第92話:暗殺者集団
団長代理のロキ直属の配下、暗殺者集団にオレたちは包囲されてしまった。
黒ずくめ集団が木々の陰に隠れながら、静かに殺気をぶつけてくる。
相手の数は二十人ちょっとであろう。
「団長殿、ここは私が話をつけてみましょう」
細身剣使いピエールが、相手に向かって進んでいく。
「私はオードル傭兵団の大隊長の一人ピエール。そちらはロキ殿の配下の方とお見受けする。我々を通してくれたまえ!」
ピエールはロキの仲間。
普通ならこれで通してくれるはずだ。
「「「……」」」
だが相手から返事はなかった。
むしろ相手は戦闘態勢に入る。
黒塗りの短剣を構え、鋭い刃先をこちらに向けてきたのだ。
「交渉決裂だな、ピエール」
「お役に立てず申し訳ありません、団長殿」
「ねぇ、オードル。もしかしたらコイツら、ピエールの顔を知らないとか?」
「それはないな、エリザベス。コイツ等……“隠密衆”は情報収集こそが生命線。大隊長の顔は、全員が知っているはず。つまり分かっていて、この対応だ」
おそらく隠密衆は直属の上官ロキから、絶対的な命令を下されているのであろう。
『たとえオードル傭兵団の仲間であっても、誰もここを通してはならない』と。
だから無言のまま戦闘態勢に入っているのだ。
「じゃあ、どうするの? こういう場合は?」
「もちろん強行突破でいく」
たとえ相手がロキの部下でも、手加減する必要はない。
この先の遺跡にいるリッチモンドを助けるため、ここで遊んでいる時間ないのだ。
「来るわよ、二人とも!」
エリザベスが叫ぶ。
隠密衆が動きだしたのだ。
音もなく移動を開始。
暗殺用の刃を構えながら、間合いを詰めてくる。
「エリザベス、気をつけろ。こいつらはナイフ以外にも、毒矢や暗器、“まやかし”も使ってくるぞ」
「分かったわ。くっ⁉」
いきなりエリザベスの死角から、毒矢が飛んできた。
舌打ちしながら斬り払いしている。
かなり際どいタイミングだった。
「これは、たしかに、厄介な相手ね……」
エリザベスはこうした暗殺者との戦いに慣れていない。
かなり戦い辛いのであろう。
「「「…………」」」
隠密衆は初撃を躱されながらも、焦った様子はない。
冷静に次の攻撃をしかけてくる。
オレたちの剣の間合いのギリギリの所で、前進と後退を繰り返し。
いやらしい攻撃を、巧みに仕掛けてくる。
「ピエール、そっちは大丈夫か?」
「今のところは。ですが団長殿、ここは地形的に相手が有利かと」
「そうだな。だから、ここで待ち伏せしていたんだろうな」
ここは深い森の中。
周囲は身を隠す木々と茂みが豊富で、隠密衆の独壇場ともいえる。
騎士の戦い方を得意とするエリザベスとピエールには、不利な状況だ。
「それにしてもロキに似て、陰気臭い戦い方をする連中だな」
これは褒め言葉。
こういったヒット&アウェイの戦い方を、ロキは昔から得意としていた。
まるで無数のロキを相手にしているように錯覚する。
とにかくやり辛い連中だ。
「くっ⁉ イライラする連中ね!」
「待て。深追いするな、エリザベス! その先には罠が仕掛けられているぞ」
「えっ!? ほ、本当だわ……」
相手を追撃しようとしたエリザベスは、足を止めて驚愕する。
いつの間にか彼女の進行方向に、危険な罠が設置されていたのだ。
「戦いながら罠の設置とか……これもロキの戦い方だな」
はっきりと言ってロキには天賦の剣の才能はなかった。
そのため奴は常に頭を使い、敵と戦っていた。
腕力が足りない部分を補うために、短剣や飛び道具を鍛錬。
他の者より攻撃力が劣る部分は、隠密術や暗殺術を鍛えてカバー。
常に他人が嫌がることを先読み。
その結果、激しい戦場でも生き残っていたのだ。
「ピエール、そっちも罠があるぞ。エリザベスも一旦、オレのところまで退け」
「そのようですね」
「くっ……分かったわ」
いつの間にかオレたちの周囲は、危険な罠が張り巡らされていた。
なかなかの手並。
まるで蜘蛛の巣の様に、前後左右に罠を設置されていたのだ。
「でも、ここからどうするの、オードル? この場で待っていて埒が明かないよね?」
「そうだな。それに次はアレがくるはずだ」
「えっ、“アレ”?」
「そうだ……噂をすれば影が差す、だ」
いつの間にかオレたちの風上に、黄色い煙が焚かれていた。
罠を仕掛けて攻撃しながら、別の班が用意していたのであろう。
「あれは毒だ。煙を吸うなよ、二人とも!」
「えっ……毒の煙ですって⁉」
毒の生成の知識にも、ロキは通じていた。
もちろん配下の隠密衆も。
あの黄色煙は特に危険な毒。
ロキも滅多な相手にしか使わない、必殺技の一つだ。
「二人とも、これで口元をおおっておけ」
水筒の水で濡らした布を渡す。
毒を吸わないようにするための応急処置。
エリザベスとピエールはこれで大丈夫であろう。
「ありがとう。でもオードルは大丈夫なの⁉」
「ああ、オレは“多少の毒なら”効かない体質だ」
オレは幼い時から何でも口にしてきた。
毒キノコに毒蛇、毒蛙や毒虫など。
腹を膨らますために、何でも食料としていた。
そのお陰でかなり強い毒の耐性が、身についていたのだ。
(だがエリザベスとピエールは……特にエリザベスは危険だな……)
布で覆うのはあくまでも応急処置。
オードル傭兵団で鍛えられたピエールにも、少しなら毒の耐性がある。
だが貴族令嬢のエリザベスは、ほとんど皆無。
早く何とかしないと危険な状況だ。
だが、動こうものなら周囲には罠がある。
どうにも動くことが出来ないのだ。
「ふう……仕方がないな。お前たち、少しだけ身を低くしていろ」
オレは覚悟を決める。
少々荒いが、この状況から脱出する策を使うのだ。
「身を低く……もしか団長殿、アレをやるおつもりで?」
「そうだ。久しぶりだから手加減が出来ないかもしれない。気をつけろ、ピエール」
「承知いたしました」
「えっ⁉ “アレ”って何なの⁉」
うるさく聞いてくるエリザベスに、今は説明している暇はない。
とにかく頭を低く下げさせる。
「いくぞ……はぁああああ……」
オレは両手剣を腰だめに構える。
深く呼吸して、全身に闘気を貯めていく。
「ふうぅううう……」
この技には多量の闘気を使う。
全身と両手剣に闘気を込めていく。
さて、準備はできた。
「さて、いくぞ!」
闘気を一気に解放して、両手剣を振り抜く。
そのまま竜巻のように両手剣を振り回す。
「旋・斬!」
振り回しながら、闘気を最大級に放出。
両手剣から鋭い闘気の斬撃が、周囲に放たれていく。
「おらぁああああ!」
その斬撃の刃は嵐の様。
周囲の木々を全てなぎ倒していく。
範囲は罠が仕掛けられている全て。
罠を一掃したところで、攻撃の手を止める。
「ふう……さて、こんなものか?」
ひと息ついから、周囲を見渡す。
オレの放った斬撃破によって、かなり遠くまで木々が倒れ森が消失。
剥げ山のように、綺麗になっていた。
「ちょ、ちょっと……い、今のは何だったの……」
頭を上げて周囲を見渡し、エリザベスは言葉を失っていた。
何しろ周囲の木々が全て斬り倒されていたのだ。
信じられない光景に目を丸くして驚愕している。
「今のか? オレの剣技の一つだ。まぁ、剣技といっても、闘気の斬撃で木を切り倒して、吹き飛ばしただけだがな」
これは傭兵時代に会得した。
戦場で敵に囲まれた時に、かなり有効な技だ。
全方位に攻撃を切り出せるため、多勢に無勢の時に使っていた。
デメリットとしては近くに仲間がいた時は、使えないことだ。
「『ざ、斬撃で木を切り倒して、吹き飛ばしただけ』……って、これは人が出来る技の範疇を越えているわよ……」
「そうか? 今のエリザベスでも、大木を斬撃で斬り倒せるだろう? その応用だと思えばいい」
「わ、私はせいぜい大木の一本しか斬り倒せないわよ! 応用と呼ぶには、これは破壊力が尋常じゃないわ!」
そうなのか?
たしかに、傭兵団でもこの技を使える奴を、見たことがないかもしれない。
いや……大隊長クラスの連中なら、この程度は朝飯前なはずだよな、ピエール?
「申し訳ありません、団長殿。このような見事な技を繰り出せるのは、団長殿以外にはおりません」
なんと、そうだったのか……。
まぁ、今は細かいことは気にしないでおこう。
「とにかく、これで罠と毒ガスを無効化した。隠密衆の連中も、しばらくは目を覚ますはずだ」
今の斬撃で、隠密衆も吹き飛ばしておいた。
相手は反応が出来ず、意識がある者はいない。
一応は手加減をしておいたから、死人は出ていないはずだ。
「そのようですね。残った者も退いていったもようです。あちらに……」
後方にいた隠密衆は退避していく。
ピエールは周囲を索敵しながら、その先に視線を向ける。
隠密衆に退避していった、その方角。
つまり指揮官……ロキがいるのだ。
「そうだな。それなら会いに行くとするか、奴に」
この場は既に危険はない。
オレたちは移動を再開する。
◇
周囲を警戒しながら、三人で獣道を進んでいく。
向かうは古代遺跡の方角。
おそらく道中で、ロキが待ちかまえているはずだ。
「ねぇ、オードル。遺跡に到着したら、どうするの?」
「そうだな。第一目的はリッチモンドの捜索と、その救出だ」
移動しながら今後の作戦を、二人に伝えていく。
ピエールの情報によれば、リッチモンドが遺跡のどこかにいるはず。
おそらくは帝国軍の監視下にある可能性が高い。
「第二目的はその前にロキに会って、情報を聞きだすことだ」
今回の事件のことで、奴に色々聞きたいことがある。
これはオレの個人的な感情だが。
「了解したわ。もしもロキって奴を見つけたら?」
「オレが一人で話をつける。エリザベスとピエールには悪いが、奴は譲ってくれ」
一番聞きたいのは、ロキの今回の行動について。
どう考えても普通ではない。
ロキはオレがいなくなった後、急激に変わったという。
元上官として……いや、かつての仲間としてロキの身を案じていたのだ。
「了解したわ。それならロキを無事に見つけられたら、いいわね」
相手は隠密術の達人。
森の中で探すのは一苦労であろう。
「いや、大丈夫だ、エリザベス」
オレは気配を感じた。
ここから近い。
オレたちの近くまで、誰かが接近していたのだ。
そして気配に覚えがあった。
「やはり来たか」
視線を深い森の中に向ける。
そこには、いつの間にか“一人の男”が立っていた。
「オードル……」
現れたのはオレの名を口にする青年。
「久しぶりだな、ロキ」
オードル傭兵団の今のトップであるロキと、ついに対峙するのであった。




