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*** 111 大地の戦略 ***

 


 数日後。


「やあガリル、実はこれからのブリュンハルト商会の商売について相談があってさ。

 主なメンバーに集まって欲しいんだ」


「それじゃあ親父殿や隊長たちにも声をかけておくよ。

 明日、俺たちの集落でいいかな」


「よろしく頼む」


「そうそう、フラナガン閣下も参加させてもらっていいだろうか。

 俺たちも商売には詳しいが、何と言っても40年近く国王陛下の側近だった方だから、貴族社会のことを含めて、国政には相当にお詳しいんだ。

 それにダイチに脚を治してもらってからは、毎日歩き回ってすっかり健康になられているんだよ。

 そのうちモンスターとの戦闘訓練にも参加したいとか言ってるし」


「そうか。是非参加して欲しいと伝えてくれ」




 そして翌日。


 ブリュンハルト商会一行の集落にある広場には、大きなテーブルセットが用意されていた。

 皆の飲物はもちろん紅茶である。


「みなさん、集まっていただいてありがとう。

 さっそくだけど話を始めさせてもらいたい。


 以前俺はみなさんに、『俺が地球から持って来た商品を売って稼いだカネで、奴隷、特に子供奴隷を集めて欲しい』って頼んでいたよな。

 もちろん、購入した子供奴隷たちはこの村に連れて来てすぐに開放し、たっぷり喰わせてやって育ててやるつもりだけど。

 それで、商品を売るときにみんなやみんなの家族に危険が無いように、商会ごとこの村に引っ越してきてもらったわけだ」


「そうだね。確かにダイチはそう言っていたよ」


「それでな、実は俺たちは、最近大陸南部で砂金の大鉱床を見つけて、採掘に成功したんだよ」


「大陸南部にはほとんど国が無いそうだけど、それでもよくそんな砂金がある川の近くに国が出来ていなかったもんだ」


「それらの川には巨大で狂暴なワニが大量に生息してたんだ。

 それこそ何十万匹っていうレベルで」


「そ、そうか。それじゃあヒト族なんかとてもじゃないけど生きて行けないか」


「だが、俺たちは魔道具を使ってそうした金を採ることが出来たんだ。

 おかげで、倉庫にかなりの量の金を蓄えることが出来たし、その金を使って金貨も作った」


「もしよかったら教えてくれないか。

 ダイチは今どれぐらいの金や金貨を持っているんだい?」


「そうだな、口で言うより見て貰った方が早いな。

 シス、こことストレーの金庫を転移の輪で繋いでくれ」


(はい)




「さあみんな、まずこの樽を見てくれ」


「ずいぶん綺麗な樽だね。

 それにぜんぜん繋目が無いし」


「土魔法で作ったもんだからな。

 それじゃあ蓋を開けてみよう」



 大地がその樽を見やると、蓋が開いてふわふわと飛んで樽の横に置かれた。

 そしてその中にあったものは……

 ぎっしりと詰め込まれた金貨の山だったのである。


「「「 !!! 」」」


「この樽には、約1000Kg、2万5000枚の金貨が入っている」


「はは、大国の宝物庫並みの金貨だな……」


「いやガリル、もちろんこれだけじゃないぞ」


「ま、まさか、ここに並んでいる樽全部に……」


「そうだ、ここにある400の樽には、全ておなじ数の金貨が入っているんだ」


「なんと…… 大国400国分のお宝か……」


「ついでにだな。

 この金貨は採取した金のほんの一部を使って作ったものなんだ」


「な、なんだと……」


「あの棚を見てくれ。

 あそこの棚に置かれてるのは、全部金の5キロインゴットなんだ。

 金貨と違って純粋な金で出来てるんで、樽に入れたり重ねたりすると変形してしまうから、ああして1本ずつ棚に置いてるんだけどな。

 あのインゴットが全部で約4億本ある。

 つまりここにある全ての金貨の1600倍の金だ」


「「「 !!!!! 」」」


「も、もはや、この大陸の全ての国を併せた富よりも、ダイチ殿がお持ちの富の方が多いようでございますな……」


「いや会頭さん、これは俺の富ではなくこのダンジョン村の富だからな」


「はは、我らには同じ意味に聞こえますが、ダイチさまにとっては大きな違いがあるのでございましょう」


「そうだ。

 ついでに、あちらに積んであるのが先日見せた鉄貨だ。

 1キロと5キロと20キロの鉄貨がそれぞれ1万枚ずつある」


「「「 !!!!!!!! 」」」


「こ、この大陸のすべての奴隷、い、いやすべての民を買ったとしてもお釣りが来ますな……」



「それじゃあ広場に戻って話を続けようか」




 集落の広場に戻った一行は、紅茶のお代わりを貰って落ち着きを取り戻したようだ。


「ダイチ殿、ということは我らはもはや商品を売って儲ける必要は無く、奴隷の買い付けに専念すればよろしいということなのですの」



「いや少し待ちなさいギラオや。

 そう早まって結論を出すこともなかろうて」


「子爵閣下……」


「わしはこのダイチ殿の村に移住させて頂いた身。

 そして、この村には貴族制度は無いのじゃ。

 わしのことは、モントレーと呼んでくれと言ったであろう」


「そ、それがなかなか……」


「まあ呼び名などどうでもよろしいのだがの。

 このブリュンハルト集落では、なんと呼ぼうが構わんが。

 ところでダイチ殿」


「はい」


(この爺さんも、すっかり変わったな。

 歩けるようになってから姿勢も良くなったし、矍鑠かくしゃくっていうのはこういう状態を言うんだろうな……)



「いくつか確認と質問をさせて頂いてもよろしいかの」


「もちろんです」


「まず貴殿は、天界の神よりこのダンジョン村の責任者に任命され、そのご任務はこの大陸の争いを止めさせて平和を齎すこと。

 そのための手段がダンジョンであり、ダンジョンが齎す数々の魔法やスキルだとのこと。

 ここまではよろしいかの?」


「はい」


「ガリルに聞いたところによると、貴殿はゴンゾの街で大勢の犯罪者を捕縛してこのダンジョン村の牢獄に収容しているとのことじゃったが。

 して、その捕縛の条件はどのようなものだったのかの」


「わたし、もしくはわたしが庇護している者を暴力で脅すか殺害を試みて、その財物を略取しようとしたことです。

 また、牢に入れている期間は、その者がかつて行った戦場もしくは正当防衛以外の殺人や殺人教唆の数によります」


「貴殿には人の罪を見る能力があるということだそうじゃが、その能力で罪人を片っ端から捕縛していくことはしないのかの?」


「それは拉致・誘拐との境目があいまいな行動です。

 私自身が罪を犯すわけにはいきませんので。

 ですからまずは正当防衛行為にのみ限定しています」


「ふむ、ところで正当防衛とはなにかの。

 それから教唆とは?」


「わたし、もしくはわたしが庇護する者を攻撃しようとした際に、わたしが反撃して相手を傷つけても、正当な防衛行為ということで罪には問われません。

 また、教唆とは自分の支配が及ぶ人員に対し犯罪行為を強要することです。

 例えば貴族が配下の軍人にわたしを殺して財物を奪えと命じた場合、その貴族は強盗殺人教唆の罪に問われます」


「そうした基準は誰が決めたのだろうか」


「天界のルールです」


「なるほど。

 ところで、そうして牢獄に入れた者どもは奴隷にはせんのか?

 奴隷まで行かずとも強制労働はさせんのかの?」


「奴隷制は絶対禁止で、これも天界のルールです。

 それから囚人の労働についてですが、彼らは暴力や食事制限で脅さない限り働きはしないでしょう。

 そしてわたしは、如何なる相手であっても脅して何かを強制することはしたくなかったのです」


「ふむ、それでは奴らは単に食料を喰いつぶすだけの穀潰しではないかの?

 死刑にはせんのか?」


「わたしは過失以外の殺人を天界に禁じられています。

 その過失もあらゆる努力を払って回避する義務も課せられていますし」


「ふう、ダンジョン内では神のごとき力を持つダンジョンマスターであらせられても、かなり制約が多かったのだのう」


「はは、仰る通りですね」


「ところでその囚人たちの人数に制限はあるかの」


「いえ、ありません。

 当面は食料の範囲内になりますが、農地と農民を増やしてその食料も増やして行きたいと思っています。

 その際には一時的に囚人が100万人になろうとも構いません」


「「「「 !!! 」」」」



「あの金貨を使ってこの地で食料は買われんのか?」


「いえ、それはやりません。

 そんなことをすれば食料価格が高騰し、ただでさえここ2年の不作で飢えている民がさらに飢えることになってしまいます。

 ですから、食料は自前の農地で増やすか、わたしの出身世界から購入するつもりです。

 わたしの世界でも金はかなりの価値を持ちますので」


「よくわかりましたわい。

 この地の牢に入れられる囚人が増えれば増えるほど、この大陸の暴虐者どもが減って貴殿の任務が進むということなのですの」


「ええ、そのために最近では貴国内の街道を整備して、仲間たちに行商人を装わせて歩き回らせています。

 そうして、その財を奪おうとした盗賊や衛兵や貴族を捕獲して牢に入れる試みも始めました。

 まあ、あまりにも他人を殺してその財物を奪おうとする輩が多いのに呆れていますが」


「そうか、じゃがそのやり方にも一抹の不安があるのじゃよ」


「お聞かせください」


「ガリルから聞いたんじゃがの、あの2対6対2の法則というものは実に興味深い考え方じゃった。

 まさか2割の怠け者までもが全体に貢献しておったとは。

 それでの、おなじことがこの地の悪党どもにも当てはまるのではないかと危惧しておるのじゃ」


「…………」


「つまりの、たとえばこの国の民1万2000人のうち、上位2割2400人は極悪人じゃろう。

 7200人は小悪党で残りの2400人は善人かもしれんが。


 その極悪人2400人は、まあ主に貴族とその配下たちであろうが、仮に彼らの罪を問うて投獄したとしても、すぐに残りの9600人の中から代わりの貴族が任命されるのじゃ。

 貴族制度こそは徴税の根幹だからの。


 そうしてやはり、残りの9600人のうちの2割、1960人もまた財物を得るためには他人を殺めるのを当然と思うようになるじゃろう。

 また、盗賊どもを皆投獄したとしても、それまで静かに暮らしていた農民たちの中から盗賊になるものも出て来よう。

 これはいかがされるおつもりかの……」


「わたしが上位2割の悪党を捕縛し続けていった結果、この国の住民が居なくなってしまっても構わないと思っています」


「「「 !!! 」」」


「なるほどのう。

 仮に100万人を収監して養ってやるとして、その食料を負担してやるのは壮大な無駄に思えるが、50年も経てばそやつらも死に絶えるということか」


「はい」


「であれば、無駄になるのは50年間分の食料だけであるということなのじゃな。

 ならば囚人が100万人どころか1000万人になっても、貴殿のご任務にとっては無駄ではないと言われるか……」


「はい。

 そして、悲惨な境遇に放置されている子供たちは、早急に保護する必要があります。

 それから弱者たちも。

 わたしの今までの観察によれば、5歳未満の子供たちに生まれながらの悪党はいません。

 そして、見て来た中で最もE階梯が高かったのは、孤児奴隷たちでした。

 それから大森林の中の小柄で力の弱い種族たちも、かなりのE階梯を持っています。

 きっと、弱者であるが故に助け合って生きて来たからでしょう」


「『いーかいてい』とは、確か他者を思い遣る心でしたかの……」


「ええ、天界が重視している基準です。

 このE階梯が高い者は、暴力で他人を支配したり財物を奪おうという発想すら持ちません」


「この大陸の平均はいくらぐらいかのう。

 それから最大と最低は」


「この大陸の平均は0.3になります。

 また、今まで見分した限りでは、最低はゴンゾ准男爵の嫡男でマイナス15ですね。

 これは、他人を思い遣るどころか、他人を苦しめることに喜びを見出すような輩だとマイナス表示されるからです。

 また、最高はゴンゾの街の孤児奴隷や大森林の兎人族や鼠人族の村長たちで、皆3.0を超えていました」


「今貴殿は『表示される』と言われたが、それはやはり魔法で見る事が出来るということですかの」


「はい。

 それ以外の罪の種類も見る事が出来ます」


「そうですか……

 因みにわしのE階梯はいくらですかのう」


「はは、この場にいらっしゃる方はみなさん2.8を超えていらっしゃいますね」


「もし差し支えなければ、ダイチ殿のE階梯もお聞かせ願えまいか」


「少々お待ちください。

 何分にもチェックしたのが随分前になりますので、もう一度見てみます」



(あ…… 6.2に上がってる……)


(やったにゃダイチ! もはや天使見習い並みにゃ♪)


(なんで上がったんだろ?)


(たぶんそれは、ダイチに心の底から感謝している連中が多いからにゃよ。

 善行を積むだけじゃあにゃくって、真の感謝の念もE階梯を押し上げるからだにゃ)


(そういう仕様だったんだ……)





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