第84話:旅路
オードル一家が王都を出発してから、一日が経つ。
バーモンド領への旅路は順調に進んでいた。
道中、日中はひと気のないルート選び、進んでいく。
薄暗くなる前に野営に適した場所で、夜を明かすことにしていた。
今日もそろそろ日が落ちてきた。
神輿の様に担いでいた馬車を、オレは地面にゆっくり下す。
さて、今宵はここで野営をする。
「食事班は晩飯の準備をしてくれ」
皆に仕事を割り振りする。
家事の得意なリリィとマリアは、夕ご飯の準備。まだ幼いニースは手伝い係だ。
「それ以外は、この周辺の確認。それら野営地の設置だ」
危険感知能力が高いエリザベスとフェンは野営班。
まずはフェンが周囲を広範囲で調査。
エリザベスとオレは周囲に警戒用の罠を張って、安全を確保していく。
何者が近づけば分かる罠だ。
「パパ、晩ご飯ができたよ!」
周囲の安全を確保できたところで、食事班から声がかかる。
近くの小川で手を洗ってから、全員で夕食を食べることにした。
「「「いただきまーす!」」」
食事前、女性陣が挨拶をする。
オレも後に続いて挨拶をして、夕食を口にしていく。
さて、食事を頂くとするか。
「ん? このスープ、美味いな」
「パパ、そのスープはマリアとニースで作ったんだよ!」
「つくった」
「リリィお姉ちゃんに教えてもらったの!」
「おしえてもらった」
なるほど、そうなのか。
マリアの新作のレシピのスープだったのか。
それに幼いながらもニースも手伝ったのか。
それを聞いて更に旨味が増したような気がする。
人の味覚とは不思議なものだな。
「こっちの料理も美味しいよ、パパ!」
「ああ、そうだな。美味いな」
簡易型の食卓を囲みながら、皆で楽しく雑談をしていく。
もちろん周囲への警戒は欠かしていない。
「ねぇ、オードル。一つ聞いてもいい?」
「なんだ、エリザベス」
食事仲、エリザベスが不思議そうな顔で訊ねてくる。
何か問題でもあるのか。
「オードルは疲れていないの? 一日中、あの重量の馬車を担いで?」
「疲れか? 一応は疲れているが問題はない」
エリザベスは心配していたのは、オレの残存体力のことであった。
たしかに三人が乗った馬車は重く、今日はかなりの距離を移動してきた。
だが、いつ危険に遭遇しても大丈夫なように、体力は温存している。
あと倍の距離を夜駆しても、大丈夫なくらいの体力は残っていた。
特に問題はないぞ。
「ば、倍の距離も⁉ オードルは凄いと思っていたけど、ここまで体力が底なしだなんて……もう驚きを通り越して、言葉がでないわ……」
「そうか? だが、あの程度の馬車を持ち上げることなら、今のエリザベスにも可能だろう?」
「わ、私は一応、か弱い乙女なんだから、あんな重い馬車は無理よ! それに万が一持ち上げられても、あんなに凄い速度で長時間は無理よ!」
一般的に闘気術の使い手は、瞬間的な筋力を何倍にも強化できる。
だが強化した筋力を持続するには、闘気の消費が激しい。
だがオレの闘気の総量はほぼ底なし。
いくらでも持続できるのだ。
「たしかに今日はかなりの強行軍だったからな」
王都を出発してから、普通の街道ではないルートを通ってきた。
危険が迫っているバーモンド領のために、最短ルートを選択していたのだ。
だが最短ルートだと普通の旅人は通らない。
隠密性を含めて、最短ルートは良いことづくめなのだ。
「それに、今日の荒れ道でも、馬車は安定していたわよね。本当に凄すぎるわ、オードル」
「まぁ、気を付けて走っていたからな」
多少は荒れた道もあったが、オレは担いでいた馬車を揺らさないように走っていた。
前のマリアを抱っこした時の奥義の応用だ。
「そう言われてみれば、私たち馬車の中はほとんど揺れていませんでした。心遣いありがとうございます、オードル様」
「揺れてなかったからマリアもお勉強できたよ! ありがとう、パパ!」
「ありがとう」
馬車の女性陣から感謝される。
そうか勉強ができるほど中は安定していたのか。
それなら明日はもう少しスピードを上げてもいいかもしれないな。
もちろん勉強が可能な様に、馬車の振動は最小限に抑えておく。
「あれよりも、まだ速く走れるの⁉ まぁ、オードルにいちいち驚いていたから、こっちの身が持たないわ……私たちも置いていかれないよう、頑張りましょう、フェン」
『ワン!』
闘気術で馬を操作するエリザベスも、普通の騎士よりも速く移動できる。
白魔狼フェンのフェンは身が軽いので、更に速度アップも問題ないであろう。
急いでいる今は有りがたいことだ。
「よし、旅の今後の予定を大まかに説明しておく」
夕食を食べながら皆に、今後の流れを説明していく。
「このままのペースでいけば、数日中にはバーモンド領には入れる」
今回は山越えもある最短ルート。
しかもかなりの速度の強行軍なので、普通ではあり得ない短期間で到達できる。
「その後も大きな街道を避けながら移動していく」
バーモンド領は戦時ということもあり、非常線が張られているであろう。
こちらにはレイモンド公爵のお墨付きがあるが、時間ロスは避けたい。
とにかくバーモンド領の中心部に、最短で到達したいのだ。
「あとバーモンド領に入ってからは、このルートを通っていく」
バーモンド領の簡易地図を出して説明していく。
これはオレが傭兵時代の記憶を元にした覚え書き。
当時、通った道を記載している。
記憶力には自信があるので、かなり正確な地図なはずだ。
「ねぇ、オードル。このルートを通る意味はあるの?」
「そうだな、エリザベス。伯爵領の都の宮殿に、クラウディア一家が住んでいるだろう。戦争のセオリーなら、非戦闘員の女子どもは、このルートで逃がすはずだ」
大きな戦が開戦した時、普通は貴族の夫人と子どもたちは、安全な場所へと退避させるのが定石。
貴族の当主と男たちが戦っている間に、残った血筋を絶やさないようにするためだ。
「それって、つまり……タイミングが合えば、クラウディアを出迎えられるってこと?」
「ああ、そうだな。開戦の時期から逆算していけば、何とかなるはずだ」
貴族令嬢を乗せた馬車は、それほど速度が出ないはずだ。
王城に高速伝書鳥が届いた日から、オレは頭の中で計算する。
「パパ、この場所で、クラウディアちゃんと再会できるの⁉」
「ああ、計算通りだと大丈夫なはずだ」
心配そうなマリアの頭を撫でてやる。
帝国軍の先兵隊の行軍速度は、それほど速くないはず。
オレたちの高速移動のペースでいけば、帝国軍よりも先に、クラウディアの退避馬車に到達できるはずだ。
「クラウディアちゃん、怪我をしていないように……それから元気でいますように……」
マリアは大事な友の安否を、天に祈っていた。本当に心配なのであろう。
「さぁ、話はここまでだ。飯を食べ終えたら、寝る準備をするぞ。明日も日の出前に出発するぞ」
今後の説明が終わった所で、夕食も終える。
後は近くの小川の水で各自身体を清め、就寝の準備をしていく。
「リリィとマリア、ニースの三人は馬車の中で寝てくれ。寝ることも大事な仕事だ」
旅の道中、非戦闘員の三人は、安全な馬車の中で就寝させる。
貴族用の大きな馬車なので、三人ならゆったり寝ることが可能。
「フェンとエリザベスは、いつものように交代で夜警だ」
闘気術の使えるオレとエリザベスは、少ない睡眠不足でも体力を回復できる。
また上位魔獣であるフェンは元々、睡眠時間はそれほど必要ない。
この三人で交代警備していけば、翌朝には体力も完璧に回復できるローテーションなのだ。
「よし、明日からまた頑張って移動するぞ」
こうして我が家は就寝、一日目を終えるのであった。
◇
それから日が経っていく。
バーモンド領への移動は順調に進んでいく。
道中は予定通りに高速で移動。
かなり最短ルートを通っていったので、予想以上にハイペースで移動できた。
馬車の中の三人は、揺れない車内で快適に過ごしていた。
速度を上げてもエリザベスとフェンは、遅れずに着いてきてくれた。
二人は出会った時よりもだいぶ体力が付いていた。
そのお陰で本気を出したオレの高速移動にも、後れを取らずにいたのだ。
◇
それから更に日が経つ。
オレたち一行はバーモンド領に入っていた。
バーモンド領の領民はかなり混乱状態。
間違った情報が飛んでいて、王都へ向かう街道は避難民が多く進んでいた。
逆にバーモンド領内に向かう隊列は、ほとんど皆無。
そんな混乱した街道を避けるようにして、オレたちは裏道を進んでいく。
無駄な事件に巻き込まれないように、最大スピードでバーモンド領内を移動していくのであった。
◇
更に日が経つ。
オレたち一行は、バーモンド領の中心部に到着した。
「よし、予定通り、あそこから街道を進んでいくぞ」
計算が当たっているのなら、クラウディアたちは近い。
この先の街道を進んだ所で、クラウディアの退避馬車を見つけることが出来るはず。
若い時に旅した記憶を元に、周囲の地形を再確認していく。
「ここからは馬車は馬で引いていく」
ここまでオレ一人で担いできた馬車を、そっと地面に下す。
道中で入手しておいた数頭の馬を、馬車に取り付けていく。
「それにしても、オードル。運よく馬が手に入ったわね」
「そうだな」
この馬は道中で、オレとエリザベスが調達したもの。
混乱のどさくさに紛れて略奪行為をしていた盗賊集団を、二人で討伐。
そこから奪った戦利品だ。
「よし、これでいいな。今までと違って、かなり揺れるから気を付けておけ」
ここから先は普通に石畳の街道を進んでいく。
予定よりも速く到着できたので、今まで速度は出せないが問題はない。
「あと隊列も少しだけ変える」
一行の中で一番感知能力が高いオレが、隊列の先頭を進む。
真ん中に馬車を置き、馬に乗ったエリザベスが警護担当。
フェンは後方を周囲の索敵担当になる。
ちなみに馬車の馬の運転は、リリィとマリアが行う。
今までの経験で、ある程度の馬車の操縦は出来るようになっていたのだ。
馬を馬車に繋ぎ、準備が完了する。
「さて、いくぞ」
準備を終えたところで再出発。
ここから伯爵領の都への街道を、ひたすら進んでいく。
「この辺になると、随分と人通りもまばらね、オードル」
「そうだな。だんだんと戦場へと近づいていくからな」
エリザベスの指摘の通り、街道を進む避難民は以前よりもすくない。
おそらくは伯爵領の城は、既に帝国軍の先行部隊と戦になっているのかもしれない。
「おそらく敵の行軍速度が、予想以上に速いのかもしれない」
バーモンド伯爵家の私兵は、それほど多くはない。
帝国軍の先行部隊に押し負けて、城に籠城しているのかもしれない。
「ん?」
その時、前方から気配を感知する。
誰かが馬で駆けてくるのだ。
「あれは、バーモンド伯爵家の私兵か?」
前方からやって来たのは単騎の騎士。
家紋はバーモンド家のもの。
街道を物凄い勢いで、こちらに駆けてくる。
「おい、どうした?」
近づいてきた騎士に声をかける。情報を仕入れるためだ。
「な、なんだ、貴様は⁉ 帝国軍か⁉」
騎士は剣を抜いて警戒してくる。
今は戦時中で、オレも武装した傭兵スタイル。
怪しまれるもの仕方がない。
「落ち着け。オレたちはレイモンド公爵から派遣された者だ。あの馬車と女騎士が証拠だ」
警戒する騎士に対して説明する。
後ろの馬車とエリザベスの家紋を見れば、状況が分かってくれるであろう。
「な、なんと、あのレイモンド公爵家の⁉ これは大変失礼いたしました!」
「気にするな。それより、そんなに慌ててどうした? 何かあったのか?」
「実は……この先で当家の要人が乗った馬車が、帝国軍の別同部隊の襲撃を受けて……それで援軍を求めて、自分はここまで来ました!」
なるほど、そういう事情。
帝国の別働部隊が襲ってきたのか。
そして報告に嫌な予感がした。
「バーモンド家の要人だと?」
「はい。バーモンド伯爵夫人と、ご息女クラウディア様たちです……」
嫌な予感は的中。
クラウディアの乗った馬車は、今まさに帝国軍の襲撃を受けていたのであった。




