第91話:旧友を助け出すために
バーモンド伯爵を助ける作戦は、無事に完了した。
オレがエリザベスと細身剣使いピエールを引き連れて、バーモンド城を脱出する。
戦いが終わっていたが、城はまだ混乱していた。
お蔭で外れの森の中で待機していたマリアたちと、無事に合流できた。
「戻ったぞ」
「おかえり、パパ!」
「お利口さんに待っていたか、マリア?」
「うん!」
馬車で待機していたマリアたちには、特に危険はなかった。
白魔狼フェンが護衛に付いてくれたお蔭で、森の危険な獣の近づいてこなかったのであろう。
「パパ、クラウディアちゃんのお父さんは……?」
「バーモンド伯爵と城は無事だ。しばらくしたらクラウディアも家に帰れるはずだ」
「本当⁉ ありがとう、パパ!」
満面の笑みでマリアが抱きついてくる。
大事な友だちの家族と家が、無事だった。本当に嬉しかったのであろう。
「ところでパパの後ろの人は?」
「こいつか? パパの昔の仲間。ピエールだ」
マリアの視線の先にはピエールがいた。
初対面のこの男のことを、リリィニースにも紹介をしておく。
「お初にお目にかかります、お嬢様方。団長殿……オ―ドル殿の部下でピエールと申します」
ピエールは亡国の元貴族。
華麗な仕草で、我が家の女性陣に挨拶をする。
「こちらこそよろしくお願いします。私はマリアだよ!」
マリアも負けずにスカートを掴んで、令嬢風に挨拶をする。
エリザベスの教育のたまものであろう。
「おお! これは何とも利発で可愛らしい、お嬢様! 団長殿にお嬢様がいると聞いた時は驚きましたが……これはまさに女神のような可愛らしさ……」
ここに来る道中で我が家のメンバーのことは、ピエールには簡単に説明してある。
だが実際に目にして、ピエールは驚きを隠せないでいた。
「さて、和んでいるところに悪いが、そろそろ次の目的地に移動するぞ、お前たち」
「何か、ありましたか、オ―ドル様?」
「そうだ、リリィ。旧友を助けるために、少しばかり寄り道をしていく」
リッチモンドのことを皆に説明していく。
古代遺跡を調査していたアイツが、帝国兵に捕まっている可能性が高いと。
ピエールの情報では、ここからそれほど遠くはない場所に遺跡があるという。
「そんな、リッチモンド先生が……」
説明を聞いてマリアは言葉を失っていた。
ルーダ学園時代にお世話になった副学園長が、今まさに危険な目に合っているかもしれない。
可愛がってもらっていたマリアは、ショックを受けていたのだ。
「大丈夫だ、マリア。リッチモンドは軟弱に見えて、けっこうタフな部分もある。まだ大丈夫なはずだ」
リッチモンドの命はまだあるであろう。
何しろ古代遺跡の発掘と解明には、専門的な知識と経験が必要となる。
大陸でも屈指の専門家であるリッチモンドのことを、帝国軍は簡単には殺さないであろう。
「だが時間は惜しい。全員、馬車に乗ってくれ。遺跡まで、また高速移動するぞ」
リッチモンドの救出に向かう。
マリアとニース、リリィの非戦闘員の三人を馬車に乗せる。
出発の時と同じように数頭の馬を切り離し。オレが担ぐ神輿モードに移行する。
「今回の隊列は先頭にピエール、遺跡の近くまで案内を頼む」
「はい、承知しました、団長殿」
遺跡の詳しい場所を知るのは、この男だけ。
危険感知能力も高いため、先頭を進むには最適だ。
「エリザベスは馬を引き連れて、後方から付いてきてくれ」
「分かったわ! ちゃんと後ろも警戒しておくわ!」
馬車を引っ張ってきた馬は、後ほどまた必要となる。
手綱を結んでエリザベスに引き連れてもらう。
《フェンは、いつものように周囲の哨戒を》
《わかったワン!》
《あとレイモンド公爵に、ここまでのオレたちの中途報告をしておいてくれ》
《エリザベスのパパに? わかったワン!》
王都を出発する前に、フェンの正体をレイモンド公爵に明かしていた。
お蔭で念話の遠距離会話できるようになっている。
フェンの能力を使って、バーモンド城から帝国兵が撤退したことを報告してもらう。
これによって王国軍は無益な進軍を控えるであろう。
「よし、それでは遺跡に向かうぞ!」
こうしてオレたち一行は、リッチモンドの救出に向かうのであった。
◇
次の日の朝になる。
道中で夜を明かし、オレたちは遺跡があると思われる地域にたどり着く。
「団長殿、あの峠を越えた先に、遺跡があるはずです」
「そうか、ピエール」
目的地はもう少し先。
だが帝国軍に悟られないために、ここから先は少数精鋭の隠密で近づいていく。
「リリィ。また留守番を頼む」
「お任せください、オ―ドル様。無事に戻ってくることをお祈りしております」
前回と同じようにリリィとマリア、ニースの三人はここで留守番。
護衛として白魔狼フェンを置いていく。
「フェン、頼りにしているぞ」
『ワン!』
遠距離の念話を使えるフェンは、いざという時に使える。
こいつがいればマリアたちも安心だろう。
「じゃあ、出発するぞ。大丈夫か、エリザベス?」
昨日のバーモンド城の戦いで、エリザベスはかなりの気力と体力を消費。
外傷はそれほど無かったが、極限まで消耗していた。
「ええ、問題ないわ!」
だが一晩立って今は前回に回復している。
若い故に回復力も普通よりも高いのだ。
「でも私より、オ―ドルの方は大丈夫なの? 昨日はあんなに攻撃を受けていたでしょう?」
エリザベスが心配するのも無理はない。
昨日のバーモンド城での戦い。
重戦士ルーニーの岩も砕く必殺の打撃を、オレは何発も受け止めていた。
更にその後、抜刀の達人コサブローの鋭い攻撃を、首で受けていた。
些細後は、細身剣使いピエールの極太の剣先の連打を、全身に受けとめ。
昨日は全身のいたる所が出血していたのだ。
「血は全部止まったし、打撃のダメージも回復した。問題はない」
闘気術の応用で、ケガの回復力を高めることも可能。
昨日のダメージは、今は皆無だ。
むしろ久しぶりの部下たちお戦いで、オレの闘気と心身はいつも以上に万全だ。
「あのダメージが皆無だななんて……私も少しは強くなった気がしたけど……相変わらずオ―ドルは凄すぎよね」
「団長殿のタフネスさは、我が団でも飛びぬけていました。過去の戦いで、団長殿は三日三晩寝ずに、敵と戦っていたこともございました」
「三日三晩……って。そんなに……昔から規格外だったのね……」
エリザベスとピエールが何やら呆れているが、オレが頑丈なのは生まれつき。
きっと家系的に両親が頑丈だったのであろう。
特にオレが誇ることではない。
「さて、おしゃべりはそこまでだ。遺跡に向かうぞ、エリザベス」
「ええ!」
「承知いたしました」
ん?
返事をしたということは、ピエール。
お前も最後まで付いてくるつもりなのか?
「はい、もちろんでございます。今回の事件に関しては、私にも多少の責任はございます。私も微力ながらお手伝いいたします」
なるほど、そういうことか。
それなら仕方がないな。
三人で遺跡の様子を見に行くとしよう。
「それでは行ってくるぞ」
「パパ、気を付けてね!」
オレたちはマリアに見送られながら、遺跡に向かうであった。
◇
深い森の中、オレたちは気配を消しながら進んでいく。
隊列はオレが先頭で、ピエールが中盤、エリザベスは最後尾だ。
ピエールの情報を元にして、獣道をひたすら駆けてゆく。
「そういえば、一つ聞いていいか?」
「はい、もちろんです」
駆けながら後方のピエールに声をかける。
到着前に確認しておきたいことがあったのだ。
「“今のロキ”はどの程度のレベルになっているんだ?」
おそらくオレたちの前に、団長代理ロキが待ちかまえているであろう。
聞きたかったのは相手の実力。
二年前の情報しか知らないオレは、今のロキに興味があったのだ。
「今のロキ殿は“かなり危険”です。我らが大隊長の中でも、断トツに飛びぬけています……」
「ほほう。それほどか」
改めて聞いても感心してしまう。
何しろ昨日戦った大隊長の五人は、二年前に比べてかなり強くなっていた。
特にピエールと侍コサブロー、老剣士ジンの上位の三人は、この大陸でも十本の指に入る猛者であろう。
三人の中での一番手であるピエールを持ってしても、断トツに飛びぬけているのか……今のロキは。
「それなら今のオレとどちらが上だと思う? 戦場から離れている“今のオレと”、ロキを比べて?」
平和に暮らしていたオレは、当時よりも明らかに弱くなっているであろう。
特に愛剣を持っていない分だけ、全盛期よりはかなり弱体化しているのだ。
「いえ、団長殿は相変わらず強さでした。むしろ二年前よりも“覚悟”が強くなっていたように感じました」
「“覚悟”だと?」
「はい、そうです。上手く説明できませんが」
なるほど、そうだったのか。
自身の強さは、意外と自分では気がつかないこともある。
おそらく家庭を持ったことで、自分も知らない強さを身に付けていたのかもしれない。
「ですが……」
褒めながらも、ピエールは言葉を濁す。
「ということは今のロキは」
「はい、“団長と同じレベルの危険さ”を有しています。何か得体の知らない強さと、危険な技を見につけています」
やはりそうだったか。
実力が拮抗している戦況では、何が起こるか予想もできない。
「強くなったロキか……再会するのが楽しみだな」
自分の身に危険が迫っているというのに、不思議な感情が湧き出てきた。
何しろかつての部下の一人が、急激に成長。
このオレすらも脅かす存在に成長しているかもしれないのだ。
「さて、どんな顔になっているのか、あの男が」
二年間のロキは、八番隊の八番目ギリギリの実力しか持っていなかった。
いつも上の大隊長に挑んでは叩きのめされていた。
だが今は得体のしれない力を得て、オードル傭兵団の頂点に立っているのだ。
「楽しみだな」
待ち構えるは危険な相手。
だが、まるで父親のような気分で、最凶の相手との再会を心待ちにする。
オレたちは森の中を駆けていく。
(ん? あれは……)
森が少し切れた先に何かが見える。
人工的な建造物だ。
「止まれ」
ハンドサインで後方の二人に合図を出す。
「あれも遺跡かしら?」
「そうだな」
追いついてきたエリザベスと、目を細めて観察する。
森が開けた盆地に、石造りの建物群が広がっていた。
目的の古代遺跡とは違う。
昔に発見されて、放置された価値の無い遺跡であろう。
「あの遺跡は……誰にもいなそうね?」
エリザベスは遠目に遺跡を観察していた。
人影が見当たらず、誰の気配も感じないのであろう。
「油断するな、エリザベス」
だがオレは何かを感じていた。
しかも複数の気配を。
「囲まれているな」
「そうですね、団長殿」
「えっ……まさか囲まれていたの⁉ 私たち⁉」
いつの間にかオレたちは、何者かに包囲されていたのだ。
エリザベスが驚くのも無理はない。
感知能力に優れたこの三人が、いつの間に接近を許していたのだ。
「そういえばエリザベス。言い忘れていたことがある」
「なに、オ―ドル? もしかして悪いこと?」
「そうだ。これから対峙するであろうロキは、隠密術の専門家……つまり暗殺術のプロを率いる奴だ」
オレたちを包囲している集団が近づいてきた。
相手は黒づくめの集団。
ロキの直属の暗殺者集団に、オレたちは完全に包囲されてしまったのだ。




