第69話:赤牛騎士団長ライブス
顔見知りの巨漢の騎士が、ダジル商店に客としてやってきた。
留守を預かる身として、オレは接客をしないといけない。
こいつは赤牛騎士団の団長で、名前はたしか……
「オレ様は勇猛果敢な赤牛騎士団、団長のライブス様であるぞ!」
そうだ、ライブスだ。
自ら名乗り出てくれナイスタイミングだな。
オレは一度見たら他人の顔を忘れない。
だが興味がない相手の名前は、覚えていない。
さて、そのライブスが、こんな下町の商店に、いったい何の用だ?
「この店は、何でも屋と聞いている。だから、このライブス様が仕事をもってきてやったぞ!」
ライブスは随分と上からモノを言ってくる。
まるで自分が大陸の中心、と言わんばかりの自己中心的さだ。
「それで依頼内容はなんだ?」
だがオレは相手の態度を気にせずに、話を進めていく。
何しろ剣の世界には色んなヤツがいた。
こういった輩の態度を、いちいち相手にしている時間はないのだ。
「な、何だとキサマ⁉ その無礼な態度は⁉ このライブス様に対して、不敬であるぞ⁉」
ライブスは顔を真っ赤にして激怒する。
巨漢が真っ赤になったので、まさに文字通り赤牛の様だ。
「オレのこの態度は生まれつきだ。気にするな。それよりも用件がないなら、帰ってくれ」
話が通じない奴の相手をするほど、オレは暇ではない。
ダジルが店にいたとしても、オレと同じような態度をとるであろう。
この商店は昔から、不遜な客は相手にしない商売をしているのだ。
「くっ……それはマズイである。依頼は、これだ。この紙の書いてある者を探すのだ!」
ライブスは苦い顔をしながら、急に態度を改める。
懐から一枚の用紙を出して、カウンターの上に出す。
今回は人探しの依頼なのであろう。箇条書きで何個かの項目が書かれている。
「つまりこの条件に合う者を探せと?」
「ふむ、そうである! これは王国の存亡に関わる機密任務である!」
用紙の一番上には“北の救世主について”と大きく書かれていた。
特徴については、次のように書かれている。
・北の救世主は1ヶ月ほど前に、北の方角から王都にきた。
・職業は戦士。神々しい姿をしている。
・従者として、小さき賢い幼女、強き女戦士、巡礼の少女
・白銀の神獣と神馬を従えている。
以上が捜索対象の概要だった。
「この者を探せと?」
「ああ、そうである! 必ず探すのだぞ!」
「お前は阿呆か? こんな曖昧な条件で、探せるわけない」
「あ、阿呆だと⁉ キサマ⁉」
顔を更に真っ赤にして、ライブスは激昂する。
「この王都に何万人住んでいると思っている?」
人探しは難しい仕事だ。
こんな曖昧な条件では、探すことなど不可能。
怒るライブスに説明してやる。
「ぐぬぬ……その通りである。だから、ここを頼ってきたのである……」
おや? ライブスは急に弱気になったな。
もしかしたら上官に命令されて、この男も動いているのかもしれない。
だが目的の人物が全く見つからず、困り果てていた。
そこで最近、王都で噂になっていたダジル商店に駆けこんできたのかもしれない。
騎士団長といえども中間管理職。
上下に挟まれた大変な職位なのだ。
「仕方がない。この依頼を受けてやる」
オレは依頼を受けることにした。
どうせ内容的にオレしか出来ない仕事。ダジルに後で説明をしておこう。
「ほ、本当であるか⁉ だが、先ほどは、無理だと言っていたぞ⁉」
「困っている者を助ける……それがダジル商店だ」
ダジル商店は困っている者の味方。
たしかにライブスは不遜な態度である。
だが、この男の大声は生まれつき。
態度は騎士団長としての自らの守るために、作り上げてきたものなのであろう。
細かい不遜な態度など、オレはいちいち気にしないのだ。
「おお、それは感謝である! えーと……」
「オレの名は、ルードォだ」
名前を聞かれたので偽名で応えておく。
『オードル』のスペルを逆から読んだモノ。
傭兵時代でも偽名を使う時に、よく名乗っていた名だ。
「おお! ルードォ殿、感謝する! 本当に助かったのである!」
「仕事だ。気にするな。だが見つからない可能性の方が高い。あまり期待はするな」
今回の捜索はあまりにも難しすぎる。
条件があまりにも曖昧すぎるからだ。
だから今回は出来高払いの契約をしておく。見つからない場合は、捜索料金はゼロでいいと。
「ああ、本当に助かったである! これでオレ様の首も皮一枚繋がったである!」
ライブスはホッとしていた。
念のための依頼書があるので、そこにサインをしてもらおう。
よし、サインもしてもらった。
これで何が起きても大丈夫だ。
「こんな時に……あの方が生きていてくれたら……」
そんな時。ライブスが小さく愚痴をつぶやく。耳のいいオレは聞き逃さない。
「どうした、誰か亡くなったのか?」
ライブスは横柄な態度だが、面白い男だ。
最後に愚痴くらいは聞いてやれる。
「それは……いや、何でもないのである」
神妙な顔でライブスは、誰かの名前を口にしようとした。
だが、思い止まって言葉を止める。
その表情から、かなり尊敬している人物が亡くなったのであろう。
こんな顔の男に、これ以上を聞くのは野暮というものだ。
「とにかく、捜索は頼んだぞ! 何か分かったら、些細なことでもよい。オレ様の屋敷に内密に連絡するのである!」
強気な口調に戻って、ライブスは店を去っていく。
まったく最初から最後まで騒がしい騎士だったな。
立ち去った後は、店の中はシーンと静まり返る。
「帰ったぞ、オードル。今帰ったのは客か?」
直後。
厠からダジルが戻ってきた。
ライブスの大声は、裏の厠まで聞こえていたのであろう。
「ああ、そうだ。赤牛騎士団の団長のライブスという男からの依頼だ」
「なんじゃと? あの男が?」
ライブスの名前を聞いて、ダジルが目を丸くする。何か知っているのであろうか。
オレが王都にいた時は、あの騎士はそれほど目立つ男ではなかったが。
「どういう男なのだ?」
王都を一年以上も離れていた。
もしかしたら、その間に何か変化があったのかもしれない。
「ライブスはここ1年で、急に出世をしていった騎士じゃ」
ダジルは王都の情報通。細かい話を聞いていく。
それによるとライブスの率いていた赤牛騎士団は、一年前は小規模な勢力であった。
だが最近は武功を上げて、昇進を繰り返して、勢力を拡大。
今では王国の中でも五本の指に入る騎士団に急成長したという。
「そう言われてみれば確かに。オレがいた時は、赤牛騎士団は記憶にない位だからな」
王国には何個もの騎士兵団が存在している。
有名なところでは先日やりあった近衛騎士団や、黒羊騎士団などがある。
ライブスの率いていた赤牛騎士団は、下から数えた方が早い勢力だったはず。
それがここ一年で五本の指に入る急成長していた。
普通ではあり得ない勢力の拡大だ。
「噂では国王とも、裏で繋がりあるという話じゃ。用心しておけ、オードル」
「ああ、そうだな。肝に銘じておこう」
ダジルの忠告を素直に受け取っておく。
今のところ風貌を変えていたオレの正体は、ライブスには全く気がつかれていない。
だが今後は接触を、最小限に抑えた方がいいであろう。
「ところで、そのライブスが、どんな依頼を持ってきたんじゃ?」
オレの持つ用紙を、ダジルは覗き込んできた。
ライブスからの依頼が気になるのであろう。
「これだ。何でも“北からの救世主”を探してくれ、という依頼だ」
店主であるダジルに、内容を正確に報告していく。
何しろ仕事していく上で、上司への報告・連絡・相談は必須なのだ。
「なんじゃ、この変な依頼は? こんな曖昧な条件で、どうやって探せというのじゃ?」
ライブスの書いた条件を見て、ダジルは呆れてモノが言えない。
何しろ王都には数万が住んでいる。
年齢や外見的な特徴、名前など分からない絞り込むことも出来ないのだ。
「たしかに、そうだな。まあ、せっかくオレが受けて依頼だ。気長に探してみるさ」
ライブスからの依頼には期日は特にない。
とにかく“北からの救世主”の些細な情報さえ手に入ればいいのだ。
「そうかい。まあ、お前さんの受けた依頼じゃ。好きにしてくれ」
「そうだな。じゃあ、さっそく。調べにいってくる」
こうしてオレはこの日から“北からの救世主”を探すことにしたのであった。




