第62話:ダジル商店
王都に無事に到着したオレたちは、1年滞在場所を探すことにする。
一般市民の住んでいる区画、中級街へとやってきた。
オレの知り合いに探してもらうのだ。
「ここだ」
中級街の一角のある建物に、到着する。人通りがそれほど多くない商店街の裏通りだ。
「『ダジル商店』? 商店にしては、随分と目立たない店ね?」
「お化け、でそうだね、パパ!」
目的の人物はダジル商店という店の店主。
エリザベスが指摘するように、店の外観は地味。
古い木造の建物に小さな看板があるだけで、集客する気がなさそうな店だ。
「知る人ぞ知る商店だからな。だが信頼はできる。さあ、入るぞ」
店の前にいても話は進まない。
フェンはエリザベスの馬の見張り番に残しておく。他のオレたち4人は商店の中に入っていく。
◇
「入るぞ」
重い扉を開けて、店内に入っていく。
薄暗い店内にはカウンターと、テーブル1個があるだけのシンプルな作り。
「あれ? だれもいないね?」
「そうですわね、マリア様。静かですわね」
「もしかしたら店主が留守中とか、リリィ?」
女性陣は静かな店内に戸惑っていた。
何しろ店番は誰もいない。
だがダジル商店はこれが通常業務。初来店した客は、こうして戸惑うこと間違うのだ。
「住まいを探しにきた。できれば今日中に探してくれ」
誰にもいない店奥に向かって、オレは声をかける。この店では接客など待つ必要はない。
恐らくは店主は奥の事務室にいるのであろう。
「ふん。今日中に、とは急すぎるな」
少し間をおいてから、奥から男性の声がする。思っていた通り、奥の部屋のいたのだ。
「それにウチは女子を若い女子を侍らす輩には、商売をしとらんぞ。帰れ!」
客の顔を見ないで追い返す接客。ぶっきらぼうな店主だ。
「ダジル、相変わらず元気そうだな。そんな愛想だと、可愛い孫に嫌われるぞ」
「余計なお世話じゃ! っ……ワシの孫のことを、何で知っているのだ⁉」
ダジルに可愛い孫がいることは、常連客の中でも限られた者しか知らない。
初めての客が、なぜ、その身内の話を知っているのだ?
ダジルは驚いて見せおくから顔を出してくる。皺くちゃだが筋肉質の老人だ。
「ようやく顔を出したか、ダジル。相変わらず元気そうだな」
「お、お前さんは……その声は……その眼光は……まさかオードルじゃと⁉」
オレの顔を凝視して、ダジルは目を見開いて驚いていた。まるで幽霊を見たかのような顔をしていた。
「ああ、そのオードルだ。それ以外に誰がいるんだ?」
「いや、そうだが……だが、一年前のあの火事で、お前さんは、死んだはずじゃ⁉ それに、その変わり果てて風貌は⁉」
“戦鬼オードル焼死事件”は王都の誰しも知る火事だった。
情報通のこの老人が知らないはずはない。
今のオレの風貌は、王都時代とは大きく変貌していた。
トレードマークの獅子のような髭と長髪を、サッパリカット。初見では誰も見破れない完璧な変装。
だから顔見知りだったダジルも、信じられずにいたのだ。
カウンターの向こう側から身を乗り出し、覗き込んできた。
「オレは幽霊ではない。こうして足もある。あの火事も“色々”とあっただけだ」
「なるほど、やはり、そうか。ワシもきな臭い焼死の発表じゃと思っていたが……苦労しただのう、お前さんも」
ダジルに学はないが、頭の回転が早い男。
オレの簡単な言葉でだけで、全ての事情を理解してくれた。
『戦鬼オードルは王国の上の者によって粛清された』ということに。
「だが、この一年以上、どこに行っていたのだ⁉ 王国内はもちろん、近隣諸国でもお前さんの活躍の情報はなかったぞ⁉ 生きておったんなら、どこぞ傭兵として名を……いや、分かったぞ! 今日は王都を、王国の国取りに来たのか⁉」
この手の質問は前にも、剣聖ガラハッドにされたような気がする。
王家に粛清されたオレが、国王に復讐をするために動いているとか。それに今回は国取りまで加わっていた。
たしかにオレは戦場を嫌いではない。だが暗殺されそうになった程度で、復讐鬼なるほど心は狭くない。
まったく人のことを戦狂に勘違いしないで欲しい。
「王都を脱出した後は、国外にある故郷で静かにしていた。今回は娘の入学のために、王都に引っ越しにきたのだ」
脱線していた話も、ようやく本題に入ることができる。
王都で長い間、借りられる家を探してもらう。そのためにダジルに相談にきたのだ。
「そうか、国取りではなかったのか。だが、お前さんが国取りをするのなら、ワシもひと肌脱いでやるぞ! いつでも言え。今回はお前さんの娘の入学のために……娘じゃと⁉」
「ダジルさん。こんにちは、マリアです!」
「お、おう、ワシはダジルじゃ。それにしてもあの戦鬼オードルに、こんな天使のような娘子がおったとは……」
マリアの元気な挨拶を見て、ダジルはこれまで最大に目を見開く。
オレが生きていたと知った以上の驚きようだ。
「まさか、あのオードルに娘がおったとは……」
オレに娘がいることは、それほど信じられないのであろう。
とにかく事情を説明して、話を進めないとな。
「実はダジル。オレが故郷に帰った時に……」
マリアとの出会いを一から説明する。
昔の知り合いに再会した時、この話を毎回しているような気がする。
エリザベス、リッチモンド、そして今回のダジルと。
とにかく今後のために誤解を生まないように、ちゃんと説明しておく。ついでにエリザベスとリリィのことも簡単に伝える。
「……という訳だ。だから娘のために王都に来た。」
「なるほど。事情は分かった。条件にあった物件が一つだけあるぞ」
オレから貸家の条件を聞いて、ダジルはすぐさま返事をしてきた。
態度は悪く顔は怖いが、この男の仕事の早さは定評がある。頭の中で物件の条件を、瞬時に検索したのであろう。
それに随分と返事が早いな。いったいどんな物件なのだ?
「物件は、この商店の裏にある民家だ。馬を預かる店も近くにあるから、条件にピッタリじゃ。ちなに民家はワシが大家。今日からでも貸せるぞい」
なんと物件はすぐ裏にある建物だという。しかもダジルが大家ときたか。
それなら勧めてくる理由が理解できる。
「そうか。それなら借りることにする」
「ん? 内見をしなくてもいいのか、オードル?」
「ああ。ダジルのことは信用している。内見の必要はない」
ダジルには昔から世話になっていた。
この男が条件を当てはめてくれたのだから、間取りや環境など問題はないであろう。
さっそく場所に案内してもらおう。
「ふん。相変わらず変わった男じゃのう、お前さんは」
「ダジルには言われたくないが。では、これから一年間、世話になるぞ」
さて、これで王都の住まいは見つかった。
この近隣には市場もあるので、日々の生活にも不自由はしない。
それに顔見知りが多い上級市街地からも、離れた位置にある。
安心して家族で暮らしていけそうだ。
「さあ、こっちじゃ」
ダジルにそのまま貸家に案内してもらう。
うむ。確かにオススメしてくれたように、いい物件。
家族4人と子犬フェンで住むには、ちょうどいい感じだ。
環境も静かな裏通りにあるので、マリアの家勉強の妨げにならないであろう。
「さて、貸家に入ったら、荷物整理に掃除、買い出しと忙しくなる」
新たなる家を前にして、皆に声をかける。
「掃除のことは私にお任せください、オードル様」
「力仕事なら私に任せてちょうだい! あと買い出しも。王都では役立ってみせるぞ」
「マリアもがんばる!」
『ワン!』
何事に関しても元気があり、前浮きなのが我が家のいいところ。
女性陣も新しい王都の暮らしに目を輝かせている。
(さて、住処は無事に決まった……明日は上位学園に行かないとな……)
こうして王都での新しい暮らしは、順調に進んでいくのであった。
 




