第85話:帝国兵との戦い
最悪のタイミングであった。
伯爵令嬢クラウディアが乗った馬車が、既に帝国の先兵隊によって襲われていたのだ。
早くしなければクラウディアの命に危険が及ぶ。
オレはすぐに動き出す。
「リリィたちは馬車でこの場に待機。フェンは護衛、何かあったら連絡しろ」
「かしこまりました、オードル様!」
『ワン!』
非戦闘員のリリィたち三人は、安全な場所に隠れてもらう。
戦闘力の高いフェンがいたら、何かあっても対応してくれるであろう。
「オードル、私は?」
「エリザベスは着いてこい。人手がいる」
「任せて!」
今回の目的はバーモンド家の馬車の救出。
上級貴族であるエリザベスが同行した方が、助け出した時に話がつきやすいのだ。
「おい、バーモンドの騎士。馬車が襲われている場所はどこだ?」
「えっ……? あの小さな森を超えた街道沿いですが……でも、たった二人では、あの数の相手には……」
退避してきた騎士から場所を聞きだす。
止めようとしているが、今は聞いている暇はない。
「なるほど……あの先か、よし、エリザベス、全速力でいくぞ」
「分かったわ!」
結構な距離があるが、問題はない。
オレたちは街道の石畳を蹴り出して駆けていく。
「おや? 久しぶりに馬車から解放されたお蔭で、身体が軽く感じるな。よし、もう少し速度を上げてみるか!」
闘気術で更に身体能力を強化。
駆ける速度のギアを上げていく。
「ちょ、ちょっと速すぎよ、オードル!」
後ろで泣き言を口にしながらも、エリザベスはちゃんと付いてきている。
ほほう。速度を上げたオレに付いて来るとは、なかなかやるな?
これは天賦の才能だけはない。
おそらくオレが見てない所でも、今まで基礎鍛錬を欠かしていないのであろう。
エリザベスに感心しながら、更に速度を上げて駆けていく。
「ん? あれか……」
森を超えた先に、戦いが見えてきた。
街道脇に、一台の豪華な馬車が停まっている。周囲を騎士と兵士が入り乱れて剣を交えていた。
馬車を守るように戦っているのが、バーモンド家の騎士。
襲いかかっているのが、帝国軍の戦法部隊なのであろう。
実に分かりやすくい構図で助かる。
「どうするオードル。相手の数が多すぎるわよ!」
後ろを追いかけてくるエリザベスは、少し焦っている。
何しろ帝国兵の数は百近い。
バーモンド家の騎士の五倍以上の戦力差があり、かなり厄介な戦況だ。
「大丈夫だ。まずはオレが敵の司令官を潰す。エリザベスは馬車の周りの連中を潰してくれ」
「
分かったわ! 腕が鳴るわね!」
我が家ではドジばかりなエリザベスだが、元々は“剣姫”と呼ばれるほどの剣の天才。
それに初対面のオレを、真剣で斬りってきたほどの戦いバカ。
百近い帝国兵を眼前にしても怯まず、むしろ笑みさえ浮べていた。
「頼もしいな。だがエリザベス、なるべく殺さないにしてくれ」
「分かったわ。無力化するわ!」
前にヘパリスから貰ったエリザベスの新しい剣は、片刃のやや湾曲した剣。
刃の無い方で峰打ちも可能だ。
まぁ、エリザベスの剣速を受けてしまうえば、峰打ちといっても骨の数本は折れてしまうだろう。
「ところでオードルほその両手剣は……」
「オレのも片刃の剣だ」
「そうだったのね。でも、オードルの怪力だと、峰打ちでもヤバそうよね」
「……手加減しておこう」
本格的な戦場の剣を持つのは久しぶり。
相手を叩き潰してしまわないように手加減を心がける。
「じゃあ、オードル。頑張ってね!」
「ああ、そちらこそ。ヘマをするな!」
いよいよ戦場が近づく。
馬車での戦闘集団が目の前に迫ってきたのだ。
エリザベスと二手に分かれ、健闘を祈り合う。
「さて……久しぶりの戦場だな!」
思わず口元に笑みが浮かんでしまう。
鼻孔を刺激する、血煙の生々しい匂い。
耳をうつ、金属音がぶつかり合う激しい音。
ここ一年間、忘れかけていた戦場を前にして、覇気が身体の奥底から溢れてくるのだ。
「おい、退け! 帝国の兵よ!」
目の前に帝国兵が迫る。
無駄な殺生はしたくない。
念のために撤退を勧告する。
「な、何だ、アイツは⁉」
「物凄い勢いで来るぞ⁉」
「構わんアイツも皆殺しにしろ!
勧告は無視された。
帝国兵の十人ほど、こちらに矛先を向けてくる。
仕方がない。
それならこちらも強行突破するまでだ。
「まずは軽く挨拶といくか!」
更に速度を上げて、一気に相手の間合いに踏み込む。
そして両手剣を横なぎに振る。
「覇っああ!」
そのまま強引に一気に振り切る。
「「「うがぁああ!」」」
最前列にいた帝国兵、五人ほど吹き飛んでいく。
予定通り殺してはいない。
だが全身のいたる箇所の骨は砕け、数日は目を覚まさないであろう。
「もう一丁いくぞ!」
更に踏み込んで、後列の兵を吹き飛ばす。
これで十人。
オレに矛先を向けていた帝国兵は、全員無力化させた。
「ふむ。いい剣だな。相変わらずヘパリスの腕は、たいしたものだな」
両手に持った剣に思わず感心する。
完全武装の兵士を合計十人ほど吹き飛ばしても、両手剣は刃こぼれ一つしていない。
おそらくは切れ味よりも、耐久性を徹底的に強化したのであろう。
まさにオレの腕力と戦いを考慮した、専用の武器ともいえる。
「な、なんだ……こいつは……」
「ああ……仲間が……紙屑みたいに吹き飛ばされたぞ……」
「ば、化け物か……」
帝国兵は唖然としていた。
仲間を一気に十人を吹き飛ばされたしまった。
非現実的な光景を信じられずにいたのだ。
「怯むな! 相手はたった一人だ! 囲んで殺してしまえ!」
指揮官らしき男が叫ぶ。
包囲作戦は悪くはない。
だが自分の位置を相手に知らせたのは愚策だ。
「悪いが最短距離でいかせてもらうぞ! 覇ぁあああ!」
狙うは相手の指揮官。
まずは包囲を狙ってきた兵士たちを、振り回した両手剣で全員を吹き飛ばす。
「覇っ! 覇っ!」
続いて指揮官を防衛している兵士を、直線的に吹き飛ばしていく。
数人体で吹き飛ばして、次々と前に進んでいく。
まるで海の割って進む聖人のように、オレは帝国兵の中を突き進む。
立ちはだかる者は、容赦なく吹き飛ばしていく。
「さて、お前が指揮官だな?」
先ほど指示を出した指揮官の目の前に、たどり着く。
「もう一度だけ勧告する。退け!」
剣先を相手の喉元に突き付けて、勧告する。
いつもよりも闘気を強めに込め、戦場のドス声も一緒にだ。
「ば、化け物め……だが、オレもここで退く訳にはいかねぇんだよ!」
驚いたことに相手は反撃してきた。
オレの両手剣の剣先を左手でがっしりと掴み、右手の剣を突き刺してくる。
「いい根性だな。気に入ったぞ。覇っ!」
オレは両手剣を手放して、そのまま拳でカウンターを食らわせる。
相手の剣を粉々に粉砕。そのまま指揮官も吹き飛ばす。
「ひっ⁉ た、隊長が⁉」
「ば、化け物だ⁉ 逃げろ!」
「本隊のところまで退却だ!」
指揮官が一撃で戦闘不能。
残った帝国兵は撤退していく。
蜘蛛の子を散らすように、武器を投げ捨ていった。
「おや? 根性があったのは、指揮官だけか?」
今回の帝国兵は予想以上に脆かった。
武装がバラバラなところを見ると、傭兵部隊なのかもしれない。
「おい、エリザベス。そっちも無事か?」
「ええ、大丈夫よ。オードルのお蔭で、全滅させる前に、みんな逃げ出しちゃったけどね」
馬車の所にいたエリザベスも無事であった。
かなりの激戦だったのであろう
十人以上の帝国兵を倒していた。
「なんか、呆気なかったわね?」
「油断はするな。こいつらの本隊が近くにいる」
馬車に近づきながら周囲を警戒していく。
今のところは大丈夫だが、戦場では何が起きるか予想もできない。
早くこの場から離脱するが理想だ。
「す、助太刀感謝いたします! レイモンド公爵家の騎士のお方!」
バーモンド家の護衛騎士が感謝してくる。
必死で戦っていたのであろう。護衛は十人以上が生き残っていた。
「礼には及ばない。それよりバーモンド家の要人は無事か? クラウディアと家族が乗っていると聞いてきたが?」
「はっ! お蔭さまで! もしや……クラウディアお嬢様とお知り合いで?」
「まぁな……知り合いというか……クラスメイトのマリアの父親だ」
上手い説明が浮かばない。
ここから先はエリザベスに交代して、説明をしてもらった方がいいかもしれないな。
「えっ⁉ マリアさんの⁉」
その時であった。
馬車の中から少女の声がする。
聞いたことがある声だ。
「クラウディア、お待ちさない! 外はまだ危険ですわ!」
「大丈夫です、お母様! マリアさんのお父様が!」
馬車の中から出てきたのは、一人の少女。
金髪の巻き髪が印象的な貴族令嬢だ。
「久しぶりだな、クラウディア」
「ああ……やっぱり……マリアさんのお父様……」
馬車から出てきたのはクラウディア。
マリアの友だちであり、今回の救出作戦の最要人だ。
「襲われた時に神に祈ったのです……オードルおじ様に……でも本当に助けに来てくれるなんて……夢みたい……」
安心したのであろう。
クラウディアはボロボロと涙を流してしまう。
「泣いているところ、申し訳ないが、急いで、この場を離れるぞ」
敵の援軍が来た面倒だ。
クラウディアをたしなめ、生き残った護衛に指示を出す。
帝国兵の増援が来る前に、早めに離脱するのが吉なのだ。
「あの森の先に別の馬車がある。そこまで急ぐぞ」
「「「はっ!」」」
バーモンド家の護衛は、素直にオレに指示に従ってくれた。
彼らにとってオレは救世主に見えるのであろう。
こうしてマリアたちのいる馬車まで、オレたちは退避するのであった。
◇
クラウディア一家を乗せた馬車を、森の向こうまで引き連れていく。
「お帰りなさいませ、オードル様」
「お帰り、パパ!」
「おかえり」
『ワン!』
マリアたちが笑顔で出迎えてくれる。
フェンが護衛に付いてくれたお蔭で、特に事件はなかったようだ。
「えっ、この声はマリアさん⁉」
馬車の窓から、驚いたクラウディアが顔を出す。
「あっ! クラウディアちゃん!」
「マリアさん⁉」
マリアの顔を確認して、クラウディアは馬車を飛び出してくる。
「クラウディアちゃん!」
「マリアさん!」
二人は馬車の前で抱き合う。
互いの無事を確かめ合うように、何度も名前を呼び合う。
「クラウディアちゃん、本当に無事でよかった……」
「私の方こそ、驚きました……でも。どうして、こんな危険な場所に、マリアさんたちが……」
抱き合いながら、二人とも言葉を失っている。
色んな事件が起きたが、今はとにかく再会の喜びに浸っているのだ。
そんな感動的な様子を横目に見ながら、オレは次の行動にでる。
「おい、誰か、バーモンド城の様子が分かるものはいないか? クラウディアの父親の居場所が知りたい?」
今回の第二の目的は、クラウディアの家族を助けること。
母親は馬車に乗っているので、後は彼女の父親の情報が知りたい。
「レイモンド公爵家の剣士様……」
「ルーオドだ」
「ルーオド殿、先ほどは助けて頂き、改めてありがとうございます。ですがバーモンド城は現在、敵兵に包囲されたまま。バーモンド伯爵様も……味方の兵と籠城中でございます……」
護衛の長らしき騎士が答えてくれる。
現在のバーモンド伯爵が置かれている状況。
開戦から敵兵が攻め込んできて、バーモンド家の私兵が敗戦。
そこから籠城するまで、詳しく説明してくれる。
「なるほど、そういうことか。分かった。それにしても帝国兵の動きが速すぎるな」
オレの予想では帝国兵の先兵隊は、もう少し時間がかかると読んでいた。
だが、予想を上回る兵足で、バーモンド家の私兵は敗戦し、包囲されているのだ。
「はい、ルーオド殿の仰る通りです。奴らは異様なまでの勢いで、我がバーモンド領の前線を突破してきました。それに敵兵は一騎当千の強者ぞろいで、我らが兵は歯が立ちませんでした……」
「一騎当千だと? 先ほどの連中がか?」
「いえ、先ほどのは別働部隊かと思います。ですがバーモンド城を包囲している敵兵は、本当に猛者ばかりでした……」
なるほど、そういうことか。
先ほどの連中は本隊にも組み入れられなかった、下級の雑魚兵。
バーモンド領を徘徊している時、偶然豪華な馬車の一行を見つけ、襲いかかっていたのであろう。
「ところで、この先に逃走ルートは用意してないのか?」
普通、領主専用の逃走ルートを確保しているはず。
騎士長に聞いてみる。
「はい、ルーオド殿。実はこの先の街道から外れた渓谷で、脱出用の船を用意しております。伯爵夫人と令嬢は、そこで下流の安全な場所に逃がす計画でした」
「なるほど、あの川か。それは名案だな」
頭の中で記憶を思い返す。
そのルートなら船の無い帝国兵は追っていけない。
何とかクラウディアたちの無事は確保できそうだ。
「よし、それならお前たちは引き続きクラウディアたちを、その渓谷まで護衛してくれ。後は任せられるな?」
「はっ! ルーオド殿! 我らが一命に変えても、伯爵夫人とクラウディア様をお逃がしします!」
騎士長の顔には確固たる意志があった。
この分なら任せても大丈夫だろう。
「ところでルーオド殿は、これからどちらに……?」
「オレたちは、クラウディアの父親の方を助けてくる」
「あの戦況から、伯爵様を⁉ ルーオド殿……どうぞよろしくお願いいたします」
騎士長は深々と頭を下げてきた。
素性も知らぬ一介の剣士に、誇りある騎士が頭を下げるのは異例。
だが今の彼らは藁にも縋りたい心情。
自分たちの主を助けて欲しいのだ
騎士たちは伯爵家の馬車を護衛しながら去っていく。
「という訳で、オレはこれら城に向かう。リリィたちは下がって、エリザベスは妹たちの護衛を頼む」
これから向かうのは本物の戦場。
非戦闘員を連れていく訳にいかない。
危険目に合うのは、オレ一人で十分なのだ。
「申し訳ございません、オードル様。今回はお断りします」
だが御者台のリリィは、首を横に振ってきた。
指示に従うことが出来ないと。
「マリアもヤダ! パパについていく!」
同じくマリアもだった。
「ニースも」
そしてニースも。
「お前たちよく聞け。これからオレが行くのは、本当に危険な場所なんだぞ!」
今は一刻を争う時。
オレは思わず口調を強めてしまう。
「一人で抱え込むのは、オードル様のたった一つの悪いクセです。ですから私は付いて参ります……元聖女して、そのお手伝いをするために」
リリィの目はいつになく真剣だった。
この少女がいちどこういう顔をしたら、もはやテコでも動かない。
家族であるオレが誰よりも知っていた。
「マリアもパパのお手伝いする! それに言っていた……『パパがいるから心配するな!』って!」
マリアは二の腕に、精一杯の力こぶを作る。
オレの前の言葉を真似しているのであろう。
そしてその目は真剣そのものであった。
「オードル、かぞく、だからいっしょ」
ニースも退かない。
この子はあまり表に表情を出さない。
だが今は違う。
精いっぱいの感情表現で、自分の強い想いを出してきた。
「お前たち……」
まさかの三人の反応に、オレは言葉を失う。
「今回ばかりはオードルの負けね。私も長女として妹たちに賛成するわ」
『ワン!』
エリザベスとフェンも加わる。
これで一対五、多数決でいけば圧倒的にオレの負け。
基本的に我が家は民主主義なのだ。
「わかった。今回はオレの負けだ」
今まで守ってきた存在の、我が家の娘たち。
だが、いつの間にか、こんなに立派に成長していた。
「だが、これから向かうのは本物の戦場だ。そこではオレに指示に必ず従ってもらうぞ!」
「「「「はい!」」」」
『ワン!』
家族が一致団結
こうしてオレたちは危険な戦場の中心地に向かうのであった。




