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本のなる木〜禁断の果実? いいえ、禁断の書です〜  作者: 高橋 雨
第二章 「透明」ではない世界
10/24

昨日は更新できず、、、反省です。

 桶をひっくり返したような雪が降る中、虎丸は走る。虎丸の吐く白い息が真後ろにいる俺に迫ってくる。

 もう、かれこれ走り続けて二十分ほどが経っていた。


 虎丸の背中を見ながら俺は確信していた。

 あの本の主人公は、こいつなのだと。つまり俺が今いる世界の主人公は、虎丸なのだと。

 俺がコンビニの敷地内から出られなかった理由。それは、虎丸と一定の距離を保つ為ではなかったろうか。俺はおそらく虎丸から離れられないのだ。虎丸がコンビニを出た途端、俺の体は動き出したし、現にいまこうして虎丸の後ろをずっと付いているのだ。

 ただ、全く自分の体をコントロールできないというわけじゃないことに俺はさっき気づいた。

 もっと近づこうと思えば近づけるし、ある程度なら離れることもできる。でも、止まったり、別の方向に行ったりして虎丸と離れすぎると、体は動かなくなって、虎丸に引き寄せられてしまうのだ。

 どういうわけか、俺は虎丸と一心同体に近い形になってしまったわけだ。


 よりによって、なんでこんな奴と。いつになったらこのふざけた世界は終わるのだ。というかそもそも戻れるのか。

 そんな俺にはおかまいなしに身体は動くから、仕方なくそれに従うしかない。

 文句を言ってもどうにもならないことは自分がすでに分かっている。


「磁石人間」という設定もプラスされた。

 もう何があっても驚かない自分がいる。




 しかしこいつはどこに向かっているのだろうか。

 着替えもしないで、そんなに見たいテレビ番組でもあるのか? そんなに急いで、腹でも減ってるのか? 

 ふん。大方、家に帰れば暖かい飯が用意されてることだろう。そうでもなきゃ、冷凍食品ばっかり食ってる俺のことなんか見下さないだろうよ。親に頼って、のほほんと生きているガキのくせに。

 

 やがて、虎丸が足を止めた。そして、すっかり暗くなった夜の帳の中に光を放つある建物の中に入っていく。

 俺はその建物を見上げる。

「……交番?」

 

 赤ランプを見つめていると、中から声が聞こえてきた。それは、どこか争うような口調だった。


「ヨシロウ君はどこかな? なんだ、お前たちは! ヨシロウ君はどこだっ。さては、ここにかくまっているのだろっ」

「ばあちゃん、やめろって!」

「こら、ちょっと落ち着いて」

「ばあちゃん、ヨシロウ君はどこにもいないよっ」


 虎丸の声と警察らしき男の声。それから、この声は……ばあさん?

 気になって外から中を覗いてみる。

 すると、中では警察と虎丸が一人のばあさんを取り押さえるような形になっていた。


「地獄へ連れて行ったなあ。返せっ。アキコさんも返せっ。それから、テツちゃんも」

「だからそんな人いませんってば」

「ばあちゃん。大丈夫、大丈夫。誰も地獄へなんか行ってないよ」


 二人の男に掴まれてもなお、ばあさんは駄々をこねる子供みたいに騒いでいる。

 何事だよ、これ。

 その随分と滑稽な状況はその後十分ほど続いた。


 ひと暴れした後、ばあさんは警察署の奥の畳の部屋で寝てしまった。

 俺は壁をすり抜けてその部屋へ行き、ばあさんを見下ろしている。

 あれだけ暴れた後にぐっすりか。ほとんど子供だな。

「ってかまじで死んでんじゃねえか?」

 そう思わず呟いてしまうほど静かな寝相。

 だから、部屋の外から声がヒソヒソと聞こえてくるのもよく聞こえた。

 別にすり抜けて目の前で聞いてもいいのだが、俺はその場で耳を澄ました。


「しっかり鍵をかけた?」

「はい。かけたんですけど、どういうわけか鍵の開け方覚えちゃって

「それじゃあ、鍵の意味がないな」

「……ですね。今度からは自分がいない時はサムターンを外しておこうと思います」

「そんなこと一人で出来るのかい?」

「……大抵のことは、一人で出来ますよ」

「あのさ、虎丸君。前回もだったけど、迎えにくるのはどうして君なの? ご両親は? 連絡先も君のバイト先だし。

「親は今、仕事で忙しくて」

「……。それじゃあ、ご両親にもしっかり言っておいてね。おばあちゃんをしっかり見てて。何かあってからじゃ遅いから」

「はい」


 やっぱり。そういうことか。警察と虎丸の会話から、俺の予想は的中していることが分かった。

 もう一度婆さんを見下ろす。スヤスヤとまあ、周りの気も知らないで。

 このばあさんはボケているのだろう。それで、徘徊して回った所を警察に保護されて、虎丸が急に呼ばれたのだ。話を聞く限りでは、そういうことは初めてではなさそうだ。


 虎丸が部屋に入ってきた。そしてばあさんをおぶり交番を出て振り返る。

「じゃあシブタニさん、本当にご迷惑をおかけしてすいませんでした」

「いや、いいんだ。いいんだけど……」

「?」

 シブタニと言われた年配の警察は、思案顔で虎丸をしげしげと見つめた。かと思うと、いきなり交番の奥へ行った。戻ってきた時、手には傘を持っていた。

「今日は雪がすごい。寒いから、気をつけて」

 虎丸は逡巡した後で、遠慮げに傘を受け取り、

「ありがとうございます、明日必ず返します」

 会釈をして交番を後にした。




 今度こそ家に行くんだな。二人の後を相変わらず追いながら俺は思う。

 ふと、おぶられているばあさんの足に目がいった。裸足だ。しかも、しもやけがひどい。このばあさん、裸足でこの雪の中を彷徨ったのか。

 雪は一向に勢いを緩めない。その中を、街灯の明かりだけを頼りに進む虎丸の足取りは、なんだか俺の知ってる虎丸とは違って見えた。

 おお、騙されるな騙されるな。なに俺まで同情気分に浸ってんだ。全く、雪の効果ってのはすげえよ。降るだけで、世界が少し可哀想に見えてしまう。哀愁との相性は抜群だ。

 こいつは、俺を見下しているような人間だ。

 きっと、腹いせにこの後家に帰ったらばあさんを殴ってるぜ。

 頭を振り、俺は背後霊のように虎丸の後をついて行った。




「ここがあいつの家……?」

 やがて着いた場所を見上げて、俺は思わず立ち止まった。虎丸は歩を緩めずに歩いて行く。

 俺の眼前には木造アパートがある。

 だが、ただのアパートではない。虎丸が上る階段はミシミシと音を立てている。

 なんだ、これ。ボロいにもほどがあるぞ。俺ですらここまでボロいアパートには住んだことがない。廃墟に近いじゃないか。

「おっーー」

 体が引っ張られる。馬鹿なことを考えて立ち止まっていたからだ。

 俺の身体は、虎丸がいる三階まで一気に引き寄せられる。だが、空を飛ぶとか浮くとかそういうことはできない。透明人間は律儀に階段を上る。音はたてずに。

 虎丸が歩くたび廊下はきしむ。階段も階段なら廊下も廊下だ。虎丸が足を踏み出すたびに底が抜けるんじゃないかと心配になる。


「ーー!!」

「ーー!!」


 どこからか、叫び声が聞こえてきた。男の怒声とヒステリックな女の叫び声。

 虎丸が角部屋の前で足を止めた。


「おめえのせいだろっ」

「なんで私だけが悪いのよ」

 どうやら叫び声はこの部屋から聞こえてくるようだ。


「ハッッッッ!!」


「うおぉ」

 俺が思わず仰け反って驚いたのは、ばあさんが目を覚ましたからだ。

 雷にでも打たれたか? それとも、波動砲でも出したか?

 そう言いたくなるほどの勢いでいきなり叫んで、虎丸の背中で飛び起きたのだ。

「急に目覚めた呪いの人形みたいだな……」

 しかし虎丸は、俺が馬鹿に見えるくらい落ち着いて、

「ああ、ばあちゃんおはよう」

「今日は、ミツコの誕生日か」

「違うよ」虎丸が優しく答える。

「アンタは誰だ」

「健太だよ、ばあちゃん」

「そうか。明日は雨か」

「そうそう」

「雨はな、地獄に落ちた人たちの涙で出来てるんだ」

「へえ、そうなんだ」

「それじゃあ、洗濯物を取り込まないとね」

「洗濯物はもう取り込んだよ」


 なんとも支離滅裂な会話だ。虎丸の落ち着いた様子を見ると日常茶飯事なのだろう。はたからみれば、クレイジーなお笑い芸人でもしない会話だが。


 その時、ガチャンっと、何かが割れるような音が部屋の中でした。驚いて反射的に首がドアの方へ回る。

「ひえぇぇぇ」ばあさんがそれに怯える。「地獄のお迎えがきたぁ」

 それに対して、虎丸は表情を変えない。眉をピクリとも動かさずにドアをじっと見つめている。

 ばあさんは多分、この大きな音に驚いて目を覚ましたのだ。

 この部屋の中で何が起きてるんだ? ここが本当にこいつの家なのか?


 何やら穏やかではない不穏な空気が、ボロボロのドアの隙間から漏れてきているような気がしてならなかった。


毎日投稿頑張ります!

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