第60話:【閑話】国王の話、その4
《国王視点》
目の上のたん瘤であった戦鬼オードルを、無事に粛清して国王には明るい未来がまっている……はずであった。
だが、自分の政策はことごとく失敗に終わり、国王は不幸になっていく。
そして、ここ数ヶ月、国王は更なる不幸に見舞われていた。
発端となったのは、ある出来ごと。
ルーダ学園に特別課税をかけて、自分の私腹を肥やそうと実行した時であった。
◇
今から約3ヶ月前。
近衛騎士団を引き連れて、国王はルーダの街の手前の砦まで到着していた。
翌日の昼にはルーダ入り。そのまま真っ直ぐルーダ学園に向かう予定だ。
学園の後はルーダの太守の城に、向かう予定を立てていた。
ルーダの街の全体の税率も、ついでに上げて私腹を肥やそうとしていたのだ。
「がっはは……明日は楽しみだのう!」
金の生る木のルーダを目の前にして、砦での夜の国王は上機嫌であった。
砦の最上階での特別室で、ブドウ酒を飲みながら笑い声を上げていた。
「これでワシの金も一気に……ぶひひ!」
その日は特に事件もない夜だった。
外は少し風が強いくらいで、近衛騎士からも異常の報告はなかった。
少しだけあったとすれば。
近衛騎士団長にしてやった剣聖ガラハッドの姿が、どこにも見えなかったことくらい。
あの剣聖が自由気ままな性格なのは、国王自身も承知している。剣聖を従えているだけで箔がつくのだ。
だからその夜の国王は、特に気に留めていなかった。
「ん?」
そんな楽しい夜が進んでいたころ。
砦の屋上から何やら音が聞こえてきた。
だが上機嫌の国王は、特に気に止めなかった。
何しろ砦には、千人を超える騎士兵士が駐屯している。
こんな場所に忍び込む命知らずの賊など、いないであろう。
「さて、もう一度、ワシの金の勘定でもするかのう……ぐふ……」
国王に記憶があるのは、そこまでであった。
目の前が急に真っ暗になったのだ。
◇
「……? ここは?」
次に気がついた時、国王はベッドの上で翌朝を迎えていた。
酔っ払って、そのまま寝てしまったのであろう。と国王も特に気にすることはなかった。
「さて……」
部下からの朝の報告を聞いていく。
何でもガラハッドの奴が昨夜に屋上で、剣の稽古をしていたという。
その衝撃波により屋上の一部が破損。さらに本人も負傷したというのだ。
まったく剣聖という存在は、変わった人種なのか。
まあ、ガラハッド一人いなくても、ルーダの街では困ることはない。
何しろワシには千人を超える近衛兵団がいるのだ。
「さ……」
気分を切り替えて、部下たちに号令をかけなければいけない。
国王は着替えと朝食を済ませて、砦の広場へと向かう。
『皆の者、ルーダの街に向けて出発じゃ!』……そう、近衛騎士団に号令をかけようとした時。
国王の全身に寒気が走る。
とてつもない恐怖が、心の奥底から込あげてきたのだ。
「皆の者……王都に帰還じゃ!」
直後に国王の口から発せられたのは、自分でも信じられない内容。
帰還の号令だったのだ。
「「「陛下⁉」」」
側近たちは急な予定変更に、理由を尋ねてくる。
何しろ近衛騎士団は出陣させるだけで、莫大な経費がかかる。
「それでは陛下、ルーダの街と学園のことは、今後はどうなさるのですか⁉」
「ワシが王都に帰還すると言ったら、帰還なのじゃ! ルー………、あの街には今後はかかわぅってはならん!」
部下たちを叱り、国王は強制的に帰還の準備をさせる。
同時に自分中で奇妙な現象が起きていた。
『ルーダ』という単語を、自分の口から発せられずにいたのだ。
とにかくルーダの近郊から立ち去りたい一心。
もう二度と関わってはいけない恐怖。
「早く王都に戻るのじゃ!」
こうして国王はルーダ学園から手を引くのであった。
◇
だが奇妙な現象は、その後も国王を襲う。
本当の不幸はこれからが本番であった。
王都に帰還した国王は、新しい金儲けの手段を模索していた。
「ぶひっひ……次は……」
何しろ近衛騎士団の出陣によって、自分の私財の多くが減ってしまった。
国王直属の兵団は、自らが金を出さないといけないのだ。
次はどこから税金をしぼりとってやるか。
「うう……ううう……」
だが、砦から帰還した国王は、夜な夜な悪夢を見るようになっていた。
内容は朝起きると、ほとんどを忘れている。
だが、一つだけ鮮明に覚えていることがあった。
それは『奇妙な仮面の大男』……が悪夢に出てくるのだ。
仮面の大男は国王にとって本当に恐ろしい存在。
何しろ自分が金集めの策を考えた夜に限って、悪夢として見てしまうのだ。
「祈祷師を呼べ! あと、薬師も! 占い師もじゃ!」
国王は悪夢を取り払うために、王都中の術師を呼び集めた。
だが誰が見ても、原因は不明。
お蔭で国王は眠れない夜を、三ヶ月も過ごしていくのであった。
薄かった髪の毛は、更に薄くなり、白髪どころの話ではなくなっている。
「国王陛下にお知らせしたことがあります……」
そんな時、国王に救いの神が現れる。
王城にやってきた進言してくれたのは、聖教会の見習いの巫女であった。
「もうすぐ北の方角から、救いの影が見えます……」
「なんと、北から、ワシの救世主が⁉」
ワラにもすがる想い。
巫女の言葉を、国王は聞き逃さまいと書き記させる。
「はい、その者は頼もしき救世主……それに従うは小さき賢者……そして強き女戦士と、巡礼の少女……あと、白銀の神獣と神馬……この姿が見えます……」
巫女が口にしたのは、天神からの啓示であった。
その証拠に巫女の口調は、神々しいものだった。啓示を伝えた直後、見習いの巫女は気絶してしまう。
国王の窮地を救うために、天神が救いの手を差し伸べてくれたのであろう。
「おおお! このワシにもついに天運が味方を! よし、王都中を探すのじゃ! このワシを救ってくれる救世主を! 頼もしき“北の救世主”を探すのじゃ! これでワシの金運も上向きじゃ!」
こうして国王は元気を取り戻す。
自分を救ってくれる希望の“北の救世主”を求めて。
◇
「……さて。ようやく、王都が見えてきたな……」
それはオードル一行が、ちょうど王都に到着した日の話。
“北から”王都に来たのだ。
こうして強欲な国王には、更なる不幸が待ちかまえているのであった。




