第88話:大隊長たちとの再会
バーモンド城内の広間に到達。
目的の伯爵の所まであと少し。
だがオレとエリザベスの前に、二人の傭兵が立ちふさがる。
かつての部下たち……オードル傭兵団の中でも最強幹部の“大隊長”だった。
「ねぇ、ルーオド、あの二人って、もしかして……」
「ああ、さっき言った“大隊長”その内の二人だ」
「やっぱり、そうね……どうりで。ヤバそうな相手ね……」
ただならぬ相手の闘気に、エリザベスは唾を飲み込んでいる。
大隊長クラスの戦場での危険性を、彼女も肌で感じていたのだ。
(ルーニーとベラミーの二人か。懐かしいな)
一方でオレは約二年ぶりに元部下を目の前にして、思わず感慨深くなる。
二人の名はルーニーとベラミー。
大柄の重装備の戦士がルーニー
やや小柄の軽装戦士がベラミーだ。
「ねぇ、ベラミー兄ちゃん! あの二人かな? かなり手強い奴って?」
「そうだ、弟よ。金髪の女騎士と、大柄の両手剣の使い……敵で間違いねぇぞ」
会話から分かるように、この二人は実の兄弟。
のんびり口調で話す重戦士の方が弟のルーニー。
小柄で神経質そうな口調な方が兄のベラミーだ。
「でも、なんか女の人もいるし、なんか弱そうな二人だね、兄ちゃん。これだったら、やっぱり上の城主を、皆と捕まえにいった方が、手柄はあったんじゃないのかな?」
「弟よ、あの女騎士の顔をよく見てみろ。見覚えがないか?」
「あっ! あの女の人は……あれ? やっぱり分かんないや!」
「なんと、忘れたのか⁉ あの女騎士は王国のエリザベスで、公爵令嬢の大金星! 昔、団長の所によく来ていた顔なのに、お前覚えていないのか?」
「うーん、思い出せないなー」
目の前でマイペースな兄弟のやり取りが続く。
相変わらず仲の良い姉弟だ。
だが、それでいて、まったくこちらに隙を見せない。
二人を無視して、上の階に行くのは難しそうだ。
(それにしても、この素顔でもまだ気がつかないか……)
今のところオレの正体に、二人は気が付いていない。
トレードマークだった獅子のような長髪と髭は、今は無く風貌が違う。
寝食を共にした傭部下でも、気がつかない変化なのであろう。
「まぁいい、弟よ。さて、そこの女騎士。お前は王国のエリザベス・レイモンドだろ? 何でこんな前線に、お前みたいな王族がいるんだ?」
ベラミーはエリザベスに質問してくる。
「どこにいようと私の勝手でしょ。今は戦時中なんだから!」
「たしかに。兄ちゃん、一本取られたね!」
「うるさい、ルーニーは黙っていろ!」
また漫才のような兄妹のやりとり戻る。
「くっ……隙のない連中ね」
一方でエリザベスは斬り込めずにいた。
相手の得体のしれない雰囲気に、実力を測れずにいるのだ。
「ごほん。さて、エリザベス・レイモンド。あんたに恨みはないが、ここで捕虜になってもらうぜ! 何しろ今は帝国と王国の戦時中だからな!」
「だったら力づくで掴まえてみななさいよ! それがあんたたち傭兵の流儀でしょう? いちいち面倒くさいわね!」
「ああ、そうだったな。だったら力ずくでいかせてもらうぞ! いくぞ、弟よ!」
「あいよ、兄ちゃん!」
兄弟は戦闘態勢に入る。
武器を構え、互いの距離を空ける。
一対一の構図が二組。
こちらを一人ずつ仕留めていくつもりなのであろう。
定石だな。
それならこちらも各個に撃破していく。
「ねぇ、ルーオド。あの変な兄弟、どっちの方が腕は上なの?」
「そうだな。二年間の感じだと、兄のベラミーの方が強い」
「そう。じゃあ、私は兄の方を倒すわ!」
エリザベスは自らの意思で、強敵の前に進んでいく。
剣を抜いてベラミーと相対する。
「けっ、お嬢ちゃんの方が、オレの相手だと? 無理はするな。アンタとオレとじゃ、勝負にならないぜ! 分かっているだろ?」
今まで二人は直接剣を交えたことはない。
だが二年前までのエリザベスの剣技を見て、ベラミーは実力差を測っている。
「それは昔の見積もりでしょ? 悪いけど今の私は、あの時とは違うの。長女として負ける訳にはいかないのよ!」
エリザベスは気持ちで負けてはいなかった。
剣先を向け相手を牽制する。
(やるな、エリザベス。だが実力的にベラミーが六で、エリザベスが五といったところか……)
横目で両者の今の実力を計測する。
八人いる大隊長の中でも、ベラミーは中位クラスの実力者。
腕を上げた今のエリザベスでも、勝てる可能性は低い。
(後は覚悟の差だな)
だが戦場では何が起こるか予想もできない。
それに今のエリザベスは闘志に満ちあふれている。
格上のベラミーであっても、簡単には勝つことは出来ないであろう。
(タイプ的に、勝負は一瞬のチャンスを制した方か……)
両者ともスピードに特化した戦闘スタイル。
勝負が決まるとしたら、一瞬で決まってしまうであろう。
「おい、弟よ。お前の相手はよく分からん! かなり強いかもしれんし、かなり弱いかもしれん。とにかくお前の得意な戦い方終わらせろ!」
「うん、わかった、兄ちゃん!」
兄のアドバイスを受けて、重戦士ルーニーがこちらに近づいてくる。
巨体にまとった分厚い重装甲の全身鎧。
両手に構えた巨大なハンマー。
まるで巨大な壁が押し寄せてくるようだ。
これで本気を出したら足もけっこう速い。
戦場で敵対する者は恐怖であろう。
「お前には恨みないけど、倒す!」
「ああ、互いに恨みっこなしだ。いくぞ、ルーニー」
「うん、おらぁああ!」
ルーニーに咆哮を上げる。
先ほどまでのマイペースな口調ではない。
本気を出した戦士の雄叫びだ。
「どりゃぁああ!」
ルーニーが攻撃を開始する。
次の瞬間、巨大なハンマーが目の前に現れる。
怪力を使った先制攻撃。
凄まじいスピードの攻撃だ。
「必殺、“岩砕き”!」
ルーニーはいきなり必殺技を繰り出してきた。
その名の通り、本当に岩さえも砕く打撃だ。
「いい、攻撃だ、ルーニー!」
だがオレはその攻撃を、全身を使って受け止める。
凄まじい衝撃。
オレの全身の骨を砕くほどの衝撃が襲ってきた。
「ふう……相変わらず、馬鹿力だな」
ルーニーの攻撃を受けて、オレは思わず笑みを浮かべてしまう。
こんな打撃を受けたのは久しぶり。
そう……オレはわざと回避しなかった。
懐かしの部下の成長具合を確かめるために、敢えて全身で受け止めたのだ。
「バカな⁉ あのルーニーの必殺技を生身で⁉ 受け止めて無事だと⁉」
エリザベスと対峙しながら、横目で見ていた兄ベラミーが驚愕。
何しろルーニーの本気のハンマー攻撃は、巨大な岩石すら粉々にする。
たとえ腕利きの戦士が闘気術で防御したとしても耐え切れないのだ。
「あ、兄ちゃん……どうしよう……」
同じくルーニーも言葉を失っていた。
まさかの事態。
頼れる兄に助けてを求めている。
「おい、ルーニー。今は戦いの途中。次はこっちからいくぞ!」
その隙を狙って、オレは攻撃を仕掛ける。
狙うはルーニーが昔から苦手としていた、左側への攻撃。
両手剣の峰打ちで一撃を繰り出す。
「うぐぐ⁉」
ほほう。
ルーニーは見事に防御に成功したぞ。
以前だったら反応できなかった、苦手箇所へ攻撃。
それを何とか踏み込んで耐えていたのだ。
「兄ちゃん! この両手剣使い……ヤバイくらい強いよ! 助けて、兄ちゃん……」
「何とか耐えろ、ルーニー! 兄ちゃんが今すぐ応援にいくからな!」
「おっと、行かせないわよ! あんたの相手はこの私よ!」
エリザベスは牽制して、ベラミーを足止めする。
感謝するぞ、エリザベス。
これならオレもルーニーとの再会を、もう少しゆっくり楽しめる。
「さぁ、もう一度いくぞ! 死にたくなければ反撃してこい! このままではお前の兄貴も倒されてしまうぞ、ルーニー!」
「兄ちゃんを⁉ カチーン……兄ちゃんを……兄ちゃんを、イジメるやつはボクが許さないだから! ウワォオオオ!」
ルーニーが吠える。
大事な兄を守るため覚醒したのだ。
「ウワォオオオオオ!」
巨大ハンマーを竜巻のように振るってきた。
今までに見たことがない鋭さと威力。
「これは最高だな! うぐっ……いい一撃だったぞ!」
今回もあえて受け止める。
ルーニーの覚醒に歓喜が込み上げてきたのだ。
「な、な、ボクっちの本気の一撃が、また⁉」
「油断するな! 次はこっちからいくぞ!」
そこからは乱打戦の始まりだった。
ルーニーの巨大なハンマーの攻撃を、オレは全て受け止めてやる。
一方でオレの一撃を、ルーニーは必死に防御していく。
その攻防を互いに繰り返ししていく。
凄まじい乱打戦。
まるで暴風雨と竜巻がぶつかっているようだ。
「こ、これがボクの……最高の一撃だぁ!」
そしてルーニーに最後の攻撃が、オレにぶち当たる。
今までのルーニー史上で最速、最強の一撃だった。
「最高だっただぞ、ルーニー……」
その攻撃を受け止めて、オレは最高の気分となる。
戦士として、かつての上官として最高の成長の一撃だった。
「ボ、ボクの攻撃を全部、受け止められる人がいるなんて……はっ⁉ まさか……」
何かを口にしようとして、ルーニーはその場で気絶してしまう。
自分の限界を超えた極限まで攻防の連続。
体力と精神力の限界を迎えたのであろう。
「弟よ⁉ ルーニー⁉」
慎重なはずのベラミーが吠える。
感情を爆発させるまま動き出す。
「お前たち、許さねぇぞ!」
次の瞬間、エリザベスの視界から姿を消す。
「見えなかっただろう、嬢ちゃん!」
そして次の瞬間、エリザベスの背後に姿を現す。
相手の虚をつく、トリッキーな高速の移動術。
相手の虚をつき一瞬で、エリザベスの死角に回り込んだのだ。
「悪いが嬢ちゃん、動けなくなってもらうぜ!」
ベラミーはそのまま鋭い短剣を突き刺す。
短剣は普通の素材ではない。
どんな金属鎧すらも貫通する、鋭い剣先がエリザベスを襲う。
「ふう……いくわよ、斬!」
直後、エリザベスも叫ぶ。
同時に背後に斬撃を繰り出す。
「う、ぐぐぐ……」
次の瞬間、ベラミーはその場に倒れ込む。
エリザベスの必殺のカウンターが、ベラミーの急所に命中したのだ。
「バ、バカな……お嬢ちゃんには、この攻撃は見えなかったはずなのに……」
倒れながらベラミーは疑問を口にする。
エリザベスの異様な成長度に驚愕していたのだ。
二年間で成長した腕も考慮しても、エリザベスは回避できないと、ベラミーは読んでいたのであろう。
「悪いけど、この二年間、私は“大陸最強の人”に稽古をつけて貰っていたのよ」
一方でエリザベスは勝ちを、誇ることはしていない。
自分が勝てたのは運が良かったと。
勝負も僅差だと認め、倒したラミーに敬意を払っていた。
「た、“大陸最強の人”に、だと⁉ そんな奴は……はっ……まさか……ルーニーを倒したのは⁉ ぐふっ……」
そう言い残してベラミーも意識を失う。
兄弟が仲良く気絶。
命に別条はないが、しばらくは目を覚まさないであろう。
さて、これでこの広間では誰もいなくなったな。
ひとまず安心だ。
「さて、上にいくぞ、エリザベス。いけるか?」
「私は無傷だから大丈夫よ。でもルーオドは大丈夫? あの凄い攻撃を何発も、正面から受け止めていたけど⁉」
「オレの方はかすり傷だ。逆にルーニー奴のお蔭で、眠っていた闘気に、気合が入ったからな!」
今のオレは最高に高揚している。
この二年間の安静な暮らしで、忘れていた戦士としての闘争心。
だが今は最高潮に近い状態に
これでも元部下の成長を、肌で感じられたお蔭だ。
「あれでかすり傷って……相変わらず耐久力も規格外ね、オードルは……でも戦鬼の復活では、それは頼もしいわね!」
「だが油断はできないぞ。上にはいるのはおそらく、更に強力な大隊長クラスの奴だ」
先ほどのベラミーたちの会話では、先に進んだのも大隊長が誰かがいるはずだ。
それも今の二人よりも上の連中が。
「でも、今の状態のオードルがいたら楽勝よね?」
「そうだと、オレも嬉しいんだがな。さて、いくぞ!」
こうしてオレたちは城主の間へと上っていくのであった。
 




