第76話:弟に会うための策
レイモンド公爵家を訪れた翌朝になる。
客室で朝を迎えたオレは、エリザベスと合流。彼女の父親と面会する。
公爵の私室を訪れる。
「なんだと、王城に行くだと⁉」
「はい、お父様。チャールズの顔を見てきます」
面会の目的は、オレたちの目的を伝えるため。実の娘であるエリザベスが伝えていく。
「いくらお前が実の姉でも、チャールズは今や国王の養子……つまり王子だ。難しいぞ」
公爵の返事はあまり良いものではない。
何しろチャールズは実質的には人質であり、簡単には会えない存在になったのだ。
しばらく息子に会えずにいるレイモンド公は沈んだ顔になる。
だがこの状況もオレの想定内。二人に助け舟を出してやる。
「レイモンド公、王城の舞踏会は今でも行われているのか?」
「舞踏会だと、ルーオド殿? ああ、毎月の第二の週末の夜に行われているが」
「やはり、そうか。それなら今日の夜だな」
この王国の宮殿では、定期的に舞踏会が行われていた。傭兵団長とて出世した時、オレも招待を受けた事がある。
だから舞踏会が開催される時期は覚えていたのだ。
もちろん参加したことは一度も無い。
窮屈な衣装を着て、面倒くさい貴族パーティーに参加などまっぴらごめんだからな。
「今宵の舞踏会? ……なるほど、そういうことですか、ルーオド殿!」
「ああ、チャンスだ」
レイモンド公爵のオレの作戦に気が付く。沈んでいた顔に生気が戻り、強い意志が瞳に宿っている。
「ねぇ、オードル。どういうこと? 舞踏会とチャールズに会うのが、どんな関係があるの?」
まだ状況を一人だけ把握できていないエリザベスは、小声で訪ねてきた。
「まだ気がつかないのか、エリザベス。舞踏会には必ず国王の一族も、顔を出す習慣がある」
「あっ! つまりチャールズに会うチャンスがあるのね! 舞踏会に参加したら!」
ようやく気がついたエリザベスは、歓喜の声を上げる。大事な弟に久しぶりに再会のチャンスが巡ってきたのだ。
「お父様……」
「ああ、もちろん大丈夫だ。エリザベスが舞踏会に参加できるように、私の方で手配しておこう」
レイモンド公は優しい瞳でエリザベスに応えていた。
大貴族の公爵といえども人の親。可愛い自分の娘のために、ひと肌脱ぐことを決意してくれたのだ。
「ですがルーオド殿。エリザベスが舞踏会に参加するためには、一つだけ問題があります」
「問題だと?」
「はい。知っての通り、我が娘は一年以上前に家出をしています。世間的には病気の治療で治療中している……ということにしていました。ですが我が兄、国王は家出の件を知っています。そのためいきなり今宵の舞踏会への参加は難しいかもしれません……」
「なるほど、そういうことか。それは問題だな」
公爵が難しい顔をするもの無理はない。
何しろエリザベスは王位継承もあった大令嬢。それなのに手紙ひとつで一年前に家を飛び出していった。
そんなエリザベスがいきなり帰国。しかも華やかな舞踏会に参加など、許されるはずもないのだ。
「兄上は姪っ子のエリザベスのことを、昔から可愛がっていた……何か吉報でもあれば、大手を振って舞踏会に参加できるのですが……」
レイモンド公爵は頭に手を当て、何やら策を張り巡らせている。
「吉報があれば……そうか! 良い策が浮かびましたぞ、ルーオド殿!」
「ほほう、どんな策が? オレで良ければ何でも協力するぞ」
公爵はオレの顔を見ながら興奮していた。つまりオレの協力を仰ぎたいのであろう。
「それは有り難いお言葉。ならばルーオド殿にも正装して、舞踏会に一緒参加して頂けませんか?」
「オレが舞踏会に? そのくらいなら構わない」
最初から護衛として、エリザベスには同伴する予定だった。
窮屈な正装は予定外だが、エリザベスのために仕方がないであろう。
それに正装していけば、オレの正体がバレる可能性もなくなる。
「衣装や必要品は、私の方で用意しておきます」
「ああ、助かる。だがレイモンド公、そんなことでエリザベスは参加の名目が立つのか?」
素朴な疑問であった。
オレが正装して同伴したところで、エリザベスの家出の事件の印象は薄まらない。
先ほど公爵が言っていたように、何か大きな吉報がないといけないのだ。
「その件も私もお任せください。その代わり、ルーオド殿には今宵だけ演じて頂きたいです」
「演じるだと? どんな役だ?」
「それは我が娘エリザベスの“婚約者”という役です。これなら兄上も驚かせることができます! しかも実姉の吉報を聞けば、チャールズも必ず舞踏会に参加するでしょう!」
公爵は今宵の策を説明してくる。
なるほど、それは妙案。たしかに姉が婚約者を連れてきたと聞けば、弟チャールズも動くであろう。
「その程度で良ければ協力しよう」
「ご協力感謝します、ルーオド殿! では私の方はさっそく段取りをしてきます。ルーオド殿は後ほど衣装のサイズ直しをするので、この屋敷内で待機しておいてください」
「わかった。準備は頼んだ」
公爵と簡単な打ち合わせする。
宮殿の舞踏会はかなり敷居が高い。だがレイモンド公が段取りしてくれるなら、問題はないであろう。
「では、二人とも後ほど!」
大事な息子チャールズと再会できるチャンスができた。レイモンド公爵は意気揚々と準備に向かう。
「さて、エリザベス。オレたちも準備をするぞ」
何故かエリザベスは先ほどから立ちつくしていた。
急に具合でも悪くなったのであろうか。心配になり声をかける。
「わ、私がオードルと……オードルが私の婚約者に……」
何やらブツブツ言いながら、一人で勝手に頬を赤らめている。
もしかしたらオレが婚約者のフリをするのが、反対なのであろうか?
「もちろん賛成よ! 大賛成よ! あくまで一夜だけの婚約者のフリだけど……ちょっと、待って……そうね……そうよね!」
賛成はしてくれていた。
だが何かがおかしい。またブツブツ一人で何やら呟き始める。
「私、ちょっとお父様の所に行ってくるわ! じゃあ、また舞踏会に出発する時に会いましょう、オードル!」
そして急に部屋を飛び出していく。向かう先は父親のところなのであろう。
「やれやれ、忙しい奴だな。さて、舞踏会か……何が起こるやら」
こうしてエリザベスの婚約者のフリをして、オレは宮殿の舞踏会に参加するのであった。




