第63話:上位学園へ
王都に到着した翌朝になる。
新しい家の大まかな掃除は、昨日の内に終わらせていた。
「では、上位学園に行ってくる。二人とも、後は頼んだぞ」
今日はマリアと学園に向かう日。
留守番のエリザベスとリリィに、家の整頓と掃除を任せていく。
「後のことはお任せください、オードル様」
「オードルも気をつけてね」
細かい部分の掃除と、調理器具や食材。家具の買い出しなど、新居で準備することは多い。
ルーダの引っ越しの時も、二人は頑張ってくれた。ある程度のことは任せても大丈夫。
お蔭でオレは安心して、入学の手続きに行ける。
「マリア、準備はいいか?」
「うん、パパ。今度の学園も楽しみだね!」
マリアの顔は希望に満ちていた。
新しい学び舎、上位学園でどんなことを学ぶことが出来るのか。どんなクラスメイトと仲良くなれるのか。
今から楽しみにしているのであろう。いい笑顔だ。
「それでは行ってくる」
こうしてオレたち親子は上位学園へと向かうのであった。
◇
裏路地にある家を出発して、大通りに出る。
通りの流れにそって歩き、そのまま学園のある上級市街地へ向かう。
「まずは、あの城門で手続きをして、上級市街地へと入るぞ、マリア」
街の境目に第二城壁が見えてきた。その向こう側が上級市街の区画だ。
「街の中に、また城壁があるの、パパ?」
「ああ、そうだ。普通の市民は、気軽には向こうには行けない」
王都の街は何重かの城壁によって、堅牢に囲まれている。
一番外側の城壁の内側が、中級市民街と下級街。
これから向かう第二城壁の内側が、上級市街地となる。
王都の上位学園は上級市街地の一角にあるのだ。
「なるほど。でも学園に通うのも大変そうだね、パパ?」
「大丈夫だ、マリア。この通行書があれば問題ない」
昨日の内にダジルに、通行書を用意してもらった。
ここだけの話、上級市街地への通行書は、金さえ払えば入手できる。
不審な市民を規制すると当時に、税金として王家が発行しているのだ。
金儲けが好きな国王の考えたシステムなのであろう。
「そっか! よかった!」
「入学が決まったら通学用の乗り合い馬車もある。だから通学も問題ない」
王都の面積は広大。そのため上位学園は専用の通学用の馬車を走らせている。
馬車は有料だが安全のためには、便利な制度であろう。
「さあ、ここから学園はもうすぐだ」
通行証を見せて第二門を、無事に通過していく。
警備兵の中に顔見知りがいたが、オレに気がついた者はいない。
(ん? あいつは……)
また上級市街地を歩きながら、顔見知りの騎士たちとすれ違う。
以前と風貌が違うために、誰も戦鬼オードルだと気がつかない。
火事も1年以上前のことなので、人々の記憶も風化しているのかもしれない。
人の記憶というものは案外いい加減なものなのだ。
それにしても、顔見知りに気がつかれない……か。
個人的には少し寂しい気がする。
だがこれで王都での確信ももてる。
特に顔を隠さなくとも上級市街地でも、大手を振って歩くことが出来るであろう。
「さあ、あそこが上位学園だ」
第二城門を抜けて進んでいくと、大きな建物が見えてきた。
今日の目的地である王都上位学園だ。
「すごい、大きいね、パパ!」
「ああ、そうだな。大陸でも一二を争う規模の学園だ」
歴史ある王国では、上位階級の教育にも力を入れている。そのため学園もルーダの何倍もの規模があるのだ。
「さて、事務局は……あそこだな。申し込みにいくぞ、マリア」
「うん、パパ! マリア、頑張るね!」
リッチモンドの話では上位学園に入学するためには、簡単な試験があるという。
試験を受けると聞いて、マリアは嬉しそうな顔をしている。
娘はこの数ヶ月間は、村での自習が続いていた。かなり寂しい思いをしていたのかもしれない。
だからこそ自分の知らない知識と出会うことに、マリアは今から興奮しているのだ。
(相変わらず元気だな。さて、どうなることやら)
こうしてオレたちは上位学園の事務局へ入っていくのであった。
◇
事務局の受付嬢にリッチモンドの紹介状を渡して、申し込みをしていく。
さて、今回はスムーズに進んでくれといいのだが。
「えっ……こちらは、ルーダ学園の副学園長……あのリッチモンド様の紹介状⁉」
紹介状の中身を確認して、受付嬢は驚いていた。
王国の学園の世界では、リッチモンドはかなり名が知られているのであろう。かなり驚いている。
奥から事務局長らしき、お偉いさんも確認のためにやってきた。紹介状を何度も確認している。
「問題はないか?」
「はい、お待たせしました、オードルさま。紹介状は特に問題はありませんでした。それで入学希望のマリアさんという方は、どちらに?」
受付嬢はカウンターの向こう側から、オレの周りを見回している。
紹介状はあっても受験者当人がこの場にいないと、入学試験は受けられないのだ。
「マリアは、ここだよ!」
まだ背の低いマリアは元気な声で自己紹介する。背伸びをしながらカウンターの下から、ようやく顔を見せている。
「えっ⁉ この子がマリアさん⁉ オードルさん、失礼ですがお嬢様の年齢は……」
「マリアは六歳だ」
五歳だったマリアはルーダの街にいた時に、六歳の誕生日を迎えていた。
マリアの誕生日は、本人も知らなかった。
だから家族と相談して、“ある日”を誕生日に決定。みんなルーダの家で盛大にお祝い会をしたのだ。
まあ、マリアの誕生の話は、また別の機会に詳しくしよう。
今はとにかくマリアの入学手続きを優先だ。
「えっ……ろ、六歳ですか……?」
受付嬢は混乱していた。
何しろ上位学園は通常十二歳でなければ入学できない。状況が把握できていないのだ。
やれやれ、一から説明してやらないとな。
「娘は六歳だが、既定の学力は修士してきた。そのリッチモンドの紹介状にも書いてあるだろう? 問題はないはずだ」
ルーダ学園と同じく、上位学園の入学にも年齢は関係ない。
初等学園の全ての学科を修めた学力があれば、誰でも上位学園の入学の資格があるのだ。
「は、はい……たしに、そうですね。大変失礼いたしました。始めてのケースだったので混乱してしまいました。では、そちらの席で、入学試験を受けてもらいます」
混乱から立ち直った受付嬢は、試験の準備を始める。
びっしりと問題が書かれた用紙を、事務局の端の席にもっていく。かなり難しそうな問題ばかり。
今回もマリアは入学試験を受けるのだ
「じゃあ、パパ。いってくるね!」
「ああ。いつものように楽しんで勉強するんだぞ、マリア」
入学試験を受けるためにマリアは、試験席に向かう。
担当の教官らしき男が立ち合い、さっそく試験がスタートする。
さて、ここから先は親が手伝うことはできない。
受験者当人の力だけで、試験に合格しなければいけないのだ。
「では、オードルさん。一応ですが、こちらが合格した場合の、入学の手続きの用紙です……」
冷静に戻った受付嬢は、事務的に説明をしてくる。
まずは試験を受けてもらう。
その後に採点をして、合格なら入学できると。
万が一不合格な時は、一ヶ月後に再試験を受けることができるのだ。
「あと、合格した場合ですが……」
合格した時は、今日中に入学の手続きを行うという。
入学金を支払って、書類に親がサインしていく。
制服は近くの洋服店が特約店になっているので、すぐに作ってくれるという。
「当学園は特に入学の儀はないので、制服が完成次第、授業を受けることができます。説明は以上です」
受付嬢の説明を聞き終える。
なるほど、そういうことか。
ルーダ学園とは違い、ここは専門的な勉学をする場所。
学校行事はほとんど無く、あくまでも上質な勉強を生徒が学んでいく制度なのだ。
学校行事が少ないのは、父親として少し寂しい気がする。できれば運動会などで、またマリアの勇姿が見たかった。
だが集中して上質の教育を受けられるのは有り難い。勉強好きなマリアにはピッタリな環境だ。
それにクラスメイトと仲良くするのは、明るいマリアの得意技。
学校行事が無くても心配はないであろう。
「パパ、終わったよ!」
説明を聞き終えたタイミングで、マリアが戻ってきた。
よほどテストが楽しかったのであろう。いつも以上に満面の笑みだ。
「えっ⁉ もう……ですか⁉」
マリアのあまりの早すぎる終了に、受付嬢はまた驚く。今まで一番ビックリした顔だ。
試験官の方に顔を向けて、採点の結果を尋ねる。
「ご、合格です……全問正解の満点で、見事に合格です……」
試験官も言葉を失いながら、受付嬢に伝えてきた。
王都の上位学園は大陸の中でもハイレベル。
普通の入学希望者は満点と取ることは出来ない。
だが、たった六歳の幼女が、あっとう間に解き進んでいく。そして完璧な回答で満点をとった。
試験官も信じられないのであろう。
「すごい……この学園創立以来の才女かもしれな……」
あまりのことに試験官は興奮しだす。
はっと我に返り、オレの方に駆けてくる。
「オードルさん、よかったお嬢様を……マリアさんを、ぜひ特別クラスに入学させてみませんか⁉ 入学金と学費は全て無料になります! そして、普通の生徒では受けられない、上級な授業を受けることができます!」
試験官は興奮しながら説明してきた。
受け嬢に急いで用紙を持ってこさせる。
「こちらが詳しい特待生の制度です!」
なるほど。
学力が特別に高い生徒だけが入ることができる特待生のコース。
こんな特別なクラスもあったのか。
用紙を細かくチェックしていくが、特に怪しいこともない。
あとは、マリア本人の意思しだいだな。
「どうする、マリア?」
「うん、パパ! マリアはいっぱい勉強したい!」
「そうか、それなら決まりだな」
本人の意思の確認もできた。
では特進コースへと入学させてもらうことにするか。
何よりマリアの意志が最終戦だ。
「ありがとうございます、オードル様。では、手続きの方はこちらで全て行っておくので、制服が完成しだい、この事務局にいらしてください。授業にご案内します」
最初に比べて試験官は、かなり丁寧な対応になってきた。
予想以上にスムーズに入学が出来そうだな。
「じゃあ、マリア。これで決まりだな」
入学試験は無事におわる。
特に大きな問題は起きなかった。
むしろ特待生として特別待遇で入学することになったのだ。
「うん、パパ。マリア、授業が楽しみ!」
こうして王都でのマリアの学園生活がスタートするのであった。
 




