第59話:新たなる旅立ち
王都の話について、夕飯の後に切り出すことにした。
今、マリアは自室で本を読んでいる。
そのタイミングを狙って、居間にいたエリザベスとリリィに王都の話をする。
「……という訳で、引っ越しを検討している。だが王都には問題も多い。みんなの忌憚のない意見を聞かせてくれ」
全ての事情を説明して、全員の意見を聞いてみる。
反対意見が一人でもいたら、引っ越しは諦めるつもり。
何しろ引っ越しは家族全員に関わる問題。誰もが幸せになれるようにしたいのだ。
「私は問題ありません、オードル」
リリィは真っ先に賛成してくれた。満面の笑みで微笑んでいる。
「本当かリリィ。だが聖教会の連中はどうする?」
王都は聖教会のテリトリーでもある。リリィの正体がバレるのは危険だ。
「バレた時は……その時です。いつもオードル様も、そうおっしゃっていました。それにマリア様の学業の方が、今は大事です。大事な……妹には陽の当たる場所を、このまま進んでいって欲しいのです」
リリィは幼い時に聖教会に拉致され、聖女して大聖堂の中に閉じ込められた。
彼女の貴重な青春時代は、薄暗い大聖堂の中だけで終わっている。
だからこそ姉として妹マリアには、幸せな人生を送って欲しいと願っていたのだ。
本当に有りがたいリリィの心遣い。
あとは、もう一人の当事者であるエリザベスの意見を聞いてみないと。
「さて、私も準備をしないとね」
意見を口にする前に、エリザベスは席を立つ。
「準備だと? いったい何の準備だ」
「もちろん、王都への引っ越しの準備よ。今回もコンパクトに荷造りしないとね」
なんとエリザベスは引っ越しの準備に、早くも取り掛かるという。
だが王都でのレイモンド家の追っ手の問題はどうするのだ?
「私の考えもリリィと同じよ。何とかしてみせるわ。だって、大事な妹マリアの将来のためだからね!」
エリザベスも満面の笑みで答えてきた。
上位学園に進学してもらうために、家族が今こそ力を合わせる時だと。
一見すると大胆すぎる決断だが、この猛進さがエリザベスの良さ。
難しく考える前に、行動して道を切り開いてきたのだ。
「それよりもオードルの方は大丈夫なの? 王都は“色々と”大変よ?」
エリザベスが逆に心配してくる。
何しろオレは国王に命を狙われていた。
リリィとエリザベスの何倍も危険な状態なのだ。
「問題はない。マリアの未来を考えたら、国王など者の数に入らない」
今のオレの第一優先はマリアの学業。
もしも国王にバレてしまったなら、王国自体をどうにかしてやる。
それほどの強い意志でオレは、今のオレは臨んでいたのだ。
「王国をどうにかするなんて……相変わらず凄い考えね。でもオードルがいたら心配はなさそうだわ。あと、フェンも大丈夫よね?」
床で話を聞いてフェンに、エリザベスは話をふる。
忘れてはならない。こいつも大事な家族の一員なのだ。
『王都には美味しい食べ物が、いっぱいあるんだよね? もちろんボクも大賛成だワン!』
尻尾を振りながらフェンも賛同してきた。口からヨダレを流れてきた。
つい先ほど夕ご飯をたらふく食べたというのに、何という食いしん坊なのであろう。
だが、これで家族全員の賛同がとれた。
「さて、それではマリアの部屋に行ってくる」
最後は当人に確認してくる。
王都に引っ越して上位学園に入学したいか?
本人の意思の確認だ。
「マリア、入ってもいいか?」
「うん、いいよ!」
マリアの自室に入っていく。
難しい専門書を、また読み返して勉強しているところだった。
「実は上位学園のある王都に、また一年ほど引っ越そうと思う……」
オレは今回の経緯を話していく。
マリアを心配させないように、何も問題ないことを説明する。
「……という訳だ。マリアは上位学園に行ってみたいか?」
「うん! マリア、行ってみたかったの! もっと色んなことを勉強してみたいの!」
マリアは目をキラキラさせながら答えてきた。
この2ヶ月間の我慢していた、新たなる勉学への感情を出してくる。
「そうか。我慢させて悪かったな、マリア。それなら早速引っ越しの準備をしよう」
「本当に⁉ パパ、ありがとう!」
よほど嬉しかったのであろう。マリアは飛び跳ねて、抱きついてきた。
」こんなに喜ぶのなら、もっと早く決断してやればよかった。
すまなかったな、マリア。
(さて、王都か……まあ、何とかなるだろう……)
こうしてオレたち一家の新たなる引っ越しが決まった。
今度の行く先は王都。
なんとなく波乱に満ちた新天地になりそうな予感だ。
◇
それから数日が経つ。
引っ越しの準備が終わる。
村での仕事の引き継ぎも順調に完了。
前回の引っ越しとは違い、なんのトラブルもない。
「さて、いよいよか……」
オレたち一家が村を旅立つ朝がやってきた。
オレとマリア。聖女リリィと白魔狼フェン。女騎士エリザベスと愛馬。
合計4人と2匹の門出だ。
みんなで一緒に家を出て、村の正門に向かう。
「オードルさん、村のことは任せてください!」
「マリアちゃん、帰ってきたら、また遊ぼうね!」
「エリザベスさんもお気をつけて!」
「リリィ、パン屋の修行を怠るのではないぞ!」
今回も村人総出で、見送りに来てくれた。
青年団や村の子どもたち。
リリィの村での師匠のパン職人まで、声援を送ってくれている。
まるでお祭り騒ぎのような見送り。
ここは辺境の貧しい村ではあるが、こうした人情味だけはどこの村にも負けてないのだ。
「じゃあ、行ってくる。村のことは頼んだぞ」
見送りの村人たちに手を振り応える。今回はオレも後の憂いをなく旅立てる。
今の村の状況なら、オレがいなくても大丈夫。
村長や青年団の連中が、問題を解決してくれるであろう。
オレも安心して留守にできるのだ。
「さて、準備はいいか、お前たち?」
村の正門を潜る前に、最終確認をする。
今回の目的地は少し遠い。忘れ物をしても、村に取りに戻れないのだ。
「私はもちろん大丈夫よ!」
旅慣れたエリザベスは、頼もしい笑みで答えてきた。
今回も彼女は流れの女傭兵風スタイル。
動きやすい武装で、全員の大きな荷物を愛馬に乗せていた。
危険な街道沿いでの長旅では、エリザベスの存在は非常にありがたい。
「私も大丈夫です、オードル様」
リリィも優しい笑みで答えてきた。
彼女は一般巡礼者の恰好をしている。
大聖堂がある王都までは、他の巡礼者も多い。だからこの恰好が一番怪しまれないのだ。
道中でバレる心配も無用。大陸に一人しかいない聖女が、まさかの一般巡礼者の恰好をしている。
誰も予想もしないであろう。その盲点をついた格好なのだ。
「マリアも!」
元気いっぱいにマリアも答えてきた。
マリアも巡礼者風の動きやすい格好。リリィとセットで歩けば、姉妹の巡礼者に見えて自然だ。
武装しているエリザベスは、二人の護衛の女傭兵に見えるであろう。
「マリア、頑張って歩くね!」
前回の出発の時とは違い、今回マリアは村から自分の足で歩いていく。
本当にたくましく成長したものだ。
可愛い娘を抱っこできないのは、内心ではオレは悲しい。
だが、険しい道や危険な箇所は、もちろん抱きかかえる予定だ。
『ワン!』
最後にフェンも答えてきた。
いつものように手ぶらの気軽旅の格好。
だが、嗅覚と危険探知が鋭い白魔狼フェンは、長旅では有りがたい存在。
特に夜の野営では、フェンが見張っているだけ、オレたちは安心して眠ることができるのだ。
今回も頼りにしているぞ、フェン。
『ワン!』
ああ、そうだな。
もちろん、途中の宿場町では美味い飯を食わせてやるぞ。
安心しろ。
よし、これで全ての最終確認は済んだ。
リッチモンドの紹介状も持ったのだ、大切な忘れ物もない。
「では、出発するぞ。目指すは、王都だ」
全ての準備を終えて、オレたち一家は村を旅立つ。
目指すは王国の最大都市である都。
(さて……今度は何が待っているやら……)
こうしてオレたち一家は因縁の都“王都”へ向かうのであった。
 




