*** 103 ヒトはどこまで強くなれるのか ***
万雷の拍手の中、防具を着けた5人の男たちがマットに上がった。
どの男も隆々とした筋肉を持ち、一目で格闘技上級者と思われる姿である。
その男たちが2メートルの距離を置いて大地と対峙した。
(ふーん、レベルは12から14か。
まあまあ強そうな連中だな。
でも、こういう格闘家って、軍人さんと違って集団戦には慣れていないからなあ。
まあ、各個撃破でいくか……)
「それでは、試技時間は2分です!
始めっ!」
合図とともに大地は右前方に飛んだ。
そうしてまずは一番右にいた男の水月に左のミドルを突き刺す。
次の男には右のハイ。
その次の男にはまた水月にフック。
3人を各個撃破されたことに気づいた残りの2人が大地に向き直った。
だが、今度は大地が左前方に飛び、すぐに4人目のレバーに右フックが入る。
最後の男には左足がテンプルに入っていた。
その間僅かに8秒。
しかも、よく見れば倒された相手の防具のパッドが点滅していない。
音もしていない。
全てのパッドが一撃で破壊されている。
満員の観客席を静寂が支配した。
(ち、ちょっと気合入れすぎちゃったかな?)
大地が観客席を見やると、『隠蔽』で姿を消しているタマちゃんが指で丸を作って微笑んでいるのが見えた。
(ま、まあタマちゃんの光魔法があるから大丈夫か……)
「や、止めっ!」
ようやく我に返ったキャスターが試技終了を宣言した。
今度の1/5VTRでは、大地の動きは良く見えたものの、それで観客の驚きが減じるわけではなかった。
むしろ、よく見えた分、その攻撃の恐ろしさもよくわかったのである。
「そ、それでは次の挑戦者の方です」
一際大きな男がひとり、空手着を身につけてマットに上がった。
「あ、あの…… 防具は着けられないのですか?」
「俺はこれでも去年の空手全国大会で無差別級3位になった男だ。
せいぜいミドル級の、それも高校生相手に防具など着けられるか!」
(ふーん、レベル16か。
まあ言うだけのことはあるな……
ちょっと本気出そう……)
「本当によろしいのですか?」
「くどい!」
「そ、それでは試技を始めましょう。
両者開始線に立ってください」
2メートルの距離を置いて2人がマット中央で対峙した。
どう見ても体重差は倍近い。
「それでは…… 始めっ!」
ぱぎょっ!
妙な音がした。
そして開始の声から2秒後。
両者動いていない。
いや大地の右足が10センチほど地面から浮いていたが、それもすぐに降りている。
だが、相手は何故か頭を右に傾けていた。
よく見れば目も白目になっている。
大男はそのままゆっくりと前に倒れ始めた。
大地はすかさず前に出て、男の額と胸に手を当ててゆっくりと地面に横たえている。
観客たちは息をするのも忘れてその様子を見ていた。
マットに横たわった大男はそのまま動かない。
すかさず男性看護師たちが飛んできて、慎重な手つきで男を担架に乗せ、救護所に運んで行った……
「な、なにが起こったのでしょうか……
恥ずかしながら、私の目には何も見えませんでした……」
多くの観客も頷いている。
「そ、それではスローVTRを見てみましょう……」
「は~ じぃ~ めぇ~」と引き延ばされた声の後、大地が凄まじい勢いで相手との距離を詰めるのが見えた。
1/5速度にも関わらず、その姿がブレて見えるほどの速度である。
そして……
さらに速い速度で右足が上に向かって伸びていく。
相手のガードは全く動いていない。
そして、大地の右ひざから先が消えたように見えたあと、相手のテンプルに当たっている足が見えた。
すぐにその足も消えたように引き戻され、同時に信じられない速度のバックステップで元の位置に戻る大地が見えている。
大地が右足をゆっくりとマットに戻したところでVTRが終わった。
あまりのことに、もはや観客はどん引きである。
女子高生の中には涙目になっている者も多い。
「な、なんという凄まじいハイキックでしょうか……
見えない攻撃は防ぎようがありません。
わたしたちは今日、奇跡を見せてもらっているのでしょうか……
そ、それでは今日最後の挑戦者です。
この方々はなんと、陸上自衛隊青嵐駐屯地の精鋭であり、自衛隊近接格闘術教練にて上級と認められた方々でもあります。
みなさま、盛大な拍手でお迎えください!」
気を取り直した観衆から大きな拍手が上がる。
「試技内容は、先ほど高校生の皆さんにも見せて頂いた模擬ナイフによる格闘戦です!
試技時間は2分ですが、やはり瞬きをしている暇は無いでしょう!」
青嵐駐屯地の格闘技教官長である米田曹長の前に6人の男たちが並んだ。
いずれも逞しい体躯を誇る屈強な男たちである。
「貴様ら、よもや高校生相手に遅れは取るまいな……
今日は手加減の必要は無い!
相手をテロリストだと思って、本気で相手をしてやって来いっ!」
「「「「 はっ! 」」」」
マットの上で、競技用トランクス姿の6人の男たちが大地を取り囲んだ。
足を前後左右に開き、重心を落として油断なく構えている。
(ほう、なかなかの構えじゃないか……
レベルは12から15か。
ヤバいな……
なんか俺、ますます滾って来ちゃったわ♪)
ああ大地くん……
キミも戦闘狂になりつつあるのか……
「それでは試技始めっ!」
またもや大地が縦横無尽に動き回り始めた。
驚くべきことにそのスピードがますます上がっている。
またもや観客にはなにが起きているのか皆目分からない。
動体視力が全く働いていないのだ。
ただただ、6人の男たちが赤くなって行くのが見えるだけである。
あっという間に2分間が過ぎた。
「止めっ!」
大地は……
やはり綺麗な体のまま自然体で立っている。
そして6人の男たちは……
額と両頬には直径5センチの赤丸が描かれている。
両の乳首とみぞおちにも……
それも6人全員にであった……
青島嵐児が立ち上がった。
満面の笑みのまま大きく拍手をしている。
米軍の指揮官たちも立ち上がってこれに追随した。
まもなく観客も全員が立ち上がって盛大な拍手を始めている。
さきほど倒された空手着の大男も、ヘッドバンドで側頭部をアイシングしながら笑顔で拍手に参加していた。
「これにて青嵐高校MMA部の皆さんによるエキジビションを終了させていただきます!
いやあ皆さん、今日は素晴らしいものを見せてもらえましたね。
ヒトって、こんなに強くなれるものなんですねぇ……」
キャスターのその感想は、その場の全員が思っていたことだろう。
米軍兵士たちは拍手をしながら会話をしていた。
「なあ、俺今日ようやくわかったよ……」
「なにが」
「あのさ、ダイチ教官殿って、俺たち10人を相手にしているときでも手加減していてくれてたんだな……」
「ああ…… そうだったんだな……」
「ヒトってどこまで強くなれるのかな……」
「さあな……
まあいつかはあの方と1対1で戦えるようになってみたいもんだわ」
「ああ…… そうだな……」
赤丸自衛官たちは苦笑いしながら控えの場に戻って来た。
そこにはやはり米田曹長が苦笑いして立っていたのである。
ただし、目は全く笑っていなかった。
「貴様たち、ご苦労だったな。
だが、罰として、今日はそのままの姿で駐屯地まで帰るように。
靴は履いて良いが、それ以外はそのままの姿だ」
「「「 えええ―――っ! 」」」
「き、教官殿っ! そ、それはマジでありますかっ!」
「大マジだっ!」
「そ、そんな……」
「俺たち女子高生のメイド喫茶に行くのを楽しみにしてたのに……」
「本日は休暇中であろう。
どこへ行こうと貴様らの勝手だ。
そのまま行けばいいだけのことだ」
「「「 えええ―――っ! 」」」
だが……
案に相違して、この若手自衛官たちは、模擬店でも校舎内でも、そうして高校生メイド喫茶でも、女子高生に取り囲まれてしまったのである。
さらに「可愛い♪」とか言われて、赤いほっぺや乳首までツンツンされてしまったのだ!
そうして、心ゆくまで高校の文化祭を堪能し、デレた顔のまま駐屯地に帰っていったのである……
翌日月曜日は、文化祭の振り替え休日で高校はお休みだった。
そして火曜日……
いつもよりやや遅れて学校に着いた大地は、下駄箱を開けて上履きに履き替えようとした。
どさどさどさどさっ……
(ん? なんだこれ?)
それはもちろん女子たちからのお手紙だったのだ。
そして昼休み……
「ねえ須崎クン…… これ……」
(おお! 憧れの遠藤さんが!)
「このお手紙……」
(キタコレ!!!
やっぱMMA部にしてよかった――――っ!!!)
「悪いんだけど、ダイチくんに渡してくれない?」
(…………………)
「だって、誰もダイチくんのメアド知らないんだもの……
おねがいね♪」
(……………………………………)
その日、MMA部のほぼ全員がおなじメに遭っていた……
「なあ…… やっぱこうなったか……」
「ああ…… まあ、考えてみりゃ当然だよな……」
「「「 はぁ…… 」」」
だが……
なんと伴堂ジムには、女子高生たちが押し寄せて来たのである。
もちろん目的は、伴堂ジムの会員になり、大地師範代の指導でボクササイズ・レッスンに参加することだった。
そうして……
大地は、MMA部員たちによる涙ながらの懇願により、高校生特別会員たちに、男女纏めてボクササイズの指導を行うことになったのである。
おかげで、授業が終わると合計100名近い男子高校生と女子高校生が土手の上の道を通って仲良くジムに通うことになったのだった。
((( 大地師範代、ありがとー!!! )))