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「……『いつまでも後ろを振り返ってばかりじゃダメ。そんなの皇妃さまだって、望んでいないわ』?」
「正解だ。やはりあいつの仲間だけはあるな」
「だって、その言葉で、皇帝はお妃さまの死のショックから立ち直って、リリアに惹かれはじめるのよ! 皇帝ルートのイベントだもん!」
震え声で必死に言いつのる少女に、ラインハルトは汚物を見るような目を向ける。
「じゃあ、リリアも転生者だったの? あの人が攻略に失敗したから、こんなわけのわからないことになってるの?」
―― イベント 転生者 攻略 ――
やけに聞きなれた言葉に、ヒルダは思わず声をあげそうになったが、クラウスの「何も言うな」という視線に、すんでのところで口を閉ざした。
「わが国と帝国は、現皇帝が即位するまで数百年にわたって局地戦を続けてきた」
この国と帝国の国境には希少な金属が眠る鉱山があり、その領有権をめぐって二か国間では絶えず紛争が起きていた。
弱冠十七歳で即位した今の皇帝は、互いに戦費ばかり嵩み、肝心の鉱山開発に手がつけられないでいる現状に疑問を持った。
そこで皇帝は、鉱山の領有権問題は棚上げにしたまま、両国による共同開発を提案した。
これにより、今までは戦費分のマイナスしか生まなかった鉱山が利益を生み出すようになったのだ。
それ以来両国は友好国となり、当時は即位記念式典への招待状が届くほど、良好な関係にあった。
ところが、この式典の際に事件は起きた。
皇帝は、数年前、第一子出産時に命を落とした皇妃を深く愛しており、周囲がいくら継室を勧めても、それを拒み続けていた。
彼は、皇妃が生前愛した庭を、愛妻を偲ぶよすがとして大切にしていたが、潜入した女はそれをめちゃくちゃにしたのだ。
「おまえの国は、怒り狂った皇帝がわが国に宣戦布告をすると期待して、工作員に庭を破壊させたのだろうが、残念ながらそうはならなかった」
皇帝は冷静だった。
女を捕らえ尋問する傍ら、急使を立て、事の次第を王国に報せた。
晴天の霹靂だった王国では、外務卿メルレンニヒ侯爵らを帝国に送り、国としての弁明と、皇宮内で軟禁状態にあったルーカス王子以下への糾問を行った。
調査の結果、犯人の女は、修道院出入りの商人を通じて、かつての取り巻きのひとり・元子爵令息と連絡を取り、その手引きで、男装して親善使節にまぎれこみ、帝国に潜入したとわかった。
このことは使節団団長だったルーカス王子にも、随員で旧友の元従騎士、元メルレンニヒ侯爵養子のウォルフガングにも知らされていなかった。
「手引きをした男は、あの女狐の『私も新しい場所で一からやり直したい』という言葉にほだされてしまったそうだ」
卒業パーティ後に放逐された青年たちは、すべてを失ったものの、そのまま腐ることなく少しずつ這い上がっていった。
ルーカスは、王位継承権を剥奪されて塔に幽閉されたが、地味な作業に真摯に取り組む姿勢を認められて、五年後、継承権こそ戻されなかったが、幽閉を解かれ、王宮の一隅で息子と暮らすことを許された。
近衛騎士団長の次男は、常に定員割れをしている辺境警備隊の募集に志願し、一兵卒からたたき上げて、五年後には小隊長を任されるまでになっていた。
義姉を売ったウォルフガングは、官吏登用試験を受け、十人ほどの部下を使う地位に出世していた。
成金貴族の息子は、不眠不休で少ない元手を増やし、固定の得意先をいくつも持つ中堅商人になっていた。そして、その得意先のひとつがあの修道院だったのだ。
「みな、それなりにポテンシャルが高く、努力家だった。陛下は、若気の至りで過ちを犯した若者たちとはいえ、その才を惜しみ、再起の機会を与えようとお考えになり、四人をあの親善使節に入れたのだ。その任を無事果たせば、登用の道も開けると。それを……」
が、がんばるのじゃ……もうすぐラストじゃ…… (@_@。