第65話:屋敷跡
ダジル商店で働き始めてから、数日が経つ。
オレは仕事をこなしながら、順調な日々を過ごしていた。
「ダジル、迷い猫を見つけてきたぞ」
今日もダジルから依頼を受注。
金持ちの貴族が飼っていた迷い猫を、街外れで捕まえてきた。
「なんじゃと、オードル⁉ もう、見つけてきたのか?」
「ああ、簡単な仕事だった。またあった、頼むぞ」
ダジル商店に依頼がくる仕事は、王都内での雑務が多い。こうした困りごとがほとんどだ。
「相変わらず凄い奴じゃのう。また、頼むぞ、オードル」
法に反した依頼や、仁義に反した依頼を、ダジルは断っている。その人柄と仕事の確実性で、口コミで仕事が舞い込んでくる。
だからマリアの父親として、オレも誇りを持って出来る仕事だ。
「ダジル、この依頼なんだけど、どうすればいいの?」
店の奥から金髪の少女が顔を出してきた。同じく働き始めたエリザベスだ。
「その手の依頼は、下町の職人に頼む」
「なるほどね。じゃあ、行ってくるわ」
エリザベスの仕事はダジルの手伝い。事務補助といったところであろう。
最初はダジルの手助けをしながら仕事を覚えていく。慣れてきた店番も行う予定だ。
「ふう……仕事をするって、楽しいわね、オードル!」
「そうだな、悪くはないな」
庶民の労働の楽しさに、エリザベスは充実感を覚えている。
公爵令嬢として育ってきた彼女にとって、こうした市民の仕事は新鮮に感じるのであろう。
無職でいたルーダの時より、何倍も楽しそうに日々を過ごしている。
「さて、それじゃ、少し出かける」
今日の仕事が終わったので、あとは自由時間。
店のことはダジルとエリザベスに任せて、オレは外出することにした。
「あっ、オードル様!」
商店を出たところで。リリィに声をかけられる。偶然オレを見つけて、嬉しそうにしていた。
「リリィ、仕事は順調か?」
「はい、お陰様です」
彼女はダジルの紹介で、近所のパン屋で働き始めた。
好きなパンの仕事に携われて、今日も楽しそうに働いている。
「そうか。じゃあ、出かけてくる」
「お気をつけて、オードル様」
リリィの警護は、エリザベスに任せておいた。
ダジル商店とパン屋は目と鼻の先。
リリィに何か危険があったとして、直感の鋭いエリザベスなら気がつける距離だ。
だからオレは安心して出かけられる。
(マリアの勉強も順調そうだし……ありがたいことだな)
マリアは学園に毎朝、通学馬車で通学している。
よほど学園での勉強が楽しいのであろう。家に帰ってきたら、教わったことを楽しそうに話してくる。
あとマリアの護衛はフェンに一任。
たまにオレが抜き打ち検査をしても、フェンは完璧に対応してくれた。
ルーダの街にいた時に比べて、フェンも頼もしく成長していたのだ。
お蔭で王都ではオレも自由に過ごせる。
「さて、今日は“あそこ”に行ってみるかな……」
王都での生活も安定してきた。
せっかくなので、ずっと気になる場所に、向かうことにする。
「オレの屋敷…いや、元屋敷は、さて、どうなっているのやら……」
向かう先は王都の自分の屋敷跡。
一年前に焼き討ちされた事件の場所へ、オレは一人で向かうのであった。
◇
王都の上級市街地の区画にやってきた。
「よし。どうやら、周囲は大丈夫そうだな?」
屋敷跡に近づく前に、周囲を索敵して安全を確認する。
何しろここから先は、顔見知りに合う確率が高い。オレにとって警戒空域なのだ。
「さてと……」
安全を確認できたところで、屋敷跡に近づいていく。
周囲には他の屋敷の塀もあるので、遮蔽物も多い。
万が一に何かあった時は、身を隠すのに最適だ。
「ん……これは?」
屋敷を囲む塀の正門前にたどり着く。予想外に光景に思わず声をあげる。
「花……だと?」
オレの屋敷の正門前には、花が添えられていた。それも一つではなく何個も。
花の新鮮な感じから、添えられて新しいものだ。
いったい誰がこの花を?
「ん?」
その時である。誰かが近づいてくる気配がする。
感じから一般市民であろう。それなら特に問題は無い。
オレは通行人のフリをして、花を見つめている。
「あら? 旅の方ですか?」
通行人は老婆であった。立ち止まっていたオレに、声をかけてきた。
「ああ、そうだ。この場所が何なのか見ていた」
何も知らないふりをして話を合わせる。
だが実際に屋敷と花を見ていたのは事実。嘘は言っていない。
「ここはオードル様の屋敷跡です……その花はオードル様の死を嘆いた市民が、捧げている献花です」
「献花……だと?」
まさか市民が添えた花だとは思わなかった。
それにしても何故、一般市民がオレに対して花を?
謎はますます深まる。
「オードル様は私たち市民にとっても英雄でした。あの御方がいたお蔭で、戦が減って、私たちの暮らしも良くなりました……」
なるほど。そういうことか。
たしかに王国に仕えてから、オレは連戦連勝だった。
他国からの賠償金で王都は栄えて、市民の暮らしも豊かになった。
最終的には1年前の帝国の停戦条約を結んで、王都の暮らしは安定していた。
「でも、この方が火事で亡くなってしまってから、王国はおかしくなりました……隣国との戦を再開して、また私たちの暮らしは苦しくなりました……」
今の国王は欲が深い。
戦争を続けていくのには大量の金と食料が必要となる。
そのしわ寄せは一般市民にくる。
貴族や王家の生活は、よほどのことが無い限り悪くはならない世界なのだ。
「ですから私たち市民は、こうしてオードル様に献花を捧げてお祈りしていたのです」
「そうか。話を聞かせてくれて感謝する」
話を終えて老婆は、そのまま立ち去っていく。周囲には他には人の気配はない。
(まさか、死後のオレが、そんな風になっていたとはな……)
自分でも想定していなかった状況だった。
何しろオレが行ってきたのは戦をすることだけ。
まさか一般市民に英雄扱いされていたとは、思わなかったのだ。
(それだけ今の王政が破綻しているということか……)
今の国王は無能ではないが、私欲にまみれた男。
周りの家臣のサポートが無ければ、ズルズル悪い方に進んでしまう。
先日のルーダ学園の課税のように、私利私欲に走ってしまうのだ。
(まあ、今のオレには、あまり関係ないことだ。さて、中に入り込むとするか……)
周囲に人の気配がないことを確認して、行動を起こす。
屋敷の塀を飛び越えて、中に侵入していく。
隠密術で気配と音を完全に消している。誰にもバレる心配もない。
屋敷の庭を進みながら、焼け落ちた屋敷跡に忍び足で向かう。
(自分の屋敷に忍び込むとは……よく考えたら滑稽だな……)
隠密で進みながら苦笑いする。
ダジルの話では、この屋敷は火事のまま現場保存されているという。
屋敷の所有権は国王が没収したのだ。
「ん? 火事跡か……ずいぶんと盛大に燃え落ちたものだな」
屋敷跡に到着した。
当時オレが住んでいた屋敷は、跡形もなく消失していた。
残っているのは基礎の石の部分だけ。焦げ臭いだけで建物の面影は、どこにもなかった。
「だいぶ調査された後はあるな……」
気配を消しながら、焼け跡を調べていく。
おそらく火事が収まった後に、黒羊騎士団あたりに調査されたのであろう。
火事をあくまでも事故に見せかけるために。
「私物は、残っていないか? 当たり前か」
屋敷に置いていったオレの私物は、全てが焼け崩れていた。
辛うじて残った物も、証拠品として徴収されていったのであろう。
国王の手先がやりそうなことだ。
「さて、問題はこっちの方だな」
火事跡から少し離れた方に向かう。
そこは薄暗い屋敷の裏庭。なんの変哲もない岩の裏を調べる。
「脱出口は……調査された跡はないな」
ここは非常用の脱出経路。火事当日もここから密かに脱出したのだ。
特に人の手が加わった後はない。
完璧に偽装しておいた経路なので、調査兵も見逃していたのであろう。
「さて、いくか」
周囲に人の気配がないことを確認。オレは脱出口へと入っていく。
中は真っ暗な通路となっている。
「ここも潰しておくか」
脱出口を内側から潰しておく。
これで裏庭からは二度と開かないであろう。
誰かが再調査しても、この洞窟は見つかる心配は消えた。
これで戦鬼オードルが生きていた証拠は、また一つ消えたのであった。
「さて……家に戻るとするか」
脱出経路を消す……今回の目的を終えて、オレは通路内を進んでいく。
かなり薄暗いが、夜目の効くオレには問題ない。
このまま進んで王都の下水道へ抜ける。そちら側の合流経路も潰しておけば、この通路には誰に入れなくなる。
証拠隠滅は完璧だ。
「念には念を入れよ……だな」
少しやり過ぎかもしれないが、オレは慎重な男。
マリアが上位学園を卒業するためには、王都では事件を起こさず平穏に暮らしたいのだ。
「ん?」
洞窟内を進んでいた時である。
オレは前方に微かな気配を察知する。
「人……ではないな?」
気配の感じは人には似ているが、人ではない。
下水道側から入り込んだ獣であろうか?
大モグラや大鼠、大蛇なら入り込む可能性もある。
特に危険はないので、そのまま進んでしまおう。
「いや……人……か?」
オレが近づいた瞬間。相手の気配が変わる。
獣ではない。
明らかに“人”に近い気配に、急に変化したのだ。
「むっ⁉」
直後、危険を察知する。
前方から殺気が飛んできたのだ。
「覇っ!」
飛んできた殺気は衝撃波だった。
オレは気合の腕の一振りで相殺し、かき消す。
「斬撃か?」
かなりの威力の衝撃波だった。
闘気術をまとった右腕が、軽く痺れている。
「何者だ?」
奥から衝撃波を放ってきた相手に、尋ねる。
相手は人の存在ではないかもしれない。
だが今の攻撃は明らかに、人の放った技。
魔獣や獣は人の技を、普通は使えないであろう。
「こっちにこないで……」
薄暗い奥から聞こえてきたのは、女の声だった。
まだかなり幼いであろう声の質だ。
「こないで……」
かなり怯えて感じの声である。
オレは警戒しながら声の元へ、歩み寄っていく。
通路のくぼみに、その声の主は隠れていた。
(女の子……だと?)
怯えて隠れていたのは人族の幼女であった。
6歳のマリアより幼く見える。
「ひっ⁉」
怯えた幼女の顔が、こちらに向いてきた。
「まさか……」
幼女の顔を見て、オレは思わず声をあげる。
何故なら自分の知る者に、よく似た顔をしていたのだ。
「マリア……だと?」
斬撃を放ってきた謎の幼女は、マリアと酷似していた。
髪の毛の色は違うが、まったく同じ顔をしている。
「こっちに……こないで……」
こうしてオレは焼け跡の地下で、マリアと酷似した幼女に出会うのであった。




