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第二章突入です。。
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聞いたことのあるチャイムの音が鳴っている。
何度も、何度も。
頭に残るこの音。
この音、どこで聞いたんだっけーー?
思いっきり、自分の目が開かれた感じがした。金縛りが解けた時とほとんど同じような感覚。
ここは……どこだ?
俺は寝ていたわけではないのか? 今俺は、おそらく立っている。
ぼんやりとした視界が、あまりにもカラフルな光景を捉える。
お菓子。アイス。菓子パン。冷凍食品。
そして、「いらっしゃいませー」という声。
ここは、コンビニーー?
臆病な動物みたいに、恐る恐るではあるが少しずつ移動してみる。
飲み物が並ぶ冷蔵庫の前。ん? どことなく違和感がある。しかし、俺はその違和感の正体を知ることはなく、とりあえず歩を進める。
本が並ぶ棚。立ち読みをしている人がいる。脇にはトイレ。ATM。
間違いない。ここは、コンビニの店内だ。
入り口の自動ドアが開き、客が入ってくる。
その時、気づいた。さっきまで聞こえていたあの耳に残る音は、入り口のチャイムだったのだ。
しかし、普通のコンビニのチャイムとは少し違う。最後まで流れる前に、ブツリと音がきれるのだ。この、機械が壊れているのか最後まではっきりと鳴らないチャイムの音を、俺はどこかで聞いたことがある。一体どこだったか。どこにでもある、ありふれたコンビニなのだが。
いや、そんなことよりも何で俺はこんなところにいるんだ?
俺はさっきまでーーこめかみに手を置いて、何とか記憶を絞り出す。
そうだ。あの丘の上にいたはずだ。
俺は、自殺しに行った丘の上で、不思議な本のなる木と化物を見た。確か、本が光って、俺はその光に包まれたんだ。そこまでは覚えてる。それで、何で俺はここに?
「あっ、すいません」
ぼうっと突っ立っていると、客がこちらに向かって歩いてきたので、思わず大げさに避ける。まるで俺など見えていないかのような横暴な歩き方だ。
一度外に出てみるか。そう思った俺は、入り口まで歩いて行った。
そして、入り口の前に立つ。
しかし、自動ドアはピクリとも反応しなかった。
「チッ」
ドアの前や、上のセンサーに手をかざしたりしてみるが、一向に自動ドアは動かない。俺はもう一度舌打ちをした。
この感じーー。
何もかもが嫌になった、新人賞への投稿生活時代。こういうことがたまにあった。
俺に気づかないでぶつかってくる人間。反応しない機械。その度に、俺はこの世で誰からも必要とされていない、自分だけが存在していないのではないかという気持ちに何度もなったものだった。自分の全てを否定され、「お前なんかこの世界にいらないんだよ。出て行け」そう言われていると感じたことが何度あっただろうか。
そうだ。ここは、俺のうんざりした現実世界。生きたくなかった現実世界だ。俺はこんな世界が嫌で、死のうと思ったんだ。
それなのに、何故、また俺はここの世界に戻ってきたのだ?
だがそれは、なにも精神論だけの話じゃない。俺はさっきの瞬間まで人里離れた丘の上にいたんだぞ? どうやってここまで来たんだ?
その時、化物女の不敵な笑みが脳裏に浮かんだ。あの赤い唇が三日月のような形になっているのが、目の前にあるようにイメージ出来る。
あの化物女と、あの本がきっと何か関係してるに違いない。
化物女が関わっているなら、どんなことが起きても不思議じゃない気がする――
そんなことを考えていると、自動ドアが空いて間抜けなチャイムが流れた。客が入ってきたのだ。
自動ドアの真ん前に立っている俺は、客にとってはさぞ迷惑だったろう。
俺は慌てて避けようとしたが、その男の客は俺のことなど関係なしに、店内に入ってこようとする。
避ける間もなかった。
スゥー
え?
避ける必要もなかった。
俺はすごい勢いで振り返った。
男は、何事もなかったかのように普通にお菓子の棚へ消えていった。
今ーーとんでもないことが起きた。
俺の勘違いなんかじゃない。
今、男は俺を避けなかった。俺も男を避けなかった。
男は、確かに俺をすり抜けたーー?
言葉を失った俺は、目の前の状況にどうすればいいのか呆然としていた。そして、所在無く視線を自分の身体に向ける。
「うわああぁぁ」
店内で大声を上げてしまった。だが、この状況に直面したら、たとえピアノのコンサート会場でも同じように声を上げるだろう。
「ないっ。俺の身体がないっ」
そう――俺の身体はなかったのだ。手も足も胴体も。比喩じゃない。透けているわけでもない。言葉通り、ないのだ。
手や足を動かしている感覚はもちろんある。今、驚いて身体中が震えている感覚も。
「なんだよ、これっ」
大声を出してしまったので、慌てて右手で口を覆う。正確には、右手で口を覆っている感覚がある。
辺りを伺う。
これだけ騒いでいるのに、店内にいる客も店員も誰も俺のことを見ていない。
「あのっ! あの、誰か! おいっ!」
誰もこちらを見ない。
俺はその時、先ほど感じた違和感の正体に気づいた。
俺は走り出した。いや、これは走っているといえるのだろうか。確かに、景色はすごい勢いで後ろに去っていくのだが……。足が動いているのも見えないし、自分が少し浮いているようにすら感じる。
飲み物が並んでいる冷蔵庫の棚の前に行く。その戸に反射して映っているものを見て、俺は愕然とした。
いや、表現を間違えた。
そこには、何も映っていなかった。いるはずの俺が映っていないのだ。
誰も俺を見ないんじゃない。見えないんだ。
俺、これ本当に死んだんじゃないのか?
章タイトルの意味は、物語が進むにつれ分かるかもしれませんし、分からないかもしれません、、、




