第52話:剣聖vs戦鬼
後方にいたはずの剣聖ガラハッドに、前方で待ち伏せされて奇襲攻撃を受けてしまう。
オレは再び砦の屋上に退避して、相手のとの間合いを広げる。
「ようやく、あなたの再会できましたよ……戦鬼オードル……」
ガラハッドは怪しげな笑みが、かがり火で浮かびあがる。
先ほどの礼儀正しい口調と表情とは、別人のように残酷な笑みを浮べていた。
「それがお前の本性という訳か、ガラハッド?」
「私の本性ですか? さあ、どうでしょうか。私にもよく分かりません」
「ふん。抜け目ないな」
オレは会話をしながら、足元の剣を拾い上げる。
潜入の時に気絶させた警備兵の剣。大量生産の一般品だが、素手よりはマシであろう。
「おや? やっとヤル気を出してくれたのですか、戦鬼オードル」
「そうだな。“あの剣聖”相手に素手で向かうほど、オレも自惚れていない」
「“あの戦鬼”からそのような言葉を貰えるとは、私も光栄です」
ガラハッドとは直接的に剣を交えたことは、一度もない。
だが、この騎士の戦いを目にしたことはある。かなりの腕前の男である。
この大陸の中でも屈指の剣の使い手。余裕をかましていられる相手ではないのだ。
オレは剣を構えて、ガラハッドの正面に立つ。
「では、準備が終わったようなので、……さっそく味わせてもらいます! 戦鬼の血の味を!」
こちらが構えたのを確認して、ガラハッドが動き出す。一気に間合いを詰めて、右手の剣で降り下してくる。
「斬!」
気合の声と共に繰り出されたのは、凄まじい一撃であった。
剣先が光った直後。闘気術を乗せた一撃が襲ってくる。
その衝撃波で、屋上の床に亀裂が入る。
「くっ……」
そんな斬撃を、オレは辛うじて自分の剣で受け流していた。
本来なら切り返して反撃したかった。
だが不可能。受け流した兵士の剣に、折れてしまった。
ガラハッドの凄まじい攻撃力に、剣の耐久力が持たなかったのだ。
「ほう? 今のは本気の一撃でした。それを受け流すとは、さすが戦鬼オードルですね」
「お褒めの言葉をもらっても、何も出ないぞ」
ガラハッドの剣速は予想以上だった。完全に受け流したつもりが、衝撃を殺しきれていなかったのだ。
これは予想以上に強敵だな。
オレは新しい兵士の剣を拾い上げる。残る剣はこれで最後。無駄には出来ないな。
「また、その剣ですか? そんなナマクラ剣では私には勝てませんよ?」
ガラハッドは少し不満気な顔をしていた。
何しろ両者の腕の差は拮抗している。だが武器の差が圧倒的にあるのだ。
ガラハッドの剣は明らかに一級品。魔獣の素材と金属を融合させた、かなりの業物であろう。
それに比べてオレが使えるのは、転がっている兵士の剣だけ。そのハンディキャップを不満としていたのだ。
「あなたの愛剣“斬城刀”は、どうしたのですか、オードル?」
「アレは傭兵を辞めたオレには、不要な鉄の塊だ。王都に置いてきた」
斬城刀はオレの愛剣の通称。数々の戦場を共にしてきた、頼もしい相棒でもある。
だが今は王都の鍛冶師に直しに出したままで、手元にない。それにマリアたちとの平和に暮らしには、今後も必要はないであろう。
「なんと、そうでしたか。オードル……あなた弱くなりましたね? 戦場を駆けていた時の、あの戦神のような戦士はどこにいったのですか⁉」
一向にヤル気を出さないオレに対して、ガラハッドは憤怒していた。おそらくこの騎士は、現役時代の“戦鬼オードル”と戦いたったのであろう。
「オレが弱くなっただと? まさか……いや、そうかもしれないな」
否定する言葉を飲み込む。何故ならオレは弱くなったかもしれない。
思い返せばここ一年、オレは戦場から遠ざかっている。剣の鍛錬はエリザベスとフェンの相手をするくらい。
常に死地と背中合わせだった以前とは、明らかに弱くなっているのだ。
それに比べてガラハッドは、以前に見たよりも強くなっている。
おそらくこの一年間、かなりの鍛錬を積んできたのであろう。そして多くの人を斬ってきたに違いない。
“引退した傭兵”と“現役の騎士”。両者の間には覚悟の差があったのだ。
「そうですか。それはガッカリしました。あなたなら私のこの“飢え”を満たしてくれると、ずっと信じていたのですが……」
憤怒していたガラハッドは、ため息をつきながら落胆する。
この一年、よほど強敵に飢えたのであろう。まるで恋い焦がれていた相手に失望したような顔だ。
「それは残念だったな。それにしても、剣聖と呼ばれた男が、ここまで戦いに飢えていたとはな?」
強者を斬る快楽者。これが剣聖と呼ばれる男の、裏の顔なのかもしれない。
剣の道を究めようとし過ぎて、人として階段を踏み外していたのであろう。
「失望しましたか、この私に? ですが、あなたも同じような存在ですよね、戦鬼オードル⁉ 戦場を駆けていたアナタは、輝いていましたよ⁉」
「そうか……そうかもしれないな。だが今のオレは以前とは違う。今のオレは戦場以外の場所を見つけたのだ。」
たしかに戦場を駆けていた時は、代えがたい高揚感と満足感があった。
だが今の父親としての暮らしは、それ以上の刺激と発見がある。
マリアたちと暮らすことで、オレは見つけたのだ。自分の新しい生きる道を。
「やはり……あなたは弱くなりましたね、オードル。残念です。そろそろ、終わりにしましょう」
饒舌だったガラハッドの気が変わる。剣を構えて攻撃の体勢。
先ほどと同じ斬撃……それ以上の攻撃を繰り出そうとしていたのだ。
(さて、どうしたものか……)
はっきりと言ってピンチであった。
ガラハッドの攻撃を完璧に回避するのは難しい。
先ほどと同じように受け流したところで、この兵士の剣は一本しかない。
他の武器を探しにいく隙は、この剣聖は与えてくれないのであろう。
折れた剣のままでは、死に飛び込むようなもの。つまり詰み状態に陥っていたのだ。
(それなら殺す気で、こちらか先制攻撃を加えるか……)
今のところガラハッドの動きは読めている。
こちらか先に攻撃を仕掛けたなら勝機はあるであろう。
(だが、この剣聖相手に手加減は不可能だな……)
手加減は技量の差が大きくなければ出来ない。今回、ガラハッドとの腕の差は微々たるもの。
相手を殺す気でいかないと、相手を黙らせられないのだ。
(ガラハッドを……斬り殺すか……)
以前のオレなら躊躇することなく、ガラハッドを斬り倒していたであろう。それが一番の確実な勝利への方法なのだ。
「いや……愚策だったな」
だが今のオレは以前とは違う。
今回はマリアの学園生活を守るために、この砦にやってきた。
そのために他人を殺して、マリアは喜ぶであろうか?
いや、違う。マリアは絶対に悲しい顔をするはずだ。
前回の村を襲おうとしていた山賊討伐とは、今回は状況が違う。
何故なら今回オレは、国王を平和的に説得にきたのだ。
大暴れして力ずくで強迫にきた訳ではない。大事な娘のためにも、父親として道を外れる訳にはいかない。
「それなら、残りの手は一つだな……」
オレは覚悟を決めた。
マリアのために、この危機を乗り越えることを。
誰も殺めることなく、さっさと終わらせて家に帰るのだ。
「さあ、いくぞ……ガラハッド」
オレは剣を構える。
全神経を集中して、闘気を練っていく。
相手の動きに刹那に反応できるように、己の闘気を研ぎ澄ませていく。
ここから先のオレはひと味違うぞ。
「おお……これは……これです! 私が待ち焦がれていたのは!」
ガラハッドは歓喜の声を上げる。まるで積年の恋人に再会できたような表情。
「ようやくヤル気を出してくれたのですね、戦鬼オードル! 私の全て受け止めてくれる、至高の存在!」
そしてガラハッドも闘気を極限まで高めてく。凄まじい闘気だ。
先ほど以上の一撃が、間違いなく繰り出されるのであろう。
「さあ、いくぞ」
「ええ……」
両者の闘気が最高潮まで高められた。
いよいよ時が来たのだ。
「はあ……斬!」
先に動いたのはガラハッドであった。
先ほど以上の踏み込みで、一気に斬りかかってくる。
その動きは神速を超えた剣速。
人が反応できる領域ではなかった。
「だが!」
オレは構わずに踏み込んでいく。
今度は受け流すことはせずに、相手に突き進む。
ガラハッドの剣を受け止めて、カウンター攻撃を仕掛けるのだ。
「前に来ましたか⁉ その勇気に敬意を表します! ですが、そのナマクラ剣では無駄です!」
剣を降り下すガラハッドは、勝利を確信していた。
このままでいけば確実に剣聖の剣が、オレのことを剣ごと切断してしまう。
やはり剣の性能の差が、勝負を決めてしまったのだ。
「たしかに、この間合いなら、そうなるな……だが、更に踏み込めば!」
オレは自分の剣の間合いから、更に踏み出す。
歩数にしてわずかに一歩の間合い。目と鼻先にガラハッドの顔が迫る。
「自ら死にきたか、戦鬼⁉ 死ねえ!!」
ガラハッドの狂気の剣が、オレの頭上に落ちてきた。もはや回避することは不可能。
「やはり、そうきたか!」
ガラハッドを剣筋は予想通り。オレは右手の兵士の剣で、その斬撃を防御する。
“ゴギッ”
凄まじい衝撃の直後。何かが折れた鈍い音が響く。
兵士の剣は真っ二つに折れて、オレの右腕にも激しい痛みが走る。
防御した右腕の骨が、完璧に折れていたのだ。
だが勝機が見えた。右腕を犠牲にしたお蔭で、命を失わずに済んだのだ。
「くっ、まさか⁉ それに、この間合いは⁉」
「ああ、剣で斬れない間合いだ!」
ガラハッドの必殺の一撃を、オレは見事に防ぎ切った。
間合いを更に一歩踏み込んだことで、相手の剣の根元の間合いに入っていたのだ。
どんな名剣でも切れ味が鈍る箇所がある。根元の部分のその一つ。
騎士の剣の構造上の弱点を、オレは咄嗟についたのだ。
「いくぞ、剣聖ぃ!」
今度はこちらが攻撃を仕掛ける番。
オレは更に一歩踏み出す。全身で練っていた闘気を、左拳に集中させる。
「覇ぁぁああ11!」
そして一気にガラハッドの腹部を殴りつける。
なんの技も奥義もないボディパンチ。
だが全闘気を集約したオレの一撃は、城壁すらも貫通する威力。そして防御不能な必殺技だ。
「ぐふっぅううう……」
身体をくの字に曲げながら、ガラハッドは吹き飛んでいく。
そのまま屋上の端の城壁へ叩きつけられる。ワンバウンドして、屋上の地面に落ちてくる。
「ぐっ……見事な一撃でした……戦鬼オードル……」
ガラハッドは吹き飛びながらも、意識を保っていた。凄まじい耐久力と精神力。
だが先ほどの手応えでは一週間は、ベッドから起き上がれないであろう。
「特に……最後の一歩の踏み込みは……この私でも見抜くことが出来ませんでした……前に見た時は、あんな歩行術はなかったはずですが……?」
倒れ込みながらもガラハッドは、戦いを思い返していた。ここまでいくと戦闘狂を越えて、感心してしまうレベルである。
敬意を表して、意識を失うまで話し相手をしてやろう。
「最後の一歩はオレの身につけた、新しい歩行術だ」
「新しい歩行術……?」
「ああ、そうだ。マリアを……幼い子どもを抱っこして歩くには、細心の注意が払う必要がある。そこで身につけた歩行術だ」
故郷の村から旅立った日から、オレは娘を抱きかかえることが多くなった。
その中で身につけたのが、新しい歩行術。マリアの身体を揺らさないように、重心の移動を極めていく技だった。
かなり難しい極意だったが、オレはこの一年間でたどり着いた。今回の戦いはでは、その歩行術が最後の逆転の決め手となったのだ。
「なんと……子どもをために……戦鬼オードル……あなたは、前以上に強くなっていたのですね……」
「さあ、どうかな。だが次に戦った時は、面白い勝負になるかもな」
「ふふふ……その時は私がリベンジさせていただきます……ぐふっ……」
そう言い残しガラハッドは気絶してしまう。
頑丈な騎士なので、このまま放っておいても死ぬことはないであろう。むしろ再戦する時は、更に強敵になっているはずだ。
「ああ、楽しみしておくぞ、剣聖ガラハッド」
久しぶりの強者との戦いで、オレの戦士の血が満足していた。正確に裏表のある相手だったが、戦士として面白い奴だった。
それにガラハッドは意外と正々堂々と男。
階段の前方に移動した、あの不思議な力を使わずに、最後は戦いを挑んできたのだ。
恐らくは愛剣を持たない今のオレに合わせて、縛りをしていたのかもしれない。本当に変わって面白い男だった。
「さて、国王の説得に急がないとな」
ガラハッドとの戦いで、かなり大きな騒動を起こしてしまった。
砦の警備兵たちが、この屋上に迫ってくる声と気配が感じられる。
余計は邪魔が入る前に、さっさと仕事を終わらせるとするか。
「さて、国王の奴は元気にしているかな……」
オレは気配を消して、国王の寝室に潜入していく。
そして誠意をもって“説得”をするのであった。
闘気術を使った“洗脳”……いや、“誠意の説得”は傭兵時代からオレの得意技の一つ。
きっと国王も素内に聞き入れてくれるであろう。
◇
それから少し時間が経つ。
国王は原因不明で意識を失っていた。
少し経ってから目を覚ました国王が下したのは、帰還の命令。
近衛騎士団はルーダの街に向かわず、王都へ戻っていくのであった。
側近たちは急な変更に、首を傾げた。
だが国王の意思は絶対。
むしろルーダの街で嫌な仕事を回避して、近衛騎士たちは喜んでいた。
また砦の屋上での騒動は、剣聖ガラハッドの鍛錬が引き起こしたものと処理された。
何しろ意識を取り戻したガラハッド本人の証言。誰も再調査することは出来ないのだ。
少しの謎を残しながらも、ルーダ学園の平和は無事に取り戻されるのであった。
◇
「……さて、家に帰るとするか……」
こうして無事に目的を果たしたオレは、家族が眠っている家に帰宅するのであった。
 




