントレー・フォン・フラナガン子爵閣下だぞ」
「!!!!!!」
「そのお方さまに向かって、暴言を吐いただの後悔するなだのとよく言えたもんだ」
「ぁぅ…… ぁぅ…… ぁぅ……」
「今この瞬間に不敬罪でお前さんの首が飛んでもおかしくないんだぞ。
閣下のご寛大な御心に感謝するんだな」
「も、ももも、申し訳ございませんでしたぁぁ――――っ!」
ゴモルは土下座して額を床に押し付けて震えている。
「早く後ろに行って座りなさい。
ついでながらお許しを頂いて、皆さんに今日のオークションを主宰されるダンジョン国のダイチ・ホクト殿を紹介させていただこう。
ダイチ・ホクト殿は、ダンジョン商会の会頭であり、またダンジョン国の通商全権大使としてこの国に来られたのじゃ」
後方の席から小さな声が聞こえた。
「こ、こんな若い男が……」
「家名持ちか……」
「ま、まさか貴族家当主とか……」
「はっはっは。
そなたたちは家名持ちといえば貴族としか思い浮かばんのじゃの。
他の可能性を考えてみたことはないのか。
なにしろ商会の名が国の名と同じだしのぅ」
「「「「「 !!!!! 」」」」」
(ふふふ、実際には王族の上を行く『神の御使い』さまじゃがの……)
モンクルー商会の会頭が小さく手を挙げた。
「あ、あの子爵閣下さま……
ご質問をお許しいただけませんでしょうか……」
「よいぞ」
「あの……
モントレー・フォン・フラナガン子爵閣下さまと言えば、若かりし頃現国王陛下のお命をお守りして12人の刺客を撃退された大英傑。
ですが、そのときのお怪我のせいでおみ脚がご不自由だと聞き及んでおりましたのですが……」
フラナガン子爵は微笑みながら立ち上がり、軽快な足取りで周囲を歩き始めた。
「わしはの、あの時の戦い以来45年というもの己の脚では歩くどころか立つこともままならなかったのじゃ」
「はい……」
「じゃがの、ここにおわすダイチ・ホクト殿の魔法のおかげで、これこの通りまた歩けるようになったのじゃよ」
「「「「「 !!!!! 」」」」」
「ま、魔法……」
「あの建国王が使えたという伝説の力……」
「ほ、本当にあったんだ……」
「もちろんわしは、ダイチ殿に深く深く感謝しておる。
じゃからこうしてダイチ殿のお手伝いをさせていただいておるわけじゃの」
「「「「「 ………… 」」」」」
「ダイチ殿、時間を取らせて誠に申し訳なんだ。
この先爺は口を噤んでいよう。
どうかオークションを始めて下され」
「ありがとうございますフラナガン子爵閣下。
それではオークションを始めさせて頂く前に、まずはみなさまに我が国特産の希少なる茶をお出しさせて頂きたいと思います」
51人の給仕が51台のワゴンを押しながら現れた。
全てのワゴンの上には白磁のティーセットが乗っている。
因みに大地が静田物産から仕入れた2客セットで2000円の品である。
「なんだこの真っ白な器は……」
「土器ではないのか……」
「土器は土器なのですが、ある特殊な製法で作られた土器ですね」
「い、いったいどのようにすれば、このような白くて薄い土器が焼けるのだろうか……」
「はは、その製法はもちろん秘密とさせてくださいませ。
さて、茶を器に注ぐのは、そちらの砂時計の砂が全て落ち切ったときとさせて頂きます。
そのほうが美味しいお茶が飲めますので」
「こんな精巧なガラス細工が……」
「その貴重な細工を茶を淹れる時間を測るために使っているとは……」
砂が落ち切ると、給仕たちがカップに茶を注ぎ始めた。
小皿に2枚のサブレも置いて添えると、また3列目のテーブルが騒がしくなった。
「こ、この商会では毒味もしていない茶や茶菓子を客に出すのか!」
「この血のような不吉な色はなんだ!」
「ええ、この立ち上る湯気に毒が入っていたらなんとする!」
「こ、このようなものは早く下げよ!」
(はは、モントレーの爺さんが黙ったのと、若造の俺が丁寧な口を利いたんでまた頭に乗り始めたな。
それにしても、大商会の番頭ってなんでこんなに尊大で行儀が悪いのかね。
そういう奴しか番頭になれないのか、それとも番頭になるとそういう奴になるのか。
まあ地球にもこういう中間管理職はいっぱいいそうだけどな……)
給仕たちが3列目の紅茶と焼き菓子を下げて行った。
最前列の商会主のひとりが給仕に聞く。
「なあ、なんかこの茶、すごくいい香りがするんだが、なんていう茶なんだ?」
「これは紅茶という名の茶でございます」
「そうか、まるで宝石を溶かしたような色だな。
香りも素晴らしいし。
どれ、ひとくち飲んでみるか……
う、旨いっ!
こ、こんな旨い茶は飲んだことがないぞ!」
「お褒めに与り恐縮でございます」
「こ、この焼き菓子も信じられないほど旨いではないか!」
「な、なんという甘い菓子だろうか……」
(はは、現代日本でも最高のコスパを誇る〇コナッツサブレだからな。
俺もガキのころから大好きだったよ)
「ところで、このカップに入った白いのは牛の乳だとして、こっちの小さな袋に入ってるものはなんなんだ?」
「そちらは砂糖でございますね」
「「「「「 !!!! 」」」」」
「紅茶に砂糖と乳を入れると、また違った素晴らしい味わいが楽しめますので、どうぞお試しください」
「な、なぁ、これ一袋にどのぐらいの量の砂糖が入ってるんだ?」
「一袋に8グラム入っております」
「なんとまあ、これだけで銀貨20枚か。
とんでもない飲物になるな……
な、なぁ、これ使わずに持って帰ってもいいかな。
歳取った両親や子供たちに食べさせてやりたいんだ」
「もちろんかまいませんとも」
途端にまた第3列が騒がしくなった。
「お、おおお、おい給仕っ!
さ、さっきの茶を持って来いっ!」
「も、ももも、もちろん砂糖もだっ!」
「申し訳ございませんお客さま。
お客さまの紅茶と砂糖は既に捨ててしまいました」
「「「 な、ななな、なんだとぉっ! 」」」
「ですが、この後のオークションで、茶器も紅茶も砂糖も出品される予定になっておりますので、落札されてお楽しみになられたらいかがでしょうか」
「「「 ぐぅぅぅぅぅ…… 」」」
「それではまず最初に、今お楽しみ頂いた紅茶用の茶器のオークションを始めさせて頂きます」
3台のワゴンに乗せられた白磁の6客ティーセットが運び込まれた。
もちろんティーポットもスプーンもすべてついたフルセット(¥3000)である。
そのティーセットは厚いガラスの容器に入れられて輝いている。
ワゴンがそれぞれの列を縫ってゆっくり動き始めた。
「おい、この容器を開けて中の器を触らせろ!」
「ったく、茶器を吟味するときは手に取って口をつけるのが常識だろうに!」
「これだからシロウトは困るの!」
「あれ?
実際に器を手に取って口を付けて頂くために、先ほど紅茶を振舞わせて頂いたのですが?」
「「「 !!!! 」」」
「そもそもご招待状の出品目録には『ティーセット』と書いてありましたからね。
いやさすがは大商会の番頭さんだ、一目見ただけで手触りも口をつけた感触もお分かりになるのかと感心していたのですが……」
「「「 ぬががががががが…… 」」」