第57話:新たなる日常
ルーダの街から村へ戻ってから、2ヶ月が経つ。
オレたち一家は前と変わらず、村で平和に暮らしていた。
体力系担当のオレと女騎士エリザベスは、村の農作業や開墾作業に手伝う。
マリアも元気に村の友だちと遊び学んでいた。
新しい住人である聖女リリィも、村人に歓迎されていた。
村に一人だけいるパン職人に教わりながら、毎日のようにパンを焼いていた。
最後に白魔狼のフェン。
前と同じように村の周囲の哨戒を頑張っていた。
この2ヶ月間、みんなで一緒に村でゆっくりと過ごしているのだ。
◇
そんな生活の中。
今日は朝早くから、エリザベスとフェンの三人で“ある場所”に挑んでいた。
場所は村から少し離れた深い森。その外れにある石造りの遺跡。
つまり三人で古代遺跡の探査に挑んでいたのだ。
ルーダの街から帰郷してから、オレは古代遺跡の探索を積極的に行っていた。
今回でもう数度目の遺跡探索となる。
目的は旧友リッチモンドのための古代品を探すこと。
あとはオレの腕が鈍らないようにするため。ついでにエリザベスとフェンの鍛錬も兼ねている。
「フェン、右だ!」
『わかったワン、エリザベス!』
今もちょうど、フェンとエリザベスが、巨大な獣と激戦を繰り広げている。
今回見守り役のオレは、手を出さない約束。
相手は鋭く尖った牙をもった、巨大な虎の魔獣……赤大虎だ。
こいつは炎のように真っ赤な体毛をもつ、森の強者である。
そんな赤大虎との戦いは激しく続いていた。
だがついに決着の時が来ようとしていた。
『よし! 捕えたワン!』
赤大虎の喉元を、フェンの鋭い犬歯が捕える。
何度もアタックして、ようやく掴んだ好機だ。
『エリザベス!』
「ああ、でかしたぞ、フェン!」
好機を逃す二人ではない。そのまま一気にエリザベスが斬りかかる。
鋭い斬撃で、首元を一刀両断。見事に赤大虎を倒したのだ。
頭部を失った赤大虎の胴体は、大きな音を立てて遺跡の床に倒れ落ちる。
『ナイスだワン、エリザベス!』
「フェンも見事な飛び込みだったぞ」
危険な魔獣との戦いを終えて、二人は勝利に深い息を吐く。
今まで戦いの疲れが、一気に込み上げてきたのだ。
(ん?)
そんな時、絶命したはずの赤大虎の前足が、ピクリと動く。
「油断するな、お前たち!」
監督していたオレは、エリザベスの槍で赤大虎の魔核を貫く。
これで完全に止めは刺した。
もう大丈夫であろう。
『なんと……まだ死んでいなかったのかワン⁉』
「凄まじい生命力だな」
赤大虎の生命力の強さに、二人も驚いていた。
何しろ首を切断しても、まだ攻撃を仕掛けようとしてきたのだ。
普通の獣では有り得ない生命力である。
「魔獣の中には、しぶとい個体もいる。覚えておけ、お前たち」
魔獣は普通の生き物とは違う理の中で、存在している。
首を斬り落とそうが、心の臓を貫こうが油断はできない。
唯一の弱点である魔核を破壊するまでは、絶対に油断してはいけないのだ。
『わかったワン、オードル! 気をつけるワン!』
「私も肝に銘じておこう」
フェンとエリザベスは反省しながら、心に止めてくれた。
二人は戦闘の才能があるが、未熟な部分も多い。
だが他人のアドバイスを聞く、素直な心を持っている。
経験さえ積んでいけば、今後はもっと腕を上げていくであろう。
「さあ、魔獣を倒したことだし、遺跡に探索に行くぞ」
ここに来た本来の目的は、魔獣討伐が半分。
残りの半分は古代遺跡に探索が目的であった。
オレたち三人は、森の中の遺跡を調べていく。
『今回もお宝は無さそうだね、オードル』
先行して危険を探知してフェンが愚痴る。
見つかるのは古代に書かれた書物ばかり。金銀の財宝は皆無なのだ。
「そうだな。古代遺跡とは、そういうものだからな」
この大陸には今から昔に、栄えていた文明があった。
ほとんどの文明が失われているが、辛うじて残っているのが古代遺跡。
大陸の各地に残る遺跡の奥には、こうして古代書物が発見されることもあるのだ。
「古代遺跡というから最初はお宝を期待していたけど、残念ね、オードル」
エリザベスが落胆するように、古代遺跡からは財宝が発見されることは無い。
見つかるのは解読難解な書物だけなのだ。
「古代文明では金銀財宝は価値が無かったとされている。だから残っていない。まあ、これもリッチモンド受け売りだがな」
大陸各地の遺跡は、今でも手つかずに放置されている場所が多い。
理由は魔獣が巣くっている確率が高いからだ。
そのため一般人は発見しても近づくことはない。
また金目当ての傭兵や探索者も、遺跡を調査することは少ない。
何しろ魔獣に食い殺される危険に比べて、入手できるのは価値の少ない書物ばかり。
つまり古代遺跡を探索する者は、古代書コレクターだけなのだ。
「よし、ここにある古代書はこれで全部だな」
遺跡を一周して、探索は全て終わった。
一般的な遺跡には罠などは仕掛けられていない。魔獣さえ倒してしまえば、危険は少ないのだ。
「さあ、入り口に戻るぞ」
これ以上は内部に滞在する意味はない。オレたちは戻ることにした。
見つけた書物はエリザベスの愛馬に乗せておく。
書物はリッチモンドに寄付する予定。ある程度、数が溜まってからルーダの街に持っていく。
古代文明を研究している旧友にとっては、最高のプレゼントになるであろう。
「よし、あとは、この赤大虎もオレの荷台に積むぞ」
倒しておいた赤大虎は、血抜きだけはしておいた。
かなりの重量があるので馬では不可能。村までオレが引っ張っていく。
魔獣の素材は街に持っていけば、かなりの高額で買い取ってもらえる。
危険な遺跡探索の中でも、唯一の報奨金となるのだ。
まあ、それでも一般の探索者にとっては、命には釣り合わないが。
「さて、今回の魔核は、どうするかな……」
赤大虎の体内から、怪しげに光る宝玉を取り出す。
これは魔獣の生命エネルギの源である魔核。魔獣の強さに比例して大きさが違う。
魔核も街に持っていけば、商人や貴族に高額で買い取ってもらえる。
今回の炎大虎はまずまずの大きさ。
市場価格にして、大きな屋敷が買えるくらいの価値はあるであろう。
「私は金には興味がない。だから、フェンに譲っていいぞ、オードル」
今回の赤大虎は、エリザベスとフェンだけで倒した。
半分の所有権があるエリザベスは、辞退してくる。エリザベスはあまり金銭に興味がないのだ。
よし。それならフェンに食わせてやるか。
「フェン、口を開けてくれ」
『待ってましたワン!』
上位魔獣は、他の魔獣の魔核を食らうことができる。
白魔狼のフェンも同様。
口を大きく開けて、魔核を飲み込んでいく。
大きな魔核を飲み込んで、フェンはゲフッとゲップする。
この大きさを一気に飲み込みとは、相変わらず食いしん坊っぷりだな。
『うう……おお……』
しばらくしてからフェンに変化がある。
飲み込んだ魔核が、体内に吸収されたのだ。
前よりも強い力が、フェンの身体から感じられる。
これで白魔狼フェンは前よりもパワーアップしたのだ。
「さて、終わったらところで、村に帰るぞ。マリアとリリィが晩ご飯を作ってくれているはずだ」
マリアとリリィは戦闘力が低い。
だから古代遺跡の探索には二人は連れてきていない。
村の家で留守番をしてもらっているのだ。
『晩ご飯! 今日は何か、楽しみだワン!』
夕飯のことを聞いて、フェンは誰よりも早く駆けだす。
たった今、あんなに大きな魔核を食べたばかりなのに、何という食欲の強さ。
もしかしたら魔核と食欲は、別の体内器官なのかもしれない。
いつかリッチモンドに教えておいてやろう。学会で発表したら大発見になるかもしれない。
「それじゃ、私たちも行きましょう、オードル」
「ああ、そうだな」
魔獣の戦利品を持って、村に帰還。
これがここ2ヶ月のオレたちの日々の暮らし方であった。




