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*** 116 大商会の番頭たち ***

 


 オークション当日。


「な、なんだこの人だかりは……

 こんな城壁外の場末の地になぜこんなに人がいる……」


「へぇ番頭さん、なんでも新しく出来た商会の支店が凄いらしいそうで、その見物の人出だそうでやす。

 あ、屋台まで出てやすぜ」


「ええい! これでは前に進めんではないか!

 お前たち、前を進んで人ごみをかきわけよ!」


「「「 へい 」」」


 新本店周辺の倉庫街では、丸太で足場を組んで見物台を作り、見物人から金を取って昇らせてやっているところまであった。


「それにしてもすっげぇ建物だぜ」

「王子の離宮よりよっぽど豪華だな」

「こんなもん建てられるなぁ相当なお大尽さまだなぁ」



 正門前には10人ほどの護衛が立っていた。

 皆見事な青銅の鎧を身に着け、同じく青銅製の剣を佩いている。


「よ、ようやく門まで辿り着いたか。

 おい、わしはガルビル大商会の者だ!

 すぐに門を開けて中に入れよ!」


「恐縮ですが、ご招待状をお見せいただけませんでしょうか」


「なにっ!

 そんなものは持っておらん!」


「それでは申し訳ございませんが、ご入場頂けません。

 ご招待状にもその旨記載してございましたが」


「な、なんだと!

 キサマ王都最大のガルビル大商会の番頭であるわしを知らんのか!」


「はい。残念ながら」


「これだから中小商会は困る!」


「お集りの皆さまの安全のためでございます。

 何卒ご理解くださいませ」



(まずい、まずいぞ……

 頭取番頭さまからのご指示は、オークションの出品物を見聞して会頭さまにご報告せよとのことであった。

 このままではそのご指示通りに出来んではないか……)


「お、おいお前!

 急いで店に帰って頭取番頭さまより招待状を頂いて来いっ!」


「へい」



 見れば門前には同じような服装の男たちが何人かいた。

 皆招待状を取りに行かせているのだろう。

 だが、なぜかイラついている様子も無く、全員が口を開けて門の中を見ている。


 ガルビル商会の5番番頭、ゲセルも門の中を見てそこでフリーズした。


(な、なななな、なんだこれは!

 これが商会の建物だというのか!

 あ、ありえん…… これでは王城よりも遥かに豪華な建物ではないか……)



 しばらくして、王都の教会の正午の鐘が鳴る。


 焦り始めたゲセルの目に、商会に走って行かせた護衛が戻って来たのが見えた。


「し、招待状は持って来たか!」


「そ、それが、頭取番頭さまが仰るには、招待状は会頭さまの部屋にあって、会頭さまが外出中のために部屋には入れないそうなんでさ」


「な、なんだと!

 おいそこの門番、そういう理由で招待状は無い。

 早くわしを門内に入れろ!」


「まことに残念ではございますが、あなたさまをご案内するわけには参りません」


「な、ななな、なんだと!

 わしは王都最大のガルビル大商会の番頭ぞ!

 無礼にも程がある!」


「あなた様が本当にガルビル商会の番頭さまであることを証明出来ますか?」


「!!!」


「それを証明する唯一の方法が招待状をご持参いただくことなのですよ。

 私共は確かに招待状をガルビル商会さまにお届けしていますので。

 それでは残念ですがお引き取り下さいませ」


「な、ななななな……」




 因みに不思議に思われたことは無いだろうか。


 現代の会社組織に於いては、ほとんどの会社に於いて最高経営責任者(CEO)を『社長』と呼んでいるが、銀行だけはそのトップを『頭取』と呼んでいる。

 実はこれは、江戸時代初期には既に商店や寄り合いで一般的に使われていた呼称であり、語源は雅楽の演奏に於ける「音頭取り」であるという説と、「筆頭取締役」の略とする説があるそうだ。

 実際に元禄期の三井両替商に於いては、複数の番頭のうち序列1位の者を『頭取番頭』と呼んでいたらしい。

 その三井両替商が、明治の時代になって日本最初の銀行を設立したために、銀行の経営トップを『頭取』と呼称するのが定着したそうである。


 この頭取番頭は経営全体の責任を負い、年に数回、主である三井家に報告を行っていた。

 つまり三井では、当時から会社組織の所有と経営の分離が為されていたのである。


 そこで筆者は三井住友銀行に勤務する友人に言ってみたのだ。

「今度頭取さんに会ったときは、『頭取番頭さん』と呼んであげたらどうだい?

 それから役員さんは『番頭さん』と呼んであげたらどうかな?」と。


 そうしたら、「池上さん。そんな聞いただけでキンタマがヒュンと縮み上がるような恐ろしいことを言わないでください……」

 と言っていた。


 なぜに古来由緒正しい呼び方をするのがそんなに恐ろしいことなのだろうか……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 王都でも3指に入ると言われるギムルオル商会の4番番頭ブリエルも門前で焦っていた。

 だが、幸いにも会頭が商会にいたらしく、護衛が無事に招待状を持って来てくれている。


 おかげでブリエルは門を開けて貰って中に入ることが出来たのだが……


(な、なんだこの左右の馬房は……

 50ほどもある馬房にはそれぞれ商会名を書いた札が下がっているではないか……

 それが半分ほども埋まっているし、あそこには荷橇まで置いてある……)


 ブリエルは護衛5人のみを連れて来た自分を急に不安に思い始めた……




 やはり王都で3指に入るとされるグリモアール商会の4番番頭ゴモルも、護衛が商会に戻って取って来てくれた招待状のおかげで門内に入ることが出来た。

 どうやら大手の商会ほど番頭に招待状を持たせずに寄越したようだ。


 ゴモルは担当についてくれたブリュンハルト商会の護衛の案内で庭園の道を進んだ。


(な、なんだこの道は……

 これほどまでに真っ白で平らな石畳の道は見たことがないわい……)


 ゴモルはともすれば竦みそうになる自分の脚を叱咤して建物に向かって歩いて行った。

 そうして、10段ほどのきざはしを昇ると……

 青銅製らしき巨大な扉が音も無く開く。

 その内側の30畳ほどの部屋の先には、見たことも聞いたことも無いほど豪華なロビーがあった。


 ゴモルはとうとう完全にフリーズしてしまい、初めて王城を見た農民のように口を開けて周囲を見回している。


「グリモアール商会のお客様。

 恐縮ですが、あちらのテーブルでご役職とご芳名をご記入くださいませ」


 見れば52の商会名を記した52のテーブルがあった。

 その後ろの壁際にはソファがあって、他の商会の連中のうち数人が茶を飲んでいたが、ほとんどの席が空いている。

 既に会場入りしたものと思われた。


「お、おい、お前書け」


「へ、へい」


 手代がグリモアール商会の芳名帳に向かったが、何故か困惑している。


「な、なあ、羽ペンとインク壺は?」


「そちらはインクが内蔵されている『さいんぺん』といいます。

 今蓋を開けて差し上げますので、そのままお書きください」


「あ、ああ……」


 手代はそのまま、役職名の欄に「4番番頭」、芳名欄に「ゴモル」と書いた。

 その芳名帳を案内の護衛がじっと見ている。



「それではこれより金庫室の内覧にご案内させていただきますが、お供の方は1名様のみということでお願いいたします。

 他の護衛の方は、あのドアの先が控室になっておりますので、恐縮ですがそちらでお待ちくださいませ」


「な、ななな、なんだとっ!

 わしが連れて来た護衛をわしが引き連れて何が悪いっ!」


(はは、こいつあまりにも豪華な建物を見て、不安でしょうがなくなったんだな。

 まあ無理は無いけどな。

 俺たちだって最初は10人ぐらいで固まってでないと歩き回れなかったんだから)



「あの、ロビーより先に入れるご同伴者は1名様のみということは、ご招待状にも書いてございましたが?」


「な、なにっ!」


(あはは、こいつやっぱり会頭から招待状は見せてもらえてなかったんだなぁ)


「だ、だがそんなことは弱小商会の連中だけにしろ!

 我が商会は王都でも3指に入る大商会であるぞ!」


「あの、これだけの建物をご用意されたダンジョン商会の会頭さまから見れば、王都最大の商会と店主1人で働いている商店もさほど違いが無いとのことでございます」


「な、なななな……」


「どうしても護衛を大勢連れ歩きたいと仰られるならば、残念ながらご案内はここまででございます。

 本日はお越しいただきまして誠にありがとうございました」


(まずい、まずいぞ……

 帰ったら会頭さまへの報告を命じられているのに……)


「き、ききき、今日は特別に供1人で勘弁してやるっ!」


「ありがとうございます。

 おい、護衛の方々を控室にご案内して差し上げろ」


「はっ!」



 その控室では、大勢の護衛たちが用意されていたサンドイッチを馬のように喰らい、フルーツジュースを鯨飲している。



「それではグリモアール商会さま、時間も押し迫っておりますのでこちらへお越しくださいませ」


「な、なんだこの檻は!」


「檻ではございません。

 上の階までお連れする『えれべーたー』という名の魔道具でございます」


「ま、ままま、魔道具だとっ!」



 エレベーターの前には3組ほどの商会の会頭たちがいた。

 親し気に歓談しているところを見ると知り合いなのだろう。



「みなさま、もしよろしければ、お時間節約のために3組様ご一緒でもよろしゅうございますでしょうか」


「おお、かまわんぞ」

「それにしても魔道具か」

「楽しみだな」



 3組の商会がエレベーターに乗り込んだ。

 微かなちーんという音と共に扉が閉まり、エレベーターが上昇を始める。


「おおおお……」

「こ、こいつぁすげぇ♪」

「帰ったら家族に自慢出来るな♪」


 エレベーターは天井に空いた穴に消えていったが、まもなくまた下に降りて来た。


「さあゴモルさま、どうぞお乗りくださいませ」



「ひぃっ!」


 エレベーターが上昇を始めると、ゴモルは本当に腰を抜かした。

 ロビーの装飾を鑑賞することもせずに、座り込んだまま頭を抱えている。


(はは、ウチの子供達でもここまで怯えなかったのにな。

 やはり威張りくさっている者ほど臆病だというのは本当だったんだなぁ……)



 這うようにしてエレベーターから降りたゴモル4番番頭は、ようやく立ち直ったようだ。


「あ、あの扉はなんじゃ!」


 打って変わって尊大な態度で案内の護衛に問いかける様子が実に滑稽である。


「あれはお客様が購入された商品を一時的にお預かりする金庫室の扉でございます」


「ふん! 荷運び人も用意出来ない零細商店用の部屋か!

 しかも青銅の扉を黒く塗って鉄に見せかけるとは、なんとも貧乏くさいことよの!」


「いいえ、あれは鉄製の扉でございますよ?

 大商会の番頭さまともあろうお方が、お分かりになりませんか?」


「な、なんだと!

 ど、どうせ木の板に薄い鉄板を貼ったものであろうに!」


「それではお確かめになりますか?」


「は、早く扉を開けよ!」


 護衛は扉の横にある窓のような場所に向かって『開門』と言った。

 よく見ればその窓には太い鉄格子が嵌っている。

 窓の向こう側が明るくなり、男の顔が見えた。

 護衛の顔を確認して頷いている。


 鋼鉄製の扉が音も無く開き始めた。


 ゴモル4番番頭の目が丸くなる。

 その鉄扉の厚さは優に10センチはあるだろう。

 壁の厚さに至っては50センチ近い。



「それではどうぞこちらをお使いください」


「な、なんだこれは!」


「こちらは磁鉄鉱でございます」



 そのネオジム磁石は重さが1キロもあった。

 形状も、角が丸みを帯びた球形に近い円筒形である。

 もしも角が90度の正円筒であれば、鉄につけてしまった場合に容易に離せなくなるからである。


 もちろん、貴重な磁鉄鉱を使って鉄貨が本物かどうかを確認するのは、会頭か頭取番頭の役割であった。

 ゴモル4番番頭が磁鉄鉱を手にするのはこれが初めてである。


 ガチンッ!


「ひっ!」


「如何でございましょうか。

 ご存知の通り銅には磁鉄鉱は付かないはずでございます」


「ふ、ふん! そ、そのようなことは常識であろう!」


「失礼いたしました」



 ゴモルは磁鉄鉱を扉から離そうとしたが、いくら力を込めても外せなかったために、磁鉄鉱をそのままにして不機嫌そうに部屋に入って行った。

 案内人は苦笑しながら磁鉄鉱を外してポケットにしまっている。



 ゴモルはまたしても立ち竦んだ。

 小部屋の向こうには長い廊下が伸びていて、その両側には無数の扉が並んでいたのだ。


「こちらが貸金庫室の鍵になります。

 この鍵には合鍵がございませんので、万が一紛失されると中の荷が2度と取り出せなくなりますのでご注意ください。

 また、ご利用の際には、予めお客様が決められた8ケタの数字を確認させて頂きますので、これもお忘れ無きようお願いいたします」


 ゴモルは見たことも無い複雑な形状の鍵を見ていた。

 銀色に光っているが、どうも銀製ではないようだ。


「こ、このような倉庫を使うのは、荷運び人も用意出来ない弱小商会だけだ!

 わしには必要無いっ!」


「左様でございましたか。

 それは失礼いたしました。

 それではオークションルームに参りましょう」





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