表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/130

第51話:剣聖ガラハッド

 国王を説得するために、滞在する砦に潜入する。

 何とか無事に目的の部屋に到着。


「そろそろ、出てきたらどうだ?」


 だが直前で立ちはだかる者がいた。


「……いつから気がついていましたか? 完璧に気配は消していたはずですが?」


 待ち伏せしていたのは“剣聖”ガラハッド。大陸でも屈指と名高い騎士だ。

 隙のない動きで、オレの進行方向に立ちはだかる。


 ガラハッドとは王都で面識がある。だが当時とはオレは風貌を変えて、今は仮面で顔の上半分を隠していた。正体はバレていないであろう。


「たしかに気配は無かった。たいしたものだ」


 待ち伏せしていたガラハッドの隠密術は、たしかに完璧だった。

 オレですら微かに違和感があったくらい。誰かがいた確証は、まるで無かった。


「だが“勘”で分かった」

「“勘”ですか?」

「ああ、勘だ。戦場では一番信用できる」


 オレは神や奇跡は信用しない。だが自分の勘や直感は、信じるようにしていた。

 経験的に自分を守ってきてくれた、神より有りがたい相棒だ。


「なるほどです。それは勉強になりますね」


 ガラハッドは口元に笑みを浮べる。屋上のかがり火を受けて浮かぶ笑みは、怪しげな自信にも満ちていた。


 この男はたしか30代くらい。端正な顔だちと丁寧な口調で、同年代のオレよりも若く見える。


「ところで、そこをどいてくれないか? その先にいる国王に話があるだけだ」


 ガラハッドとの間合いは十分にとっている。だが、この騎士の踏み込みは、神速の域を越えていた。

 とにかく自分に敵意がないことを伝える。


「ふふふ……面白い方ですね? 怪しげな民族仮面で顔を隠して、こんな夜遅くに国王が滞在する砦に侵入。それで敵意がないと言い張るとは?」

「この仮面は……趣味だ。気にするな」


 もちろんオレにそんな趣味はない。仮面は正体を隠すための保険だ。


「なるほど趣味ときましたか。本当に面白い方だ。たしかに武器は何も持っていないので、敵意はなさそうですが?」

「ああ、そうだ。話し合いに武器は必要ないからな」


 今のオレは非武装。今回は潜入と説得がメインなので、武器は必要ないのだ。


「なるほど。大陸でも屈指の国力を持つ王国。その君主たる国王が滞在する砦に、そのように素手で侵入してしまうとは……本当に面白い方だ」

「オレは面白くも何ともない男だ。さて、そこを通してもらおうか?」

「時間はまだ少しありますよね? 少しだけ私の話を聞いてくれませんか? 聞いてくれたら通しても構いません」

「なんだと? ああ、少しだけならな」


 ここは砦の屋上。ひと気はなく、他の警備兵には気がつかれていない。時間は少しだけならある。


 それにガラハッドからは殺気は感じられない。

 相手の意図は分からないが、少しだけのっておこう。強行突破は最終手段だ。


「ありがとうございます。ではお話を少しだけ。実はここだけの話、あの国王の命を守ることに、私は興味ありません」

「王国の騎士なのにか?」


 意外すぎる言葉であった。

 何しろ近衛騎士団とは、君主を警衛する直属の部隊。その団長たる男が、国王の命に興味がないだと?


「はい。近衛騎士団の団長の誘いを受けて、今宵ここを警備していたのも、“ある目的”のためです」

「ある目的だと?」


 その部分だけガラハッドは強調している。何やら嫌な予感がして聞き返す。


「はい。“戦鬼”と呼ばれる方に、再び会うためです。あの国王の側にいたら、必ず再会できると予想していたのです」

「戦鬼……だと? 1年以上前の王都の火事で、死んだと聞いていたが?」


 オレは嘘を付くのは得意ではない。だが『戦鬼死亡』の噂が流れていることは事実。

 だから嘘は言っていない。ポーカーフェイスで会話を続けていく。


「ええ、たしかに。私は焼死体も見ましたが、たしかに体格的に戦鬼とそっくりでした……」


 オレの焼死体は、国王が用意した替え玉。王都の墓から似た体格の骨を用意したのであろう。


 それにしても、この騎士はわざわざ確認したのであろうか。なぜ、そこまでオレの生死に固執しているのか。

 とにかく話を聞いて意図を確かめよう。


「ここ1年近く戦鬼の姿を戦場で見た者はいません。あの戦狂の男からしたら考えられないことです……」


 戦狂とは失礼な言い方だな。

 だが、間違いではないかもしれない。たしかに以前のオレは常に戦場に立っていた。こうして1年近くも平時にいるのは、生まれて初めてかもしれない。


「そこで私は推測しました。『もしかしたら戦鬼は王国の上の者……国王に消されたのでは? そして難なく生き残って、どこかに身を隠して、復讐の機会を狙っているのでは?』と……」


 ガラハッドは目を細めて話を続けていく。その口調はやや演技かかっているが、本気の言葉である。


「そこで私は近衛騎士団長の任を引き受けました。国王の命を狙う者に会うために。ですが、ここ1年で王城に侵入してきたのは雑魚ばかり。私の待ち望んだ戦鬼は来ませんでした」

「戦鬼と呼ばれた男は、本当に死んだのだろうな。予想は的外れだったんだろうな」


 なるほど。この男が近衛騎士団長の任を引き受けた謎が解けた。


 それにしてもオレが国王を暗殺するだと? そんなことは考えたこともなかった。

 確かに屋敷に火をかけられて、粛清されかけた。だが、あの程度の夜襲は、オレにとっては小さな事件。特に国王に対して恨みはない。


 むしろ、今はこうして自由の身になれたことに、感謝すらしている。まあ、だからと言って、あの国王は好きではないが。


「さて、お前の昔話を聞いてやるのは、ここまでだ。国王の警備に興味がないのなら、そこを通してもらうぞ」


 これ以上時間をここで取られるのは愚策。早く国王に面会して、説得を済ませたい。

 ガラハッドにゆっくりと近づいていく。


「ええ、長話を聞いてもらいありがとうございます。では、約束の通りに、ここをお通り下さい」


 ガラハッドは本当に道を譲ってきた。その道に先には国王が滞在する部屋がある。


「ああ、通らせてもらうぞ」


 無防備なガラハッドの横を、オレはゆっくりと素通りしていく。

 相手は剣を腰に刺したままの状態。対するこちらは非武装。


 はたから見ていたら、すれ違う二人の日常の光景であろう。


「じゃあな」

「はい、お気をつけて」


 オレはそのまま塔の階段に足を踏み入れる。

 ここまで来たなら、ガラハッドの間合いの外。

 今、背中から斬りかかってきても、オレは塔の内部へと逃げ込むことが出来る。安全圏内。


 つまり正体がバレることなく、オレは無事に突破を出来たのだ。


「ふう……ん?」


 階段を降りながら、軽く息を吐いた瞬間である。


(これは⁉9


 目の前に強烈な殺気が飛んできた。


「ちっ⁉」


 殺気と同時に、鋭い剣先が目の前に現れる。オレは寸前のところで回避する。


「ここで待ち伏せだと⁉」


 油断をしていた訳ではない。

 相手の気配を消す技術が完璧すぎたのだ。


っ!」


 回避したオレは、後方に飛び下がる。

 先ほどの屋上に一気に離脱。相手の追撃に備える。


(それにしても、今の攻撃は……?)


 後方のガラハッドに注意がいっていたとはいえ、奇襲を受けてしまった。


 階段に潜んでいた相手も、かなりの使い手なのであろう。先ほどのガラハッド並の強者なのであろう。


 あの剣聖と同レベル剣士……いったい何者なのだ?


「……見事な回避ですね。さすがです」


 前方の階段から襲撃者が、ゆっくりと姿を現す。相手は丁寧な口調の騎士であった。


「お前は……まさか……」


 相手の声と顔に覚えがある。まさかの事実に自分の目を疑う。


「ガラハッド……だと?」


 信じられない事実。

 何しろ先ほどまで後ろにいた男が、一瞬にして前方で待ち伏せしていた。

 先回りする道など、どこにもなかったはずなのに? いったい、どうやって移動したというのだ?


「改めて、こんにちは……オードルさん。いえ、戦鬼オードル」


 砦の内部から出てきたガラハッドは、先ほどと表情を変えていた。

 剣先についた血を舐めながら、不敵な笑みを浮べている。


 それはオレの血。

 ちっ……完全に回避したはずが、首を薄皮一枚斬られていたのだ。なんという剣速のすさまじさ。


「ようやく、あなたの再会できましたよ……戦鬼オードル……」


 こうして危険な裏の顔を持つ、剣聖との戦いが始まるのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ