第94話:ロキ
襲撃者ロキに凶刃に、オレは心臓を貫かれた。
漆黒のナイフが深々と突き刺さっている。
「勝った! これで……オレが……最強に……」
勝利を確信してロキは、歓喜の表情を浮べていた。
「いつも言っていていたはずだ、どんな時でも油断をするな、と」
だがオレは死んでいなかった。
ナイフごとロキの右手を、がっしりと掴み取る。
「な、何っ⁉」
ロキは驚愕の表情浮かべる。
事態を把握できずにいた。
そこまで驚くのも無理はない。
心臓を突き刺した相手が、目の前でピンピンしているからだ。
「ふ、不死身なのか⁉ たしかに心臓を貫いたはずなのに⁉」
「教えていなかったが、オレは心臓をずらせるのさ」
ロキの攻撃は正確に、相手の急所を攻撃してくる。
だから今回は逆手にとった。
闘気術で内臓の位置をずらし、致命傷を回避したのだ。
「今度はこっちからいくぞ、ロキ!」
反撃にでる。
この至近距離では両手剣は使えない。
闘気をたっぷり貯めこんで右拳で、ロキを吹き飛ばす。
「ぐっ……ふう⁉」
強烈な一撃をまともに受けて、ロキは吹き飛んでいく。
オレの本気の右拳は、分厚い城壁すら貫通。
まともに受けて今まで無事だった相手はいない。
“普通”なら、ここで勝負はついている。
「くっ……心臓の位置を動かせるなんて、相変わらず化け物か、オードルは……」
だがロキは立ち上がる。
ダメージはあまりない。
その証拠に余裕の笑みを浮かべている。
「なるほど。やはり、その瘴気は防御力も向上させているのか」
殴った自分の右腕が、逆に痺れていた。
まるで異質な金属を叩いたような感触。
おそらくはロキの纏う漆黒の瘴気は、自動的に防御をしているのであろう。
(厄介な相手だな……目で追えない“謎の瞬間移動”と、金属鎧と紙の様に貫通する“漆黒のナイフ”。それにこの自動防御か)
戦いながらロキの謎の力を分析する。
驚異は大きくこの三つだ。
このうち一つだけでも、かなり厄介な力。
それを三つも同時に使ってくるのだ。
他の大隊長の七人が、こいつに敵わないもの無理はない。
明らかに今のロキは、人智を超えた力を有しているのだ。
「面白いな」
オレは思わず、笑みを浮かべる。
自分でも場違いな笑み。
何しろ対峙しているのは、人を超えた存在。
どんなに鍛えた戦士ですら、敵わない存在なのだ。
「だから戦場は、面白い!」
オレは叫ぶ。
想像もできない強敵と対峙した喜びを。
「こんなに奴に出会えるんだからな!」
自分の中に押し溜めていた闘気を、燃焼させる。
かつてない強者に出会えたことに、“戦鬼としての血”が滾っているのだ。
「ふう……さて、次はこっちからいくぞ、ロキ」
ここから先は戦鬼としての力を出す。
自分の持つ戦闘力をフルに発揮する時なの。
「バ、バカな⁉ 鎧を脱いで、剣を捨てて、気でも狂ったか、オードル?」
ロキが叫ぶのも無理はない。
オレは全ての武装を脱ぎ捨ていった。
今は非武装の上半身が半裸状態だ。
「今のお前相手には、これで十分だ。そんな他の力に頼っている半人前を、ぶちのめすのは、素手で十分ってことさ、ロキ!」
「なんだと⁉ オ、オレっちを舐めるなよ! オードル!」
舐められと思ったのであろう。
ロキは叫び、半狂乱と化す。
怒りに任せて、一直線にナイフを突き刺してくる。
凄まじいスピードだ。
「死ねぇええ!」
ロキのナイフの技術は大陸屈指。
回避することは難しい。
だからこそオレは避けない。
左腕を犠牲にして防御に徹する。
「これで左腕は死んだも、同然だぁ!」
相手の攻防力を半減させた。
ロキは勝利の笑みを浮かべる。
「そうだな。だが捕まえたぞ、ロキ」
「なっ⁉」
左腕の筋肉を闘気で硬直させる。
これでナイフは抜けることはない。
素早いロキの動きを封じ込めたのだ。
「だから油断するなと、言っていただろう、ロキ!」
そのまま右の拳で、思いっきり殴りつける。
直撃を受けて、ロキは吹き飛んでいく。
「ぐっ……でも無駄だよ、オードル! いくら攻撃が当たっても、今のオレは無敵なんだから!」
ロキは再び立ち上がる。
先ほどと同じように無傷。
瘴気の自動防御が作動して、ほとんどダメージを受けていないのだ。
「無敵だと? 面白い冗談も覚えたのか、ロキ?」
「何だと⁉ えっ……?」
ロキは驚愕する。
何故なら漆黒の瘴気が、ひび割れていたのだ。
オレの本気の二発の打撃を受けて、瘴気の防御が壊れかけていたのだ。
「そ、そんな馬鹿な……これは“人の力”では、壊せないはずなのに……」
「借り物の力が通じなくて、怖くなったか、ロキ? 昔からお前に言っていただろう……『武器や防具、道具は“本人の本当の強さ”じゃない』と」
「う、うるさい! このオレに説教をするな! お前は……オレっちたちを捨てて消えたくせに!」
ロキは叫ぶ。
反応して体内から、更に大量の瘴気が溢れ出す。
まるで別世界の生き物のように瘴気が、ロキの身体にまとわりついている。
だがオレは怯むことはない。
「さぁ、いくぞ、ロキ! ここからは我慢比べだぞ!」
「オードルぅうう!」
同時に二人で駆けだす。
もはや退くことは両者にはない。
そして、ここから“死闘”が始まるのであった。
「オードルぅ!!!」
ロキは漆黒のナイフで、何度もオレの身体を突き刺してくる。
瘴気の力もあり、回避不能な鋭さだ。
「いくぞ、ロキ!!」
オレは急所を外しながら、身体でナイフを受け止める。
そのまま強烈な拳で反撃。
瘴気の防御にダメージを与えていく。
「ロキ、どうした? 負けるのが怖いのなら、止めておくぞ⁉」
「うるさい! うるさい! ボクは最恐になるんだ!」
戦いながらロキは叫んでいた。
「オレっちは最恐になって、オードル傭兵団を、昔の様に戻すんだ!」
ナイフで突き刺してきながら、叫んでいた。
自分の心の中の想いを吐き出していた。
「オレっが最恐になって、オードル傭兵団を、あの頃のように戻すんだ!」
それは怒りや憎しみ、苛立ち、自己嫌悪などの、負の感情ではない。
もっと純粋な何かの感情。
今のロキは強い信念で、ここまで動いているのだ。
「ロキ、お前の想いは受け取った!」
ロキの全てを受け止め。
そして拳で吹き飛ばしていく。
その攻防は永遠に続くと思われた。
「ぐっ……な、なんだと⁉」
だが戦いロキの言葉で終わりが見える。
「ま、まさか……」
ロキの周囲に大きな変化が起きたのだ。
全身を防御していた瘴気が、完全に損壊。
漆黒の瘴気は霧のように消えてしまったのだ。
「そ、そんな……オレっちの力が……あれが無いと、ボクの傭兵団の再建の夢が……」
すがっていた強力な力を失い、ロキは呆然とする。
その場に座りこんでしまい、天を仰いでいた。
「立て、ロキ。座り込んでいる場合じゃないぞ。ここからが本番だぞ!」
だが構わずオレは拳を構える。
全身の闘気を燃やして、最強の攻撃を用意する。
「で、でも……今のオレっちには……もう、あの力は……」
座り込みながらロキは情けない声出す。
先ほどまでの自信は消失していた。
まるで昔のロキのよう。
オレが傭兵団に拾ってやった時ような、少年時代のロキだ。
「さぁ、立て、ロキ。お前の想いはその程度だったのか⁉」
だが敢えて挑発する。
今のロキになら、オレの声が届くはずだ。
「ロキ、ここで負けを認めてしまうのか、お前は⁉ オレがいないこの二年間、傭兵団を守ってきたのは、その程度の軽い気持ちなのか⁉」
「そ、そんな訳ないだろう! オレっちの想いは! だから、それ以上は言わせない……たとえオードルでも!」
ロキは再び立ち上がる。
その目には強い意志が籠っていた。
「ほほう、いい顔になったな、ロキ」
この顔は昔のロキ。
いや……2年前から戦士と成長していた、本物のロキの顔だ。
「いくよ、オードル! 今のオレっちは代理でも団長なんだ! だから、たとえオードルが相手でも負けるわけにはいかないんだ! 皆のためにも!」
ロキは全身から闘気を放つ。
先ほどの漆黒の瘴気ではない。
眩しいほどに力強いよい。
戦士としての本物の闘気だ。
「見事だ、ロキ。よくぞここまで成長したな」
オレは心が猛る。
かつての泣き虫だった青年の面影は、どこにもない。
目の前にいるのは最強の戦士。
間違いなくオレが対峙した中でも、最強の一人の男なのだ。
「ふう……いくよ! オードル!」
その言葉と共に、ロキが動き出す。
既に瘴気の瞬間移動の力は、失われている。
「だが、いい動きだ! 最高の踏み込みだ!」
思わず感動する。
瘴気の力はなくと、ロキの動きは凄まじい。
先ほどまでの瘴気の瞬間移動は、たしかに危険だった。
だが逆に読みやすかった。
だが今のロキに先読みは通じない。
何故ならこの男の隠密としての最高の技術。
戦士としての死を恐れぬ勇気。
その全てが込められた一撃なのだ。
間違いない。
ロキの人生の中でも、最高で最速の一撃だと断言できる。
「これで終わりだ、オードル!」
叫ぶロキの姿が消えた。
本当に消えたのではない。
あまりの技術と気合の一撃。
オレの動体視力が追いつけなかったのだ。
気が付くと目の前に刃先が迫っていた。
ロキのナイフが、オレの喉元を斬り裂こうとしていたのだ。
「見事だ、ロキ! ふぅううう……いくぞ!」
オレは回避も防御も諦めた。
全ての闘気を右の拳だけに込める。
「いくぞ……閃!」
目の前の空間に向かって、全力で拳を突きだす。
もしかしたら今のロキに、回避されてしまうかもしれない。
だが構わない。
直感を信じて、自分の拳を突き抜く。
「うぐぁあああ!」
直後、鈍い衝撃が拳に残る。
ロキは吹き飛んでいく。
相手のナイフよりも、先にカウンター攻撃が決まったのだ。
「ふう……当たってくれたか」
思わず息を吐き出す。
自分の直感を信じていたとはいえ、ギリギリの勝利。
最高の戦いだった。
「さて……おい、生きているか、ロキ?」
吹き飛んでいったロキに、ゆっくりと近づいていく。
今度は起き上がれずにいる。
今の一撃は、まったく手加減できなかった。
二年前のロキなら、命がない可能性がある。
「うん……辛うじて……生きてるよ……オレっち」
よかった、ロキは生きていた。
おそらく二年間で、耐久力も鍛えていたのであろう。
「でも、痛くて死にそうだよ。相変わらず、オードルの拳は痛すぎ、笑いが出てくるよ……」
昔のようにロキは軽口をきいてきた。
地面に倒れながら空を仰いでいる。
どこか遠くを眺めながら、感慨にふけていた。
「だがロキ、お前の最後の一撃……あれも良かったぞ」
「本当? オレッチ……“オードルのアニキ”に近づけたかな?」
ロキは昔と同じように、名前を呼んできた。
「そうだな。昔よりは、一歩だけな」
「はっはっは……相変わらず厳しい判定だね、アニキは。ふう……ちょっとだけ休むね」
そう言い残しロキは気絶してしまう。
無理もない。
闘気と体力を、極限まで使い切ってしまったのであろう。
少し眠らせた後で、オレの闘気を分けてやれば、動けるまで回復するであろう。
その前に動けないでいるピエールとエリザベスも、先に回復してやらないとな。
「やれやれ……今回ばかりは流石のオレも、少し疲れたな……」
こうしてロキを無事に倒すと成功するのであった。
この「戦鬼と呼ばれた男、王家に暗殺されたら娘を拾い、一緒にスローライフをはじめる」
が【コミカライズ】することになりました!
◇
・11月21日からコミック・アーススターWEBにて連載スタート!!
コミック・アーススターのWEB https://www.comic-earthstar.jp/
・漫画作者:田野かかし先生 Twitterアカウント @tanokinfo
◇
です!
もしかしたら遅れてニコニコ漫画とかでもUPされるかも?
この辺は分かったら報告します。
では、今後ともよろしくお願いいたします。
作者 ハーーナ
 




