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怪物なんかいねーよ

 それは巨大なヤモリのような形状をした怪物だった。

 歪にすら思えるほどの大きな目を持ち、その爪は鋭く尖っていて、顎にはビッシリと細かな牙が生えていた。きっと噛まれたならひとたまりもないだろう。

 ただし、少年ウルが驚いたのはその巨大さでも不気味さでもなく、動きの速さだった。辺りは鬱蒼と茂った森の中だ。当然、樹木が障害物となり、速度は殺されるだろうと思っていたのに、その怪物は信じられないような速度で動いたのだ。まるで木々の間を縫うように進んでいる。

 もっとも、冒険者キーザスは、スピードを警戒していたようで、充分に距離を取っていたので不意打ちをくらう事はなかった。

 「ひゅー!」

 などと、余裕とも取れる態度で怪物の攻撃を躱している。怪物が尻尾で打ち払おうとしてくれば剣で弾き、一口に呑み込もうとしてくればギリギリの間合いを見切り、斬撃をくらわせる。

 冒険者のやや凶悪にも見えるその顔は、少し笑っているようにすら見えた。

 やがて怪物は劣勢だと判断したのか、黒い霧を吐き始めた。目くらましだ。魔力を使った攻撃。やはり魔法も使えたらしい。

 それを見て取ったキーザスは、大きく跳ねて上空に舞った。そして、少年ウルに向けてこう叫ぶ。

 「おい!ボウズ! 毒もあるかもしれないから、口を塞いでおけ! それと、風が吹くからな! 何処かに掴まっておくんだ!」

 それを聞いてウルは慌てる。

 “口を塞ぎながら、何処かに掴まるってどうすれば良いの?”

 しかし、キーザスは、ウルが心の準備をする間もなく、直ぐに風の魔法を使ってしまった。辺りに鋭い一陣の風が吹く。その風圧で、危うくウルは飛ばされそうになってしまったが、何とか木に掴まって難を逃れることができた。そして次に辺りを見回した時には既に怪物が吐いた黒い霧は何処かに飛ばされてしまっていた。

 流石、冒険者!

 その的確な判断力と素早い行動にウルは感心をする。

 しかし、その後で不安を覚えた。あのヤモリのような怪物の姿が消えてしまっていたからだ。

 そして、その姿が確認できないまま、キーザスが地面に降りて来る。もしかしたら、彼も怪物の姿を見失っているのかもしれなかった。

 そこでウルはキーザスの近くの岩場にわずかな隙間があるのに気が付いた。とてもじゃないが、あの巨大な怪物が潜んでいるようには思えない。しかし、それでも、何か不気味な予感が彼を襲った。

 咄嗟に持って来た石を数個掴み、パチンコで引く。するとその予感通り、次の瞬間、岩の隙間からあの怪物が躍り出て来たのだった。完全に油断していたキーザスは、それに対処し切れそうになかった。このままでは噛みつかれてしまう。が、それよりも早いタイミングで、ウルはパチンコを放った。怪物は大きな目をしている。散弾のように放たれたそれのいくつかが当たった。

 怪物はその予期していなかった攻撃を受けて、体勢を崩した。ただし、突進の勢いは衰えていない。ピンチが一転、それはキーザスのチャンスとなった。

 怪物の突進の力を利用して、首元に斬撃を放つ。すると、それは見事に深々と刺さったのだった。

 手応えありと判断したのか、キーザスは追撃をしようとはせず、一歩下がって様子を見た。

 怪物はピクピクとしばらく震えていたが、やがて動かなくなってしまった。

 死んだのだ。

 「やった! 凄いや! 本当に怪物を倒しちゃった!」

 それを見てウルはそう喜ぶ。

 ところが、それを聞くとキーザスは「怪物なんかいねーよ」とそう応えたのだった。

 

 ……少年ウルはつい最近になってこの地に移り住んで来た開拓民の子供で、森を切り拓いて新たな農地を開墾していた。

 ところが、ある時から困った問題が起こった。川が度々氾濫し、せっかく開墾した農地を駄目にしてしまうのだ。そして、原因を探ろうと森の奥地に入った彼らは、そこで驚愕すべき怪物と遭遇してしまったのだ。

 もちろん、それが先の、巨大なヤモリの姿をしたあの怪物だ。

 その怪物は人間を襲い、幾人もが食われてしまった。恐ろしい。

 これは川の氾濫もその怪物が原因だろうとそう考えた彼らは、有名な冒険者に怪物退治を依頼したのだった。

 少年ウルはかねてより冒険者に憧れていたから、それを大いに喜んだ。そして、冒険者キーザスが怪物退治にやって来ると、止めるのも聞かずにそれに付いていってしまったのだった。

 

 「……しかし、ボウズ。助かったぜ。まさか、お前に助けられるとはな」

 

 怪物を退治した証拠に首を切り取りながら、キーザスはウルに向ってそう言った。

 ウルはそれを聞いて喜んだが、それよりも彼の先ほどの言葉の方が気になっていた。それで、

 「怪物がいないって、どういう事?」

 と、そう彼に尋ねたのだった。

 「そのまんまの意味だよ。怪物なんていねー」

 そう言い切ったタイミングでキーザスは怪物の首を完全に斬り落とす。

 ウルは首を傾げた。

 いないもなにも、現に今目の前に存在しているじゃないか。

 「でも、それは? 人を食べるって」

 だから、指で示しつつそう訊いたのだ。すると彼はこう返す。

 「こいつはただの野生動物だよ、怪物なんかじゃねー。姿形が異様だったからだろうが、お前らが勝手に怪物と呼んでいただけだ。動物なんだから、動物だって食うさ。人間だって動物だ。お前らだって牛とか馬とか羊とかを食うだろう?」

 「でも、こいつ、さっき魔法を使っていたよ?」

 「魔法を使えば怪物か? なら、人間は怪物って事になるな。魔法を使うから。違うだろう? 魔法を使う動物ってだけの話だ」

 「でも、こいつの所為で川が氾濫するって……」

 「そりゃ、こいつの所為じゃねーよ! お前ら、ここらに来たばかりだから知らないんだろうが、森を削り過ぎただけだ。樹木が支えてくれていた地盤がそれで脆くなって川が氾濫し易くなったんだろうさ。

 森ってのは自然のダムなんだよ。だから、削り過ぎたら川が荒れる」

 それを言い終えると、キーザスは肩を竦めた。そして、火の魔法で怪物…… と開拓民達が呼んでいるヤモリに似た野生動物の首の切り口を焼き、止血し始めた。持ち運びする時に血で汚れないようにする為だろう。

 「じゃ、この怪物を倒してもまったく無駄だったの?」

 「おいおい。オレの苦労を否定するなよ。ま、こいつが人を襲っていたってのは事実なんだろうから、少なくともそれは防げるさ。

 もっとも、それだって、もしかしたら、森がなくなって食うもんがなくなって人間を襲っていただけかもしれないがな」

 それからキーザスは、紐でその巨大ヤモリの首を縛るとそれを背負った。複雑な表情でウルはそれを見る。

 「じゃ、その怪物はただの可哀想な動物なの?」

 「はっ!」

 と、それを聞いてキーザスは笑う。

 「“可哀想”ね。そんなの今更だろう? オレ達は自然を自分達の都合で勝手に変えて、自分達の為に利用しているんだから。それに、退治を依頼してくれねーと、オレらみたいなのは生きていけねー 困る」

 しかし、それから少し間を置くとこう彼は続けたのだった。

 「しかし、ま、怪物って名付ければ、どれだけ殺しても許されるみたいな風潮は反省するべきかもしれないけどな。

 動物を殺し過ぎれば、自然のバランスが崩れる………」

 それからキーザスは森を出る為に歩き始めた。

 ウルはやはり複雑な表情をしていた。

 「氾濫する川はどうすれば良いの?」

 「治水工事しろよ、治水工事。川なんだから、当たり前だろう? もう、このデカヤモリも出ないから安全に工事できるぞ」

 「そうだね」

 

 少年ウルは相変わらずに落ち込んでいたが、多分それは必要なのだろうと、そう冒険者キーザスは思っていた。

 現実を知らず、怪物を倒す冒険者達を正義の味方と崇拝したまま大人になる方が、きっと何倍も危険で不幸な事なのだから、と。

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