*** 112 400年の生涯 ***
「お待たせしました。今現在でわたしのE階梯は6.2になっていました」
その場の全員がいっせいにため息を吐いた。
「まさに天界からの御使いさまにふさわしき数字ですのぅ……」
「はは、なんか悪いことをしたらすぐに下がるでしょうけど」
「そのようなことが起きるとは思えませんが……
ですが、あとひとつ懸念もございますのじゃ」
「是非お聞かせください」
「この大陸中の悪党どもを捕らえて牢に隔離し、弱者を救済していくには、どんなに努力しようとも30年はかかりましょう。
その時点でこの大陸の戦禍は収まり、強盗や殺人も激減していることと思われます。
さらに、その後50年も経てば悪党どもも寿命で皆死に絶え、この大陸はこの村で健やかに育った子供たち中心の世界となって、真に平和な大陸となっているはずです」
「ええ、それがわたしの目標です」
「ですがの、30年後にはこの場にいる者の半数は生きてはおりませぬでしょう。
さらに50年も経てば全員が寿命を迎えているはずであり、そのときにはダイチ殿は95歳になっておられるのです。
この遠大で壮大なる福音の計画が、途中でダイチ殿を失って頓挫することが心配でなりませぬ……」
「もちろん努力の必要はありますが、ご懸念には及ばないと思います」
「ほう、是非理由をお聞かせくだされ」
「まずわたしに関してですが、実は天界からもう一つ加護を頂戴しているのです」
「「「 ………… 」」」
「その加護とは、ここアルスにいる間は、肉体的成長と老化の速度が10分の1になるというものなのですよ」
「「「 !!!!!! 」」」
「ですから、そうですね、わたしの寿命が70歳で尽きるとして、あと55年は生きていられるでしょう。
そして、もしもその間ずっとここアルスにいるとしたら、わたしはこの地で550年働けるということになります。
実は今地球ではわたしも学校に通っているのですが、そのことを差し引いても400年は働けるでしょう」
「ま、まさにあなた様は天界よりの使徒にふさわしいお方様でございましたのですの……」
(あー、子爵閣下泣いちゃったよー)
「ギラオや……」
「はい……」
「わしらの命はもう長くはあるまいが、寿命までダイチさまにお仕えするのは当然として、今後は後継者の育成に尽力させて頂こうぞ。
なにしろ今後400年に渡ってダイチさまのお役に立てる組織を作らねばならぬのだからな」
「ははっ!」
「ガリルや」
「はっ!」
「そなたは、ブリュンハルト商会が今後400年続いていくための方策を考えなさい。
そなたの後継者たる会頭のみならず、番頭から手代、小僧から丁稚に至るまで400年間ダイチさまのお役に立てるだけの人材を、継続して育てて行ける方策についてじゃ」
「ははっ!」
「バルガスたちの仕事も重要よの」
「ははぁっ!」
「今後、そなたたちは単なるブリュンハルト商会の護衛ではなく、この天の御使いさまの兵にもなるのじゃ。
いわば天軍よ」
「天軍……」
(あー、バルガス隊長も泣いちゃってるわー。
あ、よく見りゃ分隊長たちも全員泣いてら……)
「そなたたちが強くなるのはもちろんのこと、今後400年間ダイチさまのお役に立てる組織を維持するのは並大抵のことではなかろう。
そなたたちだけでなく、次の隊長や分隊長、いや将軍や大隊長、中隊長、小隊長たちも育てていかねばならん」
「「「 うははぁっ! 」」」
「ところでダイチさま」
「はい」
「ダイチさまにもさらなるご任務がございますな」
「?」
「なるべく多くのご婦人を娶り、多くの御子を為して下さいますようお願い申し上げます」
(げげっ!)
「あなた様の御子であれば、きっと素晴らしい指導者に育って行かれることでございましょう。
民は偉大なる指導者の御子を見て安心するものでございますし、このダンジョン村のさらなる繁栄のために、是非10人でも100人でも御子をお願い申し上げます」
(げげげげげげげげげ……)
「さて、それでは喫緊の問題に戻るとしよう。
ギラオや」
「はっ!」
「このダイチ殿の御心に適うためには、そなたたちは商売を続けた方がよかろう」
「もしよろしければ理由をお聞かせくださいませ」
「この国で最も強欲であり、財物を得るためには他人の命など気にもかけない者とは、まず王族と貴族であろう。
そうして、そなたたちがあの財物を売りに出せば、必ずや他の大商会を通じて王侯貴族共を刺激し、その強欲を発揮させるに違いない。
つまり、あの王都のブリュンハルト商会が毎日のように近衛兵や貴族軍に襲われるということじゃ。
そうして、財を奪おうとして襲って来る者共を、ことごとくダイチ殿に捕縛してもらえばよかろう」
「なるほど」
「じゃがの、それはこの国だけではなく、徐々にではあるが周辺国にも広げていく必要があるじゃろう。
この国に50家ある領地持ち貴族家のうち、当主が20人もいなくなればこの国は大混乱に陥ることは間違いない。
むろんすぐに叙爵や陞爵が行われて貴族家は補充されるが、それでも国の混乱が収まるまでには時間がかかろう。
その間にも、ブリュンハルト商会を襲撃して当主や軍が消える貴族家もまた続くであろうからの」
「はい」
「そのようなことになれば、周辺の各国が黙ってはおるまい。
この国と国境を接する3カ国が間違いなく攻めて来よう。
故に同じ混乱をそれらの国でも起こす必要がある。
まあ全土ではないにせよ、国境を接する国の辺境伯の領都6個所やその寄子の子爵領12個所などでも商売の必要があろうの。
よって、そなたたちは最低でもこの国内14箇所を含めて26か所で商売を始める必要がある」
(はは、さすがだなこのじいさん。
俺が言いたかったことを全部言ってくれてるよ)
「のうダイチ殿、貴殿ならば貴族兵が1000人で襲って来ようとも対処出来ましょうが、ここにいる護衛たちが10倍の敵と戦うには、どのぐらいのレベルになっている必要があるのですかの」
「そうですね。
実際にはあまり戦う必要はありません。
敵が武器を向けて来たり、商会の敷地内に不法侵入してきた際には、わたしの配下たちが魔法で捕縛しますので。
ですが、万が一のことを考えて、1人で10人の敵と戦ってこれを撃破出来るようになっていれば安心だと思います。
それ以上の敵がいたとしても、一度には襲って来られないでしょうから。
その場合に、望ましいレベルは15以上になります。
まあ余裕を見てレベル16なら大丈夫でしょう」
「ふむ、それでは護衛部隊の目標は全員がレベル16以上になることじゃの。
バルガス隊長、頼んだぞ」
「ははぁっ!」
「にゃあダイチ、素朴な疑問があるんにゃけどにゃ」
「なんだいタマちゃん」
「ダイチはモンスターたちを使ってヒト族の国の街道沿いの盗賊にゃんかを捕まえているにゃろ」
「うん」
「それに、これからブリュンハルト商会に大々的に商売をさせて、貴族や王族に強盗をさせることで捕縛しようとしているにゃよね」
「そうだね」
「それって、この中央大陸から戦争や殺人や強盗を減らしていくのが目的なんにゃろ?」
「もちろんそうだよ」
「それにゃら、地球やダンジョン村みたいにあの『幻覚の魔道具』を設置して行くことで減らせるんにゃないかにゃ?」
「実は俺も最初はそう思ってたんだよ。
あの魔道具さえ設置して行ったらすぐ解決するんじゃないかって。
もちろん最終的には設置して行くけど、今のこの中央大陸ではあれだけじゃ充分じゃないって気づいたんだ」
「にゃ?」
「あの魔道具って『今までそいつが経験した最高の痛みと恐怖』を再現して、同時に『括約筋をを緩めて粗相をさせる』っていうものだったろ」
「うにゃ」
「だから、王族や上級貴族たちみたいに、今までほとんど痛みや恐怖を経験したことの無いやつには、あんまり効果が無いんだ。
タマちゃんたちインフェルノ・キャット族の幻覚が見えるようにしても、何回も見ているうちに慣れちゃうだろうし」
「にゃ」
「それに、こういう原始的な社会では、排泄物の粗相ってあんまり社会的な懲罰にはならないんだよ。
みんなトイレなんか行かずに、その辺で適当に排泄してるし」
「にゃるほど」
「それにさ、あれって直接的な脅しや暴力は取り締まれても、『教唆』は取り締まれないんだ。
例えば農民に『税を払わなければ殺すぞ』って言った兵士は取り締まれるけど、兵士に『税を払わない農民は見せしめに殺せ』って教唆した貴族は取り締まれないんだよね。
エラそうにそういう命令をしてる諸悪の根源である王侯貴族ほど、自分の手を汚さずに『教唆』で他人を害してるのに」
「にゃるほどにゃあ、言われてみればその通りにゃぁ」
「特に、『隣の国を侵略して財物を奪って来い』って命じた国王なんかは野放しになっちゃうし、もしそうした『教唆』も含めてあの魔道具の発動要件にしたとしても、命令そのものはもう発せられちゃってるから、侵略戦争は防げないんだ。
もちろん、その兵士たちは戦場で痛みにのたうち回って戦うことは出来ないだろうけど、その罪を問われて王に殺されちゃうのも防げないし」
「そうれもそうだにゃあ」
「だから地道に悪党たちを捕縛して行くしかないんだよね」
「さすがはダイチにゃ。
よく考ええてるにゃあ」
その日から、護衛100名と護衛見習い80名は、時間停止倉庫内の特別ダンジョンに籠って猛鍛錬を始めた。
もちろんガリオも、ギラオ会頭までもが参加している。
以前の鍛錬も真剣だったが、具体的な目標が出来た今、それまでに倍する熱心さでの鍛錬が続けられたのである。
ダンジョン村住民の義務である週7日のうち2日の休暇も特別ダンジョン内で取るほどだった。
大地はこれに応え、ダンジョン内にモンスターの出てこない休日用オープンエア階層も作ってやっている。
そうして、彼らの体感時間で2年後、ダンジョン村では翌日に、全員がレベル16以上になって出て来たのであった。
バルガス隊長のレベルは20になっている。
また、ガリルもレベル16まで上がったし、ギラオ会頭も若いころから護衛行商を続けていただけあって、レベル12まで上がっていた。
護衛見習いの男の子たちは全員逞しい青年になっていて、ブリュンハルト集落の女の子たちの目は皆ハート形になった。
そうした若者たちを見て、子爵閣下もギラオ会頭も大いに喜んでいた。
彼ら同士の子であれば、必ずやダイチさまのお役に立てる者に育つと思えたからである。
彼らのレベルが十分に上がると、ダンジョン内ではたくさんの『念話』のスキルスクロールがドロップされ、大地やシスくんとの念話も可能になっていた。
「なあガリル」
「ははっ!」
「いや、そういう話し方じゃなくって、今まで通りに頼むよ」
「わ、わかった」
「みんなで最後に仕上げをしようか」
「仕上げ?」
「今からもう一度特別ダンジョンに行って、順番に俺を攻撃してくれ。
もちろん俺は反撃しないから」
「なんでそんなことをするんだい?」
「自分よりも遥かに格上の者に攻撃を当てると、それだけでものすごく経験値が入ってレベルがよく上がるんだよ」
「!!」
「それなら最初からそうすればよかったのにって思うかもしれないけど、そんなことをすると、戦闘経験の乏しいままレベルだけ上がっちゃうからな。
そういう奴は結局実戦では役に立たないんだ。
だから、ある程度実戦でレベルを上げた奴の仕上げにしか使えない方法なんだ」
「な、なるほど」
「それじゃあまだレベルの低い見習いさんから俺を攻撃してくれ。
武器を使ってもいいけど、出来れば素手の方がレベルはよく上がると思うぞ」
「ほ、本当にいいのかい?」
「はは、たぶん俺はほとんど痛みも感じないと思うぞ。
それに『防御』の魔法もかけてあるし」
「そ、それじゃあお言葉に甘えて……」
最初に大地にパンチを当てた15歳の男の子がその場で昏倒した。
レベルアップチャイムが5回も鳴って、レベルアップ酔いを起こして気絶したのである。
ベテラン護衛さんが担架でベッドに運んでやっていた。
その次の子もその次の子も同様に気絶していく。
最後にガリルがチャイムを4回鳴らして昏倒し、バルガス隊長もチャイムを3回鳴らして気絶した。
こうして、ブリュンハルト商会の護衛部隊は、全員がレベル20を超えることになったのである。
「みんなレベルが上がってよかったにゃね」
「そうだね、これでそう簡単には死ななくなったろう」
「それに少しにゃけど寿命も延びたしにゃ♪」
「えっ、そ、そうなの?」
「そうにゃ。
このアルスのヒト族の寿命は50年って言われてるけど、レベル20ににゃったら平均で60歳ぐらいにはにゃるにゃ。
レベル30にゃら70歳かにゃ」
「そうなんだ……」
「内臓も生理機能もパワーアップするんにゃから、当然だにゃ♪」