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第82話:旅の準備

 クラウディアたちを助けるたけに、オードル一家はバーモンド領に向かうことになった。

 今回は今までにない危険な旅になるであろう。

 王都を発つ前に準備を万端にしておく。


「リリィたちは食糧の準備をしておきてくれ」


「はい、オードル様!」

「わかった、パパ!」

「わかった」


 今回向かうのは戦場。

 今までの旅とは違い、途中の宿場町で補給を出来ないかもしれない。

 リリィとマリア、ニースに旅の準備をしてもらう。


「何か足りなければ、ダジルに頼れ」


 帝国軍が攻め込んで来る情報で、王都の食糧は品不足になるであろう。

 何でも屋ダジル商店のツテを使えば何とかなる。


「エリザベスは荷馬車を一台、調達しておいてくれ」

「わかったわ。任せてちょうだい!」


 エリザベスには移動手段の確保を頼む。

 何しろ今回は女の子どもを引き連れての大移動。

 更に帰りはバーモンド一家を連れてくるため、馬車があった方が都合良いのだ。


「馬車ね……とりあえず屋敷に行ってくるわ」

「ああ、頼んだ」


 レイモンド公爵家ともなれば何台もの馬車を所有している。


 また戦となれば王国内にも、厳戒態勢が敷かれる。

 だが大貴族の家紋が入った場所なら、王国なら自由に通行できるであろう。

 エリザベスの選択は悪くはない。


「公爵家に行くのなら、フェンも連れていけ」


「フェンも?」


「ああ。お前の父親にだけ、白魔狼族の念話ことを、伝えておいてくれ」


 白魔狼族のフェンは特殊な念話の能力を持っていた。

 遠く離れた存在にもフェンが認めた相手となら、念話で通話が可能なのだ。


「分かったわ。でも、どうしてうちの父とフェンが念話を?」


「レイモンド公は王国の重鎮。万が一のために遠距離会話できるようにするためだ」


 念話は便利な使い方ができる。

 フェンを中継すれば、オレはレイモンド公を遠距離で会話ができるのだ。


【オレ→フェン→レイモンド公→フェン→オレ】

 と少しだけ会話には、少しだけ手間はかかる。


 だが念話はほとんど時間差が生じないはず。

 互いの情報を今後は共有できるのだ。


「なるほど、そういうことね! それは凄いわね。連絡鳥や狼煙のろしなんて目じゃないわね……」


「そうだな」


 エリザベスが感心するのも無理はない。

 この大陸では遠距離での連絡手段は限られている。

 一般的なもので高速の連絡鳥が有名。

 それに比べても、今回のフェンの念話システムは桁違いな速度を誇るのだ。


 仮に戦の手段として今回の念話システムを使ったら、戦いの方法が一変してしまうであろう。

 それほどまで戦において、情報は最大の武器なのである。


「だが上位魔獣を手なずけることは、普通は不可能」


「そうね。危険な白魔狼族をペットにしているのは、大陸広しといえどもオードルくらいだからね……」


 今後、上位魔獣が戦に悪用されることはないであろう。

 今回もオレは個人的に念話を使用するにとどめておく。


「ところでオードルはどうするの?」

「オレは武具を調達してくる。今回ばかりは荒事になるからな」


 今回向かうのは最前線となるバーモンド領。

 今までと違い本物の戦場だ。

 今まで非武装だったオレも、ある程度の武具を用意しておく。


「それでは準備を終えたら、ダジル商店の前で」


「分かったわ、オードルも気を付けてね!」


 こうしてそれぞれに分担して、オレたちは準備を行うのであった。


 ◇


 オレは一人で王都の職人街へとやって来た。

 目的は自分の武具の調達。


 職人街の中でも、ひと際ボロい外観の建物の中へ入っていく。


「ヘパリス、いるか?」


 訊ねたのは女鍛冶職人ヘパリスの工房。

 汚い外観からは想像できない、整理整頓された工房の奥。そこにいや人の気配……ヘパリスに声をかける。


「その声は……オードル?」


「ああ、そうだ。入るぞ」


 相変わらず客が来ても、顔も出さないぶっきらぼうな職人。

 勝手知ったるオレは、工房の奥に進んでいく。


「おや、今日はあの金髪のお嬢ちゃんは、一緒じゃないの?」


「エリザベスのことか? ああ、アイツは別の用事を頼んでいる。それより戦争が始まるというのに、ここは客一人きていないな」


 鍛冶職人としてのヘパリスの腕は、大陸でも数本の腕に入る。

 普通ならば他の鍛冶屋のように、傭兵や騎士でごった返しているはずだが。

 オレ以外には客は誰もいない。


「客なら何人か来たけど、全部追い返してやったわ! あいつ等ときたら、剣の腕が見合ってない連中ばっかでさ!」


 ヘパリスは変わり者の上に、稀代の頑固者。

 本当に気に入った者にしか、武具をこしらえないのだ。


「でも、ガラハッドっていう剣士だけは別ね。あの男だけには防具を売ってやったわ」


「何だと? あの剣聖が来ていたのか?」


 まさかの人物の名が上がる。


「へー、アイツ、剣聖の階位持ちだったの? どうりで“いい雰囲気”だと思ったわ」


 ガラハッドほどの腕なら、ヘパリスを認めさせることは出来るであろう。


「剣聖だと知らずに相手したのか、相変わらずだな」


 ヘパリスにとって相手の肩書はどうでもよい。

 “本物”にしか相手にしないのだ。


「ところでオードル、今日はどんな用で来たんだい? まさか、また果物ナイフの注文とかじゃないよね?」


「今回は違う。事情があって戦場にいくかもしれない。だから武器と防具の一式が欲しい」


「えっ……ついに、アンタ……戦場に戻るんだね! くっくっく……これは心躍るね!」


 ヘパリスは態度を変える。

 仕事場から立ち上がり、急にオレの両手を握ってきた。

 まるで少女のように目を輝かせて、歓喜している。


「ついに“あの戦鬼オードル”の復帰戦なのね! まかせて! このアタシが派手で強烈な武具を用意してあげるよ!」


「勘違いするな。戦いに行く訳ではない。隠密性と携帯性を考慮した武具が好ましい」


 興奮するヘパリスを落ち着かせて、細かく注文をする。

 今回の旅はあくまでの救出作戦がメイン。

 邪魔にならない程度に隠密性が必要なのだ。


「隠密と携帯性ね⁉ ええ、このアタシに任せておきな! ちょっと待ってな!」


 ヘパリスは工房の奥の倉庫に入っていく。


「さてと……これと……これと……これなんかもいいわね! あと、これなら今のオードルにピッタリね!」


 彼女は次々と防具と武器を選び出し、オレの前に持ってくる。


 かなりの重量になるはずだが、彼女は闘気術の使い手としても凄腕。

 まるで洋服を選ぶ乙女のように、金属パーツを楽しそうに並べていく。


「さて。まず防具は、こんな感じでどう。オードル?」


「ああ、悪くないチョイスだ。着けてみていいか?」


「当たり前よ! 全部サイズはベルトで調整できるから、大丈夫なはず」


 ヘパリスの選んでくれた防具を、オレは身に付けていく。

 金属製の小手とスネ当て、胸当の一式。

 装着は一人で可能で、急所だけ防御してくる装備で、動きの制限もほとんどない。


「なかなか良い品だな? これは普通の金属とは違うな?」


「さすがお目が高いわね。そいつは昔オードルが狩ってきてくれた魔獣の素材から作っている。だから金属音もしないはずよ」


「なるほど、たしかに。これは助かる」


 防具は動いても金属音がほとんどしない。

 これなら隠密行動も可能であろう。


「あと、こっちの小物類は、昔オードルが使っていた予備が残っているけど。使う?」


「懐かしいな。持っていこう」


 昔戦場で使っていた、投擲用のナイフと鉄球。

 遠距離用の短槍と、城壁破壊用のハンマーがあった。

 使い慣れた装備も、有りがたく持っていくことにする


「最後にメイン武器だけど、王城にあるオードル愛剣にするの?」


「いや、アレは強力すぎる。今回はもう少し安全な武器がいい」


「それなら……これはどう? アンタの愛剣には負けるけど、これもアタイの自信作よ!」


「ほう、これは……」


 ヘパリスの出してきたのは両手剣だった。

 厚みもかなりあり、少し強引に扱って壊れないであろう。


「これは見事だな」


「くっくっく……そうでしょう! 実はオードルがいつ復帰してもいいように、密かに作っておいた数本の一つなのよ!」


「なるほど、そういうことか。感謝する。だが、持っていく前に、一か所だけ加工してくれ」


「この剣を手直し? べつにいいけど……まさか……」


「ああ、そうだ。片方の刃を潰しておいてくれ」


 今のオレは不殺さずを心がけている。

 特に今回の旅にはマリアとニースの小さな子も同行。

 出来れば帝国兵を殺さずにいきたい。


「なるほど、そういうことね。分かったわ、そこでちょっとだけ待っていて!」


 呆れ顔ながらも、ヘパリスは即座に仕事に取りかかる。


 両手剣を固定して、鍛冶道具で打ち出す。

 リズミカルな金属音が、工房に鳴り響いていく。


 少し時間が経ち、作業が完了する。


「ふう……さぁ、出来たわ。どう?」


「ああ、悪くない出来だ」


 改造してもらった両手剣を、手に取って確認する。

 一見すると無造作に片方の刃を潰しただけ。


 だが全体のバランスを整え、絶妙に調整されている。

 さすがは腕利き鍛冶職人ヘパリスだ。


「気にいってもらえて、よかったわ。あと、最後にコレは、アタシからのプレゼントよ」


「プレゼントだと? これはまさか?」


「そうね。その兜は、戦鬼だった頃のアンタの兜よ」


 ヘパリスが投げて渡してきたのは、武骨な金属の兜。

 傭兵時代にオレが愛用していた予備品だった。


「だが、これを被る予定はないぞ」


 戦場において兜の形は名刺代わり。

 いくら風貌を変えていても戦場で、戦鬼と同じ兜を被ったら、気が付く者も出てくるであろう。


「そうよね、だからプレゼント。使わなくてもいいわ」


「そういうことか。とりあえず貰っておく」


 ヘパリスは本心では、オレに傭兵に戻って欲しいのであろう。

 無下にその想いを潰すことも出来ない。

 兜はもらって、腰につけて持っていくことにした。


「じゃあ、ヘパリス、代金だが……」


「お金はいらないわ、オードル」


「なんだと?」


「その代わり、今回の旅の話を、後で聞かせてちょうだい。それがお代金の変わりよ」


「そうことか」


 ヘパリスの意味する言葉は、『お代金はオレたちが無事に帰ってくること』。

 つまり『王都に平和が再び訪れる』ことなのであろう。


 場合によってはかなり危険手当が高い支払いだ。


「最善は尽くす。ヘパリスも気を付けておけ」


「ええ、そうね。オードルの武勇伝、楽しみに待っているわ!」


 現状で考えられる最高の武器と防具を入手。

 ヘパリスに別れを告げて、工房を後にするのであった。


 ◇


 ヘパリスの工房を後にして、オレは必需品も買い物していく。

 王都は至る所で、かなり大騒ぎになっていた。


 早くも引っ越していた者たちもいる。

 それほどまで帝国軍の侵攻の噂は、市民を不安にさせているのだ。


 オレは買い物を終え、ダジル商店に戻る。

 店の前には一台の馬車が停まっていた。エリザベスが確認作業をしている。


「待たせたな、エリザベス。それが馬車か」


「お帰り、オードル。公爵家にあったので、借りられたのはこれだけよ」


 馬車は使わなくなった古い車体だった。エリザベスは申し訳なさそうにしている。


「そうか。悪くはないな」


 オレも馬車の中を確認していく。

 確かにあまり新しくないが、室内は広々としている。

 これなら大人数が乗っても狭くはない。


 しかも公爵家の家紋入っているので、国内を通行するときは許可証代わりになるであろう。


「でも、引く馬だけは、どうしても手に入らなかったわ」


 商店の前にあるのは、馬車の車体部分だけ。

 これでは動かすことは出来ない。

 人が乗った重量の馬車を引くには、数頭の馬が必要になるのだ。


「今は戦前だからな。予想通りだ」


 戦の前は常に馬不足に陥る。

 今回も軍部や商人が、王都中の馬を買い占めているのであろう。


「馬車に関しては、オレに考えがある。お前はリリィたちを呼んできてくれ」



「わかったわ!」


 エリザベスたちが戻って来るまで少し時間がある。

 オレは馬車を旅用に改造することにした。


 何しろこれから向かうのは危険な戦場。

 準備は万端に越したことはないのだ。


「さて、材料は、これでいいか」


 商店の裏から、材木を数本持ってくる。

 ダジルには後で金を支払っておく。


「頑丈さだけは、しっかりとしておかないとな」


 大工道具を使って、馬車の本体に材木を打ち付けていく。

 絶対に外れないように、二本の長材木をかなり強くて固定する。


「よし。とりあえず、これでいいな」


 馬車の改造が完成した。

 少し不格好だが、機能性と耐久性は優れているから問題はない。


「お待たせ、オードル! 皆を連れてきたわ!」


 ちょうど終わったタイミングで、エリザベスが戻ってきた。

 旅の準備を終えたマリアたちも一緒だ。


「リリィ。皆で、荷物をこの馬車に乗せてくれ。準備ができしだい出発するぞ」


「はい、オードル様!」


「マリアも頑張る!」


「ニースも!」


 全員で協力して荷物を積んでいく。

 今回は引っ越しとは違い、救出のための旅。

 食糧以外の荷物は最低限だけ持っていく。


「ねぇ、オードル。馬車から飛び出した、この二本の材木、これはどう使うの? 馬が引くには不便そうだけど?」


 積み込みを終えたエリザベスが聞いてきた。

 オレが改造した部分が気になるのであろう。


「これについては出発の時に説明する。さあ、荷物の積み込みが終わったら、最後は人が乗り込んで終わりだ。そろそろ出発するぞ」


 マリアたちの荷積みは完了していた。

 出発の準備も最終段階にはいる。

 あとは人が乗り込んで完了だ。


 出発前に、皆に今回の旅の隊列を説明する。


「今回の道中は少しだけ危険になる。だから旅の隊列はいつもと変えていく。まずエリザベスは自分の馬に乗って先頭だ」


「分かったわ! 任せてちょうだい!」


 闘気術を使えるエリザベスは、軍馬をかなりの速度で扱える。

 しかも今回のエリザベスは、レイモンド公爵家の家紋付きの装備。

 彼女が先行してくれたら、友軍からいきなり襲われるこことはないであろう。


「フェンは後方と周囲の哨戒だ」

『ワン!』


 白魔狼族の嗅覚は鋭い。

 時にはオレの感知能力以上であり、危険な場所で頼りになる。


「リリィとマリア、ニースは馬車の中だ。けっこう揺れるから、手前の手すりを掴んでおくんだぞ」


「はい、オードル様」


「わかったパパ!」


「りょうかい!」


 足の速くない、この三人は馬車に乗ってもらう。

 公爵家用の馬車は防御力が、ある程度優れている。

 中にいる限り三人は安全だ。


「よし。乗り込んだな? それでは、出発するぞ、お前たち!」


 全員の出発準備が整う。

 いよいよ出発の時がきたのだ。


「出発はいいけど……ねぇ、オードル。一つ聞いていい?」


「どうした?」


 オレと馬車を交互に見て、エリザベスは何かに気が付いていた。


「私の勘違いだと思うんだけど……もしかして……その馬車の動力って……」


「ああ、オレ自身だ。さあ、いくぞ!」


 オレは全身に力を入れて、馬車を持ち上げていく。


 掴む場所は、先ほど補強した材木の部分。

 闘気術を全身にみなぎらせて、ゆっくりと両肩に馬車を乗せる。


「さて、いい感じだな」


 馬車の本体の感触を確認しておく。

 東方の祭りの神輿みこしの様に、オレは一人で馬車を担ぎ上げたのだ。


「も、もしかして、オードル、そのまま……」


「ああ、バーモンド領まで駆けていく」


 そのままゆっくりと踏み出していく。

 かなりの重量だが、闘気術で強化した身体なら問題ない。


「段々と速度を上げていく。遅れるなよ、エリザベス、フェン!」


 今はまだ王都の中なので、無理をしない速度で走っておく。

 王城の外に出たら、闘気術の全力で駆けても大丈夫だ。


「えー⁉ やっぱり⁉ って、馬車を担いで、バーモンド領まで⁉ というか、待ってよ、オードル!」


『ワ、ワン……』


 エリザベスは愛馬に載り込み、フェンと慌てて追いかけてくる。


「すごいね、パパ! 空を飛んでるみたい!」


「みたい」


 一方で馬車の中、マリアとニースは喜んでいた。

 かなりバランスには気をつけて、オレは移動している。

 馬車の中は読書も出来るほど快適なはずだ。


 唯一の弱点は、すれ違う王都市民の視線が痛いこと。

 だが今は気にしている暇はない。


「さぁ、一気にバーモンド領まで向かうぞ!」


 こうしてオレたち一家は王都を脱出、進路をバーモンド領へ向けるのであった。














【第3章 王都編】 完


次に閑話のエピソードを1話挟んでから、【最終章】をスタートします。



どうぞよろしくお願いします。





ここまでの感想や評価があれば、何卒よろしくお願いします!


あると、とても励みになり嬉しいです。


作者:ハーーナ

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