第81話:オードル一家の決断
帝国軍の大軍が王国領に侵攻しようしていた。
どこからともなく噂は王都中に広がり、市民はざわついている。
そんな王都の中、オレはエリザベスと家に帰宅するのであった。
「パパ、おかえりなさい!」
「オードル様、エリザベス様、お帰りなさいませ」
『ワン!』
マリアたちが玄関で出迎えてくれる。
どうやら我が家は特に異常はなさそうだ。
だが、ニースの姿が見えないぞ。どうしたのか?
「オードル、おかえり」
少し遅れてニースもやってきた。
まだ幼くマイペースな彼女は、ワンテンポ遅れてしまったのであろう。無事でよかった。
「全員無事だったね」、オードル」
「ああ、そうだな」
エリザベスと一安心する。
だが安心するのは、まだ早い。
リビングに全員を集めて緊急の家族会議だ。
それぞれ状況を聞いていく。
「パパ、今日から授業がお休みになったんだよ」
「私のパン屋の仕事の方も、しばらくお暇を頂きました」
帝国軍の大侵攻の噂の影響は、我が家にも及んでいた。
マリアの学園は全面的に休校。
リリィの勤めていたパン屋の師匠も、避難の準備をしているという。
『ワン!』
「ニースはみんないるから、うれしい」
フェンとニースは特に変化なし。
いつも留守番係りのニースは、少し嬉しそうにしていた。
「おい、オードル! 帰って来ていたのか⁉」
そんな時、大家のダジルがやって来る。
公爵家から戻ってきたオレに、帝国軍のことを聞きたいのだろう。
「ダジルか、いい所に来たな。ちょうど今回の侵攻について、オレから話し合いをするところだ」
今後についてどうするか。大家にも関係がある。
家族会議にダジルにも参加してもらうことにした。
「まずはエリザベスの実家に行った時の話からしよう……」
オレは順々に説明していく。
エリザベスに家を訪れて、父親に無事に会えたこと。
弟のチャールズに会うために、エリザベスと舞踏会に参加。
無事にチャールズと会えたこと。
「凄い、エリザベスお姉ちゃんのお姫様の姿、マリアも見たかったなー!」
「ニースも!」
「それにオードル様のタキシード姿も。きっと凛々しくて素敵なお姿だったのでしょう」
『ワン!』
話の合間にマリアたちが意見を述べてくる。こうして自由に意見を出すのが、我が家の家族会議。
「その舞踏会の直後に、帝国軍の侵攻の報告があった……」
それから本題について報告していく。
帝国軍の先行部隊が、すでにバーモンド領に向かっていること。
帝国軍の本隊は召集中であり、大侵攻までは少しだけ時間があると。
一方で王国軍は総力戦で迎え撃つ動きがあると、知っていることを全て説明する。
「あと、これはオレの個人的な見解だ。このままでいけば今回の戦で、王国は大敗する。この王都も遠くない日、帝国軍によって陥落するだろう」
最後に個人的な見解を加えておく。
かなり残酷な言い方だが、今回は現実を直視する必要がある。
この大陸では戦争とは切り離せないのだ。
「かなり分の悪い戦況じゃのう、オードル」
「そうだな。ダジルも王都から退くことも考えておけ」
「フン! ワシは祖父爺さんの時から王都っ子じゃ! テコでも王都は動かんぞ!」
「あんたなら、そう言うと思った。だが子どもや孫たちだけでも、安全な地方に逃がしておけ」
「そうじゃのう……可愛い孫まで、危険な目に合わせるためにいかないからな……」
ダジルは渋々だが家族のために了承してくれた。
だが本人は最後まで王都に残るという。
「それにしてもバーモンド領か……あそこは悲惨なことになりそうじゃのう」
「ああ、そうだな。最前線でいつも割を食うのは力無き一般市民だからな」
ダジルは若い時、市民兵として戦に従軍した経験がある。
今回の最前線となるバーモンド領のことを思い、眉をひそめている。
「ねぇ、パパ。バーモンド領って……まさか……⁉」
ダジルとの会話を聞いて、マリアは何かに気が付く。
学園のクラスメイトのことを思い出したのだ。
「ああ、そうだ、マリア。クラウディアの父親が領主をしている場所だ」
「やっぱり……じゃあ、クラウディアちゃんはどうなるの⁉」
「運が良ければ生き延びる。だが今回はかなり難しいかもしれん」
隠し事はマリアのためにならない。
オレは正直に答える。
クラウディアが無事に生き延びる可能性は、かなり低いと。
「そ、そんな……クラウディアちゃんが……」
まさかの事実にマリアは言葉を失う。
顔も真っ青になり、今にも倒れそうになる。
「オードル様、クラウディア様とご家族の方は助けられないものでしょうか?」
「それは難しいかもしれない、リリィ。バーモンド伯爵にも貴族としての誇りがある。おそらく家族総出で帝国軍に立ち向かうはずだ」
バーモンド伯爵家の私兵の数は、それほど多くはない。
帝国軍の先行部隊に、いったい何日間もつか。
一応、王都から援護部隊が、バーモンド領に向かう話も出ていた。
だがオレの計算では、援護部隊が間に合う可能性は低いのだ。
「さて、ここからが本題だ。我が家の今後について決める必要がある」
暗い顔になってしまった家族に声をかける。
残酷かもしれないが、現実を直視しないといけないのだ。
幼いマリアにも分かるように、順に説明していく。
「我が家の今後には、大きく分けて選択肢は三つある。一つ目はオレの故郷に戻ることだ……」
これは一番危険が少ない良案。
何しろ故郷の村は王国外の僻地にある。
また、辺境すぎて戦略的な価値が無く、どこの国にも属していない。
つまり帝国軍が王都を占領しても、我が家は安心して暮らしていけるのだ。
「もう一つの案は、ルーダの家に引っ越すことだ……」
ルーダには屋敷が残っている。
また王都からも離れており、地理的にもここよりは安全。
帝国軍の動きを見ながら、それ以降どうするか決めていける。
「三つめは他国の街に引っ越すことだ……」
これは変則的な案である。
他国の国なら、ルーダに比べて危険はない。
マリアの教育と、リリィのパン屋の修行場所を考えたら、ある程度の規模の都市に暮らすことになるだろう。
「以上がオレの案だ。もちろん、家族からの意見も検討する。何かあれば言ってくれ」
この家の大黒柱はオレだが、家族会議の時はいつも皆の意見を聞いていた。
だから今回も家族の意見を聞いていく。
「私はオードル様に付いていきます。この身も心も捧げた身ですから」
リリィはオレの決定を尊重してくれるという。
献身的な彼女らしい決断だ。
「ですが、この王国に住む皆さんのことも気になります……これは元聖職者としての私の勝手な想いですが……」
同時にリリィは悩んでいた。
何しろ今回帝国軍の本隊が大侵攻してくれば、王国市民にも多大な被害がでる。
彼女は元聖女と呼ばれた至高の存在。誰よりも民の安全と平和を願っている。
二つの相反する想いに挟まれて今、悩んでいるのだ。
「私もオードルに従うわ……だって、長女だからね!」
一方でエリザベスは覚悟を決めていた。
本当は弟のチャールズや他の家族のこが、気になるのであろう。
何しろ王族の血を引く公爵家は、敗戦後は生き残る可能性はゼロに等しい。
だがエリザベスは確固たる意志で決めていた。
長女としてオレの決定に従うとを。
「ニース、よく分からない。だから、オードルについていく」
『ワン!』
ニースとフェンも、オレの決定に賛同してくれた。
保護者であるオレのことを、全面的に信用してくれるのだ。
「マリアは……マリアも……」
最後に残ったのはマリア。
何か自分の意見を口にしようしていた
だが最後まで言い出せなくて、言葉を飲み込んでいた。
「マリアも……パパに付いていきた……でも、クラウディアちゃんが……」
彼女を苦しませているのは、大事な友の存在。
自分一人だけ安全な所に逃げても、クラスメイトは死んでしまうかもしれない。
友を見捨てて、自分だけ生き残る。
どうしようもない現実と辛い感情に、板挟みになり苦しんでいるのだ。
「マリアは……マリアは……」
小さな両手をギュッと握りしめて、マリアは我慢していた。
今にも溢れ出しそうになる涙をグッとこらえている。
きっと“大人としての意見”を口に出そうとしているのであろう
「マリア、無理をするな。マリアの本心を言ってみろ」
だがオレたちは家族。
無理して大人の意見を述べる必要はない。
「パパ……うん、わかった。マリアは、私はクラウディアちゃんを助けてあげたい! 危ないかもしれない! 無理かもしれない……私のワガママかもしれないけど、大好きなクラウディアちゃんを助けてあげたいの!」
覚悟を決めてマリは叫ぶ。
自分の本当の想いを、大声で叫びながら吐き出す。
両目から大粒の涙がこぼれるもの構わない。
一生懸命に最後まで想いを口にしたのだ。
「そうか。マリア、良くちゃんと言えたな」
そんなマリアの頭を優しく撫でてやる。
この子は誰よりも聡明で思慮深い。
その分だけ色んな事を考え過ぎてしまうのだ。
だが今はちゃんと自分の想いだけを言えた。
誰の意見や想いでもなく、マリア本人としての純粋な願いを口にしたのだ。
「よし、これで我が家の全員の意見は出た。では、オレの決断を発表する……」
今のところほぼ全員がオレに意見に従う。
つまりオレの意見が決定事項になるのだ。
「我がオードル一家は、これよりバーモンド領に向かう。目的は我が家の三女マリアの大事な友人、クラウディアと家族を救出すること!」
「えっ……パパ……?」
決定に対して、マリアは唖然としていた。
まさか自分の意見が通るとは、夢にも思ってもみなかったのであろう。
「でも、パパ、危険だって……」
「大丈夫だ、マリア。パパに任せておけ。クラウディアは必ずパパが助けてやる」
言葉を失っていたマリアの頭を、もう一度優しく撫でてやる。
そして二の腕の力こぶを見せて安心させてやる。
「という訳ですまないが、お前たちも協力してくれ」
他のエリザベスたちに頭を下げる。
クラウディア一家の救出作戦は、さすがのオレでも一人では難しい。
家族の助けが要所で必要になるのだ。
「頭をお上げください、オードル様。私はオードル様がそう決断してくれると信じていましたから」
「わ、私だってオードルのことを信じていたんだから! さぁ、帝国の連中を吹き飛ばして、助けてにいきましょう!」
「ニースもいく!」
『ワン!』
我が家の女性陣は頼もしかった。
オレの考えを察して、寛大な態度を取ってくれたのだ。
そして早くもバーモンド領への旅の支度をし始める。
「感謝する、お前たち……よし、それでは“クラウディア救出作戦”を実行するぞ!」
こうして戦場となるバーモンド領へ、我が家は総出で向かうのであった。