第66話:謎の幼女
焼け落ちた屋敷の地下通路の中。
マリアと瓜二つの顔の幼女と出会う。
「近寄らない……で……」
謎の幼女は、通路の片隅に隠れていた。何かに怯えている。
近づくオレに対して、警戒をしていた。
「敵じゃない。安心しろ」
オレは両手を上げて非武装なことを表す。
先ほどは先制攻撃を受けたが、こちらはかすり傷。
大したことは無い。
「言葉は分かるか? どうしてここにいる?」
相手は謎の存在だが、共通語を話している。
ある程度の知識はあるのであろう。
とにかくマリアと同じ顔の幼女から事情を聞きたい。
「怖い、みんな、敵!」
だが謎の幼女は何かに怯えていた。聞く耳をもたない。
「消えてぇ!」
それどころか再度攻撃をしかけてきた
幼女が叫んだ直後、衝撃波が再び放たれる。
(髪だと?)
驚いたことに、衝撃波は髪の毛から放たれた。
黒髪の先端が生き物のように動き、斬撃を放ってきたのだ。
見えない力が巨大な刃となり、オレに鋭く襲いかかる。
「奮っ!」
闘気をこめた右手で、衝撃波をかき消す。
かなりの威力があったが、オレにはダメージはない。
「闘気術ではないな。面白い技だな」
髪の毛を操り、鋭い衝撃波を放ってくる。
こんな技は今まで見たこともない。大陸中を旅してオレも知らない技だ。
「また消された⁉ 怖い……怖いよ……」
攻撃が通じず、幼女は狼狽していた。
身体は小さくに、どう見ても肉弾戦には向いていない。
おそらく斬撃以外の攻撃はないのであろう。
それに、先ほどに比べて幼女からの圧が消えていた。
おそらく斬撃を飛ばし過ぎて、体内の力を急速に失っているのであろう。
これ以上は斬撃を放たせるのは命の危険だ。
「安心しろ。オレは敵ではない。お前と同じ位の歳の娘がいる、普通の父親のオードルだ」
怯えている幼女を怖がらせるのは、オレの趣味ではない。
オレはヒザを付いて目線を低くする。
目いっぱいの笑顔を浮べて、こちらに敵意がないことを再度伝える。
「娘……父親……オードル?」
ようやく幼女が反応してくれた。
怯えた顔から、少しだけ表情が変わる。
震えた声でおそるおそる、こちらの真意を確かめてきた。
「ああ、そうだ。とにかく、この場所から出るぞ。暖かい食い物を用意してやるぞ」
どうやって、この通路に入り込んだか見当がつかない。
ここは真っ暗で寒い下水道の近く。衛生上に悪い。
「うん……」
今までよほど追い詰められていたのであろう。
ホッとした表情のまま幼女は意識を失う。
「おっと……大丈夫か」
倒れ込む前に、幼女の身体を支えてやる。
かなり衰弱していたのであろう。見た目以上に体重が軽い。
健康的なマリアの半分くらいしか、体重はないかかもしれない。
「とにかく何かを食わせてやらないとな……」
このまま地下通路に、幼女を置いていく訳にはいかない。
「さて、家に戻るとするか」
家なら安心して治療もできる。
こうして謎の幼女を抱えて、オレは家に帰宅するのであった。
◇
地下通路から下水道を抜けて、地上から家に向かう。
もちろん誰にも見つからないように、常に周囲を索敵していく。
何しろ気絶した幼女を、抱きかかえているのだ。
下手したら誘拐犯として疑われるからな。
「帰ったぞ」
無事に家に到着して、玄関から中に入っていく。
さて、ここまで来たらひと安心。
「オードル、お帰りなさい。少し遅かったわね……って、その子は⁉」
出迎えに来たエリザベスが、目を丸くしている。
気絶した幼女を誘拐してきたのだと、勘違いしているのであろう。
「事情を説明するのは、後だ、エリザベス。この子を回復させてやらないと」
「ええ、そうね。かなり衰弱しているわね」
オレの態度を見て、誤解だと理解してくれたのだろう。
エリザベスも手伝ってくれる。
「おかえり、パパ!」
『ワン!』
「お帰りなさいませ、オードル様。その子は……?」
居間には他の皆もいた。
先ほどのエリザベスのように、オレの抱きかかえる幼女に驚いている。
「実はこの子は……」
幼女をソファーに寝せならが、全員に事情を説明していく。
地下通路で出会ったと。力を使いすぎて気絶してしまったことを。
「髪の毛から斬撃を? 私も知らない技ね、オードル?」
エリザベスはやや警戒をしながら、気絶している幼女を見つめる。
エリザベスも知らないとなると、やはり普通の技ではないのであろう。
「たしかにこの子からは、不思議な力を感じます。私も初めて感じです」
リリィには聖女として不思議な力がある。未知なるものを感知する力に優れていた。
謎の幼女から未知の力を感じているのだ。
「とにかく、このままでは衰弱死してしまう危険性もある。回復させるから、少し離れていろ」
闘気術の中には、他人の回復力を高める技もある。自分の気を分け与えて、相手の意識を回復させるのだ。
オレはあまり回復系の闘気術は得意ではないが、今はやるしかない。
「それでしたらオードル様。私もお手伝いいたします」
「ああ、そうか。それは助かる」
リリィは戦闘の闘気術は使えないが、回復の心得はあるという。
有りがたい手助け。リリィと手を繋ぎ、気絶した幼女を治療していく。
「大丈夫そう、オードル?」
「ああ。この子は衰弱しているだけだ。もう少しで気がつく」
謎の幼女には外傷はなかった。
おそらく長い間、何も食べずに、あの暗闇の通路に隠れていたに違いない。
だからオレの気を、リリィを中継して分け与える。この方法で何とかなるはずだ。
「うっ……」
治療を開始して、しばらく経つ。
気絶していた幼女が、小さなうめき声をあげる。
よし、成功した。
これで後は大丈夫であろう。
「うう……ここは……?」
幼女は意識がまだ朦朧としていた。
上半身を起こしながら、虚ろな目で周りをキョロキョロしている。
「気がついたか? ここはオレの家だ」
状況がつかめていない幼女に向かって、説明をする。
地下道で気絶して、ここまで運んできたと。
「お前、さっきの⁉」
オレの顔を認識して、幼女はハッとなる。
急に立ちがって、顔をこわばらせる。明らかに警戒していた。
「さっきも言ったが、安心しろ。オレには敵意はない。さて、約束通り、飯を食わせてやる。リリィ、たのむ」
「はい、オードル様。すぐにお持ちします」
リリィに食事の用意を頼む。
台所から美味しそうなスープの匂いがしていた。スープなら飢餓状態の幼女でも、口に出来るであろう。
「オードル様、こちらを」
リリィが出来立てのスープを持ってきてくれた。野菜と穀物を煮込んだ美味そうなスープだ。
「さあ、食え。熱いから気をつけろ」
スプーンの上でスープを、オレはフーフーと冷ましておく。
ちょうどいい温度で、幼女の口元に近づける。
「ごくり……いい匂い……でも……」
「大丈夫だ、毒は入っていない。ほらな?」
不安そうな幼女を安心させるために、オレはスープを一口だけ飲んでみせる。
最初の反応から、この幼女は他人を信じられない経験をしてきたのであろう。
だからオレは自ら見本を見せて、悪意がないことを見せたのだ。
「ごくり……それなら、一口だけ……」
警戒しながらも幼女は、スプーンに口を近づける。
恐る恐る緊張した顔で、スープをゆっくり飲み込む。
「⁉ 美味しい! こんなに、美味しいの、生まれてはじめて!」
直後に一気に表情が変わる。
目を大きく見開き、カップの中の残りのスープを凝視した。
「リリイの作ったスープだからな。まだ沢山ある、ゆっくり食え」
「うん!」
暖かいスープを一口飲んで、心の壁が消えたのであろう。
幼女は一心不乱にスープを飲み始める。
「おいしい! すごく、おいしい!」
よほど腹が減っていたのであろう。
見る見るうちにカップの中のスープは無くなっていく。
そのまま一気に飲み干して、幼女は大きく息を吐き出す。
「おいしい……あたたかい……」
今まで張り詰めていた緊張感が、一気に解けたのであろう。
幼女はそのままソファーの上に座り込んでしまう。
「さて、そろそろ、事情を聞かせてもらおうか? お前、名前は? 親はどうした?」
オレはヒザを落として、幼女に目線に顔を合わせる。
できる限り優しい声で、事情を尋ねていく。
この幼女は普通ではない。だが親がいるなら送り届けてやる。
「わたし……名前はない……ママはわたしのことを、すてた……いらない……って……」
幼女の表情がまた暗いものになる。
捨てられた時のことを思い出しているのであろう。辛そうにしている。
「そうか、親に捨てられたのか。オレと同じだな」
「えっ? 同じ?」
「ああ、そうだ。この世の中は色んなことがある。だからあまり悲観するな」
戦乱が続いていた大陸では、捨て子は腐るほどいた。
今でも貧しい辺境の農村では、口減らしのために捨て子の習慣が残っているほどだ。
「人生は生きてさえいえれば、なんとかなる」
だから悲観するほどではないと伝える。
オレの人生もあまり褒められたものではない。
だが、本人に生きる意思さえあれば、未来はどうでも切り開けるのだ。
「じんせい……なんとかなる? でも……わたし、かえる場所ない……」
「そうだな。だったら、ここに住めばいい。部屋も余っているからな」
ダジルの貸家はけっこうな広さがある。
小さな女の子が一人くらい増えたところで、不自由は感じない。
「えっ……でも……わたし……」
「もちろん、体調が回復したら働いてもらう。掃除洗濯、片付け、自分の飯の分くらいは働いてもらうぞ」
“働かざるもの食うべからず”
これは我が家の家訓。用事でも出来る家事は多い。
必要なのは本人の意思だけなのだ。
「うれしい、けど……」
幼女はまだ戸惑っていた。
ここまでの好意を、今まで向けられたことがないのであろう。
「それなら私も手伝って欲しいわ。店番の時に、どうしてもお手伝い係が足りないのよね!」
ダジル商店で働くエリザベスが、助け舟を出してきた。
明るい笑顔で幼女の手を握って、ウィンクしている。
「それでしたら私も、お料理のお手伝いさんが欲しかったところです」
更にリリィも話に加わる。
「マリアも! マリアも妹が欲しかったの! いっぱい、遊ぼうね!」
最後に満面の笑みのマリアが参加だ。
自分の部屋からお気に入りのオモチャを持ってくる。幼女に渡して、友好の気持ちを伝える。
『ワン!』
もちろんフェンも大賛成だ。
小さな遊び仲間増えたことに、尻尾をふって大喜びしていた。
「わたし、ここにいていいの?」
「ああ、そうだ。今日からお前は、我が家の末っ子だ。そうだな、名前がないと不便だな。そうだな……『ニース』はどうだ? 髪の毛の美の女神“ニーステリス”からとった名だ」
幼女に名前をつけてやる。
この子の髪の毛は危険な斬撃を放つ。だがよく見ると美しく深い色をしている。
まるで神話の中の美の女神のようだ。
「ニース……すてきな名……わたしの名?」
「ああ、そうだ」
「ニース……ニース……」
どうやら名付けた名を気に行ってくれたようだ。
謎の幼女……いや、ニースは、何度も自分の名を口ずさんでいる。
表情はまるでないが、とても嬉しそうにしていた。
「さあ、これで決まりだ。エリザベス、落ち着いたら、ニースの身体を洗ってやってくれ。リリィは服を準備してくれ。マリアとフェンは、これから仲良くやってくれ」
聞きたいことはまだ沢山ある。
だが今はひと段落。ニースが落ち着てから、段々と聞いていけばいいであろう。
とにかく新しい家族を出迎えるために、これから忙しくなるぞ。
「わたしニース……わたしの新しい家族……」
こうして我が家に新しい家族、末娘ニースが加わるのであった。
 




