4 (???視点)②
…………こんなクソ忙しい年末に何やってるんだよ、わたし (◎_◎;)
王が虚空に手を差し出すと、どこからともなく現れた黒い影が何かを手渡し、光速で去っていった。
「これは王室の影による護衛日誌だ。ルーカスの婚約者であるメルレンニヒ侯爵令嬢には、準王族としてわが暗部をつけておる。つまり、日々の行動はすべて把握され、記録されているのだ」
最高権力者が厳かにそう告げた瞬間、バカスにしなだれかかっていたピンク頭がムンク顔になって硬直した。
「ところでルーカス、そなたはわが王室が代々どのような家から伴侶を迎えてきたか存じておろうな?」
「それは……他国の王族か五大侯爵家から后を……」
問いかけられた息子は青ざめながらも、気丈に答えた。
「さよう。そなたを生んで亡くなった予の最初の后はライフェン侯爵家の出、その継室として迎えたこのアマーリエもアーレンベルク家の出身。どちらも五大侯爵家の令嬢だ」
現王は二度結婚をしている。
一度目の王妃はルーカス王子出産の際に産褥で亡くなり、後妻にあたる今の王妃は第二王子のスヴェン殿下を生んでいる。
「そして、そなたの婚約者はメルレンニヒ侯爵の一人娘。だが、他の侯爵家にはそなたと年が釣り合う令嬢はいない。これがどういうことかわかるか?」
父親からの苛烈な視線を受け、ルーカスはうつむいた。
「つまり、そなたの婚約者を害すれば、本来なら王族に嫁げない伯爵家以下の令嬢たちにも、玉の輿に乗る機会が巡ってくるというわけだ。だからこそ、予は暗部に命じ、その身の安全を陰ながら守ってきたのだ」
あら、やだ……全然気づかなかったけど、実はいろいろヤバい目に遭ってたのかしら?
「では、国母としての資質に欠けるこの女と婚約破棄したら、男爵令嬢のリリアをわたしの妃にしてもかまわないということでしょうか?」
どこまでもおめでたい頭を持った青年がトンチンカンな妄言を吐きはじめる。
さっきの話のどこをどう解釈したらそうなるのか?
むしろ、このピンク頭がドロドロの野心を抱いて、いろいろ仕組んだんじゃないかと疑うべきだろう。
そう思ったのは私だけではなかったようで、国王夫妻は悲愴な顔で天を仰いだ。
「……これはもう廃嫡するしかないか」
王がボソッとつぶやくやいなや、
「「「廃嫡!?」」」
副会長以外の愉快な仲間たちが絶叫。
「「「なぜですか!?」」」
「なぜ、だと? 決まっているではないか。そなたの婚約者に冤罪を着せようとした女を妃にしたいなどとほざく愚物にこの国を託すわけにはゆかぬからだ!」
「「「冤罪!?」」」
王の指摘に、逆ハー構成員たちに動揺が走る。
「ち、ちがうわ! あたしは本当にっ!」
蒼白になって訴える少女に、広間中から刺さるようなまなざしが注がれる。
「ナイフで切りつけられたと申す先月十日は、そなたの婚約者は授業終了直後から生徒会室にこもって仕事をしておった。一方、わが影は当日その娘がナイフで自傷している現場を目撃しておる。池に突き落とされた、教科書等の破壊も同様に自作自演だ」
「し、しかし、ネックレスは!? それはあの女の部屋から見つかったはず!」
頭も往生際も悪い某王子が必死に叫ぶ。
「その件については、わたくしから申しあげてもよろしいでしょうか?」
ステージ下の人ごみの中から壮年の貴族が進み出、恭しく首を垂れた。
「おお、メルレンニヒ侯爵か。許す」
主君の許可を得た侯爵は、いまだ国王と同じステージ上にいる不敬な輩をひと睨みすると、
「入学から半年ほど経った頃、娘に相談を受けたのです。『最近ルーカス王子と友人たちの言動がおかしい。そのメンバーの中にはウォルフもいるが、何か密命でも与えて探らせているのか?』と」
「密命?」
私と三か月しか違わない義理の弟が不審そうに眉を寄せる。
「そうだ、ウォルフ。おまえはわが侯爵家の跡取りであるにも関わらず、格下の娘の言を鵜呑みにして、義理の姉を悪しざまに罵っていたようだな。挙句の果てには、こっそり義姉の部屋に忍び込み、壊れたネックレスをクローゼットの中に隠したとか?」
「そっ、それは……」
秀麗な顔はみるみるうちに白く変わる。
「実は娘に相談を受けた後、当家でもいろいろ調べてみたのです。また、ウォルフガングの行動についても常時監視をつけていました。その結果、義姉の部屋に忍び込む息子の姿を複数の使用人たちが見ており、後刻、理由をつけて使用人とともに再度入室したウォルフガングがネックレスを見つけたと騒いでいるのもみなが確認しております。おそらく、好きな女に頼まれて、罪を捏造しようとしたのでしょう」
「だって……だって、リリアに頼まれて……」
「し、知らない! そんなこと頼んでない! ウォルフが勝手にやったのよ! 信じて!」
滝涙でルーカスにすがりついたピンク頭は、今度は私の方をギロッとねめつけ、
「この卑怯者! 親にチクるなんて最低よ!」
「卑怯? 報告されて困るようなことなら、最初からしなければいいでしょう? まさに加害者ならではの言い分ね」
前々から思っていたのだけれど、なぜイジメ等の被害者が大人に相談することを、加害者は『チクった』と詰るのだろう?
加害者は『報告』を批難し「卑怯だ!」と罵るが、本当に恥ずべきは他人を貶める側であり、事の真偽も確かめず、それに加担するやつらなのだ。
大人は私たち子どもと違って、経験に基づいたいろいろな知恵や解決策、コネを持っている。
未熟な私たちは、もし困ったことが起きたら、すぐに大人に相談して助力を乞うべきなのだ。
ヘタに自分で何とかしようとすると、間違いなく自縄自縛に陥り、事態が好転することはまずない。
「ウォルフガング、おまえとの養子縁組は今日をもって解消する。数日中に荷物をまとめて実家に帰るように」
「そんな! 義父上!」
父が冷ややかに宣告すると、義弟は見苦しいくらい取り乱した。
約束された輝かしい未来を手放したのだとようやく気づいたらしい。
「父? もうその呼称はやめてもらおう。いくら学問ができても、恩ある養家に平気で仇なすような輩は、わが侯爵家には不要だ」
ウォルフガングは遠縁の末端貴族の五男。
実家に出戻っても分与される財産はたぶんないだろう。
うわ~、これからどうするんだろ~、大~変~(棒)。
「当家も息子を勘当する!」
一連のやりとりで危機感を抱いたらしい近衛騎士団長が次男を切り捨てる。
「わ、わが子爵家も!」
成金貴族も、バカ息子よりせっかく掴んだ爵位を取ったようだ。
そして、最後に、
「第一王子ルーカスの王位継承権を剥奪し、城内で幽閉する。ルーカスとメルレンニヒ侯爵令嬢との婚約は解消し、侯爵令嬢の婚姻については、今後王家が責任をもって後見する。以上!」
広間に威厳ある声が響き、これにて一件落着かと思いきや……。
「お待ちください、父上! リリアの腹にはわたしの子がいるのです! 父上の孫がリリアの腹に! なのに幽閉とは!」
バカスの爆弾発言に、周囲はシンと静まり返った。
ややあって、
「……それは本当にそなたの子か?」
強ばった顔で問いかけられた元王子は、こきざみに震えながらも、
「あ、あたりまえではありませんか。リリアは貞淑な娘です。わたし以外の誰と……」
「報告によると、先ほど勘当された三人とも深い付き合いがあったようだが?」
「「「えっ!?」」」
平民落ちしたばかりの三バカがピンク頭を凝視した。
「王子には逆らえないけど、本当はあなただけって……」
脳筋従騎士が涙ぐむ。
「権力や暴力で迫られて困っている。あたしを連れて逃げてって言っていたあれは?」
無一文で放り出されそうな元成金坊やがオロオロする。
「『あの侯爵家なんかにあなたはもったいない』って体で慰めてくれたのは……」
ビンボー実家に返品の決まった義弟が絶句する。
「そなたらが清廉とたたえていた娘は、同じ口で何人もの男に耳触りのいい言葉をささやき、日ごとに違う男と寝るような女だ。その腹の子は果たして誰の胤であろう?」
「わたしとの真実の愛の結晶が宿ったと言っていたのに……だから、子どもを正嫡にしてやりたくて、公の場で婚約破棄を……」
バカスが呆然とつぶやき、その後はただただカオス。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後、私は国王夫妻の勧めで、五大侯爵家のアロイス・フォン・グリュスヴァイクと結婚した。
なんでも、彼はナイフ事件の日の私のアリバイを証言してくれたんだとか。
……まぁ、影さんの日誌があったから要らないっちゃ、要らなかったんだけど、「彼女は会長たちが放り投げた仕事を僕といっしょに処理していました。なかなかすばらしい処理能力でした」というお褒めの言葉までいただいたそうなので、よしとした。
ルーカスは城内の塔に五年ほど幽閉され、そこで蔵書の整理や古書の修繕、図書目録作りといった地味な作業をさせられた。
お相手のピンク頭は、子どもが王家の子の可能性もあるので、出産まで国の監視下に置かれることになった。
あのまま市井に放り出したら、十数年後、御落胤と名乗る人間が国家転覆を企んだりするかもしれないからだ。
実は、この国の王族には体のどこかに特徴的な痣が現れるらしい。
それは誕生の時から出ていることもあるし、生後数年たってから浮かんでくることもあるようなので、とにかく子どもが生まれてみれば、王家の血を引く者かそうでないか判明する。
ピンク頭の子は生まれた時には痣がなかったらしいが、五歳をすぎたころに痣が現れ、いちおう親族と認められた。
ちなみにピンク頭は出産後、城から追い出されて、戒律の厳しい辺境の修道院に入れられたと聞いた。
バカスが幽閉を解かれたのは、「母がいない子どもが哀れだ。せめて実の父親だけでも傍にいさせてほしい」と、痣が出現して以来王妃さまが毎日のように王に訴えたおかげだ。
とはいえ、バカスに王位継承権が戻ることはなく、また、その息子にも王位継承権は与えられず、『殿下』の称号も許されなかった。
第一王子のやらかしで、本来王位継承権は現王妃の産んだ二歳年下の第二王子に移譲されるべきものだったが、スヴェン殿下は数年前国賓として訪れた友好国の女王に見初められ、王配として婿入りすることが決まっていた。
そんなわけで、王太子の座は現在も空いたままだ。
おそらく王は、スヴェンに息子が二人以上できたら、ひとりを養嗣子としてもらい受けるつもりなのだろう。
もしルーカスの子が王位に就いてしまったら、ルーカスは国父として政をほしいままにできる。幽閉を解いても、王はルーカスを信用していなかったのだ。
でも、その心配はある意味杞憂だった。
この時、誰ひとり想像しなかったことが………………ルーカスはじめあの場にいた人たちが同時にこの世を去ることになるとは……国中が悲しみに包まれるほどの悲劇が起きるなんて、誰ひとり………。