第67話:新しい家族
新しい家族、末娘ニースが家に来てから一週間が経つ。
あれから元気に回復したニースは、我が家に順調に馴染んでいた。
「マリアお姉ちゃん。これなに?」
「それはお花の絵だよ、ニース!」
今日は安息日。学校も仕事もない日だ。
ちょうど居間で、マリアと二人で絵を描いて遊んでいる。
テーブルの上の紙に、二人で楽しそうに書いていた。
「みなさん、オヤツができましたよ」
リリィがオヤツを作ってくれた。今日は王都近郊のリンゴを使ったアップルパイ。
甘酸っぱいいい香りが食欲を刺激してくる。
「おやつ!」
「おやつ」
マリアとニースが同時に声を上げる。
元気なのがマリア。やや感情が無いのがニースだ。
遊んでいた絵を急いで片付けて、オヤツを食べる準備をしていく。
「いただきます!」
「いただきます」
手洗った二人は、アップルパイにかじりつく。出来立てのアップルパイで火傷をしないように、フーフーしながら食べていく。
その様子はまるで本物の仲の良い姉妹のようだ。
そんな和やかな光景をオレはリリィと見つめていく。
「ニース様、元気になって、良かったですわね、オードル様」
「ああ、そうだな。これでもリリィの作ってくれる料理のお蔭だな」
一週間前に発見した時は、ガリガリに痩せこけていたニース。
今は別人のように元気に回復していた。
これも毎日の健康的な生活お蔭。
栄養ある食事と、衛生的な衣類、適切な睡眠時間がとれた結果だ。
食事係りのリリィに礼を伝える。
「ありがとうございます、オードル様。新しい妹が増えたので、私もつい、料理に張り切っていました」
ニースはマリアより2歳くらい年下。4歳くらいだろう。
だから世間的にはオードル家の末娘ということにした。
新しい妹が増えて、リリィやマリアは毎日に張り合いが出ていたのだ。
「リリィお姉ちゃん、おかわり!」
「おかわり」
「はーい。今いきわすね」
幼い二人は育ち盛り真っ最中。
アップルパイをあっという間にペロリと、食べきってしまう。
リリィは台所に向かって、お替わりのパイを用意しにしく。
「美味しいね、ニース!」
「うん、おいしいね」
お替りのアップルパイにも、二人は食べ始める。
こうして並んでいるのを見ると、本当に姉妹のように見える。
髪の毛の色と年齢は違うが、顔の作りは驚くほど酷似していた。
普通ではあり得ないほどの他人の空似だ。
(さて、そろそろ、話を聞いてやらないとな……)
この一週間、ニースから過去の話は聞いていない。本人の体調が回復するまで待っていたのだ。
ここ数日は精神的に安定してきた。あとでオヤツの後にマリアは自習に向かう。
その時にニースだけに聞いてみよう。
◇
アップルパイを食べ終わり、マリアは自分の部屋にいく。日課の自習の勉強のためだ。
居間に残ったニースに話を聞くチャンスだ。
「さて、ニース。少し話を聞いてもいいか?」
居間の椅子に座っているニースに、優しく尋ねる。
あまり威圧感を与えないように、口調を穏やかに意識する。
念のために女性陣のエリザベスとリリィに同席してもらう。
「うん、だいじょうぶ。オードル」
表情は変わらないが、ニースは緊張している。
だが精一杯の勇気で、質問に答えようとしていた。有り難いことだ。
「それなら尋ねる。ニースはどうして、あの地下道にいた?」
尋ねたのはニースのこれまで生活のこと。
母親のことも含めて聞いていくつもりだ。
「わたし、暗いところにいた……気がついたときか、ずっと……」
ニースは神妙な声で語り始める。自分の記憶のある生い立ちについて。
「ある日、言われたの……ママに。『おまえはいらない子』って。すれられた。さびしくて、こわくて、それで、気がついたら、あそこにかくれていた……」
ニースは自分の記憶を頼りながら、一生懸命に語ってくれた。
かなり内容は大まかな感じだ。
おそらく捨てられたショックで、記憶が混乱している部分もあるのであろう。
もしくは思い出したくない過去に、自分で記憶を閉じ込めているのかもしれない。
悲惨な幼少期に育った傭兵仲間にも、同じような連中がいた。
それほどまでに幼い頃の体験は、記憶に大きな影響を与えるのだ。
「なるほど。母親の記憶はないのか?」
「ママは……綺麗な黒い髪だった……でも、いつも怖い顔で、ニースのこと見ていた……」
「そうか。よく話してくれた」
勇気を振り絞って話をしてくれた。ニースの頭を優しく撫でてやる。
「うん、ありがとう、オードル」
無表情なニースの口元が、少しだけ緩む。
もしかしたら頭を撫でられて、嬉しいのかもしれない。
この子は生まれつき表情がないのではない。
今までの体験で、表情の表現の仕方が分からないだけなのだ。
これから人間らしい生活をしていけば、徐々に表情も豊かになっていくであろう。
「リリィ、ニースと奥の部屋で遊んでくれ」
「はい、オードル様。いきましょう、ニース様」
辛い過去を聞きだしたので、ニースは精神的に疲れていた。
癒し系のリリィに付き添ってもらうことにした。
ニースとリリィは奥の部屋に向かっていく。
居間に残ったのはオレとエリザベスの二人だけ。
「さて、エリザベス。今のニースの話を、どう思う?」
残ったエリザベスと話をまとめていく。
今後のニースの対処について検討するためだ。
「自分の子どもを、いらないから捨てるなんて、本当に酷い話よね……」
「そうだな。この時代なら仕方がない」
エリザベスは憤っているが、捨て子の風習は大陸ではけっこうある。
主に貧困による捨てがほとんどだ。
「それに、この一週間、見ていたけど、ニースは普通の女の子よね? 少しだけ感情表現は苦手みたいだけど」
「ああ。だがリリィも言っていたが、中身は普通の子とは少し違う。エリザベスも今後も注意してくれ」
ニースはあれから髪の毛から斬撃を出すことはない。
本人に何気なく聞いても、攻撃した記憶はないという。
おそらく不安定な感情の時だけ発動する技なのかもしれない。自己防衛的な特異能力。
あの力を使った直後、ニースは目に見えて衰弱していた。
今後の生活では使わせないようにしないといけない。とにかく普通の暮らしの環境を整えるしかない。
「平日のニースの世話はエリザベスに一任する。頼んだぞ」
「分かったわ。任せてちょうだい!」
不安定なニースを、一人で外に放り出す訳にはいかない。
平日はマリアとフェンは学園に。マリアはパン屋で働いている。
エリザベスはダジル商店で働いているので、ニースの世話もしてもらうことにした。
オレも基本的は自由に動いているので、何かあった時でも駆けつけられる。
「じゃあ、ニースの買い出しに行ってくるわね」
「ああ、頼んだ」
新しい家族が増えて、必要な物が出てきた。
女性であるエリザベスに近所に買い物を頼む。
エリザベスも出かけて、居間にはオレだけになる。
先ほどのニースの話を思い返していく。
(黒髪の女……か)
その言葉がやけに引っかかっていた。
何しろこの大陸には、純粋な黒髪はほとんどいない。
たしか遠く海を渡った国には、黒髪の人種が住んでいると聞いたことがある。
大陸中を旅してきたオレも、黒髪の者は数人しか見たことがない。
つまりニースの母親も別の国から渡ってきた者なのか?
(それにマリアと瓜二つの顔か……)
二人は双子のように顔が似ている。
偶然にしても恐ろしいまでの確率。
オレが拾ったことを含めても、何かの因縁か運命があるように感じる。
(まあ、色々と考えても仕方がないか)
ニースの母親については、今後もオレが個人的に調べていく。
だが今は幼いニースの未来について、前向きに考える方が最良。わざわざ波立てる必要もないであろう。
(しばらくはニースの周りを警戒しながら、仕事をしていくか)
ニースは明らかに謎の存在である。
エリザベスに一任したが、オレも影ながら見守る予定。
ニースとエリザベスがいるダジル商店を中印にして、周りに警戒網を敷いていくのだ。
これにより怪しい者が近づいてきたら、察知が出来るであろう。
後は、その者の裏を探れば、ニースの出生について何か分かるかもしれない。
「まあ、あまり気にし過ぎないように、のんびりといくか」
王都は大陸でも最大規模の都。何が起こるかオレですら予測不能なのだ。
ただでさえ危険な王都暮らしに、厄介ごとが増えたと言っても過言ではない。
「パパ、勉強終わったよ! あれ、ニースは?」
そんな時、自分の部屋からマリアが出てきた。
自分に課していた一人勉強が終わって遊びにきたのだ。
「ニースなら、リリィと遊んでいるぞ」
「ずるい! マリアも行かないと!」
ニースが来てから、マリアは構ってもらえる時間が減ったかもしれない。
まだ構って欲しい年頃なのだ。
満面の笑みでマリアは駆けていく。
「だが、マリアが元気そうなは、ニースに感謝しないとな……」
ニースを家族に迎えたことで、これから厄介なことが起きるかもしれない。
だがマリアが元気な笑顔なことは変わらない。
「まあ、なんとかなるか」
こうしてニースのことは家族全員で大事に守っていくことになった。
 




