第58話:成長した村
赤大虎を狩り、村に帰還した翌日になる。
昨日の内に解体しておいた赤大虎を、今朝は素材の選別作業。
村の加工場で、オレは村人たちに指示を出していく。
「その毛皮は防寒用になる。大きさをカットしておけ」
赤大虎の毛皮は、抜群の保温効果がある。
冬の寒さが厳しい村には、宝のような存在なのだ。
かなりの大きさがあるので、人が着られるサイズに合わせて加工してもらう。
「そっちの骨と爪は捨てるな。鍛冶場に持っていけ」
魔獣の骨や爪は、金属を混ぜて加工することができる。固さと柔軟さをもった金属を作れるのだ。
そのため村の自衛のための武器や防具に最適。
これで村の防衛力は更に強化されるであろう。
「あと、肉はいつものように保存用に加工だ」
魔獣の肉は人が食べることができる。
しかも美味く栄養が満点。村人たちの成長の促進にピッタリなのだ。
今回もかなりの肉量がある。食べきれない分は、塩漬けにして保存だ。
あと内臓も加工して、薬として利用ができる。
よし。これで大部分の部位の選別がおわったな。
あとは分別の判断は大丈夫か?
「オードルさん、この頭はどうしますか?」
作業をしていた青年が、尋ねてきた。
赤大虎の巨大な顔は、どうするのかと?
「牙は抜いて鍛冶場に。残った顔は丸ごと剥製にして……そうだな、村の正門にでも飾っておけ」
魔獣の顔には、魔よけの効果がある。
特に赤大虎の顔は、大の大人でも腰を抜かすほど恐ろしい眼光。
村の周囲に掲げておけば、野生の狼や熊などは逃げていくであろう。
また掲げられている赤大虎の顔を見たら、山賊たちも躊躇するであろう。
何故なら、その村には凶暴な魔獣を倒せる強者がいる証。
普通の山賊では返り討ちに合うのだ。
「さて、これで選別作業は終わりだな。あとは任せたぞ」
村に帰郷してから、ここ3ヶ月の間。
オレは数体の魔獣を狩って、村に持ち帰っている。
お蔭で村人たちも魔獣の解体作業に、だいぶ慣れている。あとの作業は任せても大丈夫であろう。
「さて、いくとするか」
村長から呼ばれていたオレ、解体現場を後にするのであった。
◇
村長宅にやってきて、話を聞いていく。
今回はどんな仕事を頼んでくるのであろうか?
「ん? 今日は何もないのか、ジイさん?」
だが、いくら話を聞いていても、世間話は出てこなかった。
村長は何気ない世間話だけをしてきたのだ。
「そうじゃのう、オードル。最近は特に問題はないぞ」
「たしかに、そうかもしれないな」
久しぶりに帰郷した村は、平穏が続いている。以前は野生の獣や山賊に、村人は怯えながら暮らしていた。
だが今は特に大きな問題は起きていないのだ。
「これも青年団の連中が、留守中も頑張ってくれたお蔭だな」
ルーダの街に引っ越していた1年間。
若者たちが村を守ってくれていた。
彼らは森林の開墾や、農地の開発に、日々精を出していた。
同時に村の見回りと自衛にも力を入れていた。
村を旅立つ前の約束を、青年団の皆は立派に責務を果たしていたのだ。
「彼らが成長できたのも、これもオードルのお蔭じゃ。感謝しておる」
「なんだ、ジイさん、急に褒めても何も出ないぞ。まあ、アイツ等が立派になってくれたおかげで、オレも楽をできるな」
青年団が村の仕事を引き受けてくれる。
お蔭で今のオレは、自由に行動していた。
遺跡の探索や魔獣狩りが出来るのも、その一つ。定期的に村を留守にしても、今の村は安心なのだ。
「それにオードル、最近じゃ移住希望者も増えてきて、労働力も増えているのじゃ」
「移住者か……そうだな。知らない顔が、随分と増えていたな」
前までは村は300人程度の規模しかなかった。
だが移住者が増えて、今では400人以上になっている。
この村は暮らしが安定して、安全になった。その噂を聞いて、近隣の貧しい村から移住をしてきたのだ。
「昔からは考えられない規模になってきたのう」
「村人が増えたら問題は増えるが、その分だけ労働力も大きくなる。村長の腕の見せどころだな、ジイさん」
ここは開拓によって出来た村。よそ者の受け入れに関して寛容なのだ。
その代わりに移住者は労働者として、村の開拓の仕事に従事する。
つまり村人が増えていくほど、村の暮らしは安定していくのだ。
「まあ、そういう訳では村は安定しておる。“何か”あったら気にすることはないぞ、オードル」
村長は急に口調を変える。意味深な顔で、オレの顔を見てきた。
「どういう意味だ、ジイさん?」
「お前さんの娘のマリアは、辺境には勿体ない才能がある。いつでも“次の場所”にいっても大丈夫じゃぞ」
「その話か……まあ、考えておく」
その後も少しだけ、村長と雑談をしていく。
適度に話を切り上げて、オレは村の中心部へと向かうのであった。
◇
次に向かったのは学校である。
エリザベスがいない間も、学校は運営されていた。村の大人たちが、変わりに教壇に立っていたのだ。
また移住者の中に、街での教師の経験者がいたらしい。今はその者が、子どもたち教えていた。
今はまだ午前中で、授業のない時間。校舎には誰もいない時間帯だ。
オレは気配を消しながら、教室の中を探っていく。
「やはり、いたか……」
静かな校舎の中に、一人の少女を発見する。
(マリア……今日も自習しているのか)
教室にいたのはマリアだった。
リッチモンドから貰った専門書を見ながら、一人で自習をしている。
(今日も勉強熱心だな)
村に戻ってきてから、マリアはこうして自習を続けている。
村の教師のレベルでは、もはやマリアに教えることはできない。だから貰った専門書で、自分で勉強するしかないのだ。
(ん? 専門書が、もうあんなにボロボロに……)
専門書は新品状態で、村に持ってきた。
だがふと見ると、ボロボロになるまで使い込まれている。マリアが何度も読み直して、メモをして勉強したためだ。
(もう、あの専門書でも学習が追いつかないということか……)
マリアの知識を吸収してスピードは凄まじい。学者であるリッチモンドが舌を巻くほど。
普通なら1年以上かかる専門書を、マリアは1ヶ月もかからずに読破してしまっているのだ。
今、行っているのは復習学習であろう。
学ぶ物が無くなってしまい、何度も読み返して勉強しているのだ。
(やはり、マリアを上の学園……上位学園に入学させた方がいいのか?)
ルーダ学園でマリアは、12歳までの教育の全てに合格していた。
それ以上に学びたいなら、上の段階である上位学園に入学する必要があるのだ。
(だが近隣で上位学園があるのは、あの王都だけ……か)
上位学園は大陸にも数か所しかない。
学問的に一番進んでいるのは王都にある。
あそこの上位学園ならマリアに、更に進んで勉強を受けさせることが出来るであろう。
(だが王都に引っ越すのは……)
オレは王都の屋敷で、国王の手の者に粛清された。
今は風貌を大きく変えているので、初見では王都の連中にも見破られないであろう。
だがエリザベスと剣聖ガラハッドの例もある。
戦いとなれば、オレは独自の戦い方が出てしまう。
王都で目立ってしまえば、知り合いにバレてしまう危険性があるのだ。
(それにエリザベスの問題もある……)
女騎士エリザベスは、王国レイモンド公爵家の令嬢。
今は家出中で、公爵家の追っ手から逃げている最中だ。
ルーダの街では無職ということもあり、基本は家にいた。だから彼女の正体がバレる事件はなかった。
だが王都にはレイモンド家の屋敷もあり、エリザベスの顔見知りが多い。
何か策を講じなければ、必ず見つかってしまうのだ。
(あとリリィもか……)
リリィは聖教会の元聖女。聖教会の総本山の大聖堂は王都にあるのだ。
一応は馬車の落下事故で、“聖女リリィ”は死んだことになっていた。
だが彼女の顔を知る教団の者が、王都にもいるであろう。
エリザベスと同じように、バレてしまう危険性が大きい。
とにかく家族総出で王都に引っ越すのは、危険が沢山あるのだ。
(さて、困ったな……)
前に聞いた時、マリアはもっと勉強したいと言っていた。上位学園にも興味がある。
だが今はオレのことを気遣っているのであろう。
王都の上位学園に通いたい、とは言ってはこない。
何かしらの事情を抱えている家族のことを、マリアもどこかで察しているのかもしれない。
(とにかく今宵でも、みんなに相談してみるか……)
一人で問題を抱えこんでしまうのは、オレの悪いクセである。
一年前のルーダに引っ越す時も、それで村の皆に心配をかけてしまった。
だから今回の王都の件に関しては、みんな……家族全員に相談してみる。
(さて、どうなることか……)
こうしてオレは家に帰宅。
夕飯後にエリザベスたちに、王都引っ越しの件を相談するのであった。
 




