表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/130

第5話:ドタバタな暮らし

 マリア……娘と二人暮らしを始めて、1週間が経つ。


 慣れない5歳の幼女との暮らしは、想像以上にドタバタした毎日。

 だが今のところ生活は案外、順調であった。


「パパ。しょうてんに、おつかいに、いってきます!」


 マリアは朝の日課である、商店へのお使いに出発する。

 日用品や生活道具など、オレが頼んであるのだ。


「マリア、頼んだぞ。だが、商店の途中の坂は転びやすい。ちゃんと気をつけていくんだぞ」

「うん、わかった、パパ! いってきます!」


 『マリア』という呼び方もだいぶ慣れてきた。

 満面の笑みで返事をして、マリアは家を出ていく。


 ……だが心配である。

 やはりオレが直接、行った方がいいのであろうか?

 自分の本気の足の速さならば、商店までは数十秒で着く。


 いや……娘を村に慣れさせるためには、ある程度の放任も必要。

 可愛い子には旅をさせよ……そんな古人の言葉に習っていたのだ。


「だが、少し心配だな。仕方ない、見に行くとするか……」


 しばらくして、そう決断する。

 見守っても、直接的に手を出さなければ、いいであろう。


 オレは気配を全消しして、マリアの後を尾行するのであった。



 オレは隠密の術を使いながら、マリアの後を追う。


 隠密術。

 これは傭兵時代に習得した技の一つ。

 自分の気配を消しつつ、周りの人間の気配や視線から逃れる技。

 戦場では偵察などの斥候で使っていた。


 この技を使ったオレを、普通の村人が発見することは不可能だった。


(おっ……いたな。無事に商店に到着していたようだな……)


 マリアは無事だった。

 迷いこともなく、坂で転ぶこともなく、商店に到着していた。


 よかった。

 思わずため息をつく。


 それにオレが書いたメモ用紙を、看板娘のカサブランカにちゃんと手渡している。

 完璧なお使いを遂行していた。


(さすがオレ様の娘。たいしたものだな……)


 一般的な女子の5歳児のが、どの程度のレベルか知らない。

 だが、こうして客観的に見ても、マリアはしっかり者のような気がする。


……いや、もしかしたら“天才”という可能性もあるかもしれない。

 いつか王都に行った時でも、学者に聞いてみるものいいかもな。


「あっ、マリアちゃんだ!」

「マリアちゃん、おはよう!」


 ん?

 そんな時である。

 商店の前でマリアが、数人の子どもたち挨拶されていた。

 

 あれは村の子どもたち。

 マリアと同い年くらいの、子ども女の子集団である。


「あっ! みんな、おはよう!」


 そんな古参の集団に対しても、マリアはちゃんと挨拶をしていた。

 村という集団生活の中で、同年代とコミュニケーションをとることは重要である。


……ちゃんと挨拶ができて、さすがだ。えらいぞ。



「マリアちゃん、後で一緒に遊ぼうよ!」

「お花遊びしようよ!」


 子どもたちがマリアのことを、遊びに誘っていた。


 この村では子どもも重要な労働力。

 だが同時に空いた時間には、遊ぶことも大事にしていた。


“子どもは良く働き、よく遊ぶ”……これは昔からの村のモットーである。


「お花あそび? たのしそう!」


 誘いの言葉に、マリアは目を輝かせていた。

 5歳の女の子ともなれば、色とりどりの花で遊ぶことに、興味惹かれるであろう。


「あっ……でも、マリア、おしごが、あったんだ……パパのやぶれた、お洋服をぬう、しごとしないと……」


 それはオレが朝、頼んでいた仕事の一つである。

 友達とお花遊びが出来なくなった……マリアは急に暗い顔になる。


(これはマズイぞ……)


 隠密術で隠れて見ていたオレは、急に気まずくなる。

 まさか自分のせいで、娘に不自由させてしまったことになるとは。


 こんな時はどうすればいいのだろうか。

 どうすればマリアが笑顔を取り戻すであろう?


(……あっ、そうか!)


 いいアイデアが浮かんだ。

 名付けて“マリア笑顔奪還作戦”


 オレは傭兵でありながら、多くの部下を率いて軍略を練っていた。

 その経験が生きたのだ。


(よし! 急がねば!)

 

 実行するために移動を開始する。


 隠密術のまま家にダッシュで帰宅。

 部屋の中の棚を空ける。


「よし、これだな」


 穴の開いた服と作法道具を、取りだす。


「ふう……さて……」


 不覚深呼吸して気を整える。

 手元の裁縫道具に、全身の神経を集中させていく。


「いくぞ!」


 気合の掛け声と共に、裁縫さいほう針を高速で動かす。

 動かしながらも、更に手元に集中していく。


「よし、こんなもんか?」


 先ほどまで空いていた大きな穴は、一瞬で修復された。

 オレが一瞬で裁縫したのだ。 


「久しぶりだったが、まずまずのデキだな」


 これは闘気術を応用した裁縫術である。

 集中力を極限まで高めることにより、細かい作業を短時間で行うのだ。


 ちなみに裁縫技術は、傭兵時代に習得している。

 戦で破れた服や革鎧、何でもってきた。


 傭兵たるもの生活技術も、自分で何でも出来ないと、一流とは言えないのだ。


「パパ、ただいま! おつかいに、いってきたよ!」


 ナイスタイミングでマリアが帰ってきた。

 笑顔でお使いの報告をしてくる。


 だがオレは知っていた。

 そんなマリアの笑顔が、少しだけ曇っていたことを。

 村の女子どもたちとお花遊びを出来ない悲しみを、無理に笑顔で隠しているのだ。


「パパ、つぎは、さいほうの、お仕事するね!」


 そんな悲しみを見せないように、マリアは笑顔で次の仕事に移ろうとする。

 穴の開いていたオレの服を、探し始める。


「あれ、パパのふく、なおってる?」


 服を見つけて、マリアは小さな首を傾げる。

 先ほどまで大穴が空いていたはずの服が、完璧に修復されていたのだ。


 こんな不思議がことが世の中にあるのであろうか?

 まるで妖精に騙されたように驚いている。 


「服の穴は、どうやらオレの勘違いだったようだ、マリア。だから裁縫の仕事はなしだ。代わりの仕事だが……ああ、そうだな。家の中が殺風景なんで、花を摘んで飾っておいてくれ。それで今日のマリアの仕事は終わりだ」


 流れるような上手い台詞である。

 まさに王家のお抱え演劇人も真っ青な、我ながら感心する演技力。


 これならマリアに気がつかれることはないであろう。

 マリアに仕事をしてもらいつつ、お花遊びも楽しんでもらえる。

 戦鬼オードルの一石二鳥な名演技である。


「パパ……ありがとう! うん! マリア、きれいなお花たくさん、さがしてくるね!」


 友だちとお花遊びが出来る!

 マリアは満面の笑みで喜んでいた。


 いい笑顔だ。

 オレも思わず心が緩んでしまう。


「じゃあ、オレは村長の家に行ってくる。遅くなるかもしれん」


 今日は村長に呼ばれていた。

 何かの仕事を頼みたい感じ。

 もしかしたら遅くなる可能性もある。


「なんか困ったことがあったら、隣の家の女を頼れ」


 そんな時は少し離れた隣の家の女に、マリアの食事などの世話を頼んでいた。

 女は未亡人で子どもの世話も慣れている。


 この村では子どもは全員で、協力して育てていく風習なのだ。


「うん、わかった! パパ、がんばってね!」


 満面の笑みマリアに送り出されて、家を出る。


 今までの傭兵稼業は孤独な人生だった。

 だから誰かに送り出されるのは、初めての経験。


「ああ……いってくる」


 どう返事をすればいいか分からず、思わず言葉が遅れてしまった。


 だが、こういうのも悪くないな……。


 初めて感じた感情を抱きながら、オレは家を出発するのであった。



 村長家に着いたオレは、村長から話をされる。


「森に巣くう狼の群れを、退治して欲しいだと?」


 村長から頼まれたのは、村の近くに最近出没する狼の退治であった。

 何でもここ数日、村人によって目撃が増えてきているという。


「ああ、そうじゃ、オードル。このままだと被害が出るかもしれん。引き受けてくれるか?」

 

 狼の群れは厄介である。

 最初はか弱い家畜を襲ってくるが、そのうちエスカレートしてくる。


 だが何故オレに頼んでくるのだ?


「狩人のサムはどうした、ジイさん?」

「サムのやつは、先日の狩りで足を怪我していた。だから今の村では、お前くらいしか頼めないのじゃ」


 なるほど、そういうことか。

 オレが“戦鬼”と呼ばれていたことを、村長たちは知らない。


 だがガタイのいいオレは、村の中でも一番腕っぷしがいい。

 それに幼い頃から、狼や獣退治をしてきた経験もある。


 だから村長も頼ってきたのであろう。


「ああ、いいぞ。ジイさん」


 狼の群れは厄介である。

 そのうち村人に被害が出るかもしれない。


 そして最初に狙われるのは、か弱い村の子どもたちなのだ。

 5歳児のマリア……を守らないといけない。


「おお、感謝するぞ、オードル! 狼の数は多い。他に男衆もつけよう」

「いや、ジイさん。無用だ。オレ一人でいい」


 村長の好意を断る。

 辺境のこの村の中では、弓矢が使える男衆は多い。


 だが彼ら所詮は一般人。

 オレの動きについてこられず、血色は足手まといになるのだ。


「じゃあ、行ってくる。マリアのことを頼んだぞ、ジイさん」

「ああ、任せておけ。気をつけてな、オードル」


 村長に弓矢一式を借りて出発する。


 狼狩りは何日かかるか分からない。

 その間のマリアの世話のことを頼んでおく。

 これでオレは狼狩りに専念できる。


(さて、さっさと片付けて、家に戻るとするか)

 

 こうして村を悩ませている狼狩りに、オレは向かうのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ