第99話:遺跡の塔の秘密
オレは帝国兵に変装して、帝国軍に忍び込んでいた。
運よく皇帝に見染められ、古代遺跡の塔の中に潜入することに成功した。
そんな時、旧友リッチモンドが目の前に現れたのであった。
「陛下、わざわざ、こんな所まで……」
内部に視察にきた皇帝に、リッチモンドは挨拶のために近づいていく。
「なっ⁉」
そして言葉を失う。
皇帝の後ろに控えていたオレと、ちょうど目が合ったのだ。
リッチモンドにしてみたら予想外のこと。
まさか皇帝の側に、変装したオレがいるとは。
「どうした、リッチモンドよ?」
「し、失礼した、陛下。そう……あまりの大発見に、心の臓が踊っていたところです!」
皇帝に気がつかれないように、リッチモンドは話を戻していた。
こういった時の機転の良さはさすがだ。
「大発見だと? どのようなものだ?」
「それは……その前に人払いを、陛下」
リッチモンドの視線の先には、皇帝の近衛騎士たち。
つまり皇帝と二人きりで話をしたいのだ
「なんだと、貴様ぁ! 我らを愚弄する気か⁉」
「敵国の学者風情の分際で無礼な!」
近衛騎士は激昂する。
何しろ彼らの任務は、皇帝の命を守ること。
プライドを潰されてしまったのだ。
「落ち着けまれ、者ども。この者は“ただの学者風情”ではない。最初に言ったとおり、余のルーダ学園時代の学友。そして大陸でも最高の頭脳を持つ一人、リッチモンド師だぞ」
「「「はっ! 失礼いたしました!」」」
皇帝からの一喝を受けて、騎士たちは大人しくなる。
急いで塔の内部から去っていく。
(なんだと……この皇帝とリッチモンドが、学友だと?)
まさかの事実に、思わず耳を疑う。
何しろ二人には、結構な年齢差がある。
皇帝の方がだいぶ歳上なのだ。
(だが、あり得ない話ではないな)
リッチモンドは幼い時から神童と呼ばれていたという。
それにマリアと同じく、飛び級で学園を卒業した、とも。
つまり飛び級をしてルーダ学園で、皇帝とクラスメイトになることも出来たのだ。
なるほど……この皇帝とリッチモンドが学友か。
当時の二人を想像して、アンバランスな光景しか目に浮かんでこない。
(だが、今はリッチモンドの安否が分かった。オレも去るとするか)
潜入の第一段階の目的を果たせた。
他の近衛騎士たちと同じく、オレも後に続く。
この場にいたら怪しまれてしまう。
「ルーオド、お前はここに残れ」
皇帝から声がかけられる。
まさか、正体がバレてしまったのであろうか。
仕方がない。
こうなった実力行使で、いつでも動ける準備をしておく。
「ルーオド。お前は先ほど、古代遺跡について見事な私見を述べた。残ってまた意見を述べよ」
「承知した」
なるほど、そういうことか。
正体はまだバレていないらしいな。
それならば残っても、心配はないであろう。
近衛騎士たちは塔の外に去っていく。
内部に残ったのは皇帝とリッチモンド、オレの三人だけになる。
「さて、リッチモンド。話を続けてくれ。うるさい連中はいないか、お前も敬語は不要だ」
「それなら、陛下……いえ、ガル、説明させもらうよ」
リッチモンドは学友としてフランクな口調になる。
“ガル”とは皇帝の呼び名なのであろう。
「まずは、最初にこの塔の説明をしていこう。ここは古代遺跡の中でも特別な目的で作られた、“真の遺跡”と呼ばれる遺跡の一つなんだ……」
リッチモンドはゆっくりと説明していく。
時おりその視線はオレに向けられる。
オレにも分かるように説明してくれるのであろう。
「“真実の遺跡”、普通の遺跡と、ここは違うのか?」
皇帝は質問しながら、説明を聞いていく。
特に“真実の遺跡”という単語に、やけに力はこもっている。
「この大陸には多くの古代遺跡が残っている。ボクが見てきた遺跡は、残骸であり記録しかなかった。でも、この塔は違う! ガルの見せてくれた古代資料にあった“真実の遺跡”に繋がっているかもしれないんだ!」
リッチモンドは説明しながら興奮していた。
学園では聡明な副学園長なイメージがあったが、この男の真の顔は学者の顔。
自分の専門的なことに関しては、情熱が強すぎる。
たとえ相手が皇帝だとしても、構わずに一方的に話をしていくのだ。
「あと、この塔に秘められた力なんだけど、それはまだ解明中の部分があるんだ……そうだ、こっちの壁画を見ながら、説明した方が早いかも!」
興奮したリッチモンドは、一人で奥の部屋へと進んでいく。
何か見せたいものがあるのであろう。
オレは皇帝とその後を付いていく。
(ほう……これは?)
奥の部屋に入り、オレは思わず声を上げそうになる。
(これは……古代文明の装置か?)
奥の部屋に真ん中にあったのは、不思議な装置。
椅子のような台座だ。
周囲には見たことがない道具が繋がっている。
「これを最初に見た時に言っていたけど、この装置……つまり塔自体が何かを起動するもの。“真実の遺跡”の本体は、こことは別の場所にあると、ボクは睨んでいる。これは現時点でのボクの調査の結果なんだけど」
「なるほど。それで大発見というのは?」
一度興奮してしまったリッチモンドは止まらない。
学友として知っている皇帝は、話の結論を訊ねる。
「あっ、そうだったね、ガル。それは、この石板を見て見よ!」
我に返ったリッチモンドは、遺跡の何かの装置に手を触れる。
直後、部屋の天井に、一枚の壁画が浮かびあがる。
「ほほう、これは……もしや」
(これは、操作を説明した物か)
「遺跡の説明か?」
皇帝と同じ結論にオレも至る。
現れた絵画は説明文。
古代文字と共に、象形文字で何かを動かす方法を説明している。
「そう、ご名答だよ、ガル! これは遺跡の操作方法だと、ボクも思う。象形文字でも描かれているのは、おそらくは後の別の文字文化の者へのメッセージ。つまりボクたちのような古代文字が読めない時代の民にも、分かるように記していると、ボクは予測している」
なるほど後年の文明人にも読める象形文字か。
お蔭で象形文字を直感で読んでいくと、オレもで内容が何となく理解できる。
(この遺跡は……何か人のような者を、この台座に座らせて……それを動かした者が……王冠を被っている……つまりは王となる力を手に入れるのか?)
象形文字の説明は、そんな感じであった。
「ボクの見解だと、この台座には何か“特別な人物”を座らせる必要がある。試しにさっきボクが座ってみたけど、何も反応がなかった。つまり何か資格か力がないとダメらしい」
サラッと説明していたが、リッチモンドはとんでもないことを実体験していた。
何しろ象形文字によると、台座に座った者は次のシーンでは消えている。
つまりリッチモンドは死んでいる可能性もあったのだ。
まったく相変わらずの研究バカな男。
古代文字の解明のためには、自分の命すら選ばない奴だ。
「つまり覇王たる力を得るためには、椅子に“座らせる者”を見つけ出す必要があるのか?」
「そうだね、ガル。ここからボクのまったくの仮説なんだけど、この“特別な者”はおそらくは女性だ」
「女性だと?」
「そう、象形文字の方では分かりづらいけど、古代文字の方でそんな雰囲気で書いてある。『特別で稀代なる王たる者の女児』みたいな感じで。たぶんは女児は“女の子”っていう意味だと思うんだ」
リッチモンドは大陸でも古代語の研究の第一人者。
その男が解明したのだから間違いはないのであろう。
「なるほど“女”か……具体的にはどのような種類の女だと思うか? いくらで余の方で用意をしておこう」
皇帝の権力をもってすれば、様々な種の女を用意できるであろう。
貴族から一般の市民の女など。
「うーん、ガル。たぶん普通の女の人ではダメだと思う。古代語では『稀代なる王たる者の女児』って書いてあるから……」
「王の子だと? もしかしたら余の子か? だが余の子には男しかおらんぞ」
「でも、『王たる者の』って書いてあるから、おそらく本当の皇帝や国王である必要はないと思う。たぶん『王』は何かを指した意味だと思うんだよね……」
「なるほど。そういうことか」
二人は遺跡を調べながら、様々な考察を出し合っていた。
遺跡を起動するまで、あと少しまで到達している。
だが肝心の起動の鍵となる『稀代なる王たる者の女児』の目途がついていないのだ。
「ルーオド、お前はどう思う? 『稀代なる王たる者の女児』の答えは?」
ここまで黙って聞いていたオレに、皇帝が話を振ってくる。
その視線は鋭く、こちらの価値を値踏みするよう。
中途半端な答えをしたら、命がない威圧感だ。
「『稀代なる王たる者の女児』が、誰だと? そんなもの、下らんな」
だがオレは皇帝の威圧感を、一蹴する。
「何だと?」
皇帝の眉がピクリと動く。
かなり気分を害したのであろう。
器の大きな男なので、いきなり激情のままに斬りかかってはこないであろう。
だが明らかに不快感を表している。
「分からないのなら、説明してやる。下らない古代の力とやらを得るために、一人の少女の命を犠牲にするだと? そんな弱者を踏み台にして大陸の覇王となり、何が嬉しいのだ!」
だがオレは言葉を続ける。
皇帝は大きな力を目の前にして、本来の自分を見失っていると。
少なくとも以前のオレが、戦場で認めていた皇帝。
そんな小さな漢ではないのだ。
「オ……ルーオド、とやら……流石にそれは言いすぎでは……」
まさかの状況に、さすがのリッチモンドも顔を真っ青にしていた。
オレの庇うように、非礼を詫びるようしてくる。
「いや、よい、リッチモンドよ。この者……ルーオドの言っていることの方が大義に適っている」
皇帝は静かに答えてきた。
激情に駆られることなく、静かな瞳でリッチモンドの肩に手を置く。
やはりオレが戦場で認めていた男。
前と変わらず大きな漢だったようだ。
「しかしルーオドよ。たとえ大義に反していようが、余は古代遺跡の力を得る必要がある」
「そうか。だが、なぜそれほどまでに大きな力を必要とする? 今の帝国なら、時間さえかければ大陸の覇者になることも可能だぞ?」
これはお世辞ではない。
現時点で大陸最強の国力あるのは帝国。
国力と人材を兼ね備え、尚且つこのガル皇帝のカリスマ性があるのだ。
オレが力を貸せば十年だ。
もしも現役復帰してオードル傭兵団と共に、帝国に加担したなら十年あれば、この皇帝に大陸を統一させる自信がある。
それほどまでに今の帝国の勢いは、群を抜いているのだ。
「力を得て大陸の統一か……それも一興。だが余の願いは、本当の願望は別にあるのだ、ルーオドよ」
「別にあるだと?」
まさかの言葉が皇帝の口から出てきた。
では一体何がこの男を動かしているのであろうか。
「ああ、そうだ。余の心は“乾いて”いるのだ。ところでルーオド、お前は“戦鬼オードル”という傭兵を知っているか?」
まさかの名が出てきた。
もしかしたら皇帝に正体を見破られてしまったのか。
(これはマズイかもしれないな……)
オレはいつでも剣を抜ける準備をしておくのであった。




