第56話:第二部エピローグ
本日2話目の連続の更新となります。
ルーダの街を旅立つオードル一行の姿を、“遠く”から見ていた者がいた。
美しい顔の女である。
だが能面のように表情が、その美しさに怪しさを醸し出していた。
歳は二十代のなかば位であろうか?
若くも見えるが、大人の女性にも見える。薄いローブの上からでも分かる、妖艶な身体つきだ。
『マリア……』
女がじっと見ていたのは、一行の中の銀髪の幼女であった。
旅路に興奮しているマリアの姿を、静かに見つめている。
『街を離れるのね……』
一行は街を離れて、これから村に戻る。
だが女の計画に支障はない。マリアが住む場所は、それほど重要ではないのだ。
『あの戦鬼さえ側にいれば、問題はない……』
女にとって重要なのは、マリアの側に“戦鬼”と呼ばれる男がいることなのだ。
『マリア、私の期待の通りに、成長してちょうだい……』
女にとってマリアは観察対象であった。
今のところ自分の手で、観察に介入するつもりはない。運命の歯車に委ねて、成長を見守っているのだ。
『ん? 笑った?』
そんな時、マリアが笑った。
戦鬼に高く抱きかかえられて、マリアはひときわ笑顔になったのだ。
この世の全ての幸せを集めたような表情だった。
『こんな嬉しそうな顔は、初めて見たわ……』
女は無意識的に眉をひそめる。
嬉しそうに顔をしているマリアを見て、不思議な感情が込み上げてきたのだ。
自分には見せてくれなかった顔を、マリアは戦鬼に見せた。そのことに対して自分の感情が、微かに揺れていたのだ。
『この感情は何?』
高度な知能をもつ女でも、知らない自らの感情の変化。それは“母性”という親の感情である。
『マリア……私の娘……』
女にとってマリアは“娘”にあたる存在だった。
六年前に自分で産んだにも関わらず、未だに女には実感がない。母性という感情が理解できないのだ。
『戦鬼……マリアの父親……』
同じく“夫婦の愛情”いう感情も理解できない。女にとって戦鬼は、利用しただけの存在なのだ。
『ん? こちらに気がついた……だと?』
その時、女は驚愕した。
戦鬼が鋭い眼光で、こちらを睨んできた。自分の存在に気がついたのだ。
こちらの正体には気が付いてはいないであろう。
だが“誰かに見られている”ことに戦鬼は勘付いたのだ。
『あり得ないことだ……』
女が驚くのも無理はない。
ここから戦鬼一行がいる場所は、遠く離れている。
山脈を何個も越えた先。向こうから肉眼で、感知されるはずはないのだ。
『戦鬼……やはり危険な存在。今の月の位置では、ここまでにしておくか……』
女は嫌な汗をかきながら、“遠見の術”を解除する。これ以上の観察は危険だと、判断したのだ。
『戦鬼……人族最強の戦士……』
改めて驚愕する存在。
普通ではない勘の良さ。尋常ではない強靭な肉体と魂。
だからこそマリアを生み出すために、利用したのだが。
『戦鬼……オードルとマリア……か』
家族と呼べる者たちの名を、女は最後につぶやく。失った自分の感情が、甦ることを期待して。
『無駄だったか……』
だが何の感情も、込み上げてこなかった。
失った自分の感情は、もう二度と戻らないのだ。
『さて、そろそろ戻らないと……』
女は能面のような表情に戻る。
そして暗い闇の奥へと、音もなく消えていくのであった。
◇
これにて第二部『ルーダ学園編』は終わりとなります。
少し時間をいただいてから、第三部『王都凱旋編』をスタートします。
オードルとマリアを取り巻くストーリーが、一気に進展していきます。お楽しみでお待ちください。
◇
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